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小波の宮

白状しよう。私はこの先の展開を知らない。


……なんのこっちゃ。


いや突然すぎてほんとにすいません。えっと、つまり、『青嵐の巻』の詳しいストーリーは詰めてなかったってことです。

そりゃあもう、「青嵐」を「あをあらし」と読ませるか「せいらん」と読ませるかも決めてないくらい。(今考えるとすると「あをあらし」かな。)


「熱心に構想を練った」とは言ったがよくよく考えると練る方向が偏ってる。練りに練ったのは家系図とキャラクターだけなのだ。あとはふわっとした流れ。

いや『桜花の巻』はさすがにちゃんと構成まで組み立ててあったけどね? だから書き始めたのに、ねえ。

三文字も書かないうちにこの世とおさらばしちゃって。


まさかこんなことになるとは思ってなかったんだもん。続きはゆっくり書きながら考えればいいと思ってたのに。

『青嵐の巻』で決まっていたことと言えば、桜花が後宮に出仕し始めること、そしてメインヒーローと出会うこと。

それだけ。

それだけなんだよ!

ついでに言えばどんな出会い方をするのかさえ決まってない!

……まあそもそも式部卿の後見で出仕するって時点でもう原作と違うから、先の展開を知ってても役に立たなかったかもだけどね。


気分はそう――まるで学校に来てから筆箱を忘れたことに気づいたときのような。

ともあれ、この世界が私の想像を超えてうまく回ってくれるよう願うほかない。


いやぁ~、困った困った。


ということに、ここに来て初めて気づいたんだなあ。

足の痺れを紛らわそうといろいろ考えてるうちにね。

親指を重ねると痺れないって聞いたことあるんだけど、全然効かない。


ん? ここ(・・)どこだって?

ここはねえ、承香殿(じょうきょうでん) in 後宮(こうきゅう)

承香殿の女御(にょうご)、並びにこれからお仕えする〝小波の姫宮〟こと楽子(よしこ)内親王殿下が住まう場所。

内裏に入った私と青葉は、早速姫宮様にご挨拶するためにこの一室で待機しているという訳だ。


それにしても足が痺れた。板の間に正座はキツい。女房装束重いし。

後ろには長く引きずった()

目の前には空席の畳――御座(おまし)

左斜め前には先輩女房。

横目で右を見れば青葉はいつもの自信に満ちた表情で、心底楽しそうに座っている。

はぁ、綺麗な姿勢に惚れ惚れしちゃうな。仮にも権門のお姫様だもんねぇ。いや仮にもって言うのも変だけど。

足が痺れない秘訣でも教えてほしいわ。


……いやそう言えば、桜花(わたし)こそ仮にも中納言の娘なんだった。もうお父さま(中納言)死んじゃってるけど。


ごちゃごちゃ考えてると斜め前の先輩女房の眉が少しだけ動いた。


「姫宮様がいらっしゃいました」

外から告げる別の女房の声。


私と青葉は並んで頭を下げる。

ほとんど袖に隠れた手をそっと腿に置いて、気を抜かないよう気を抜かないよう……。

うっ、膝の固いところが床に押しつけられて地味に痛い。青葉はなんで平気な顔してられるのよ。

脚はもう痺れを通り越して何も感じない。既に立ち上がるときの心配をしているこの私。


衣擦れの音がすぐ横を通って、私の意識をそちらに引き戻した。

あ~、今さらながら何だかドキドキしてきた。


御座(おまし)の上に座って。


「顔を上げよ」


まだあどけなさの残る、けれどもよく通る凛とした声。

確か十二歳だっけな。

私は恐る恐る顔を上げる。とても横は見られないけど、青葉はきっと満面の笑みを輝かせているんだろう。


御座の上に青色の布。

幾重にも重なる上質な着物に包まれた少女。

うわっ……かわいい。

まさに〝お人形さんみたい〟という言葉の権化。

ぱっちりした目は長い睫毛に黒曜石の瞳。ふっくら丸いほっぺたはほんのりと赤く色づき、小さな唇はぷるんと潤っている。男でなくても奪いたくなる唇……って何言ってんだ私は。

髪は鴉の濡れ羽色というのだろうか。まだ幼いから後ろ髪は身の丈より短いが、それでも座ると引きずる長さ。前髪はなく、すっかり露わになった額の生え際の辺りも趣がある。


「内親王殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。右大臣が(むすめ)、青葉にございます」


青葉はごく自然な所作で、すっと挨拶する。いけない、ぼうっとしてちゃダメだわ。


「お初にお目見えいたします。(さきの)中納言の女、桜花でございます」


震えてないかな大丈夫かな、と思ったが、喉も体も思ったよりかはすっと動く。

それでもごくりと唾を呑む。


「うむ。四の宮 楽子である。来てくれて嬉しく思うぞ」


口調! 上に立つ者の口調!

このあどけない笑み&鈴を転がすような声と、重々しい言葉遣いとが、私の頭の中ではうまくつながらない。

四の宮の口調については前世で書くにあたっても保留案件だったのだ。やっぱこうなったか~。

ま、そのうちきっと慣れるよな。


「青葉、久しいな。息災であったか」

姫宮はすっと青葉に目を向ける。

「はい、おかげさまでつつがなく暮らしております。姫宮様は」

と言葉を切り、心の底から愛おしげな目で姫宮を見る青葉。

「大事ない」

姫宮はにこりと笑んで頷く。

「ようございました」

青葉は安心したようにほうっと息を吐き、軽く頭を下げた。


「桜花」

「はいっ」

あぶね、ひゃいって言うとこだった。

「元気がよいな」

うぅ、六歳年下の美少女にふっと笑われてるう。

てかこの子ほんとに十二歳? 落ち着きと威厳が半端ないよ?

「これからよろしく頼むぞ」

「は、はいっ」

あ~、顔を覆いたい。赤面。

姫宮はにっこり。かわいすぎる。

「誠心誠意、お仕え申し上げ奉ります」

なんとかかんとかうつむきがちにそう言って頭を下げると姫宮は年相応のころころとした笑い声を立てた。


申し上げ奉るってなに~~!!

ああもうやんなっちゃう。


真葛(さねかずら)、二人を曹司(ぞうし)へ」


笑いを収めた姫宮。さっきの先輩女房に向かってそう言った。


「かしこまりました」

と応える女房。

真葛。この人がね。

上品で優しそう。私が創った通り。


「それでは失礼いたします」


一礼して、私と青葉と真葛さんはその場を退出した。


よし、立てたぞ。我が足よ頑張れ。

部屋を出た後に長い裳を踏んで転びそうになったのは、姫宮さまには内緒の話。


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