第13章 切り札
「ありがとう、傷は完全に回復できた。君も早く避難してくれ、まもなくここも戦場になる」
「分かりました、殿下のご武運をお祈りしています」
ライドルは深々と頭を下げると、駆け足で避難所へ向かって行った。
俺は、シンラと四天王が立っている空間と、自分の目の前の空間が入れ替わるイメージを思い浮かべる。
初めて使う魔法が故、術式を駆使して使用する魔力量を減らすことができない。
かなり魔力を使ってしまうが、意表を突くためだ、仕方がない。
さて、第二ラウンドだ。
俺は二つの空間を入れ替えた。
なにが起こったのかりかいできていないようでか、シンラは驚いて辺りを見回す。
「……?! ここは何処だ、奴らはどこに行った!」
即座に臨戦体制に入るがもう遅い。
俺は背後から、生成した光の刃で全員の首元を狙う。
辛うじてシンラだけがギリギリ反応できたが、四天王の全員に命中、切断した。
流石に首を切断されれば再生もできまい。
「よう、さっきはよくも蹴り飛ばしてくれたな」
「貴様、生きていたのか! よくも我の部下達を!」
「できればお前も殺したかったが、流石に無理か」
「だが、お前の残存魔力もかなり減ったようだな。これなら身体強化だけで殴り勝てそうだ」
「一瞬でそれに気づくとは流石だな」
「今度は油断しない。確実にお前の息の根を止める」
「……やれるもんならやってみな!」
◇
「あっ! あそこにオベイ君がいる! 多分シンラが使っていた、空間を入れ替える魔法を使ったんだわ!」
「良かった、生きてた……」
「うわっ、ボロ泣きじゃん……そういうのは魔王の奴を倒してからにしようよ。ほら、援護しにいくよ、切り札はもう使えるの?」
「もう準備は終わっているので、あとはシンラを同じ場所に三分くらい留めておければ……」
「オッケー! いざとなったら私が蔓でぐるぐる巻きにして動けなくしてやるわ!」
リリィが任せろと言わんばかりに拳を握る。
「というか、なんでオベイは俺の切り札の内容を知っていたんですかね」
「なんか君の作業室に勝手に入って見たらしいよ」
俺にプライバシーの権利は存在しないのだろうか。
そういえばここ地球じゃないから無かったわ。
何はともあれ、シンラを倒すためには俺の切り札が必要な様だ。
正直、もうシンラと対面するのは懲り懲りだが。
仕方ない、行くとしますか。
「そういえばオベイ君、君の切り札の内容を見た後、しばらく魂が抜けたようにポカンとした後、あれはやばい……訳が分からないよとか言ってたんだけど、一体どんな内容なのさ?」
「それは使ってからのお楽しみです」
オベイはそういうの理解するの多分苦手だからな。
◆
「……リリィさん」
「……何だいコリン君」
「五分、止められそうですか?」
「ちょっと厳しすぎるかな……」
シンラとオベイの身体強化に全振りした殴り合いは、一撃一撃がソニックブームを起こすレベルだった。
リリィに防御魔法を張ってもらっていなかったら、衝撃波で吹っ飛ばされていただろう。
呆然と目の前の激闘を見ていると、俺のすぐ横の地面にオベイの体が吹っ飛んできてめり込んだ。
びっくりしすぎて漏らすかと思った。
「くそっ、やっぱりキツイな……」
脇腹を抑えながらその場に疼くまるオベイ。
「おい、大丈夫かオベイ!」
「あぁ、なんとかな。正攻法で奴を倒すのはやっぱり無理そうだ、コリン、アレを用意してくれ。俺が合図をしたら頼む」
「……ちゃんとあいつを倒せるんだよな」
「任せろ、俺にも切り札があるからな」
「分かった」
俺は閉じていた機械を再び開いた。
準備はオーケー、あとは奴の動きを止められれば……。
「おい、何をこそこそしている木偶坊、目障りだ。さっさと死ね」
「しまった!」
オベイの不意をつき、シンラが空間を入れ替え、現れる。
「まずはお前だ」
オベイが庇おうとするが間に合わない。
シンラの手刀がリリィの首元を捉え……。
「なーんてな」
それよりも早く、リリィの体から伸びた光の刃が、シンラの左腕を切り落とした。
「なんだと?!」
思わぬ反撃に狼狽え、シンラに隙ができる。
その瞬間をオベイは逃さない。
光の刃で瞬く間に両足を切断する。
紫色の体液が切断面から溢れてくる。
三肢を失ったシンラは、立つことさえままならず、芋虫の様に地面に這いつくばる。
今しかない!
