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第11幕 仕方がないので転生しました

「まさか……貴様があの時、命を代償に発動した魔法は、『光の加護』一つだけではなかったということか」


「一瞬で気づくとは流石だな。その通りだ。俺はあの時、密かに研究していた転生魔法も同時に発動していた。上手くいくかは賭けだったがな」


「……何故転生などした。そんな成功するかも分からない魔法に魔力を割かなければ、もっと長い間民衆に『光の加護』を付与ふよできたはずだ」


「仕方ないだろう、魔王であるお前を倒すためさ。これくらいのリスクを背負うのは当然だ」


 それを聞いたシンラは、愉快そうに笑いだす。


「……フフフ、フハハハハ! 流石はアシュラン、私が唯一ゆいいつ認めた人間よ!」


 魔物や魔族を統一してひきいる、人類にとって最恐さいきょうの存在、魔王。


「まさか魔王自らが人間を潰しに来るとはね」


「我々魔族にとって、人間共が恐怖している姿は大好物なのでな。人間の領土の大半を牛耳ぎゅうじってから正体を明かしてやろうと思ったのだが……。ガーナピットの連中にもバレてしまっては、この計画は失敗だな。仕方がない」


 シンラが城壁の方に手をかざすと、そこから出た黒い稲妻のような魔法が城壁を粉砕ふんさいする。

 砕かれた城壁の奥に、聞き耳を立てていたガーナピットの兵と、馬にまたがり真っ先に遠くへ逃げようとしている、ガーナピットの王らしき人物が見えた。


「貴様はもう用済みだ」


 シンラの放った魔法が瞬く間に王の頭を貫通する。

 ガーナピットの王は馬上ばじょうから力無く落ちると、ピクリとも動かなくなった。

 それを確認したシンラは、徐々に体を異形化させていく。


 頭にはおぞましい形状の角が生え、背中には可視光を全て飲み込んでしまいそうな、漆黒しっこくの大きな翼があらわになった。

 肌は徐々に黒く、目は赤みを帯びていき、爪も牙も鋭さを増していく。


 やがて異形化を終えたシンラは、禍々しいオーラを漂わせながら静かに笑う。

 そして、人間の正気を刈り取るような眼光をオベイへと向けると。


「貴様の判断は正しかった。たかが数十年、民を魔法で護った所で、人類よりも遥かに長寿な私には意味がない」


 オベイは、禍々しい姿に変貌へんぼうしたシンラにひるむ事なく、近づいていく。

 そして拳が届く距離まで近づくと、気迫に満ちた眼差しでシンラを見上げた。


「人類のためにも、今日ここでお前を殺す」


 オベイの裂帛の気合いが戦場を震わせる。

 そして、そう言われ宣言されたシンラは、どこか楽しそうに。


「この姿になった私は、人間の姿だった時よりもステータスが全体的に跳ね上がる。この十八年の間に貴様がどれだけ強くなったかは知らないが、今の私にどれだけあらがえるかな? くれぐれも落胆させないでくれたまえ」


 まるで久々の強者との対決に胸がおどるかのように。

 子供のように無垢むくで残忍な笑顔を浮かべ、オベイに向かって魔法を放とうと。


「『エンチャント:ヴァース』!」


 した瞬間、リリィの魔法によって、辺り一帯に魔法がかけられた。

 シンラは咄嗟の事に少し驚いた様子で、ゆっくりとリリィの方を向く。


「ほう、ハイエルフか。自然に愛された貴様らなら、大地を強化する魔法を使えるのも納得だが……。ほう、ヴァレッタの王都一帯を建造物ごとか、ここまで広範囲に付与できるとは」


