2話目:追跡者、犬型怪人ヘルハウ
悪の組織陰謀団に使い捨てられた戦闘員の身体に、怪人の失敗作と呼ばれ銀色のスライム状に溶けてしまいゴミために廃棄された奏矢が寄生していた。
『自分の家に帰りたい』という戦闘員の願いの元、ゴミための中から脱出するために広げた銀の翼を一気にはためかせて高く見えるダストシュートの蓋部へ突っ込む。金属製の蓋が、まるでアルミホイルのように吹き飛ばされる。蓋が壁にぶつかって大きな金属音が辺りにこだまし、そしてダストシュートの入り口から黒と銀色の斑模様となった戦闘員が這い出てくる。
「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたかえりたいかえりたい」
同じ言葉を繰り返し、出口を求めて一気に走り出す。だが、すぐさま異常を知らせるサイレンが施設内に響き渡る。そしてわらわらと影の様に紛れた漆黒の戦闘員たちが、手に両刃の剣や槍を持って狭い通路にわらわらと固まって現れる。
狭い通路をまるで壁のように切っ先や槍先が仄かな明かりを受けて光る。
「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたかえりたいかえりたい」
(おいっ、落ち着けよ!)
奏矢は銀混じりの戦闘員を諫めるが、まったくそれを聞こうともしない。奏矢の意志を無視して、銀混じりの戦闘員はゆらりと真っ直ぐに切っ先の壁へと向かって行く。
壁のように密集した切っ先の壁のその脇を疾風のように駆ける銀混じりの人型が、槍先や剣先で突かれながらも突破していく。打ち倒し、殴りつけ、蹴り飛ばして、銀混じりの戦闘員は突き進む。狭い通路を駆け、階段をいくつも昇り、そして戦闘員の”記憶”にある出入り口の前まで辿り着く。出入り口は簡素なハシゴの付いたマンホール、あとはそこを昇れば外界へと出られるはずであった。だが、そのハシゴの前に1人の人影が通せんぼする形でたっていた。
「おい、この不良品。どこに行くつもりだ?」
「かえりたいかえりたいかえりたいかえりたかえりたいかえりたい」
(……なんだ、こいつ。犬みたいな怪人だな)
「おいおい、戦闘員が喋るの初めて聞いたけど、そんな声してるんだな。さーてゴミ捨て、ゴミ捨て、と」
首をバキバキと鳴らす犬顔の怪人。黒の毛皮に筋肉が隆々、そして辺りには硫黄臭が立ち込めていた。犬型怪人は面倒臭そうにあくびをすると、伸びた爪で己の頬を掻く。
銀混じりの戦闘員と犬型怪人と数メートル離れた状態で向かい合う。見つめ合い、お互いの視線が宙でぶつかり合う。先にゆらりと犬型怪人が動く。
「シィイイイイイッ!」
鋭い爪で横の壁をスポンジのようにえぐり取り、そのまま怪人は飛礫を投げつけてくる。
飛礫が風を切る音を立てて襲いかかる。鈍い音が辺りに響き、銀混じりの戦闘員は地面へと崩れ落ちる。さらに犬型怪人が壁を削り、飛礫で追撃しようとしたときに今までサイレンを鳴らしていたスピーカーから女の声が響く。
『犬型怪人ちゃん~。あ~、ちょっと殺すのはまだ早いわ~』
「あ?」
ヘルハウと呼ばれてた犬型怪人は動きを止めてスピーカーを見上げる。
そして手の中で瓦礫を遊ばせながら、口から唾を飛ばしながらがなり立てる。
「……俺に命令すんじゃねぇよ、イズミ」
『もう~、本当にヘルハウちゃんったら言うことを聞かないんだから~。その戦闘員、生きたまま解剖してなにがあったのか見たいのよ~、ね、お願いね~♡』
ぶつりとスピーカーから切断音が響く。ヘルハウはため息を吐きながら銀混じりの戦闘員へ近寄る。薄暗い明かりの下、飛礫によって顔面がぼこぼこに変形した戦闘員がぴくりとも動かずにうつむきで横たわっていた。ヘルハウはそこで考える。本来であれば、使い捨て以下の存在である戦闘員。自分の意志すらなく陰謀団のために生きて死ぬ、言葉もまたほとんど発することのできない人形の様な存在。それが陰謀団に反抗する素振りも言葉を発することもヘルハウは見たことがなかったのだ。
ヘルハウは戦闘員の顔元で足を止めると、イズミの元へ運ぶために首根っこを掴んで持ち上げようとする。
(まあ、だからこいつを生きたまま解剖したいんだろうが)
そしてそのまま乱雑に持ち運ぼうとしたとき、戦闘員を掴んでいた手に誰かが掴む感触が走った。
「あ?」
そこには意識を取り戻した銀混じりの戦闘員が、ヘルハウの手を掴んでいた。
ヘルハウがそのことに気がつくと同時に、手に痛みが走り咄嗟に手を離してしまう。
「物みてぇに人を扱うんじゃねぇよ……!」
「っ!?」
銀混じりの戦闘員は先ほどと違い、流暢に喋る。一瞬だけヘルハウの動きが止まるが、その瞬間に戦闘員の手が頭に伸びて思い切り頭突きをする。
鈍い音が響き、ヘルハウの額が裂けて血が噴き出す。そしてさらに戦闘員が頭突きを加える。ヘルハウは昏倒して地面へと崩れ落ちる。銀混じりの戦闘員は顔についた返り血を拭うと、外へ出るためのハシゴに手を掛けるのであった。