俺は機械を起動した。
『ターゲット、およびその周囲一メートルの範囲の時間軸への干渉を試みます……』
「貴様、何故『光の加護』が使える?!」
「誰も命を代償にしないと使えないとは言っていないだろう」
「自動で殺意を察知し、カウンターをする魔法……。短時間の付与でも大量の魔力を消費するはず……だがお前の魔力はあまり減っていない、どういうことだ」
「教えてやるもんか。強いていうなら……十八年間の努力の結果だ」
「私も何度もその魔法を使おうとした、だが一度も成功する事は無かった……何故だ! 何が足りない!」
額を地面に擦り、悔しそうに地面を叩きつける。
だがその姿からは感情がこもっていない様な……妙な違和感を感じた。
「……それはお前が『否定』したものだ」
「何? どういうことだ。……?! 体が再生しない…?! 貴様! 回復魔法は消せないんじゃ無かったのか?!」
『干渉率50%』
「お前が勝手にそう思っていただけだ。あまり得意ではないが、俺も回復魔法は使える。会話で回復魔法を発動する時間を稼ごうとしていた様だが、バレバレだったぞ。この大根役者め」
「貴様……この私を愚弄するか!」
シンラは体をワナワナと振るわせ、オベイを睨みつける。
だが何を思ったのかフッと笑うと。
「『我が命を代償に、圧倒的な破壊力と、圧倒的な防御力を……』」
ボソボソと何かを唱え始めた。
そして唐突に高笑いをしたかと思うと。
それと共に、シンラの魔力が急激に膨れ上がっていった。
「認めよう、私の負けだ。だが、私が支配できない世界など必要ない、この星ごと破壊してやろう!」
「まずいわ! 自爆魔法を使う気よ! 早く息の根を止めないと!」
「残念ながら、発動した魔法はそれだけではない。同時に一時的な身体強化も施した。貴様らの攻撃が万に一つも私には通らない」
『干渉率80%』
「これはお手上げだな……リリィ、最後くらいアレシアやナナシロと話がしたい、連れてきてくれないか?」
「……分かったわ」
悲壮感溢れるオベイの表情が、本当に成す術がない事を物語っていた。
リリィが避難所に向かって飛行魔法で飛んでいく。
「やっと死を覚悟したか、今度は演技じゃなさそうだ。残念だが、もうまもなく自爆魔法は発動するする。お前が妻や子供と会うことは、叶わない」
『完了しました。これより、ターゲット及び、ターゲットの周囲一メートルの時間軸を停止させます』
「誰が自爆なんてさせるか、バーカ」
「は? 今更何を言っ」
機械がカチリと音を立てる。
次の瞬間、唖然とした表情でシンラは動かなくなった。
「よし、よくやったコリン」
「おい! 止めたのはいいけど、どうするんだこれ! 効果が切れて動き出したら、俺達みんな星と共に木っ端微塵だぞ!」
指定した範囲の時間停止、それが俺の切り札だ。
だがその空間は時間そのものが止まっているため、光も、粒子すらも干渉することができない。
シンラを止めた後、動き出した瞬間に皆で魔法を叩き込む作戦だったのだが。
「この国全員が全力で魔法を一斉に叩き込んとして、コイツが死ぬ見込みはあるか?」
「無理だろうな。ただでさえ膨大な魔力と才を持っていたコイツが、命を媒介に発動した魔法だ。隕石でも傷一つつかないだろう」
「じゃあ俺達、もう詰んでるのか?」
「安心しろ。この時の為に、ずっと準備してきたんだ」
オベイは深呼吸をすると、目を閉じて何かに集中し始める。
大気が軋む様な感覚がした。
気のせいではない、オベイの周りにイナズマが走り出し、大気が、大地が震え出す。
絶え間なく溢れ出る魔力の奔流がオベイを飲み込んでいく。
この魔法はヤバいやつだと本能が告げていた。
「お前、これってまさか、お前もシンラと同じ……」
「この魔法で死にはしない。命を代償にしなくても、術式を駆使すれば魔力はなんとか足りる」
それを聞いて俺はほっと胸を撫で下ろす。
シンラの言っていた通り、あの悲しげな表情は演技にはとても見えなかったからな。
シンラの事を何度も出し抜いていたし、こいつ案外役者とか向いているんじゃないか?
