第7章 あの二人、怪しい
「頼む! 十分だけでいいから!」
夕食を済ませた俺は、宿でオベイに土下座で頼み事をしていた。
「やっぱりお前、まだまだ余力あるよな。明日はもっとみっちりしごいてやる」
「しごかれてクタクタだから癒されに行こうとしているんだろ! ムチばっかじゃなくてアメも適度にくれよ!」
回復魔法は、傷は消えても疲労や精神的なダメージは消えない。
そのため、エルフの店で回復しに行きたいと主張したのだが。
「ダメだ。どうせ興奮しすぎて余計に疲れる。明日の訓練に支障が出るぞ」
この堅物は許してくれなかった。
「そもそも金はあるのか?」
そういえば、この世界で金を稼いだ事など一度もなかったな。
もちろん今までの生活費等も全てオベイが負担してくれていたし……。
「……なあ、お前ってなんでそんなに金持ってんの?」
会ってまもない頃から懐疑的だった事だ。
一体どこから収入を得ているのだろう。
「狩った魔物の売れる部分をヴァレッタに行く度に売っていたんだよ。あそこは魔物だらけだ、金には困らん」
なるほど、前回ヴァレッタに来た時の用事はこの事だったのか。
ふと俺は気づいた。
……今の俺ってただのクズヒモニートじゃないか?
……………。
俺は申し訳なくなり、俯きながらで椅子にそっと座った。
「人の金で豪遊していた事に罪悪感を覚えたのなら、大人しく俺の言う事を聞いてもらおうか」
「はい……、すみませんでした」
「まあ明日は連れて行ってやるから、今日は休め。それとできれば地球の面白い雑学の話をだな……」
「また聞きたいのか? お前、本当にこの手の話、好きだよな」
「未知への探究心に溢れているからな、俺は」
ということで今日は飛行機の話でもしてやろうと思い話し始めたのだが、思った以上に疲れが溜まっていたらしい。
五分も経たないうちに意識が薄れてくる。
「やっぱりそのヒコウキという乗り物の話はまた今度にしよう。今日は長距離歩いた上、初めて魔物との戦闘もしたんだ。体の方はもう限界だろう」
オベイが何か喋っているが、途中から何を言っているのかよく聞こえない。
そのまま俺の意識は深く沈んでいった。
◆
「よし、とりあえずは及第点だな」
日も暮れてきた頃、ようやく一体、猪の魔物を倒すことができた。
身のこなしや魔法の練度が上がった実感はあるものの、正直自分のやりたかった戦い方ではない。
魔力切れが起きない程度の身体強化を施し、紙一重で突進を交わし続け、地面の砂や石を投げつけ嫌がらせをし、隙ができたら剣で急所を斬りつける。
何度もコンテニューしながら少しずつ攻略していく、まるでRPGを縛りプレイで攻略しているような気分だ。
「ちなみにこいつが十体いても、並みの冒険者や一般兵なら一人で勝てる」
「なあ。やっぱり俺、避難してもいいかな?」
やはりこの世界では、魔力のない人間に人権は無いのかも知れない。
「昨日今日の戦いで、少し分かっただろ? 結局、お前の魔力量だと微弱な身体強化くらいが限界だ。戦闘面でお前がこの国に貢献できることはない。だがお前には違う武器がある」
そう言いながらオベイは頭を人差し指で突く。
どうやら二人とも、考えている事は同じらしい。
「魔法とかいう超常を覆せるほどのモノを作れるか、聊か不安だがな」
「この国にある素材、人員、いくらでも好きに使ってくれ。もう話はつけてある」
流石はオベイ、頼りになる。
まずは何を作ってみようかと悩んでいると、ふと声をかけられた。
「君かね、フィグナルに無理な要求を飲ませた者は」
オベイは表情を強ばらせ、咄嗟にフードを深く被る。
途端に辺りにピリついた空気が流れ始め、思わず俺にも緊張が走った。
「これはナナシロ陛下、この様な場所までご足労いただき、ありがとうございます」
オベイが深々とお礼をする。
彫りが深い端正な顔立ちをしたこの男は、どうやらこの国の王らしい。
そしてその斜め後ろにいる高貴な衣装を纏った女性の顔に、俺は見覚えがある。
「何か私奴に御用でしょうか」
「フィグナルは慧眼の持ち主だ。そんな彼がこの国の資源を自由に使用していいと許可を出した相手が、どんな者か興味が湧いてな。まさかこんな若衆だったとは」
王の後ろで、フィグナルだと思われる大男が申し訳無さそうな顔をしていた。
おそらく口止めされていたが、王に問い掛けられて断れずに言ってしまったとかだろう。
あれ? この人にも見覚えがある。
たしか検問する所でオベイにペコペコしていた兵士だ。
「ところで何故顔を隠す。何か疾しい事でもあるのかな?」
「……そういう訳では無いのですが、何分人前で顔を出すのが苦手でして」
「先程は普通に出していたではないか。見られたら何かまずいことでも?」
「……」
オベイが完全に黙る。
ははーん。
こいつ、さては好きな人が近くにいるから、恥ずかしくて顔を上げられないのか。
多分今頃、こいつの顔は今真っ赤なんだろうな。
「君が怪しい者な可能性がある以上、私は君と繋がりを持つフィグナルのことも疑わなくてはならない。私に大事な部下を疑わせないでくれないか」
そう言いつつも、王は軽く微笑んでいた。
フィグナルが自分を裏切る人間じゃないと完全に信用しきっているのか、オベイが悪者じゃないと確信しているのか。
俯いたまま、少し固まっていたオベイだが、やがて決心した様子で被っていたフードを外す。
現れたオベイの顔を見て、俺は思わず目を丸くした。
こいつ、魔法で顔を変えてやがる!
