今際の際の
よろしくお願いします!
あっ、と思ったときにはもう遅かった。
鈍い音と共に、腰から胸にかけて強い衝撃が走る。まるで花火が腹の中で炸裂したような。
奇妙な浮遊感。衝撃は腹に貼り付いたままだ。
頭を強かに打ち付ける。硬く荒いアスファルトの地面に。
冷たい。
頭は重力に踏みつけられて、体は鉛のように重たい。
ああ、折角はりきってメイクもして、髪もきれいに結ってもらったのに。
全部台無しじゃないか。
不満げに震えたスマホが左手から零れ落ちる音が聞こえた。
やっと書き始めた小説が、掌から零れ落ちていく。
授業中、内職する代わりに夢中で構想を練ったこの小説。
ずっとずっと、文字になる日を辛抱強く待ってくれていた言葉たち。
全部、それがぜんぶ。
もう手の届かないところへと、遠ざかっていく。
畜生、と呟く声も弱々しい吐息にしかならなかった。
生温い液体が頬を濡らす。
死ぬんだ。あぁ、私死ぬんだな。
まだ書きたい小説がたくさんあるのに。それを全部書くまで死ねないって、決めてたのに。
嫌だ。あぁ、嫌だなぁ。
ぼやけた視界に映る、私をはねた車の運転手。ひどく慌てた様子で、私に手を伸ばしては引っ込めている。
なんだか申し訳ないことをした。
そうだ、これも、小説のネタに、なる……か、な……
最後に意識をくすぐったのは、この都会にはあるはずのない、妖艶な香の匂いだった。
かぎりなき雲井のよそにわかるとも
人を心にをくらさむやは――よみ人知らず(古今和歌集)
〝たとえ遠い所へ行ってしまおうとも、心はあなたの傍にいます。〟
異世界に行ってしまう〝私〟と決して消えることのない〝小説〟との関係に、重なりませんか?