deep
自分とは違う体温で目が覚める。
あぁ、そっか…。昨日の夜、亜夢とヤッたんだっけか―…と昨日の事を思い出しながら、隣で寝る女性の頬に触れる。艶々した肌。プックリ膨れた唇。人差指を辷らせ、頬を伝って、唇に到達する。ゴクッと生唾を飲む。乱れた布団の隙間から覗く、小振りながらも美しい形をした胸は、昨晩の事を鮮明に思い出せる刺激的なスパイス。
後もう少しでキスが出来るという処で、亜夢と目が合う。深いブラックの瞳が此方を映し出し、彼女の頬は酷く、紅かった。まるで、熱が出たんじゃないかと、心配させられる。
「目が覚めたか、雌豚? 」
長谷川哲、其れが最初に愛しい彼女に発した、第一声だった。
「また、やっちまったぁ・・・・」
哲は溜息を洩らし、ソファに体を沈ませ、テーブルに肘をつけると、頭を抱え込んだ。
長谷川グループの御曹司である哲は、雇いのメイド、亜夢に恋をした。が、身分というものや、此の素直じゃない性格のせいで、中々告白には有り付けず、昨晩ワインで酔い、ドサクサに「好きだ」とストレートに告白し、其の儘ベットイン。
そう、其処までは良かった。…のだが、今朝の一言で亜夢は泣崩れ、早退してしまった。
何時もの様に泣かせてしまった。否、何時もより酷いかもしれない。
如何したら好いんだよ、如何すれば彼女と仲直り出来る、と色々考え込むが、生まれながらの御曹司って事もあり、何不自由なく過し、例え自分が理不尽な事をしても、他人が謝るという感覚を持合わせた哲にとって、脳味噌はストを起し、考えるのを諦めた。
「まぁ・・・・好いかぁ。どうせ、亜夢の方から寄ってくるに違いない」
だが、其の考えは甘かった。何日経っても、亜夢はメイドとして働くが、此方に視線を通す事無く、時間になると帰ってしまう。其の繰り返し。
限界だった。此れじゃあもう、自分が悪いと責められてるのが分り、癪に障る。哲は、重い腰を上げ、今日もせっせと働いてる愛しのメイドが居る部屋へと向った。
『…やっ…止め・・・・止めて下さいッ! 』
ドアノブに手を掛けた時、亜夢の悲鳴が聞えた。ガチャガチャッと、何回もドアを開けようとするが、鍵が掛って開かない。
「…オイ。鳴海、親父が御呼びだぞ」
全くの嘘だ。だが、亜夢を助ける為、嘘を吐いた。嘘も方便とは、正しく此の事だと思う。ドア越しに舌打ちが聞えた。多分、亜夢と一緒に居る奴がやったのだろう。ドアが開いたら、そいつの顔見て、父に解雇してもらうよう言おうと思った。
ドアがゆっくり開いた。亜夢は、泣き腫らしたのが一目瞭然だった。目玉は充血し切って、未だに頬を伝う涙。
「御主人様ぁ・・恐かったよぉ…」
抱き付かれた。愛しの彼女に。哲は、そっと亜夢の背中に腕を回す。恐怖に震えた肩を見て、誰が彼女を泣かしたと込上げてくる怒りを抑え、部屋の中に視線を移す。拍子抜けした。男だと思ってたので、拳を固めていた。前方に居たのは、亜夢と同じ大人しめのメイド、松尾だった。
「何で、鳴海を泣かせる様な事をした? 」
自分でも驚く位の大きな声で、そう聞く。松尾は首を横に振り黙秘。哲は頭を掻き、「此奴は、主人命令だ! 」と威す。すると、松尾は恐る恐る口を開いた。
「・・・・だって・・ご主人様が・・・・鳴海ばかり可愛がるから・・ゴニョゴニョ」
嫉妬かよ! と心中で突込みながらも、まだ、遣り場に出来ない怒りがあり、如何すれば好いんだと思いながら、髪の毛を掻き毟る。
そんな理由で亜夢を虐めたのなら解雇した方が好い―…そんな考えが脳裏を過り、だが、自分のせいなワケだし…と初めて自分に非がある事を認めながら、矛盾した考えも生まれる。頭が痛くなってきた。
「松尾さん・・・・私、ご主人様に可愛がられて等、御座いません・・」
唐突にそう言う亜夢に、哲と松尾は思わず振返る。
亜夢は軽く咳払いし、口を開いた。
「だって、目の敵の様に虐めてきて恐いし、此処最近だって、好きだとか言うかと思ったら、突然押倒して寝させてくれないし・・・・アッチの方も最悪・・。そんなんでも好いんですか、松尾さん? 」
「………」
「な・・・・・鳴海ィィィィ!!!!! 」
其の日、何時も以上に哲の怒声が屋敷内に響き渡った。
そして、長谷川哲は、アッチの方が下手糞なご主人様と、メイドと執事の間で噂になった。其の話が、哲の父にも伝わり、こっ酷く叱られたのは一昨日の事。何故叱られたかといえば、長谷川御曹司なんだから、妙な噂が出ない様にしろという、なんとも理不尽なものだった。
無理に決まってる…。人間は噂好きだ。しかも其の噂は、最後には尾鰭をつけて、とんでもない噂話に成長を遂げている例が、五万とある。
無意識に、溜息が洩れていた。
自室から暫く出るなと、父に固く命じられた哲は、暇で暇でしょうがなかった。
『だったら、外へと連れ出してあげる』
「鳴海…!? 」
何時もと雰囲気が少し違った亜夢が、窓の外に居て、窓をコンコンと叩いてる。
鍵を開け、窓を開けた。何故か、そうしなきゃという本能に駆られる。
「私の事、好きなんでしょ? 」
嫣然と笑う亜夢に惹かれ、気付いたら、窓に身を乗出していた。
此処は五階。落ちて、下手したら一溜りも無い。ハッと気付き、哲は精一杯に暴れた。
「死ぬのは御免だ! 助けてくれぇぇぇぇ!! 」
「助けを求めたって無駄よ。其れに、貴方を殺す為にきたんじゃないわ」
「・・・・は・・? 」
亜夢は哲の腕を掴むと、ピョンッと大きく飛んだ。
叫び声を上げる哲など無視し、用意してたパラシュートを使い、空中を飛ぶ。まるで鳥の様に。
何が起こった?
そんな顔で亜夢を見ると、亜夢はこう言った。
「私は、怪盗A。長谷川哲さん、貴方を連れ去りに来たの」
其れから間も無くして、亜夢否怪盗Aにより薬で眠らされていた屋敷の者達は、胸騒ぎを覚え、全員が哲の部屋の前に集まる。父は、持っていた鍵を開ける。が、其処には誰も居なかった。窓は開いており、風がピュゥピュゥ室内に入ってくる。
父は慌てて窓から顔を出し、下の方を見る。だが、何も変わった様子が無い事に安堵の溜息を洩らし、其の場に崩れる様に座込んでしまった。
「旦那様・・如何致しましょうか・・? 」
「サッサと捜せッ! 生きてる状態で連れ戻せ! 私の大事な倅・・・・何処に行ったんだァァァァ!! 」
其れから、哲の行方を知った者は、誰一人居ないという。
終
後書き
最後は、暗い感じになってしまいました・・
アレ?こんな纏め方にしたかったんだっけ??
やっぱり、大人しめのキャラを描くのは難しかったです・・
どちらかというと、猫被ってる娘の方が、描きやすかったり(#^.^#)
初出【2011年4月2日】