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第10幕 決戦の時

「ガーナピット軍がタイタン大森林を突破したようだ」


 タイタン大森林とは、オベイと住んでいた家があった所だ。

 もう少しで本格的な戦争が始まる。

 そしてあの化け物と戦うことになる。

 分かっていたはずなのに、体の震えが止まらない。


 そんな俺を心配して、リリィが声をかけてくる。


「コリン君大丈夫? 顔色悪いし少し休んだら? 君、ここ数日間全然寝てないでしょ」


「色々と作業で忙しくて。それに、やっぱり戦争となると怖くて……」


「今は休め。時間になったら起こしてやる。『スリープ』」


 ◇


 目にクマを浮かべ、血色けっしょくの悪い顔で震えるコリンに、眠気を誘う魔法を放つ 。

 一瞬でコリンの体がくずれ落ちる。

 よっぽど疲れていた様だ、無理もない。


「コリン君、シンラ相手に対抗できる物を作ろうと、ここ数日ずっと試行錯誤していたわ」


 ああ、知っている。


「なんで最初、シンラの事を彼に話さなかったの?」


「……正直、巻き込みたくなかったからな」


「じゃあ今からでも避難所に連れていく?」


「いや、こいつは間違いなく切り札になる。実はな……」


 よだれを垂らし、無防備に寝ているコリンを見て思う。

 お前は俺に恩があると思っているだろうが、それはお互い様なんだ。


 巻き込んでしまって済まない。

 必ず勝ってみせる。

 俺が人生で唯一愛したあいつらのために。

 そして、唯一できた親友のために。


 ◆


「射程距離範囲内にシンラが入りました!」


 一人の兵士がスコープをのぞきながら報告する。


「よし! 予定通り全員、シンラを狙え!」


 一般兵に指示を下しながら、フィグナルもスコープを覗いた。

 二発目以降は、シンラなら簡単に対処できてしまうだろう。

 初見殺しの一発、これで決まってくれと、この場にいる誰もが思いながら引き金に手をかけた。

 無数の銃口がシンラを捕らえる。


「発射!」


 フィグナルの合図で、全ての銃口が同時に火をいた。


「生死確認はしなくていい! 弾が無くなるまで打ち続けろ!」


 フィグナルの指示通り、反動をものともせずライフルを連射する兵士達。

 ここまでくるともはや壮観そうかんだ。


「……シンラの奴、どこに行った?」


 横にいたオベイがそう言って眉をひそめた。


 見ると、オベイの目に幾何学きかがく模様もようが浮かび上がっている。

 おそらく、遠くを見る魔法でも使っているのだろう。


「うわぁ、なかなかに凄惨せいさんな絵面ね。人が紙吹雪みたいにどんどん吹き飛んでいくわ。でも確かにシンラの姿は見えないわね、本人か判別がつかないほどズタボロにされたのかしら」


 リリィも目に幾何学模様を浮かべて戦況を覗いている。

 ここで、一人の兵士が双眼鏡そうがんきょうを見ながら空を指差し叫んだ。


「シンラ・ゾルマート、現れました! 空からです! 飛行魔法でコチラに急接近中! ダメージはない様子!」


「やはり通用しなかったか、迎撃げいげき用意! なんとしてでも壁の先には進ませるな!」


 フィグナルが素早く部下に指示を出す。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――。


 ソレは突然現れた。

 誰にも認識される事なくヴァレッタの中へ入ってきたソレは、フィグナルの背後に立つと、どこか愉快そうに。


「フィグナルよ。お前はたった十八年で私の脅威きょういを忘れてしまったのか?」


「「「?!」」」


 恐怖心を刺激するような、冷たく野太い声が騒がしい戦場に広がっていく。

 辺りにいた兵士達が一斉に声の主の方へ振り向き、そこにいるはずのないソレを見て蒼白になっていく。


 そこには、いつの間にか城壁を乗り越え、兵士達の反応を見て不敵な笑みを浮かべているシンラが立っていた。


「お前達に生き残る最後のチャンスをやろう。王族の首を差し出し、地にこうべを垂れ、ガーナピットの属国ぞっこくになることを誓え」


「貴様ぁ! どうやって入ってきた!」


 フィグナルが怒鳴どなりながらシンラに剣を突き付ける。

 シンラはそれをあっさりとかわすと、そのまま瞬く間にフィグナルを蹴り飛ばした。

 