「ナイスだリリィ。いちいち街を破壊されると、お前を倒してもその後に住める場所が無くなってしまうからな」


「ふん、私としても都合が良い。制圧した後はここに別荘を作ろう。貴様ら王族の首を飾った別荘をな!」


「アレシアさん、ナナシロ君! あなた達が居ると邪魔になるわ、早く逃げて!」


 リリィに名前を呼ばれ、呆気にとられていたナナシロはハッと我に返ると、アレシアの腕を掴みうなずく。


「わ、分かりました! 行きますよ、母上!」


「皆の者! 予定通り陛下達を守りながら速やかにこの場を離れろ! 迎撃班もだ、ガーナピットの兵達にすでに戦闘の意志はない!」


 さすが、普段から訓練されている兵士達だ。

 フィグナルの指示通り、迅速じんそくな対応でその場から霧散むさんしていく。


「フフフ、流石だアシュラン。今すぐにでもあの鬱陶うっとうしい羽虫どもを消し去りたいのに、君一人から目が離せない」


「そりゃどうも。さて、死んでもらおうか」


「それはこっちのセリフだ。十八年ぶりの挨拶代わりだ。喰らうがいい!」


 黒い魔力の塊がシンラの頭上に形作られていく。

 そこからいかずちのように無数に枝分かれた攻撃が、音を置き去りにする速度で地面を這うようにオベイに向かっていった。

 だが。


「『否定』」


 その二文字がオベイの口から発された瞬間、地を這う無数の雷は溶けるように跡形あとかたもなく消え去った。

 なにが起こったのか理解出来ず、呆気に取られるシンラ。


「……何をした?!」


 リリィも今起きた状況を理解できず驚いている様子だ。

 おそらくこの場で、この事象を理解していたのは俺とオベイ、二人だけ。


「お前、まさか本当に……!」


「あぁ、ぶっつけ本番だが成功した」


 思わず鳥肌が立った。


 魔法を消滅させる魔法。

 オベイは『否定』という言葉をトリガーにそれを発動したのだ。

 もちろん、それは簡単ではない。

 対象の魔法、および構築された術式を瞬時に把握し、その術式を無に書き換える。

 俺も昔同じ事を閃いたが、術式を理解できない俺には天文学的な確率を当てる必要があったため、結局夢物語に終わった。

 ある程度術式を把握、構築できるオベイだからこそ実現可能な芸当げいとうだ。


「どんな手品か分からないが……、それなら無数に攻撃を浴びせるまでだ!」


 水、炎、雷、土、風、光、闇。

 奴の放つ強大な魔法一つ一つが、大気を震わせ轟音ごうおんをたてる。

 どの魔法も俺の目では追えない程の速度でオベイを襲っているが、それらがオベイに届くことは無く消えていく。

 その原因が分かるはずもなく、シンラは困惑する。


「貴様……本当に何をしたんだ! 何故私の魔法が届かない!」


「十八年間、ずっとお前を倒す事を考え続けていた。その成果さ」


「答えになっていないぞ!」


 明らかにイラついた様子でオベイを睨みつけるシンラ。

 だが腐っても魔王。

 すぐに冷静さを取り戻し、今の状況を分析する。


「……魔力もほとんど減っていないな。幻覚魔法を発動した形跡けいせきもない。これは夢か?」


 術式を駆使しているオベイは、魔力消費が通常よりも遥かに少ない。

 シンラとの魔力量の差も、これなら気にしないで済みそうだ。


「仕方がない。魔法が届かないのなら、全ての魔力を身体強化に振り切れば良いだけの話」


「ちっ、気づきやがったか」


「それに、お荷物も二人ほどいるし、な」


 そう言うと、シンラがこちらに敵意を向けてくる。


 あれ? これまずいのでは?


「私は今付与魔法で精一杯だから……コリン君、私を守ってね!」


「はい?! いきなりそんなこと言われても……」


 あいつの攻撃を防げるような手段無いんですけど!


「ところで、ハイエルフの女はいいとして、貴様は何者だ。何故逃げずにここにいる。まさか、私の魔法が消えたのは貴様の仕業か?」


 ……仕方がない、ひとまず会話をして時間を稼ごう。


「……魔法が消えたのは俺の仕業じゃない」


「そうか、まあいい、死ね」


「え、ちょっ、待っ……」


 話終わる前に、俺の視界からシンラが消えた。

 空間転移の魔法で俺の背後に移動したシンラは、俺の首目掛けて手刀を振り下ろす。


「させねえよ」


 オベイが素早く俺の前に飛び出し、攻撃を受け止める。

 だがその攻防で生じた衝撃波で俺は立っていられず、ゴロゴロと地面を転がった。


「ふむ、空間転移は止められなかった。魔法の発動自体は妨害されていない……。とすると、タイムラグのない魔法は止められない、又は自分の使えない魔法は止められない、のどちらかか?」


