後編
「ここしばらくクロムウェル君を見ないけど、とうとう君を諦めたのかな」
書類の提出先で会ったグレイブがレミに尋ねた。
「南部で隣国と小競り合いがあって、王立軍として出征しています」
「ああ、レーズ地方か。それは大変だ」
僻地への派遣編成軍の出兵はグレイブも知っている。
「彼が諦めたのなら、君を食事に誘うチャンスかと思ったのに。抜け駆けは紳士として出来ないな」
残念そうなグレイブにレミは苦笑いを返した。
隣国の民が流れ込んで暴れている。どうやら隣国は農作物の不作で困り、食糧の強奪をしているらしい。
ディランは国境兵士の応援に向かう一団に選ばれた。
「所詮烏合の衆だ。厳しい戦いじゃないと思う」
「気をつけてね。無事に帰ってきて」
「俺がいない間は他の男と会うなよ。帰ってきた時、既に他の男のものになってたりしたら、俺が可哀想すぎるだろう。泣くぞ」
「……泣くの?」
「泣く」
「分かった。あなたが不在だと平等じゃないもんね」
「そういう事。邪魔が出来ない」
“自分が嫌だから禁止”などとずいぶん勝手な理由だが、ディランの誘いさえ拒むのに他の男性と出かけるなんて考えられない。「行動を制限しないで」と言いたいが、しかしここは敢えて素直に頷く。これから戦いに赴く元恋人に言葉遊びを仕掛けるほど性悪じゃない。
“騎士団の華” ジェニファー・ゼタールがレミの前に現れたのは、ディランが王都を離れてひと月ほど経った頃だった。三の曜日は医療省内のカフェのワンプレートが半額なのでそこで夕食を摂る事にしている。一人で食事をしていると、狙いすませてジェニファーと三人の女性がやって来た。
ルーティーンを把握されていて驚く。わざわざ会いに来た女性たちにレミは身構えた。
「ジェニファーと付き合っていたのに、ディランさんはそれを忘れているの」
「今あなたを好きな気持ちでいるなんて、彼が可哀想だと思わないの?」
「捨てられた女がみっともなく、周りをちょろちょろしないで」
案の定文句だ。ジェニファーは三人の背後に居て、黙ったまま俯いている。
女性たちはジェニファーの友人として我慢できなかったのだろう。以前なら目を伏せて彼女たちに言いたい放題させていたが、いい加減レミもいい大人だ。
「心外です。纏わりついているのはクロムウェルさんなのに」
震える声で反論する。言い返すのに慣れていないから心臓がバクバクと煩い。
「曖昧な態度をとるからじゃないの?」
「記憶が戻ったらどうせ別れるんだから」
「どう考えてもジェニファーの方がお似合いでしょう」
徒党を組んで糾弾されるのは理不尽だ。当事者のジェニファーは黙り込んだままかと思いきや。
「私を庇って記憶を失ったんだから私のせいよ。でも初対面扱いされてどんなに私が傷ついたか……」
泣きそうな顔でレミに訴える。
「それは……」
“お気の毒です”の感想しか出てこなかった。
ジェニファーが儚げに微笑む。
「みんな、ありがとう。またディランに振り向いてもらう努力をするだけよ」
そんな表情をさせているのが自分かと思えば、レミはなんとも居た堪れない気持ちになった。
「ジェニファー……」
「なんて健気なの」
「きっとすぐ元に戻るわ」
友人たちはジェニファーを慰めながらカフェを出て行った。
見渡せば近くの客は会話を聞いていたらしく、レミと視線を合わせるのを避ける。結局自分が悪者になるのかな。やるせない。
「何よ……。やっぱり恋人なんじゃない」
ディランの記憶が戻れば修羅場になる。絆されてはいけないと肝に銘じた。
隣国の飢えに苦しむ出稼ぎ炭坑夫と、麓の村の小作人たちが辺境の村を襲撃してきた。彼らには他国に攻め入るという意識はなかった。国境兵士が対応するが辺境には隣国から次々と人が雪崩れ込む。盗賊や兵士崩れが加わり早急な鎮圧が難しくなった頃に王立軍が駆けつけた。
ディランが“烏合の衆”と称していたのは初期段階の事で、軍人上がりが指揮していた為に侵略側も統制が取れていた。だから想定より鎮圧に時間が掛かった。