「ふん、やはりあの男の居ないこの国などもう終わりだ。私を止められる奴はどこにもいない」


 シンラを中心に突風が巻き起こる。

 兵士たちは一人残さず吹き飛ばされ、防具が砕ける勢いで城壁にめり込み、動かなくなった。


「ふはははは、どうだアシュラン。あの世から見ているか? お前が命を賭けて守った国が、民が、私に蹂躙じゅうりんされていく様を!」


 シンラが高笑いをしながら、今まさに蹂躙を始めようとした、その時だった。


「相変わらず、品のない奴ね」


 威厳を感じる、凛とした声が戦場に響く。

 待ちびていた様子で声の主を見るシンラ。

 視線の先には、静かにシンラを睨みつけている王太后と国王がいた。


「アレシアにナナシロ……ようやく来たか。護衛の兵士すらいないとは、いさぎよく首を差し出す気になったのか?」


「……私と息子が首を差し出したら、国民には手を出さないでくれるのかい?」


 冷たい声色の奥底に、明確な敵意が込められている。

 不倶戴天ふぐたいてんの敵を見るかの様な鋭い眼光が、シンラを捉えていた。

 そんなアレシアに全くひるむことなく、それどころか鼻で笑いながら。


「ああ、約束しよう」


 誰が見ても嘘だとわかる態度で、シンラは吐き捨てる様に言った。


「陛下、殿下を連れてお逃げください! シンラ、『動くな』!」


 満身創痍まんしんそういのフィグナルは二人をかばうように前に出ると、何かの魔法を発動させた。

 シンラの足元が地面にめり込む。


「ほう、これほど強力な重力魔法を発動させるとは。以前の私なら少しは足止めできていたかもな。しかし今の私には効かない」


 シンラは重力をものともせずに抜け出すと、再度フィグナルを蹴り飛ばした。

 そして次の瞬間、ナナシロとアレシアの目の前にシンラが現れる。


「あいつ、空間転移まで使えるようになっていたのか!」


 戦場の様子を今まで静観せいかんしていたオベイが、驚いた様子で口を開く。


 要するにテレポートだろ?

 割と簡単に出来そうな気がするのだが。


「リリィさん、空間転移ってそんなに難しい魔法なんですか?」


「ええ、魔法を発動する際、自分の臓物ぞうもつだけ転移させてしまったり、身体の一部が欠損けっそんしたりと、イメージが難しくてリスクが大きい魔法なの」


 何それ超怖い。


「私の出番もそろそろ来そうね。コリン君も一緒に来るのよね? ……一応聞いておくけど、死ぬかもしれないわよ?」


「もちろん覚悟はできています。いざとなったらリリィさんをかばって死ぬのも本望です。なんなら人型の肉盾だと思ってもらって結構です」


 俺は真剣な眼差しでうったえる。 


「う、うんわかった、でも死んじゃったら悲しいから、あまり無理はしないでね?」


「善処します」


 リリィが少し引いている気がするが、多分気のせいだろう。


          ◆


 二人を守るために囲んでいた兵を一瞬で蹴散らすシンラ。


「やれやれ。分かってはいたことだが、やはりアシュランがいないと呆気あっけないな」


「母上、お下がりください!」


 ナナシロは剣を抜き、アレシアをかばう様に前に出る。


「私と戦う気か? 見れば分かる。奴の血を引いているとはいえ、お前では奴の足元にも及ばない」


「黙れ外道げどう! 貴様(ごと)きが父上を語るな!」


 ナナシロが剣を振り下ろすが、シンラはそれを軽々と交わし、鳩尾みぞおち掌底しょうていを叩き込む。

 思わず膝をつきそうになるが、何とか踏ん張りシンラを睨みつけるナナシロ。


「ぐっ……なめるなぁぁぁぁ!」

 

