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0. プロローグ

南東京快速鉄道――――略称、南速(なんそく)



東京都心から南へ進み、点在する街やベッドタウンを折れ線グラフのように繋ぎながら関東南西部の温泉街を目指す路線。

平日は日本経済を回すサラリーマンや勉学に励む学生の足となり、はたまた休日には心と体を癒す観光客の足となる。2つの顔を持ち合わせた、首都圏随一の大手私鉄である。


平日休日・朝昼晩を通して利用者は絶えず、朝夕ラッシュはもとより日中や早朝深夜も多くの電車が大量の沿線住民を乗せて上り下りの線路を行き交う。

また、要所要所のターミナル駅では様々な方面への他路線とも交わり、関東南部の人間にとっては欠かす事のできない路線となっている。


各停をはじめ準急・区間急行・急行・快速急行ときめ細やかに設定された種別の電車の他、乗った瞬間から温泉旅行が始まるといった触れ込みの有料特急も人気。全国的な知名度を誇っているのだ。






==○======□======▷==






南速線のメインである南速本線は、東京の副都心・新宿が起点。

世界一のターミナル駅を飛び出した複線の線路は、高層ビル群の間を縫うように駆け抜け、閑静な高級住宅街を駆け抜け、都県境の川を渡って高層マンションの立ち並ぶ新興ターミナルを駆け抜け、丘陵地帯の緑を活かした綺麗なニュータウンへ。


その後も幾つものターミナル駅で他路線と交わりつつ乗客の積み下ろしを繰り返せば、いつしか車窓は手つかずの山林地帯に。

人家が減り、並走する道路の車も減り、未だ開発の手の及ばない自然溢れる谷戸に入っていく。

鉄橋とトンネルで数々の山谷や沢を貫きつつ、その合間に見える田んぼや藁ぶき屋根に懐かしさをおぼえつつ、やがて最後に一際長いトンネルを抜ければ……その先には端の見えない大穀倉地帯だ。

首都圏の住民の食を支える大農園、秋になれば一面黄金色に輝く稲穂に乗客の目も釘付け。


その大穀倉地帯を十数分かけて真っ直ぐに駆け抜ければ、線路は大きな川を渡って山岳の麓の地方都市に辿り着く。そこが南速本線で最後の一大ターミナル駅――――岳麓(がくろく)市。

多くの電車はここで東京に向けて折返し、残った電車はここからのんびりと山上の温泉街を目指して山を駆け上がっていくのだ。






僕も、そんな南速線に毎日お世話になっている南速ユーザー。

例のニュータウン駅から新宿まで乗り、地下鉄に乗り換えて都内の高校へと日々通う高校生だ。


と同時に……他人より少しだけ、ひっそりと鉄道を嗜む高校生でもある。






==○======□======▷==






さて。

そんな南速本線だが……本線の他、途中のターミナル駅から分岐する支線を幾つか持っている。


そのうちの1本が、山麓の地方都市・岳麓市で本線から枝分かれする支線――――南速 渓澄(たにすみ)線。

温泉街のある山の一つ隣にある山、その中腹に広がる渓澄(たにすみ)湖を目指して走る支線。

駅数は僅か5つと、南速線に数ある支線の中でも特に短いローカル線だ。


終点にある渓澄(たにすみ)湖というのは、山の中腹に造られたダム湖。割と最近に造られた新しいダムで、観光地化されているのと首都圏からの近さが相まってそこそこ有名だ。初心者向けハイキングコースや登山道も整備されて人気なのだそう。


渓澄(たにすみ)という名が示す通り、そこの渓流は古くから澄んだ水が売りだったという。ダムが築かれて残念ながら渓流は湖底に沈んだものの……それでも水は淀むことなく、まるでかつての澄んだ渓流を見ているかのよう。湖面を覗き込めば結構深い所を泳ぐ魚までくっきりと見えるほどだとか。




そんな渓澄湖に、実はまだ僕は一度も行ったことが無い。もちろん、渓澄線にも乗ったことが無いのだ。

家と同じ県内にあるというのに。






==○======□======▷==






「渓澄湖……行ってみたいな」


とある週末、僕は自室のベッドに寝転がりながらスマホの地図アプリを眺めていた。


緑色の森林を示す地帯の中にバンと広がる、水色の湖――――渓澄湖。

その湖畔へと向けて走る、細い紺色の線――――南速 渓澄線。





「時間があればなぁ……」


いつか行きたいとは思っていたが、意外と余裕ないんだよな。

なんだかんだで土日はけっこう予定が入っているし、次の祝日もしばらく先だし……。


そう思いつつ視線を部屋のカレンダーに移すと――――来週の金曜日には、手書きの赤丸印。

その下に書かれた、『開校記念日』。



「……そうか。来週金曜」


僕にとっては3連休、世間にとっては何でもない平日。

勿論、行楽地だって平日。人も少なく、そう混んでいないはず。


……良いタイミングだ。

これ以上、外出にもってこいの日はそう無いだろう。




「……行くか」


こうして僕は来週末の金曜日、南速線一日フリーパスで日帰り渓澄線の旅を敢行することにしたのだ。

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