ようやく事態が収束して国境軍と王立軍の幹部たちが事後処理にあたり、ディランたち若手は先に王都に帰還する。
ディランが王都に着いた時は、出征から四ヶ月経っていた。その足ですぐさまレミに会いに行く事は叶わない。
騎士団本部で状況報告や医師の診断に時間を取られる。
指揮官の「解散!」の号令で騎士たちは敬礼後、ようやく思い思いに散らばった。
まずは風呂だな、と考えるディランに真っ先に声をかけたのはジェニファーである。
彼女は同僚の事務方三人の女性に囲まれていた。
「無事で良かったわ、ディラン。ものすごく心配したのよ」
正直ジェニファーに名前を呼び捨てにされるのは気に入らない。しかし自分がそれを許していたかもしれないのでやめてくれとは言えない。
「ありがとう」
笑顔で礼を述べただけで、ジェニファーから離れようとした。
「あ、あのっ! 今日の夕方、帰還祝いにディナーを一緒にどうかしら」
遠慮気味に誘うジェニファーを一瞥すると、ディランは「いや」と首を振った。
「これからも二人で会う事はないよ。俺にとって君は新職員で、親しくしていた記憶もないんだ。本当にごめんな」
「やっとあなたに想いが通じたのに!?」
「あなたは昔の恋人なんか忘れていたのよ!」
「現実を大事にするべきでしょう!」
ディランはジェニファーの友人たちに詰られる。
「みんな、ディランを責めないで。また振り向いてもらう努力をするだけよ」
怒れる友人たちをジェニファーは悲しそうな顔で宥めた。
その光景にディランは居心地が悪くなる。ああ、学生時代もこんな子がいた。言いにくい事は取り巻きが言ってくれて、本人は「もういいの」と場を制する。意図しているか無意識か、どちらにせよ周りに自分を守らせる女だ。
今だってそうだ。当事者同士で話せばいいのに他人を引き連れている。自分は悪者にならない立ち位置で、自身を優位に見せるようなあざとさを感じ、ディランの苦手なタイプだ。
「記憶が戻っても俺は君とは付き合わない」
「どうして? あんなに仲良くなったのに!」
「君を特別視したとは思えない」
「あなたはジェニファーと二人で会っていた事実があるのよ!」
三十歳近くの既婚の事務員だ。ディランが新人の時からいる世話焼きの女性である。純粋に後輩のジェニファーを心配しているのは伝わってきた。
「あの時はゼタールさんとの交際を考えていたのかもしれない。でも今はその気が無いんだ」
ディランとしては精一杯の誠意で「本当に申し訳ない」と謝るしかない。
ジェニファーの淡緑の瞳から涙が溢れる。ディランに何か言おうと口を動かしたが言葉にはならず、踵を返すとそのまま走り去った。
「ジェニファー!」
慌てて既婚事務員が彼女の後を追う。
同僚の二人も「ひどい、信じられない!」「薄情者!」とディランを罵ってから、足早に去って行った。
「よう、色男は大変だねえ」
ぽつんと立ち尽くしていたディランの肩にポンと手を置いて、同期であり部下でもあるレイトンが声を掛けた。
「おまえにだけは言われたくねえよ」
レイトンは金髪碧眼の優し気な美形で、ディランと違って噂ではなく、本当に浮き名を流している男である。
「“騎士団の華”を袖にするほど、あの薬師さんはいい女なのかい」
「俺にとってはな」
「勿体ないねえ。優しくていい子だよ?」
「ゼタール嬢とはたぶん性格が合わない」
ジェニファーの性格が悪いとは思わない。ただ、彼女の振る舞いが好きではないのだから、相性の問題である。
「気になるねえ。本気で薬師さん口説いてみたいな」
「遊びでレミに手を出すのは許さん」
「彼女、フリーだろ。実は以前声掛けたら断られたんだけどね」
もしかしておまえか!? “夜の相手に”とレミに声掛けた輩は! 学生時代から対抗心を持っている奴だ。恋愛関係で絡まれた事はなかったが、この機会とばかりに惚れた女にちょっかいを出されるのは腹立つ。
「おまえと女を取り合うのも面白そうだけどね」
「ふざけんな!」
「おーこわ。冗談だよ」