「ほう、耐えるか。フィグナルよりは硬いな」


 痛みに耐えながら、ナナシロが大きく剣を振り回す。

 それを避けるため、シンラは一度距離をとった。

 間髪入れず、ナナシロは剣のさやをシンラの目元目掛けて投げつける。

 鬱陶うっとうしそうにそれをはじいたシンラの視界に、ナナシロの姿は無く。


 シンラの後ろに瞬時に回り込んだナナシロは、そのまま両手をシンラの背中に当て、魔法を唱えた。


「『疾風螺旋斬ゲイルサイクロン』!」


 人体を切り裂く無数の風の刃が、渦巻き状になってシンラをおそう。

 シンラの体は回転しながら、ちゅうに打ち上げられた。


「もう昔の様な足手まといでは無いぞ!」


「ふむ、なかなかの腕前、だがやはり奴には遠く及ばない」


 吹き飛ばされたシンラは何事もなかったかのように地面に着地する。

 魔法によって切り傷だらけだったシンラだが、あっという間に肉体が治っていく。

 シンラは回復魔法ちゆまほうも使える様だ。


「なめるんじゃないよ、なんで私達がここにいるか分かるかい? あんたを倒すためさ!」


 アレシアは空中に大量の光の弾を作り出すと、シンラに向けて一斉に放つ。

 放たれた側から新しい光の弾が生成され、即座に発射される……が。

 それを喰らっても、シンラは余裕の表情で平然と立っていた。


「ほう、光の汎用魔法、『光弾』か。亡き夫の十八番おはこの魔法を使ってくるとは、これまた泣けてくる……なんてな。馬鹿馬鹿しい!」


 シンラの目が不気味に光る。

 それと同時にアレシアの動きがピタリと止まった。


「くっ! 体が……?!」


「そんなに奴のことが忘れられないか? 愛だの、命をして護りたい存在だの、馬鹿馬鹿しい! それが無ければ、あの男はあんな馬鹿な死に方はしなかったのだ! そんなものは、己を弱くするだけだと何故分からない!」


「貴様あぁぁ……!!」


 隣にいるナナシロも動けず、ただただシンラを睨みつけるばかり。

 おそらく金縛り系の魔法をかけられているのだろう。


「この国はもう終わりだ。また何の役にも立てませんでしたと、父親にあの世で泣きつくがいい!」


「待ちなさい! 見せしめに王族を殺すのなら、私だけで十分なはずよ!」


「はっはっは! 夫だけでなく、息子さえも失ったお前の表情を見るのも、また愉快そうだと思ってな!」


 シンラは先程のアレシアの何倍もの数の『光弾』を瞬く間に作り出す。


「奴の十八番おはこの魔法でとどめを刺してやる。屈辱くつじょく怨嗟えんさの感情に飲み込まれながら死んでいくがいい」


「おいおい、これまずいんじゃないのか?」


 物陰ものかげで事の成り行きを見ていたが、このままだとナナシロもアレシアも殺されてしまいそうだ。


 今発動するしかないのか?

 だがこの状況だと失敗する可能性が高すぎる。

 あの二人を見捨ててでも今は待つべきなのか?

 

 ……。

 ええい!

 後先なんて考えてられるか!

 今やるしかない!


「待て、まだお前が出る時じゃない。それともここでお前が出て、何とかできる自信でもあるのか?」


 オベイに止められて、俺はハッとする。

 まずい、焦りすぎて冷静さを失っていた。

 自分の心臓の音が聞こえてくる。


 落ち着いて考えろ。

 ここで無鉄砲むてっぽうに出て行っても、足手まといにしかならないだろ。

 

