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第6幕 戦闘訓練

 転生してから二年の月日が経った。

 その間、俺の魔力量はほとんど増えておらず、術式の構築も全く上手くいかず、流石に心が折れかけていた。


「なあ、俺せっかく異世界転生したのに、魔法もロクに使えないまま寿命を迎えるのかな」


 俺は召喚したなめくじを眺めながら、外から帰ってきたオベイに問いかける。


「このままだと天寿を全うすることすら出来ないかもな」


「え? なんでだ?」


 いつも通り小馬鹿にされるのかと思ったら、深刻そうな声色こわいろで返され、思わず聞き返す。


「ガーナピットが戦争の準備をしているという噂を聞いた。このままだとここ等一体は戦火に包まれる可能性がある」


「ガーナピットって……またヴァレッタを狙っているって事か?」


「おそらくな。とりあえず、ここを出る準備をするぞ」


 オベイが大きなリュックに食料などを詰め込んでいく。

 緊迫した空気に流され、俺も急いで準備をしようとしたが、よくよく考えてみると大事な物など一つもなかった。

 この家の中にある物も、着ている服も、全部オベイのものだしな。


「それで、どこに行くんだ?」


「とりあえずヴァレッタに向かう。ここはヴァレッタとガーナピットの間にある森林地帯だ。いつガーナピットが進軍してくるか分からない。色々聞きたいことはあるだろうが、そこら辺はヴァレッタに向かいながら話す」


 今回は道の途中で休むなんて悠長ゆうちょうなことは出来ないだろう。

 また筋肉痛が酷いことになりそうだ。

 などと考えていたら、オベイは壁の写真を額縁がくぶちから取り外し、なんとかリュックに入れようと試行錯誤していた。


「いや、そんな物要らないだろ」


「は? 俺の宝だぞ!」


「ヴァレッタ行けばいくらでも実物を見れるだろ! ……というかその写真、昔と変わってないか?」


 顔の角度やよく見ると違っている。

 目線は相変わらずカメラの方を向いていない、というか撮られている事に気付いていないように見えるが、これってまさか……。


「この前ヴァレッタに行った時、姿を見かけてな。目に焼き付けておいて、家に帰ってから念写魔法で写し出したんだよ」


「そんなこと出来るのかよ……すごいな」


 やってることはただの盗撮だけど。

 そろそろ本格的なストーカー行為を始めてもおかしくなさそうだなコイツ。


「おい今何か失礼なこと考えただろ」


「考えてない」


 ◆


「もう足がパンクしそうなんだが……」


「もうすぐ着くぞ。踏ん張れ」


「というか、なんでこれから戦争する国に行くんだ? 他の国に逃げればいいじゃないか」


「何を言っているんだ。俺たちでガーナピット軍を殲滅せんめつするんだよ」


「お前が何を言っているんだ」


 オベイはともかく俺は肉壁にしかなれないんだが。

 他には無害な生物を適当に召喚する一発芸しかできないぞ。


「大丈夫だ。ヴァレッタはガーナピットと違って周りの国からの援軍も期待できる。安全に勝ち馬に乗りつつ、お前の一発芸で功績を上げれれば将来安泰(あんたい)だ」


「何を出せば戦争で功績を上げられるんだよ。というか、ガーナピットの王ってそこまでバカなのか?」


「……まあ流石にそこまででは無いな」


 勝ち筋が無いのに戦争を仕掛けるほどの愚王ぐおうでは無いか。

 他国からの援助無しでもヴァレッタと互角以上に渡り合える力、または策があるという事だ。


「まあ冗談だ。お前は安全な場所に避難してくれ。だが……もしヴァレッタが負けた場合、エルフの店も無くなってしまうがいいのか?」


「俺に任せろ。ヴァレッタは俺が守る」


「チョロいなこいつ」


 最悪俺には異世界の知識という切り札がある。

 それに、ここで功績を残せばゼウスから評価されて褒美とやらを貰えるかもしれない。


「じゃあ実戦訓練をしないとだな」


「実戦訓練? なんだ、殺し合いでもするのか?」


「それに近い事をする。ぶっつけ本番で戦えって言われても難しいだろ」


 そういえば平和すぎて実感が湧かなかったが、ここって魔法あり魔物ありのファンタジー世界だったな。

 昨日食べたシカも、一昨日食べたクマも魔物だったなそういえば……。

 あれ?


