2. マイルール
==○======□======▷==
おはようございます。
南速 渓澄線をご利用くださいましてありがとうございます。
この電車は 渓澄湖畔園行です。終点 渓澄湖畔園まで各駅に停まります。
次は岳麓新田、岳麓新田です。
==◁======□======○==
ゆっくりと岳麓中央のホームを駆け出した2両の電車は、南速本線に別れを告げて単線を進む。
駅周辺の繁華街を過ぎれば、車窓は右も左も民家。しかも距離が近い。
沿線の家々を眺めてみると、たまに勝手口からスリッパを履いたおばあちゃんが出てきたり。食パンを咥えて玄関を飛び出す学生が居たり。
このリアルな生活感、悪くない。
「……さて」
次の西岳麓までは5分もある。といっても別に駅間の距離が遠いわけではない。
単線の渓澄線は最高速度が低く、しかもそこを往復するのは現役を退いた旧型の電車。いわば地方で余生を謳歌するお散歩おじいちゃん、スピードなど求めてはいけないのだ。
……という事なので、折角だし今のうちに今日の旅の予定を確認しておこうか。
「路線図、路線図はー……っと」
座席から目を凝らし、扉の上に張られた渓澄線の路線図を眺める。
横一線に伸びる紺色の直線、その上に並ぶ6つの白い楕円。
左から順に、岳麓中央。さっきの乗り換え駅。
岳麓新田。
西岳麓。
下渓澄。
渓澄堤上。
そして終点、渓澄湖畔園。
終点までは僅か5駅。とはいえ遅いので、片道30分弱かかる。そして運転間隔は1時間に1本。
これが渓澄線の全容だ。
下調べによれば、駅名に岳麓とつく序盤2駅は田畑の広がる平野部。そこから渓澄と名がつく後半2駅でぐんぐん登山するそうだ。山裾の西岳麓から標高を稼いで中腹の下渓澄、そして一気に駆け上がってダムのある渓澄堤上。
あとは湖面沿いをくねくねと進みながら、渓澄湖畔に造られた公園・渓澄湖畔園へと向かうのだそうだ。
そして今日の僕の小旅行は、そんな渓澄線を舞台にした途中下車の旅。
各駅で降りて気ままに辺りを探索し、そして次の駅へと向かうといったのんびりな日帰り旅だ。
母には「今晩は唐揚げだよ。あまり遅くならないようにね」とは言われたものの、現在時刻は朝の7時。丸々12時間。全く焦る必要などないし、ゆったりと電車旅を楽しもう。
それと、この旅にはマイルールを1つだけ作った。
それは――――スマホを使わない事。
使って良いのはカメラで写真撮影と撮った写真の確認、あとは万が一や至急の時だけ。
ミュージックは無し、Webもなし、SNSは勿論なし。地図アプリもなしだが、行く先々で撮った地図の写真ならOK!
電話と至急のメッセージも対応するけど、それ以外は未読のままで無視。返信は帰ってから。
最近は事あるごとについついスマホを触ってしまうので、せめてこういう時くらいはと自分で自分に課したのだ。
折角の小旅行なのだ。今日は目を外に向けて、耳からもイヤホンを外して、自然を感じながら渓澄線の旅を楽しもう。