「……ちょっと厳しすぎるな」


「ならここは俺に任せろ」


 ◇


「全く、ここまで歯応はごたえがないとはな」


 私はあまり呆気あっけ無さに、思わず溜息を吐いた。

 基本的に弱者を蹂躙じゅうりんするのが大好きな私だが、心のどこかで強敵との戦いも期待していたのかもしれない。


 目の前で無様ぶざまに縛り付けられている今は亡き強敵の息子を見て、失望のあまりもう一度大きく溜息を吐く。


「自爆魔法で一人ずつ私に特攻していれば、私に一矢報いっしむくいることくらいはできたかもな」


「この国はガーナピットの様に命を粗末に扱ったりなどしない。そんな手段をとるくらいならほろんだ方がマシだ」


「ふん、綺麗事を。結局滅ぶのだから何も変わらないだろう。さて、無駄話が過ぎたな。そろそろ終わりにしよう」


「黙って聞いていれば、もう勝った気でいるんだな」


 気配が一切しなかった。


 今まで幾多いくたの戦場で暴れまわり、場数を踏んできたこの私に全く気配を察知されることなく、ソレはそこにいた。


「……誰だ貴様は?」


「き、君は闘技場にいた……」


 ナナシロが驚いた様子でそう呟いた。


 フードを深く被り、顔は口元以外見えない。

 若い戦士にも、歴戦の戦士にも見える不思議なたたずまいをしたその人間に、只者ただものではないと察し、私は身構えた。


「馬鹿な王を傀儡かいらいにして、人間の領地を奪うのは楽しいか? 魔族の王よ」


 こいつ、何故そのことを知っている。


「……何者だ」


「さあな」


「ふん、こいつらを殺したら次はお前だ」


「貴様! まさか……!」


「ガーナピットはすでに魔の手に侵食しんしょくされていたのね、愚かな……」


「ふん、バレてしまったかだが問題ない。口封じにここにいる者を余さず殺せばよいだけだ」

 

 私は、無数の『光弾』でこの場にいる人間どもの体を貫こうとした。


 その時。


 ◇


 それよりも速く、オベイの放った『光弾』が、シンラの肩を貫いた。


「「「?!」」」


 被弾したシンラはもちろん、アレシアとナナシロも何が起こったのか瞬時に理解できていないようだ。


「作戦コードA、開始!」


 途端に、倒れていたフィグナルが唐突に起き上がり、声を張り上げる。

 すると、気絶していたと思われた兵士達が次々と起き上がりだした。

 どうやら皆、タイミングを見計らっていたようだ。

 まるでこうなることを知っていたかの様に。


 シンラは呆然ぼうぜんとしながら、周りをキョロキョロと見渡す。

 そしてオベイのことを鋭くにらみつけると。


「これは貴様の策略さくりゃくか?」


 シンラの問いにオベイは答えず、ただ静かに笑うだけだった。


「ナナシロ陛下、アレシア殿下! 急いで此方こちらへ!」


 数人の兵士がナナシロ達を庇うように動きながらその場を離れる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、貴殿きでんは一体何者なのだ?!」


 ナナシロがオベイに問いかける。

 その問いに答えるかのように、オベイは着ていた外套がいとうを脱ぎ捨てた。


「な、なんであなたが……これは夢?」


 その姿を見たアレシアの眼から、涙があふれ出す。


「久しぶりだなアレシア。積もる話は後だ、まずはコイツを倒す」


「えぇっ?! どうしたんですか母上?! あの青年は一体……以前見た時とは顔が違いますが……」


 泣き出した母親を見てナナシロが狼狽うろたえる。

 泣き出した母親を心配するというよりかは、この人って泣くんだ?! と驚いているような感じだ。


「アシュラン……」


「「ええええぇ?!」」


 アレシアがボソリといったその言葉に、ナナシロとシンラの声が見事にハモった。

 ちなみに俺も危うく声を上げそうになった。


「父上?! 僕より若いですよ?! 母上の見間違いでは……」


「貴様、本当アシュランなのか?! 何故生きている?! なぜ若返っている?!」


 面白いほど動揺する二人。

 その様子を見ながら、俺の中で、全ての違和感の辻褄つじつまが合った。


 何故身分を隠して生きていたのか。


 そんなにも強いのか。


 人を見る目にけているのか。


 同年代なのに異様に達観たっかんしているのか。


 ヴァレッタが異常なまでに大好きなのか。


 フィグナルやライドルにしたわれているのか。


 十八歳のお前が、十八年前の事を昨日のように覚えているのか。


 帝王学の知識があるのか。


 そして、この国の王、王太后が大好きなのか。






 シンラの質問に、オベイは静かに答えた。


「俺は()()()だ」

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