「なあ、俺せっかく異世界に来たのに異世界っぽい事何一つできてないぞ!」


「なんだいきなり大声出して。ちゃんと魔法を使っているじゃ無いか。召喚魔法」


「なめくじとかカエルを召喚して何が楽しいんだよ! せめて使い魔を召喚するとか、そういうファンタジー感ある事がしたいんだよ!」


「まあ……無理だ。諦めろ」


 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 チートスキルで無双したり、類稀たぐいまれなる魔法の才能があって世界の危機を救ったり。

 頼れるパーティーメンバーと一緒にモンスターを倒したり、そのまま恋愛に発展していったり。


 どこで道を間違えてしまったのだろうか。

 いや全部転移座標設定してなかったイシスが悪いわ。


 俺はこれからの異世界ライフを少しでも有意義にするためにどうしようかと、あごに手を当て脳内で策をめぐらす。

 ふと、この前オベイに言われたことを思い出す。


「それしかないか……」


 ファンタジー感を壊してしまうので個人的に気が進まないが、充実した異世界ライフを満喫するという目的のため、背に腹は代えられない。


 異世界の知識で無双計画、実行します!

 めざせ酒池肉林しゅちにくりん


 などと能天気に考えていた俺は。

 現実はそんなに甘く無いことを、身をもって知る事になる。


 ◆


「ひぃぃぃぃ! オベイ! 助けてぇぇぇぇぇえ!」


 ヴァレッタ闘技場。

 学生祭で魔法勝負を披露する時や、冒険者の階級昇格戦などに使用される、円形闘技場えんけいとうぎじょう

 その隅っこを借りて、俺は生捕りにされたモンスターと戦っていたのだが。


「落ち着け、仮に生身でそいつに突撃されても骨が何本か折れるだけだ。当たり所が悪くなければ致命傷にはならないぞ」


「普通に骨折れるのは痛いし怖いだろ!」


 命に関わる戦闘。

 頭の中ではシミュレーションはしっかりしていたつもりだが、実戦となると思った様に体が動かない。

 持っている剣を振ろうにも体が思う様に動かず、それどころか敵と目が合うだけで、背を向けて逃げ出したくなる有様だ。


「おいおい、馬鹿正直に突撃してくるボアにすら怖気おじけ付いていたら、人間となんてとてもじゃないが戦えないぞ? ほら、頑張れ頑張れ」


「ちくしょう! お前絶対楽しんでるだろ!」


 ニヤニヤしながら適当な応援をしてくるオベイに若干じゃっかんの殺意を覚えながらも、俺は覚悟を決めて赤く光っている眼球に狙いを定め、剣を構えた。


 どんな生物でも目は弱点だろう。

 ぶつかる直前で俺は魔物の目に向かって剣の先を突き立てる。


「これでもくらえ!」


 しかし、見事に狙いを外したその剣先は、硬い毛皮に弾かれた。


 「あっ」


 そのままモロに突進を食らった俺は、数メートル後方へ吹っ飛ぶ。


 背中が思いっきり叩きつけられる感覚。

 あまりの衝撃にしばらく呼吸すらできず、痛みにもだえ苦しんだ。


「おーい、生きてるかー?」


「ちょっ、お前。これマジで死ぬって」


 オベイが生存確認とやり取りをしていると、一人の兵士がこちらに歩いてきた。

 オベイはその兵士に手を振ると。


「それじゃあ頼んだ」


「お任せください」


 兵士はそう言い頷くと、俺のそばに寄ってきた。

 金属製の籠手こてを外し、俺の体に手を当てて唱えた。


「『ヒール』」


 すると、俺の体が淡い光に一瞬包まれ、それと共に全身の痛みが嘘の様に消え去る。


「え? え?」

 

 まさか回復魔法か?

