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第12章 戦犯

「あっちの方向は……避難所か! 国民を人質に取られたら面倒だな」


「身体強化に全振りしてるだけあって早いわね……大丈夫、あそこの建物に隠れて回復しているだけだわ」


 リリィの長い耳がピクピクと動く。

 さすがハイエルフ、索敵能力にも優れているようだ。


 リリィが指差した建物を、オベイが無数の『光弾』で木っ端微塵(こっぱみじん)にする。

 巻き上がった粉塵の中からシンラが出てくる。


「ちっ、もうバレたか……まあ問題ない。お前、回復魔法は消せないんだな」


 シンラの体に刻まれた火傷跡のような傷がみるみる治っていく。


「……」


「図星か。お前が消せる魔法は【自分が使用できる魔法】という認識で間違いなさそうだな。それならば貴様が見たこともないような複雑な魔法で攻め続ければ良いだけのこと」


 シンラの周りに黄土色の液体が現れる。

 その一部がポトリと地面に落ちる。

 すると、液体が触れた場所が溶け、煙が上がった。


「強酸か」


「そうだ。希少な魔獣の胃酸を召喚した」


 シンラはそれをオベイ目掛けて……ではなく、こちらに向かって飛ばしてきた。


「やめてよ汚い!」


 リリィが間一髪、風の魔法で吹き飛ばす。


「アシュラン、お前の弱点を教えてやろうか」


 シンラの目が不気味に光り、地面に巨大な魔法陣が現れる。


「それは、お前がくだらん情を持った人間だということだ」


 やがて赤く眩い光が辺りを埋め尽くし、俺は思わず目をつむった。

 しばらくして光が収まり、目を開けるとそこには、四体の異形の存在が悠然ゆうぜんたたずんでいた。


 あぁヤバい。

 コイツら多分懐刀(ふところがたな)的な強い奴らだ。


「魔王様、お呼びでしょうか」


「四天王のお前達に命ずる。そこにいるハイエルフと人間をなぶり殺せ」


「「「「御意ぎょい」」」」


 なんで俺は異世界にきて四天王全員からなぶり殺されそうになっているのだろうか。

 王道ルートもパワーバランスもご都合主義もあったものじゃない。


「くっそ! これでも喰らえ!」


 俺は隠し持っていたオリジナルテーザー銃を、向かってきた四天王の一人に向かって打つ。


「なんだこれ」


 はい、案の定。

 プローブが指一本で弾かれました。


「コリン君! もしかしてこれが切り札なの?!」


 リリィが絶望の表情で涙を浮かべながら、俺の肩を両手で掴みガクガク揺らす。


「違ガガガ、落ち着いてください! これは切り札じゃありません!」


「じゃあこの状況から打開できる切り札がまだ……」


「いやそれはありません、マジやばいです」


「この二日間なにしてたのおぉぉぉぉ」


「フハハハハ! やはり足手まといではないか!」


「はあ、仕方ない」


 オベイは、勝ちを確信した顔であおってくるシンラを殴り飛ばすと、こちらに向かって大声で叫ぶ。


「リリィ、付与魔法を解いてもいいぞ」


「え、いいの?!」


「あぁ、この際仕方がない、そっちは任せる」


「了解したわ!」


 地面に付与された魔法が解除される。


 身軽になったリリィは、よく分からない拳法な構えをしながら、声高々に名乗りを上げた。


「覚悟しなさい四天王! 妖精国第一王女、リリィ・エルフィーナがあなた達をほうむってあげるわ!」


 ……え?