「……さあな、どっちも違うかもしれない」


「……まあいい、ゆっくり謎を解き明かすのもまた一興いっきょうだ。それにしてもこいつは本当になんなのだ。今の衝撃波にも耐えられない雑魚じゃないか」


 シンラが呆れた様子で地面に無様に転がっている俺を見てくる。


 いやほんとすみません場違いで。

 だがこの距離なら狙いを定められる。

 とりあえず今は出来るだけ時間を稼ごう。


「なあ魔王さんよ。俺が何者か知りたいか?」


「ふん、お前みたいな塵芥ちりあくた素性すじょうなどどうでもいい。さっさと消え……」


「俺も転生者だ。ただし前世はこことは違う世界に居た」


 シンラの発言を遮りながら俺は、ポケットに入れていた小さな金属の塊を取り出し、魔力を流していく。

 魔力に反応する形状記憶合金けいじょうきおくごうきん

 俺の微細びさいな魔力でもしっかり反応してくれるので目をつけた。

 やがてそれは、小さなノートパソコンの様な形へと変わっていく。


「ふん、別に驚くような事ではない。異世界からの転生者は貴様以外にも前例がある。ところで貴様、何をしている。なんだその微妙に折りたたまれた金属の板は」


「二百年前、魔王は何に倒されたか知っているか?」


 シンラの質問を無視し、俺は奴からに見えないようにボタンを押した。

 装置が起動する。


「……異世界からの転生者を含む冒険者パーティだったな。あの時は確か、先代魔王が油断していた結果、異世界のよく分からない知識に翻弄された挙句、無防備な所を爆殺された筈だったな」


 なんだそれめちゃくちゃ気になるんだが。


「確かに異世界は未知の領域、お前を生かしておくのは危険かもしれない。よし、速やかに殺すとしよう」


「ちょっと待ってくれ! 俺はケモミミ少女の膝枕で寝るまで死にたくない!」


 リリィとオベイ、シンラまでもが何言ってんだこいつ……といった目でこちらを見ている。

 それでも構わず、俺は続ける。

 とにかく何でもいい。

 馬鹿にされてもいいし、人としての尊厳を失おうと黒歴史をさらに一つ増やそうと構わない。

 死に物狂いで時間を稼がなくては。


「俺は魔法の存在する世界に転生しましたが、魔力に恵まれませんでした! ですが俺は洞察力に優れています、だから必ず貴方様のお役に立って見せましょう!」


「え?! コリン君このタイミングでまさかの裏切り?!」


「よし、お前から始末するか」


 オベイが俺を始末しようと指の骨を鳴らす。

 冗談だよな?

 俺は内心ビビりながらも話を続ける。


「それを証明するために今から一つ面白い話をしましょう」


「……ふざけているのか貴様? もういい、死……」


「先程の空間転移魔法、正確には空間転移ではないですよね?」


 しびれを切らし、俺を殺そうとした魔王の動きが止まる。


「なんだと?」


「貴方ほどの質量が転移した場合、その場から消えた事による大きな運動エネルギーが発生するはず……それが起きなかったということは、考えられるのは……空間そのものの入れ替え」