戯言を残し、レイトンは後ろ手に右手をゆっくり振りながら立ち去った。
ディランは急いで風呂に入って身だしなみを整えると、すぐに騎士寮を出た。
ディランは医療省本部の前でレミを待っていた。すごく久し振りの行動である。
「おやっ、帰ってきたんだね。お疲れさん」
やけに馴れ馴れしくディランに声を掛けてきたのは、薬剤品質管理部副主任のグレイブだった。
「どうも」
親しい仲でもない。それでも笑顔で、ディランは素っ気ない返事をした。
グレイブはレミと仕事上の関わりが深い。新人の頃からレミは「親切で開発部の人より詳しく教えてくれる」と言って随分信頼している。レミを認めて理解ある大人の男。
……そうだ、自分はこの男に嫉妬していた。
しかしそんな感情は見せられなかった。“近づくな” “そいつに安心しきった顔を見せないでくれ” と心の中で叫んでいた。
くだらない幼い妬心である。自分だって女性に優しい笑顔を見せているはずだ。言えない。
自分の狭量さを思い出す。もやもやがずっと燻っていたのだ。内気で穏やかなレミには、包容力のあるこんな男の方が相応しいのではないかと。
“レミが笑わなくなった”理由を確かめたか? レミに見限られると思い込んで勝手に落ち込んでいたんじゃないか? 周囲に魅力的な男がいると卑屈になって、レミに対する態度が変わったんじゃないか? 過去の自分に問う。
“しんどい、疲れた、つらい”とレミに投げつけた言葉は、きっと自分の腹の中に抱えた不安不満が発端で、本当は胸中で消化しなければならない感情だったのだ。それが出来ないなら話し合うのが正解だった。
「アッシュブレアーネさんに連絡はしたのかい?」
「いえ、昼に帰ってきて諸々終えたら、どうしても会いたくなって……」
かつては恥ずかしくて他人にこんなに堂々と言いもしなかった。
「君も案外粘るね。別れた後は全く無関心だったのに」
「未練たらたらなくせに、当時は酒と過密労働に逃げていたらしいですからね」
他人事のような言い草に違和感があったのだろう。グレイブは不思議そうに目を瞬かせた。
ディランの記憶喪失は繊細な事情なので、声高に触れ回られていない。グレイヴに実質二十歳の精神状態と知られたくないので助かった。
それ以上関わることもなく帰路につくグレイブの背中を見送っていると「ディランさんじゃないですか!」と高い女の声が響いた。
カーリー・シーラム。昔からレミを小馬鹿にしている綺麗だが高慢ちきな嫌な女だ。しかしあからさまに嫌な態度は取れない。騎士として一般人を安心させる笑顔を叩き込まれているから、営業用の爽やかな笑みを浮かべた。
ディランのそんな胸中は知らないカーリーは嬉しそうに近づく。
「久し振りにこれから飲みに行きませんか」
久し振りも何も、二人で食事した事すら無いんだが。
「いや、俺は」
やんわりと断ろうとした視界の端にレミの姿を認める。
「レミ!!」
大声で呼んだが彼女の歩は止まらなかった。慌てて後を追う。
「カーリーさんを放っておいていいんですか」
レミは隣に並んだディランを一顧だにもせず淡々と言った。
「レミを待ってたら、たまたま話しかけられただけだ」
弁解してもレミの表情は硬い。以前は“なんだか機嫌が悪いな”くらいに感じていた表情で、あまり気に留めていなかった。でもきっとそれじゃ駄目だったんだ。
「なあ、怒ってる? シーラム嬢と話して」
「どうして私が怒るのよ!」
揶揄われたと思ったレミがディランを睨みつけると、意外にも彼は神妙な顔をしていた。
気まずそうに「あいつ、レミに意地悪だから……」と呟き、「でも一般人を私情で邪険にする事も出来ない」と言葉を続けた。
「知っていたの?」
レミはつい立ち止まってディランを見上げた。
「さすがに気がつくよ。でもレミは相手にしていないようだったから、俺も口出ししなかった。
男が干渉したら余計拗れるって先輩に聞いたしな」
「……そうだったの。彼女たちが私を敵視していたの、気がついていたのね」
声が低くなったレミに焦る。悪手だったのか?
