それはおかしい
はぁー…なんて清々しい朝なんだ…
俺はベッドから体を起こしながらそんなことを思っていた。理由は明白。俺が大人になったからだ。あ、いやらしい意味じゃないよ?大人の対応を覚えたってことね。
昨日はあれから母さんが帰ってきて月菜と母さんとご飯を食べた。父さんは相変わらず仕事が忙しくて夜遅くに帰ってきた。そしてなんと驚くことに昨日は俺が対応を変えてから月菜と言い争うことが無かったのだ。最初からこうしてれば良かったなぁ…
俺は清々しい気分のままベッドから降りた。あぁ、小鳥さん、チュンチュン鳴いて可愛いな。視界がクリアに見える。
さて朝ごはんでも食べるか。母さんが作ってくれていた朝食を食べていつもと同じくらいの時間に玄関から外に出た。そしてそこには見知った顔があった。
「よう月菜」
そう、月菜だった。今までは月菜の顔を見るだけで嫌悪感が体の底から沸いていたが今は月菜の顔を見てもなんとも思わない。
「うっ、緋月…」
「なんだよその反応。傷つくだろ?」
俺は笑いながらそう言った。
「や、やっぱり気持ち悪い…」
「おいおい、酷いな。ハッハッハっ」
「う、うぅぅ…気持ち悪いー!」
どうしたのだろうか?月菜が俺に背を向けて走り去ってしまった。朝から元気だなぁ…
そんなことを思いながら俺も登校した。心做しかいつも歩いている道が澄んで見える。あぁ、大人になるって素晴らしい!
そんなこんなで学校に着くと由真が話しかけてきた。
「おい、緋月。お前柚木さんに何したんだよ」
「は?何の話だ?」
本気で意味が分からなかった。俺は月菜に何もしてないぞ?したとしたら朝声をかけたくらいか?
「いや、柚木さん登校してくるなりお前が気持ち悪いって言い出したんだよ」
「は?酷すぎたろ」
それは傷ついちゃうよ…結構本気で…
「…え?お前、大丈夫なのか?」
「ん?どういうことだ?」
「い、いや…お前って柚木さんに何か言われたら直ぐに言い返したりしてただろ?なのに今日はそれが無かったから…」
あぁ、なるほど。由真は子供だった頃の俺の話をしているのか。ふん、時代に取り残されたおじいちゃんめ。
「俺、もうそういうのやめたんだ」
「やめた?」
由真が聞き返すようにそう言ってきた。
「今までの俺は子供過ぎた。だから俺は大人になったんだよ」
「なるほど…?」
由真が分かったような分かってないような顔をしていた。そして俺の右肩に小さな衝撃が2回走る。
なんだろうと思い後ろを振り返ると、そこには仙波蘭が立っていた。
「仙波蘭?どうしたんだ?」
「至芽乃木君、ちょっとこっち来て」
「?ああ」
俺は言われた通りについて行く。そこは人気のない屋上へと続く階段の踊り場だった。
「それでどうしたんだ?」
俺は呼び出された意味が分からなくて仙波蘭にそう訊ねた。
「至芽乃木君、どうしちゃったの?」
「どうしちゃったの?どういう意味だ?」
「月菜ちゃんから聞いたよ?昨日から全く言い争いが無くなったって」
「あぁ、そのことか。いや、気づいたんだよ。どっちも子供だから言い争いが起きるんだ。だったらどっちかが大人の対応をすればそんな争いは起きない。実際起きなかったしな」
「…至芽乃木君の考えは理解できるし最善の策だと思う」
だろ?だが仙波蘭はでも、と続ける。
「私言ったよね。月菜ちゃんがあんなに感情を表に出せるのは至芽乃木君だけだって」
言った。確かに仙波蘭はそう言った。
「言ったな」
「じゃあなんで…」
俺は何か言いかけていた仙波蘭の言葉を遮って言葉を発した。
「でもさ、なんで俺があいつの感情をぶつけられる相手にならなきゃいけないんだ?」
「…え?だ、だってそれは幼馴染だから…」
仙波蘭が困惑したような顔をしながらそんなことを言ってくる。
「それはおかしいだろ?幼馴染ってだけでずっとあいつに嫌ごとを言われ続けろってことだろ?」
「ち、ちがっ!私はそういう意味で言ったんじゃなくて…」
「そういう意味じゃないんだったらなんだってんだ?感情をぶつけるなんて行為、口汚く罵ったり貶したりする時に出来ることだろ?そんなのに俺を巻き込まないでくれよ」
「し、至芽乃木君…」
「話はこれで終わりか?じゃあ俺は教室に帰るから。仙波蘭も授業に遅れないようにしろよ」
俺はそれだけを言い残して教室に戻って行った。うんうん、これが大人の対応だ。相手を傷つけないようにして納得させる。我ながらいい振る舞いだ。
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