「……なるほど、確かに素晴らしい洞察力だ」


 シンラのこちらに対する敵意と警戒が強まる。

 そりゃそうなるよね。

 だが少し時間は稼げた。


「ねえ、どういうこと? 私全然理解できてないんだけど」


「俺は理解できたぞ。確かにそれなら万が一、魔法の発動に失敗しても大惨事にはなりにくいし、イメージも数段楽になるな」


「人体を転移させる魔法を使ったんじゃなくて、同じ大きさの二つの空間を丸々入れ替える魔法を使ったって事ですよ」


 まあ原子の組成そせいが全く同じじゃない限り何かしらのエネルギーは発生するから、ただ当てずっぽうで言っただけなんだけどね。

 まあ魔法なんていう超常……貴様があの時、命を代償に発動した魔法は、『光の加護』一つだけではなかったということか」


「一瞬で気づくとは流石だな。その通りだ。俺はあの時、密かに研究していた転生魔法も同時に発動していた。上手くいくかは賭けだったがな」


「……何故転生などした。そんな成功するかも分からない魔法に魔力を割かなければ、もっと長い間民衆に『光の加護』を付与ふよできたはずだ」


「仕方ないだろう、魔王であるお前を倒すためさ。これくらいのリスクを背負うのは当然だ」


 それを聞いたシンラは、愉快そうに笑いだす。


「……フフフ、フハハハハ! 流石はアシュラン、私が唯一ゆいいつ認めた人間よ!」


 魔物や魔族を統一してひきいる、人類にとって最恐さいきょうの存在、魔王。


「まさか魔王自らが人間を潰しに来るとはね」


「我々魔族にとって、人間共が恐怖している姿は大好物なのでな。人間の領土の大半を牛耳ぎゅうじってから正体を明かしてやろうと思ったのだが……。ガーナピットの連中にもバレてしまっては、この計画は失敗だな。仕方がない」


 シンラが城壁の方に手をかざすと、そこから出た黒い稲妻のような魔法が城壁を粉砕ふんさいする。

 砕かれた城壁の奥に、聞き耳を立てていたガーナピットの兵と、馬にまたがり真っ先に遠くへ逃げようとしている、ガーナピットの王らしき人物が見えた。


「貴様はもう用済みだ」


 シンラの放った魔法が瞬く間に王の頭を貫通する。

 ガーナピットの王は馬上ばじょうから力無く落ちると、ピクリとも動かなくなった。

 それを確認したシンラは、徐々に体を異形化させていく。


 頭にはおぞましい形状の角が生え、背中には可視光を全て飲み込んでしまいそうな、漆黒しっこくの大きな翼があらわになった。

 肌は徐々に黒く、目は赤みを帯びていき、爪も牙も鋭さを増していく。


 やがて異形化を終えたシンラは、禍々しいオーラを漂わせながら静かに笑う。

 そして、人間の正気を刈り取るような眼光をオベイへと向けると。


「貴様の判断は正しかった。たかが数十年、民を魔法で護った所で、人類よりも遥かに長寿な私には意味がない」


 オベイは、禍々しい姿に変貌へんぼうしたシンラにひるむ事なく、近づいていく。

 そして拳が届く距離まで近づくと、気迫に満ちた眼差しでシンラを見上げた。


「人類のためにも、今日ここでお前を殺す」


 オベイの裂帛の気合いが戦場を震わせる。

 そして、そう言われ宣言されたシンラは、どこか楽しそうに。


「この姿になった私は、人間の姿だった時よりもステータスが全体的に跳ね上がる。この十八年の間に貴様がどれだけ強くなったかは知らないが、今の私にどれだけあらがえるかな? くれぐれも落胆させないでくれたまえ」


 まるで久々の強者との対決に胸がおどるかのように。

 子供のように無垢むくで残忍な笑顔を浮かべ、オベイに向かって魔法を放とうと。


「『エンチャント:ヴァース』!」


 した瞬間、リリィの魔法によって、辺り一帯に魔法がかけられた。

 シンラは咄嗟の事に少し驚いた様子で、ゆっくりとリリィの方を向く。


「ほう、ハイエルフか。自然に愛された貴様らなら、大地を強化する魔法を使えるのも納得だが……。ほう、ヴァレッタの王都一帯を建造物ごとか、ここまで広範囲に付与できるとは」


