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3. ごろごろ



  ■[NT-01] 岳麓新田(がくろくしんでん)



==○======□======▷==



まもなく、岳麓新田。岳麓新田です。

お出口は左側に変わります。



==◁======□======○==




ガタガタと音を上げて開く扉。

降りてみれば、そこは屋根も無い小さな露天のホームだ。


1本だけの線路に沿って作られた申し訳程度のホーム。

3両分の長さしかなく、屋根も無く、あるのは駅標と時刻表、錆びた柵に小さな電灯、そしてオレンジ色のカーブミラー。

都会人ならば仮設ホームだと言われても疑わないだろう。


笛が吹かれて扉が閉まり、僕を下ろして空っぽになった電車は渓澄湖畔園行に向けて発車していった。

さあ、僕も探索に出掛けよう。






ホームの端にある数段の階段を下り、小さな駅舎へと向かう。

外観は田舎感全開の木造駅舎。だけど中に入ってみれば他の駅にも劣らない自動改札つきの有人駅だ。


……あれ、そういやフリーパスは自動改札いけるんだろうか。普通の切符みたく、そのまま回収されちゃわない……?


「すみません、1日フリーパスなんですけど――――

「ああ、どうぞ自動改札機をお通りください。」


若干の不安を感じつつ、駅員さんに言われるがまま一日フリーパスの切符を自動改札に投入。

カシャカシャと内部で処理する機械音。カタッと開くゲート。


「……」


そして、肝心の切符は回収され……ることなく、しっかりピッと頭を出して僕を待っていました。

ホッ。よかったー。











駅舎を出れば、そこは小さなロータリー。


アスファルトは所々にヒビが入り、そこから砂利が顔を出している。

歩道と車道が小さな縁石で仕切られ、ぽつりと立てられたバス停。

端には空車と表示したタクシーが1台停まっている。


そんなロータリーの周囲にはコンビニなど無く、平屋の民家が立ち並ぶのみ。

……いや、小さな商店が1軒だけ混じっていた。

軒下に掲げられた赤地に白丸の『たばこ』の看板と、手書きの『印紙』『切手類 郵便』を相合傘のように抱いた郵便マークの看板。

縁が茶色く錆びている辺りに年季を感じる。


しかし、商店自体は現役のよう。すりガラスの扉は綺麗に拭かれ店内も綺麗に整理されている。

もっと陽が昇れば、ここものんびりと店を開いて一日を過ごしていくんだろう。




駅のロータリーから、真っ直ぐに伸びるやや広い通りに入る。まだ時刻は7時半前、通りに人影はなく車も通らない。

とはいえ、人気(ひとけ)が無い訳ではない。


そこかしこの煙突からもくもくと上る白煙。

民家の前を通る度に感じる、風に乗ってきた味噌の良い匂い。

炊き立ての白米の甘い匂いもあったり、またある民家の前ではパンを焼いた小麦粉の香ばしさも。


無意識にも、涎がじわりと口内に滲み出る。



「朝食か…………」


朝食を摂り、今日という一日を始める時間。

いつも時間ギリギリで起きる事の多い僕にはあまり感じられなかった、朝食という時間。

ゆっくりと白米を食べ、味噌汁を啜り、またはパンを齧る。朝っぱらから急かされることも無く、こんなゆったりとした朝を迎えたとしたら、どれだけ気持ちいい事だろうか。


通りに人影はなく僕独りだったが、不思議と寂しさは感じなかった。






しばらく通りを歩けば、途端に民家が減って右も左も畑に変わった。

感じていた匂いも朝露で湿った土や草の匂いになり、目を瞑ればまるで一面の草原に立っているかのよう。


が、目を開いてみれば実際は一面のレタス畑。路面から1段下げられた畑には、瑞々しい葉を広げたレタスが畝に沿ってずらりと並んでいる。


「これが岳麓レタスか……」


県内外でも有名な、岳麓のご当地高原レタス。小中学校の給食でも地産地消メニューとして事あるごとにご登場だった。

……へー。土に植わっている状態のレタス、初めて見た。


視線を上に向ければ、畑のど真ん中でレタスの収獲に勤しむご老人。

首には白いタオルを回し、頭には麦わら帽子。

土にまみれて茶色くなった軍手で1個1個収穫し、そして携えたプラスチックの籠に入れていく。



「……全部手作業だったのか」


普段から何気なく食べていた岳麓レタス、こんなにも手を掛けて作られていたんだ。知らなかった。

今度岳麓レタスを食べる時には、もっと美味しく食べられるだろう。






しばらく道を進んでいくと、平坦だった道は岳麓川へと向かって下り勾配に転じる。左右の畑の間を切り通すように道は下っていき、気付けば左右の畑は頭上より高くなる。

下り坂の先には岳麓川が見えてきた。



「……川沿いをちょっと歩いてみようかな」


岳麓川の堤防にはちょっとしたサイクリングコースが整備されているとの事だし、やる事もないのでうろうろしてみようか。

河川敷に下りられる所があれば、小石の河原をザクザク歩いて水面を眺めてみるのも良いだろう。


早朝の河原散歩、悪くない。



「……よし」


行ってみよう。岳麓川。

膨らむ期待を押さえつつ、歩幅を少し広げて坂道を下りていく。






――――すると。


「あっ!」


頭上から響く短い悲鳴。


「……ん」


何だと声の方に目をやれば……なんとレタスが1個ゴロゴロと道脇の斜面を転がってきた!