「ごめん! レミに構うなって釘を刺すべきだった!」
「あの人たちは聞きやしないわよ。あなたはいつも愛想振りまいて笑っていたし」
「心外だ。どう見たって作り笑いだろ」
レミは思い出す。目を細めて愛しそうに笑うディラン。そんな顔はレミにしか見せていなかった。
それすら信じられなくなったのはいつからだろう……。
「今度よく見とけ。胡散臭いよそ行きの笑顔だから」
「別にどうでもいいわ」
「反省しているんだ。君はほとんど感情を表に出さない。それに甘んじてた。だから伝える言葉は惜しまない事に決めた」
それこそ、今更だ……。
「今はジェニファーさんが恋人でしょ」
「違う。彼女は俺が怪我したあの日、付き合い始めたと思ってるらしいけどはっきりと断ってきた」
「不誠実な男は嫌いよ」
「今の心を偽ってまで彼女を恋人と扱えない。彼女は今の恋人だと言い張らないから、交際していた事実は無いと思う」
「それはあなたの主観でしかないわ」
「主観でしか語れない。今はレミとギクシャクする前の俺だ。俺はレミの周辺の男に嫉妬している。品管副主任のサンチェットさんみたいな大人の男が君に相応しいと考えたり、仕事仲間の方が君を理解している気がして、彼らの話を聞くのは楽しいものじゃなかった」
レミは仕事の愚痴より面白い方がいいと話題を選んでいた。それが裏目に出たのか? いつだって優しく話を聞いてくれていたディランがヤキモチを焼いていたなんて信じられない。
「そりゃ隠すよ。器が小さいなんて思われたくない。レミは俺を懐の深い男だと買い被っていただろ。幻滅した?」
レミは首を振って否定する。
「その……、嫌な思いをさせてごめんね」
「俺がくだらない見栄で平然を装っていただけだ」
言葉にすると楽になった。
「俺は半年後に君と別れる。小さな嫉妬が重なって“つらい、苦しい”を“レミは俺といても幸せじゃなさそうだ”にすり替えて振ったに違いない。だってレミと別れてから酒を呷ってはクダ巻いて荒れていたらしいからな。マイルズには鬱陶しいって怒られていたそうだ。後悔したなら頭下げて、より戻してもらえって俺は言われていたらしい」
「来なかったわね」
「レミは別れたがっていたから復縁は無理だと喚いてたんだと。だっせえな俺」
「別れたいなんて思っていなかったわ。振られるのに納得しただけよ」
態度は冷淡に見えたかもしれない。あっさりと受け入れて「さよなら。今までありがとう」と答えた。ディランの方が傷付いた顔をしていたのが不思議だった。
「別れたくないって素直に言えばよかったのかな」
初恋で、好きで、好きで。「どうして? 私の事が嫌いになったの?」と一人の部屋で泣くくらいなら。煩わしいと思われるのも覚悟で理由を問い正せば、破局しなかったのだろうか。
「それが君の本音だと知れば、……絶対俺は喜んだ」
ディランは苦しげに言ったあと、「いや、独りよがりで勝手だな。別れたのは確かに俺の意思だったんだし」と続けた。記憶になくても結果として二人は今、恋人じゃない。そして今、自分はレミの情に訴える立場なのだ。
「考える時間をちょうだい」
レミのぎりぎりの譲歩だ。どうしてもジェニファーの影がよぎる。
「……うん、ありがとう」
ディランはレミの心が揺れているのを察し、それに満足した。
数日後、レミは騎士団本部の騎士、職員専用の裏出入り口の前に立っていた。帰る人々がこそこそ何か言い合ったり、なんだ誰だ?とちらと流し見されたりと居心地は悪いけれど、涼しい顔をしておく。
ディランは泥臭い感情を吐露してくれた。だからレミも考えた。交際していた時、自分も良いところばかり見せようとしたのではないか。相手を尊重するつもりで「嫉妬なんて無関係」と、心を押し込めていたのはレミも同じだった。
出来ればディランとやり直したい。だから、決着をつける。
待ち人が現れた。
「ゼタールさん」
ジェファニーは立ち止まり、嫌そうにレミを一瞥する。一緒に帰っていた隣の女性が「何の用なの!?」と居丈高な物言いでジェニファーの前に出た。以前レミに絡んできた中の一人で先輩っぽい。
「あなたは呼んでいません。ゼタールさんに声を掛けたんです」
きっぱり言えば一瞬鼻白む。まるでガーディアンだ。ジェニファーはそっぽを向いている。
「だから何しに来たのよ。待ち伏せして!」
相手をするのは面倒なので無視する。
「ゼタールさん、ひとつだけ教えてください」
ジェニファーは何を言われるのかと身構えた。
「あなたはディランの恋人なんですか」