「ええええぇ?! リリィさん王女だったの?!」


 なんで王女様が大人の店の店長なんかやってるんだ……。


「ふん、エルフ風情が私達四人に勝てると思うなよ!」


「『この地に眠りし木の精よ、私に力を貸して!』」


「その首、貰ったあ!」


 四天王の一人がリリィを串刺しにしようと、槍を突き出し飛び掛かる。


 だが、その槍が届くことはなく、地面から太いつるが生え、奴の体に巻きつき動きを封じた。


「なんだこれ! 動けねえ!」


「私の魔力でガッチガチに固めた、世界樹の木の蔓よ! そう簡単には切れないわ!」


「一人の動きを止めた程度でなんとかなると思ったか? 奴は四天王の中でも最弱! 我々はまだ三人いるぞ」


「うーん、正直ちょっとしんどいな~〜」


 リリィは木のつるを巧みに操りながら、四天王の攻撃をさばき、なし、反撃する。

 確かにフィグナルよりも強いかも知れない。

 だが、手数の差もあり徐々に押され気味になってくる。


 リリィ一人ではもうあまり持ちそうもない。

 煙幕の一つでも作って持ってくるべきだったぜちくしょう。


「……あのハイエルフ、なかなかやるではないか」


「当たり前だ。俺が足手まといをこの場に置いておくわけがないだろ」


「いや、あの男は足手まといだろう」


「それはどうかな? あいつの事を軽視すると痛い目を見るぞ」


「その態度、ハッタリじゃなさそうだ。あの男をえらく信用しているようだな。それなら……」


 シンラは四天王に新たに命じる。


「ハイエルフは後回しにしていい! あの男を人質に取れ!」


 シンラの命令によって、リリィを危険視していた四天王達のターゲットが俺に切り替わる。

 テーザー銃は役に立たず、もう時間を稼げそうな手段も残っていない。

 万事休すだ。


 四天王の一人が、巨大な腕で俺の体をわしつかみにしてくる。


「ちっ、まずいな」


 咄嗟とっさにオベイが駆けつけその腕を切断するが、オベイの意識が自分から離れるのを狙っていたシンラがその瞬間を逃すはずもなく。


 シンラ渾身こんしんの蹴りがオベイの右腹に直撃し、骨が砕ける鈍い音がした。

 オベイはそのまま視界の届かない遥か彼方まで蹴り飛ばされる。


 その瞬間、俺の中で何かが壊れていく感覚がした。


「フハハハハ! 弱き者を助けるために己が死ぬとは馬鹿な奴め! 前回の敗因から何も学んでおらぬわ!」


「コリン君逃げて! 私が時間を稼ぐから!」


 リリィが何かを必死に叫んでいるが、よく聞こえない。

 耳が遠くなっていく。

 体が冷たい。

 それに反して頭が熱い。


 自分のせいでオベイが死んだ。

 自分なんかがここにいても、二人に迷惑がかかる事は少し考えれば分かった事だ。

 否、分かっていた。


 役に立てるかと思ったんだ。

 いいところを見せられると思ったんだ。

 少しは恩返しできるかと思ったんだ。


 二日間考え抜いた切り札を披露ひろうしたいがために、転生してまで成し遂げようとしたオベイの復讐ふくしゅうの邪魔をした。

 色々なものを失って初めて気づいた自分の愚かさに、激しい殺意と怒りを覚える。

 考えも見通しも甘すぎた。

 俺は所詮、平和ボケした日本人だったのだ。

 

 激しい自己嫌悪の念がまとわりついてくる。

 その感情から逃げて、楽になりたかった。

 だからこんな事を言い出したのかもしれない。


「おい、シンラ。俺と一騎打ちをしろ」


「コリン君、何言って……」


「フン、とち狂ったか! いいだろう、お前もすぐにあの世に送ってやる!」


 敵討ちでもするつもりか?