レタスごろごろ!


「えええ!?」


とりあえずその場でしゃがみ込み、転がってきたレタスに両手を向け。

かなりの勢いで転がってくるレタスをキャッチ。


「うぉっ!」


見た目以上にずっしりと重い。

身体のバランスを崩し、割としっかりめな尻餅をついてしまった。




「痛ててっ……」


驚きだ。まさかレタスが転がってくるとは。

レタスを小脇に抱えつつ、ポンポンと尻を叩く。


「あら! すまんねお兄さん! 大丈夫かね!?」


……そんな僕に、頭上から掛けられる声。

見上げれば、そこにはスカーフを首に巻きサンバイザーをしたおばちゃんが顔を出してこちらを見ていた。






その後、僕はそのおばちゃんに呼ばれて道の上の畑にお邪魔していた。


「やいや本当にごめんね。あたしが手ぇ滑らせちゃったばかりに」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ちょっとコケただけですし」

「怪我してないかい?」

「はい。全く」


平謝りのおばちゃん。

聞くところによれば、どうやらこのおばちゃんは上の畑でレタスの段ボール詰め作業をしていたらしい。その時に誤って手を滑らせ、そのまま僕が歩いていた下の道までレタスを転がしてしまったんだそうだ。


「はい、これ。さっきのレタスです」

「ああ、本当にありがとうね」


とりあえずおばちゃんの気も収まったところで、小脇に抱えていたレタスを手渡す。


「……あら。折角ナイスキャッチしてもらったのに、残念だけどこれじゃ売り物にできんね」

「おっ。確かに」


よく見てみると、レタスの外側の葉はボロボロの傷だらけになってしまっていた。

僕がナイスキャッチする前に、坂道を転がった時点で少しひしゃげてしまっていたよう。強く当たった部分の葉も潰れている。

……しかし、なんだかもったいないな。折角このおばちゃんが丹精込めて作ったレタスなのに、ちょっとしたミスで売り物にならなくなっちゃうなんて。




「よし。お兄さん、これはアンタが持っていくといい」

「えっ!? 僕が?!」

「ああそうだよ。外側の葉は2、3枚傷物になっちゃったけど、剥げば内側は新鮮そのものだからね」


そう言い、おばちゃんが豪快にバリバリと葉を取り除く。

内側からは傷の無く綺麗な薄緑色の葉が現れ、一回り小さいながらも綺麗なレタスに生まれ変わった。


……なんなら、これでもスーパーとかでは十分売れそうだけど。



「残念ながら、売るにはダメさね。色々とルールがあって」

「そうなんですか」

「だからもしお兄さんの荷物にならなければ、ぜひ持って帰ってお家で食べて欲しいんよ。このレタスにとっちゃお兄さんが命の恩人さね」


命の恩人、か……。



「……けど良いんですか? 本来ならお金を払って買う筈のものを、タダで貰っちゃって」

「なーに遠慮せんでええの! なんならもう1個あげようか?」

「コレ頂きますッ!」

「はいどうぞ!」


2個目はさすがにリュックのキャパシティも申し訳なさも余裕でオーバーなので、大人しくこのレタスを頂いていくことにした。






それからは、収獲用のプラスチックのカゴに腰掛けておばちゃんと雑談を交わした。

農業の楽しさや、野菜の美味しい食べ方。

岳麓の気候や土質、そして岳麓の昔話なんかも教えて貰った。

そして何より、おばちゃんが一番伝えたかったであろうメインの話題は『年を取ると身体の節々が痛くて大変だよ』と(笑)。


僕の祖父母は4人とも早くに亡くなってしまったので、こういうお年寄りと話す機会ってのはほとんど無かった。

なんだか新鮮だったな。そして案外面白い。


こんな見知らぬ赤の他人にも気さくに話しかけるのなんて僕には無理だ。それも年の功ならではだろうか。

話したがりで一度付き合うと面倒だというお年寄りは良く聞くけど、案外こうやって耳を傾けてみるのも悪くない。良い発見もあるもんだな。





だが、そうして話を楽しんでいる間にも意外と早く時間は過ぎていくもので。

気付けば次の電車の時間が近付いてきた。



「……さて。それじゃあ僕はそろそろ駅に戻ります」

「うん。渓澄線の旅、楽しんでいくんよ」

「ありがとうございます。レタスも家で美味しく頂きます」

「いえいえ。……さてと、私ももうひと頑張りしようかね。それじゃあ」

「はい。では」


そう言って僕はカゴから立ち上がり、作業に戻るおばちゃんに手を振って畑を後にした。

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