 ヒールとか言ってたし間違いないんだろうが、こんなにあっさり治るのか……。


 俺は思わず起き上がって体中を確かめながら戸惑う。

 そんな俺を見て、続行可能だと判断したオベイは。


「よし、大丈夫そうだな。それじゃあ第二ラウンド……」


 かけ声と共に、魔物を拘束していた魔法を解こうと……。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 いくら回復魔法があるとはいえ、小休憩もなしに連戦するのはしんどい。

 とりあえず話を反らして時間を稼ごう。


「どうした、どこかまだ痛むのか?」


「いや、それは大丈夫だ。ほら、まずはお礼をだな……。回復してくれてありがとうございます」


 俺は回復魔法をかけてくれた兵士にお礼を言う。


「いえいえ、ア……オベイ様の頼みですので、お気になさらないでください」


 検問をしていた兵士もそうだったが、オベイに対してえらく頭が低いな。

 この人ならオベイについてなにか知ってそうだ。

 この世界に飛ばされてからオベイとはほぼずっと一緒にいるが、あいつの素性すじょうに関してはほとんど何も分かっていない。


  俺は兵士にこっそりと耳打ちをする。


「あの……、オベイって何者なんですか?」


 それを聞いた兵士は、申し訳なさそうに首を振ると。


「それに関しては口止めをされていますので……。ですが、近い内に知る機会があると思いますよ」


「おいお前ら、俺に内緒で何の話をしているんだ?」


 怪訝けげんな表情を浮かべながら、オベイが俺たちの間に割って入ってくる。

 俺は咄嗟にごまかそうと、適当な話題を考えた。


「……ケモミミ少女の働くお店について聞いてたんだよ。だけど心当たりが無いらしい。残念だ」


「さてはお前、まだ結構余裕あるな? もっと魔物のレベルを上げるか」


「マジでしんどいです勘弁かんべんしてください」


 ◆


「そういえばあの回復魔法を打ってくれる人は誰なんだ? お前の知り合いっぽかったけど……」


 指で数えきれないくらい魔物に吹っ飛ばされた俺は、傷だらけの状態で地面に横たわりながらオベイに問いかける。


「あぁ、あいつはライドル。昔色々と世話になった奴でな。俺は回復魔法が不得手だからな、お願いして来てもらった」


「お前にも苦手な魔法なんてあったんだな」


「回復魔法はイメージが難しいからな。それに、人体の構造や医学に詳しくないと、最悪の場合、回復させるどころか逆に死なせてしまう可能性すらある」


「何それ怖い。でも、もしかしたら俺でも使えるのか?」


 自分の肉体が修復していくイメージ。

 自分の傷が治るまでの過程をイメージする。

 すると、左腕の擦った跡が痛みとともにきれいに消え去った。


「お、り傷程度なら俺でも治せるな」


 細胞の移動、増殖、etc……。

 それをイメージしただけで身体中の擦り傷が消える。


「お前、医学にも精通しているのか」


 オベイが感心しながら治った俺の肌を見る。

 回復魔法なんてチートがない分、医療分野はこの世界よりも地球の方が遥かに発展していたからな。

 この程度の知識なら、高校の保険の教科書に載っていてもおかしくないレベルだ。


「だけどまだ体の節々が痛むし、魔力が枯渇こかつしたせいで身体中が怠くなってきた……。擦り傷があった時の方が元気だったぞ」


 回復魔法を使って戦闘不能になる、本末転倒である。

 しばらくは体を起こせそうにないので地面に大の字で寝っ転がっていると。


「申し訳ありません。そろそろ魔力が底を尽いてしまいそうです。代わりの回復術師を呼んできますね」


「いや、今日はここまでにしましょうそうしましょう」


 代わりを呼んでこようとしたライドルを、俺は慌てて引き止める。

 今日はもう終わりにしたい。


「おいおい、あまり時間がないんだ。甘ったれた事を言うな」


「このままじゃガーナピットが攻めてくる前に死ぬって!」


「大丈夫だ、人間そんな簡単に死なない」


 オベイが薄ら笑いを浮かべ、目を光らせる。

 この鬼教官おにきょうかんめ。


 結局、日が暮れて手元が見えなくなるギリギリまで、俺の戦闘訓練は続いた。

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