などと考えていると、リリィの声が遠くから聞こえてくる。
「おーいオベイ君! 皆を連れてき……えぇ?! 何これ?!」
リリィがこの状況を見て驚いているが無理もない。
体を発光させたまま固まる魔王と、ヤバそうな魔法を使おうとしているオベイの姿が見えたのだ。
「おいおい、こんなにたくさんの人を呼んでこいとは言ってないぞ?」
「ごめん、なんかみんなオベイくんに会いたいって……」
避難所の方からゾロゾロと人が歩いてくる。
その人数は減るどころかどんどん増えていき、最終的には辺り一面が人で埋め尽くされた。
「皆、最後に殿下にお礼が言いたいそうですよ。あなたのおかげでこの十八年間、平和に暮らせましたから。陛下達は避難所最下層に居たため、まだ到着に時間がかかると思います」
フィグナルがそう言うと、ヴァレッタの国民が次々とオベイに感謝の言葉を投げかける。
オベイはそれを、少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに聞いていた。
「ところでコリン君、なんでシンラは固まっているの?」
ほっこりとした雰囲気を壊さない様こっそりと俺に近づき、囁く様な声で聞いてくる。
「あぁ、一時的にシンラとその周囲の時間を止めているので」
「「……???」 」
リリィと隣にいたフィグナルが、同時に首を傾げる。
「これがコリンの切り札だったんだよ」
オベイにそう言われるも、全く理解できていない様子の二人。
俺は軽くその仕組みを説明した。
「なるほどさっぱり分からん……」
「何それ、訳が分からないよ??? そんなのもう神の領域じゃん……」
「あぁ、だからコリンは……」
オベイは何かを言いかけた所で止めた。
なんだろう、すごい気になる。
「コリン、今回は助かった。だが、今後時空間への干渉はできる限り控えろ」
「なんだよ急に……分かったよ」
オベイの真剣な雰囲気に気圧され、俺は理由も聞けずに頷いた。
「約束だぞ」
「なんかお前、少し変だぞ?」
「やっと宿敵を倒せるんだ、嬉しくて少し舞い上がっているだけさ」
「え?!」
それを聞いていたリリィが驚きの声をあげる。
「私、もうすぐ魔王が爆発してこの星が無くなっちゃうって皆に伝えちゃったんだけど」
「あぁ、それなら皆の誤解を解かないとな」
オベイはハッハッハと愉快そうに笑いながら、ここにいる人間全員に聞こえる様に拡声魔法を使うと。
「皆大丈夫だ。ここにいるコリンのおかげで、魔王の自爆魔法は止められた」
「は? いやちょっと待て、なんで俺の名前を……」
そんな俺の声をかき消す様に、国民達の歓声が当たり一体を包んだ。
「だが見ての通り、まだ魔王は生きている。今からトドメを指すが、皆危険だから避難所に戻っていてくれ」
それを聞いた国民達は、安堵の表情に包まれながらゾロゾロと来た道を戻り始めた。
しばらくして。
「よし、皆帰ったな。フィグナル、アレシアとナナシロを呼んできてくれ」
「かしこまりました」
危険だとか言っておいて、家族だけで話し合いたいから人除けするために脅しただけかよ。
やれやれ、家族愛がすごいな。
どこか羨ましくも感じるが。
「それにしても、私の正体が国民達にバレているとはな」
「兵士達が避難所で皆に伝えていたそうよ、アシュラン王が生きていたってね」
「一度死んでいるし、とっくに王ではないがな」
オベイが気持ちを切り替える様に頬を叩く。
「コリン、後どれくらいでシンラは動き出しそうだ?」
「あと一分くらいだな」
「術式の構築も大体終わった。後は細かな修正をして、仕上げだな」
再び、オベイの魔力が昂り始める。
これから使われる魔法のヤバさに、リリィは一瞬で気づいた様だ。
「ねえ、大丈夫かしらこの魔法。世界の均衡を揺るがすレベルな気がするんですけど。人智を超えた、神々が使うレベルの魔法な気がするんですけど!」
恐ろしくなったのか、半泣き状態で俺に縋りついてくるリリィ。
リリィに縋りつかれるのはとても嬉しいのだが、リリィにそんなに怯えられると、こっちまで怖くなってくる。
ふと、シンラの体が少しずつ動き出している事に気がついた。
曲げた時間軸が元に戻り始めている証拠だ。
「さて、そろそろだな」
オベイはシンラに近づいていく。
それと同時に、俺の切り札が解けた。
「……ているのだ……?」
動き出したシンラは、違和感を感じて怪訝な顔をする。
「何が起こった? 一瞬意識が飛んだのか……?
……な?!」
慢心していたシンラの表情が、一瞬で焦りへと変わる。
どうやら、オベイがこれから使う魔法のヤバさに気付いたようだ。
「ちょっと待て、貴様、何をする気だ!」
問い掛けには答えず、オベイは無言でシンラの頭を鷲掴みにすると。
「お前の存在を『否定』する」
次の瞬間、シンラの体が少しずつ砂の様になって空気と混ざり、溶けていく。
「貴様ぁぁ! 何をした! 私の体が……! こんな終わり方……! ふざけるなぁぁ! やめろぉぉぉ!」
リリィもシンラもオベイが何が起きているか分からず戸惑っていたが、俺だけはオベイが何をしたのか理解できていた。
俺が以前、オベイの術式の解析を手伝っていた時に思いついた、机上の空論。
魔法だけではない、この世の全ての物質は術式に書き換えることができる。
それは勿論、生物とて例外ではない。
つまり、対象を術式化して無に書き換えれば、魔法と同じくソレは消滅する。
その魔法は、使用されたが最後。
あらゆる防御を貫通する、理不尽な死の宣告。
「じゃあな宿敵よ。今度は俺の勝ちだ」
「ちくしょおぉぉぉぉ!」
シンラの断末魔が、肉体と共に溶けて消えていった。