 違うな。

 これはそんな美しい物じゃない。

 死んで全てを忘れて楽になりたかっただけだ。

 罪の意識から逃げる為の愚行だ。

 

 俺は自分になんとか言い聞かせる。


 帯向虎鈴よ。

 このままで終わって良いわけがない。

 無様に足掻け。

 命を燃やせ。

 頭を回せ。

 死んで逃げようとするな。

 

 切り札は間に合わない。

 色々な手段を考えるが、自分の無駄に優秀な頭脳が可能性を否定する。

 可能性があるとするなら……術式を構築して魔法を使用する事。


 ふと、自分の異変に気づいた。

 少しだけ術式が理解できているのだ。

 オベイほどでは無いが、術式をどう組み込めばなんの魔法が発動できるか少し分かる。


 死に際で第六感に目覚めたのか?

 火事場の馬鹿力か?

 いや、何か違う気がする。


 自分の中で縛り付けられていた何かが剥がれ落ちていく感覚がする。

 先程まであった罪悪感も自分への失望や殺意も微塵もなかった。

 今の自分なら何でもできるのではないかと錯覚するほどの万能感と多幸感。

 まるで神にでもなったかのようだ。


 オベイほど使用魔力を削る事はできないが……これならアレくらい作れるな。


「お前は弱いが厄介だ。ここで確実に殺す」


 シンラは、手から黒炎を生み出すと、こちらに向けて放とうとする。

 それよりも早く、俺はシンラの手の上に直接、その物質を生成した。

 それと同時に残った魔力で身体を強化し、リリィを抱きかかえ、その場をできるだけ離れる。


 その物質はダイナマイトにも使用されている有機化合物。

 わずかな衝撃でも、加熱でも摩擦まさつでも爆発する悪魔の液体。

 ニトログリセリンだ。


 すぐに爆発音が聞こえ、シンラの苦悶くもんに満ちた叫び声が響き渡る。

 そして爆発の余波が俺とリリィを吹き飛ばした。


「え、何が起こったの?! コリン君がやったの?! 」


 体についた砂を払いながら、リリィが起き上がる。

 今起きた事が理解できていないようだ。


「簡単に言うと爆薬を生成しました。シンラの奴、警戒けいかいしていなかっただろうからまともに食らったはず……」


「あぁ、まともに食らったさ。お陰で右手首が吹っ飛んだ。まあすぐに再生したがな」


 煙の中からほとんど無傷のシンラが、四天王と共に現れる。


「全く、手間をかけさせてくれる。だがこれで本当に終わりだ」


 我を忘れるほど怒りに身を焦がし、土壇場どたんば覚醒かくせいしてもほとんど何もできなかった。

 二日間死に物狂いで考え、作った切り札も使えなかった。


 オベイとリリィだけならこの国もこの世界も魔王に支配されず、救われていたのだろうか。

 こんな愚かな俺をゼウスは今も見ているのだろうか。

 もし見ているのなら何を思っているのだろうか。


 先ほどの全能感はいつの間にか消え去り、残酷な現実が俺の精神を再度蝕むしばんでいく。

 吐きそうなほど自責じせきの念にられ、自己嫌悪に押し潰されそうになっている俺を見て、リリィが声をかけてきた。


「オベイ君は言っていたわ。コリン君の切り札が必要になる時が来るって」


「でも、それは使える条件がかなり限られていて……。今の状況ではなんの役にも立ちません」


「フハハハハ! 貴様もアシュランも目が節穴だった様だな! 私を倒すために転生までしたというのに、そこにいる木偶坊でくのぼうのせいで全ての努力が水の泡になるとは」


 シンラが嘲笑あざわらいながらリリィの頭に手をかざす。


「まずはお前からだハイエルフ。コリンとか言ったな。お前のせいでこの女はこれから死ぬ。さあ、後悔と絶望の表情を私達に見せてくれ!」


「彼、あなたの切り札の内容知っているらしいわ、そして言ってた」


 既に勝ちを確信した最恐さいきょうわらう。


 そして。


「コリンの切り札と俺の切り札でシンラを倒す。それまでは死ねないって」


 全てが計画通りだと最強は笑う。


 シンラの魔法がリリィの頭を貫く事はなく、シンラ達は俺の目の前から姿を消した。

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