「ナイスだリリィ。いちいち街を破壊されると、お前を倒してもその後に住める場所が無くなってしまうからな」


「ふん、私としても都合が良い。制圧した後はここに別荘を作ろう。貴様ら王族の首を飾った別荘をな!」


「アレシアさん、ナナシロ君! あなた達が居ると邪魔になるわ、早く逃げて!」


 リリィに名前を呼ばれ、呆気にとられていたナナシロはハッと我に返ると、アレシアの腕を掴みうなずく。


「わ、分かりました! 行きますよ、母上!」


「皆の者! 予定通り陛下達を守りながら速やかにこの場を離れろ! 迎撃班もだ、ガーナピットの兵達にすでに戦闘の意志はない!」


 さすが、普段から訓練されている兵士達だ。

 フィグナルの指示通り、迅速じんそくな対応でその場から霧散むさんしていく。


「フフフ、流石だアシュラン。今すぐにでもあの鬱陶うっとうしい羽虫どもを消し去りたいのに、君一人から目が離せない」


「そりゃどうも。さて、死んでもらおうか」


「それはこっちのセリフだ。十八年ぶりの挨拶代わりだ。喰らうがいい!」


 黒い魔力の塊がシンラの頭上に形作られていく。

 そこからいかずちのように無数に枝分かれた攻撃が、音を置き去りにする速度で地面を這うようにオベイに向かっていった。

 だが。


「『否定』」


 その二文字がオベイの口から発された瞬間、地を這う無数の雷は溶けるように跡形あとかたもなく消え去った。

 なにが起こったのか理解出来ず、呆気に取られるシンラ。


「……何をした?!」


 リリィも今起きた状況を理解できず驚いている様子だ。

 おそらくこの場で、この事象を理解していたのは俺とオベイ、二人だけ。


「お前、まさか本当に……!」


「あぁ、ぶっつけ本番だが成功した」


 思わず鳥肌が立った。


 魔法を消滅させる魔法。

 オベイは『否定』という言葉をトリガーにそれを発動したのだ。

 もちろん、それは簡単ではない。

 対象の魔法、および構築された術式を瞬時に把握し、その術式を無に書き換える。

 俺も昔同じ事を閃いたが、術式を理解できない俺には天文学的な確率を当てる必要があったため、結局夢物語に終わった。

 ある程度術式を把握、構築できるオベイだからこそ実現可能な芸当げいとうだ。


「どんな手品か分からないが……、それなら無数に攻撃を浴びせるまでだ!」


 水、炎、雷、土、風、光、闇。

 奴の放つ強大な魔法一つ一つが、大気を震わせ轟音ごうおんをたてる。

 どの魔法も俺の目では追えない程の速度でオベイを襲っているが、それらがオベイに届くことは無く消えていく。

 その原因が分かるはずもなく、シンラは困惑する。


「貴様……本当に何をしたんだ! 何故私の魔法が届かない!」


「十八年間、ずっとお前を倒す事を考え続けていた。その成果さ」


「答えになっていないぞ!」


 明らかにイラついた様子でオベイを睨みつけるシンラ。

 だが腐っても魔王。

 すぐに冷静さを取り戻し、今の状況を分析する。


「……魔力もほとんど減っていないな。幻覚魔法を発動した形跡けいせきもない。これは夢か?」


 術式を駆使しているオベイは、魔力消費が通常よりも遥かに少ない。

 シンラとの魔力量の差も、これなら気にしないで済みそうだ。


「仕方がない。魔法が届かないのなら、全ての魔力を身体強化に振り切れば良いだけの話」


「ちっ、気づきやがったか」


「それに、お荷物も二人ほどいるし、な」


 そう言うと、シンラがこちらに敵意を向けてくる。


 あれ? これまずいのでは?


「私は今付与魔法で精一杯だから……コリン君、私を守ってね!」


「はい?! いきなりそんなこと言われても……」


 あいつの攻撃を防げるような手段無いんですけど!


「ところで、ハイエルフの女はいいとして、貴様は何者だ。何故逃げずにここにいる。まさか、私の魔法が消えたのは貴様の仕業か?」


 ……仕方がない、ひとまず会話をして時間を稼ごう。


「……魔法が消えたのは俺の仕業じゃない」


「そうか、まあいい、死ね」


「え、ちょっ、待っ……」


 話終わる前に、俺の視界からシンラが消えた。

 空間転移の魔法で俺の背後に移動したシンラは、俺の首目掛けて手刀を振り下ろす。


「させねえよ」


 オベイが素早く俺の前に飛び出し、攻撃を受け止める。

 だがその攻防で生じた衝撃波で俺は立っていられず、ゴロゴロと地面を転がった。


「ふむ、空間転移は止められなかった。魔法の発動自体は妨害されていない……。とすると、タイムラグのない魔法は止められない、又は自分の使えない魔法は止められない、のどちらかか?」