「だから彼が怪我をした日が、付き合って初めてのデートで!」
「黙って。あなたには聞いていない」
レミは勝手に喋る女性の言葉を遮った。
「なっ!!」
「大人なんですから、友人の口を借りる事はないでしょう?」
友人の背後にいるジェニファーに言う。
ジェニファーは困ったように友人を見たあと視線を彷徨わせる。やがて視線はレミの目に落ち着いた。
「……いいえ。恋人じゃない」
「ジェニファー! やっとディランさんが振り向いてくれたと言ってたじゃない!」
友人が煩い。
「そう思ったのよ。あの日、出かける前は」
ジェニファーの声は小さい。
「彼は優しかったわ。観劇してカフェに行って。もっと一緒に過ごしたかったのに明るいうちに帰ろうって。送ってくれている途中であんな事故に遭って……」
「身を挺してあなたを守ってくれたんでしょう!?」
「それは彼が騎士だからよ。咄嗟に身体が動いたんだって」
ジェニファーは唇を歪めた。
「知らない女だと言われてそれはショックだったわ。でもまた知人から始めたらいい。彼は私を好きになってくれると信じた」
ジェニファーは今年の就職組だからディランと知り合って一年も経っていない。初デート時は三ヶ月くらいか。
「記憶を失くして、好きな女性がいるなんて想定外だったわよ」
ジェニファーは恨めしげにレミを見た。
「愛しそうに見つめるのが別れた恋人だなんて。冗談みたい。でも気が付いたの。やっとデートに応じてくれた彼は私に惹かれていたわけじゃない。私に対する態度は騎士のディラン・クロムウェルでしかなかったのよ!」
最後は吐き捨てたジェニファーは「これでご満足?」と泣きべそでレミに尋ねた。
「ええ、とても。答えてくれてありがとう」
レミは微笑んだ。
「あなたを振る男なんて見る目がないのよ! もっと良い男捕まえて見返してやりましょう!」
先輩らしき友人はそう慰めながらジェニファーの肩を抱き、レミを見る事なく彼女を連れ去った。
「まるで私が悪女みたいね」
一言二言話すだけのつもりが、ジェニファーが感情を露わにさせて半泣きになってしまった。きっと静かなところで泣くのだろう。ちょうど帰宅する人たちが好奇心で見てくるので、明日噂になるんだろうな、とレミは肩を落とす。
「自分が修羅場の主人公の気分はどう?」
レミは建物の陰に佇むディランに声を投げた。帰宅しようと出てきた彼はレミたちの姿を認め、慌てて身を潜めた。先輩友人女性が待ち伏せかと言ったあたりから、隠れたディランが近くで様子を見ていたのにレミは気がついていた。ディランに会わずに帰ろうと思っていたけれど、一部始終を見られたからには仕方ない。
「俺が“騎士団の華”を振ったのはみんな知っている。それより、君の行動の真意が知りたい」
レミの前にディランは立った。真っ直ぐに見つめる。
「略奪したくなかったから、確認したのよ」
「俺に恋人がいないのは分かったよな」
「私はずっと自分に自信がなかった」
レミが語るのをディランは静かに聞いた。
「あなたは私と一緒にいても他の女の子と仲良くしていたわ。私は特別じゃないかもしれないって不安になっていたの。それを伝えればよかったのよね」
あからさまに近づいてくる女性は、当たり障りなく相手して早々に去ってもらうようにしていたつもりだ。恋人が嫌がらせを受けるからそうしろと……代々騎士団員に実しやかに受け継がれている対処法は間違っていたのか?
「好きよ」
唐突な告白にディランはびっくりしてレミの顔を見つめた。
「私たち、二人ともはっきりと好意を告げていなかったと思う」
「まさか……」
……えっと……「このまま卒業したら会えなくなる。それは嫌だから付き合ってくれ」って、気持ちが伝わっているから交際が始まったんだよな。それから? レミは「はい」と答えてくれた。ちゃんと恋人関係が成立している。
デートもしてプレゼントもしあって……キスもした……。
「あ、あれ?」
本当だ。肝心の言葉を贈っていない。
「レミ・アッシュブレアーネさん」
ディランは跪いてレミの手を取った。
「好きだ。愛している」
「記憶が戻ってこの数ヶ月を忘れても大丈夫。今度は私があなたを口説きに行くから」
ディランの気持ちを知った今、躊躇はない。レミは晴れやかな気持ちだ。
「俺と結婚してください」
恋人より確実な楔を打つ。レミは一瞬驚いてディランの顔を凝視したのち、満面の笑みを浮かべてたった一言だけ、返事をする。
周囲にいた人たちから歓声と拍手が湧いた。