オベイの顔には元の面影すら全く無く、さらには顔の左半分が火傷痕のような傷で埋め尽くされていた。
「申し訳ありません。気分を害してしまうかと思い、顔の傷をあまり見せたくなかったので」
オベイの顔を見たフィグナルは、なにやら安心したらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。
それを横目に見ていた王太后は、何かを悟ったのかクルリと踵を返すと。
「ほら、そろそろ帰るよ。油を売っている暇なんて一秒もないんだから。各自、今できることを精一杯やるのよ」
「あ、お待ちください母上! それでは失礼する。顔を見せてくれてありがとう」
そう言うと、王と王太后は、複数の護衛と共に帰っていった。
「全く、相変わらず緩い奴だ」
オベイは体の力を抜くと、顔を元に戻し、大きくため息を吐く。
「緩いって国王のことか?」
「そうだ。王ならばもっとどっしり構えるべきだ。民にお礼なんて言わんでいい」
俺は帝王学に関しては微塵も分からないが、そういうものなのか。
それにしても、前はベタ褒めしていた癖に、急に厳しくなったな。
「ところでお前、なんで顔を変えたんだ?」
「顔を覚えられて、目をつけられたら面倒臭いだろ」
「俺はてっきり照れている姿を見られたくなくて顔を隠していたのかと」
「ガキじゃ無いんだ。そんな情けない理由で顔隠すわけないだろ」
呆れた様子で俺を見るオベイ。
そのやり取りを見ながら、少し後ろでライドルが微笑ましそうに笑っていた。
◆
「あら、待っていたわよオベイ君。コリン君もいらっしゃい、ゆっくりしていってね」
店に入ると、リリィが営業スマイルで迎えてくれる。
「え、お前もしかして予約してたの? 興味ないフリしてたけど、実はこの店の事気に入ってたのか」
「違う、俺はリリィと話があるだけだ。お前はいつも通り適当に酒でも飲んで酔い潰れていてくれ」
そう言い残し、リリィと店の奥に消えていった。
てかしれっと呼び捨てになってるし。
なんか不愉快だ。
今日はアイツの金でたらふく飲んでやろう。
さて、今日は何を呑もうかな。
俺がカクテルのメニューに目を通していると、セラフィが声をかけてきた。
「まさかあの二人がねえ。流石に予想外だわ」
セラフィは俺の横に座ると、何やら含みのあるセリフを呟く。
その言葉の意味が理解できないほど、俺も鈍くはない。
「え、オベイとリリィさんってデキてるんですか?!」
「分からないけどあの二人、夜中たまに会ってるらしいわよ。そう考えた方が自然よね」
セラフィが酒でほんのり赤くなった顔をグイとこちらに近づける。
果実酒の匂いが鼻腔をくすぐった。
セラフィは俺の耳元に口を近づけると小声で。
「ねえねえ、何してるかこっそり覗きに行かない?」
そんな悪魔の提案をしてきた。
……オベイはこの世界で唯一のダチだし大恩がある。
そんなアイツを裏切るような真似は……。
「行きましょう!」
好奇心に負けた俺は、二つ返事で返した。
◆
セラフィに連れられて、二人がいる店の奥まで来た。
何やら話し声が聞こえるが、ここからだとよく聞こえない。
仕方がないので、音を立てない様にそーっとドアに耳を近づけたが、まだいまいち聞こえない。
どうしようかと思っていると、突然、二人の話し声がピタリと止んだ。
もしかしてバレたか? と思い血の気が引いたが、また話し声が聞こえてきたのでほっと胸を撫で下ろす。
すると俺と同じようにドアに耳を擦り付けていたセラフィがドヤ顔で、部屋の中に聞こえないように囁き声で。
「安心して、エルフは耳がいいのよ。バッチリ聞こえるわ!」
私に任せて! と言わんばかりにウィンクしながらそう言った。
そういうことならと期待していると、話を盗み聞きしていたセラフィの頬がみるみる赤くなっていく。
時々、「あの二人そこまで……?!」などと言いながら驚いたように目を見開いたり、黄色い声をあげたり。
しばらく話を盗み聞きした後、俺の肩を両手でがっしりと掴み、ガクガクと揺らしながら。
「落ち着いて聞いて! 落ち着いてね!」