「……さあな、どっちも違うかもしれない」


「……まあいい、ゆっくり謎を解き明かすのもまた一興いっきょうだ。それにしてもこいつは本当になんなのだ。今の衝撃波にも耐えられない雑魚じゃないか」


 シンラが呆れた様子で地面に無様に転がっている俺を見てくる。


 いやほんとすみません場違いで。

 だがこの距離なら狙いを定められる。

 とりあえず今は出来るだけ時間を稼ごう。


「なあ魔王さんよ。俺が何者か知りたいか?」


「ふん、お前みたいな塵芥ちりあくた素性すじょうなどどうでもいい。さっさと消え……」


「俺も転生者だ。ただし前世はこことは違う世界に居た」


 シンラの発言を遮りながら俺は、ポケットに入れていた小さな金属の塊を取り出し、魔力を流していく。

 魔力に反応する形状記憶合金けいじょうきおくごうきん

 俺の微細びさいな魔力でもしっかり反応してくれるので目をつけた。

 やがてそれは、小さなノートパソコンの様な形へと変わっていく。


「ふん、別に驚くような事ではない。異世界からの転生者は貴様以外にも前例がある。ところで貴様、何をしている。なんだその微妙に折りたたまれた金属の板は」


「二百年前、魔王は何に倒されたか知っているか?」


 シンラの質問を無視し、俺は奴からに見えないようにボタンを押した。

 装置が起動する。


「……異世界からの転生者を含む冒険者パーティだったな。あの時は確か、先代魔王が油断していた結果、異世界のよく分からない知識に翻弄された挙句、無防備な所を爆殺された筈だったな」


 なんだそれめちゃくちゃ気になるんだが。


「確かに異世界は未知の領域、お前を生かしておくのは危険かもしれない。よし、速やかに殺すとしよう」


「ちょっと待ってくれ! 俺はケモミミ少女の膝枕で寝るまで死にたくない!」


 リリィとオベイ、シンラまでもが何言ってんだこいつ……といった目でこちらを見ている。

 それでも構わず、俺は続ける。

 とにかく何でもいい。

 馬鹿にされてもいいし、人としての尊厳を失おうと黒歴史をさらに一つ増やそうと構わない。

 死に物狂いで時間を稼がなくては。


「俺は魔法の存在する世界に転生しましたが、魔力に恵まれませんでした! ですが俺は洞察力に優れています、だから必ず貴方様のお役に立って見せましょう!」


「え?! コリン君このタイミングでまさかの裏切り?!」


「よし、お前から始末するか」


 オベイが俺を始末しようと指の骨を鳴らす。

 冗談だよな?

 俺は内心ビビりながらも話を続ける。


「それを証明するために今から一つ面白い話をしましょう」


「……ふざけているのか貴様? もういい、死……」


「先程の空間転移魔法、正確には空間転移ではないですよね?」


 しびれを切らし、俺を殺そうとした魔王の動きが止まる。


「なんだと?」


「貴方ほどの質量が転移した場合、その場から消えた事による大きな運動エネルギーが発生するはず……それが起きなかったということは、考えられるのは……空間そのものの入れ替え」


「……なるほど、確かに素晴らしい洞察力だ」


 シンラのこちらに対する敵意と警戒が強まる。

 そりゃそうなるよね。

 だが少し時間は稼げた。


「ねえ、どういうこと? 私全然理解できてないんだけど」


「俺は理解できたぞ。確かにそれなら万が一、魔法の発動に失敗しても大惨事にはなりにくいし、イメージも数段楽になるな」


「人体を転移させる魔法を使ったんじゃなくて、同じ大きさの二つの空間を丸々入れ替える魔法を使ったって事ですよ」


 まあ原子の組成そせいが全く同じじゃない限り何かしらのエネルギーは発生するから、ただ当てずっぽうで言っただけなんだけどね。

 まあ魔法なんていう超常が存在する世界で、情報力学なんてものが当てになるわけもないが。


「それでも魔法を発動するのには相当な集中力が必要なはずだ。そんな暇はもう与えないぞ!」


 オベイが空を覆い尽くすほどの『光弾』を展開し、発射する。


「ちっ……やはり異世界からの転生者は厄介だ、真っ先に殺すべきだったか」


 シンラが俺を殺そうとするが、オベイの猛攻もうこうを防ぐのに精一杯でこちらにはなかなか手が出せないようだ。


「くっ、鬱陶うっとうしい!」


「身体強化魔法だけで俺の『光弾』を交わし続けるのはキツいだろう!」


 アレシアとは比較にならないほどの威力と数の『光弾』がシンラをおそう。

 もはや絨毯爆撃じゅうたんばくげきだ。

 交わしきれず、徐々にシンラの体に火傷跡のような傷が増えていく。


「キリがないな……」


 視界全体をおおうほどの高密度な『光弾』に、シンラはたまらず背を向けると、逃げるように街中に駆けていった。

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