「い、いや、ま、まずセラフィさんががが、落ち着いてくださいいいいい!」
舌を噛みそうになりながら、何とか小声でセラフィを制止する。
一体何を聞いたらこんなに動揺するというのか。
気になる反面、少し聞くのが怖い。
セラフィは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ゴクリと唾を飲み、口を開く。
「あの二人、もう子供がいるって……」
「ええええええぇ?!」
盗み聞きしている状況であることをすっかり忘れ、俺は驚きの声をあげる。
「ちょっと、声おっきいよ! バレちゃうバレちゃう!」
「あ、すみませんつい……」
慌てて声を抑えるが、流石にもう遅かった様だ。
ギィィと音を立てながら、ゆっくりとドアが開く。
そして、そこには真顔で俺達を見下ろす二人の姿があった。
「「……なにしてんの?」」
「「……すみませんでした」」
◆
「まあお前らがドアの前に居たことは最初から気づいていたけどな」
「え、じゃあ二人がもう既に色々済ませてて子供まで出来てるって話は……」
「ちょっと驚かせようと思っただけよ、フフフ」
部屋の隅で正座させられていた俺達は、どんな仕打ちをされるかヒヤヒヤしていたが、案外二人の機嫌は悪くなさそうだ。
「まあ盗み聞きは良くないよな。さて、どう折檻してやろうか」
「エルフ式拷問術でも試してみましょうか」
訂正、少なからず怒っているはいる様です。
「まず、コリンは女装させて店員としてこの店で働かせよう」
「ナイスアイデアね! 多分他の子の服が余ってるから持ってくるわ」
「マジで勘弁してください」
俺は頭を地面に擦り付けて反省の意を示す。
「セラフィはペロリンの刑にしましょ。とりあえず服を……」
「そ、そんな事より、結局二人はどんな話してたのよ。私達に隠す様な事なの?」
このままだと酷い目に遭うと察したセラフィは、即座に話を逸らす。
え、そんな事よりペロリンの刑って何? 服をどうするの? 破くの? 脱ぐの? 食べるの?
そう聞いてみたかったが、さすがに言い出せなかった。
「そうね、アナタが昨日色男に口説かれて入った店で酔い潰れて、持ち物全部盗まれた事くらい隠したい話ね」
「もう話してるじゃない! というかなんで知ってるのよ! あの男、絶対に許さない! せめて手は出しなさいよ!」
涙目で悔しそうに、握りしめた拳を地面に叩きつけるセラフィ。
前々から思っていたが、なんというか……少し残念な人だな。
愚痴が止まらないセラフィに憐れみの眼差しを向けていると、オベイが肩に手をポンと乗せて諭すように。
「お前だって同じ様なもんだぞ」
「そんなことないだろ。俺は普段から怪しい勧誘には細心の注意を払っているからな。こんなに惨めな事にはならない」
「いやお前、エルフに誘われたらホイホイついていくだろ」
「確かに着いて行きそうね。そしてすぐに酔い潰れて身ぐるみ全部剥がされてそうだわ」
「コリン君、今さりげなく私の事惨めって言ったよね?」
くっ……。
以前調子に乗って強い酒を飲んで酔い潰れたことがあったし、強く反論できない。
「まあ楽しい話はここまでにしておいて、そろそろ戻るわよ。セラフィ、アンタは無断でサボったんだから人一倍働きなさい」
結局何の話をしていたか分からなかったが、それに対して追及すると本当に女装させられそうなのでやめておこう。
俺は立ち上がり、足についた埃を払う。
「あの、ちょっと待って、足が痺れて立てないんだけど……」
横でセラフィがピクピクと痙攣しながら足を抑えている。
「全く、肩貸してあげるから、ほら行くわよ!」
「あ、待って! 足がジーンって! アイタタタタタ!」
再び涙目になって、生まれたての子鹿の様にガクガクと震えるセラフィ。
それを見ていたオベイが、平然としている俺を見るなり不思議そうに。
「お前、あれだけ正座していてよく無事だな」
「俺のいた国では、正座する機会が結構あったからな。慣れているんだよ」
どうやら日本人としての強みが出たらしい。
「筋肉痛には弱いのにな」
「運動する機会は不足していたっぽいからな……」




