1話目:棄てられたもの同士
臭い、ヘドロの底。”ダストボックス”と呼ばれたゴミ溜の中で銀に光る液体が丸まっていた。
真っ暗な、小さな空間で奏矢だったものは身動き1つできず、生ゴミやメスや注射器、何かの死体などがごちゃごちゃと腐った水の中に沈んでいた。
(……お、れ)
銀のスライムと化した奏矢。
自分の意志で動くことは出来ず、ゴミの間を漂うばかりであった。真っ暗なその空間に突如、光が差し込まれる。その光の元は天井部につけられたごみを捨てるためのダストシュートの蓋であった。そしてそこから真っ黒な人型、戦闘員と呼ばれたものが降ってくる。
バシャンッ。
汚水に水が大きく跳ねて、波紋を作る。そしてダストシュートの蓋が閉められて、差し込んでいた光が消え失せる。
再び真っ暗となったゴミための中、ぷかぷかと戦闘員は汚水に浮かぶ。所々深い切り傷が身体に刻まれて、見るも無惨な状態であった。
(あ、れ……?)
奏矢の銀の身体がゆっくりと水の中を動き、そして触手のように身体を伸ばす。
まるで明かりに引き寄せられる蛾のように、銀の触手は戦闘員の身体へと触れる。その瞬間にまだ息があったのか、びくりと戦闘員の身体が跳ねる。
『……か、えり、たい』
(……?)
奏矢が戦闘員に触れた箇所から、戦闘員の考えが頭の中に流れ込んでくる。今にも死にそうな相手の『帰りたい』という気持ち、それが理解出来たときに相手へと自然に問いかける。
(帰りたい? どこに?)
『い……え。いえに、帰り、たい』
(願い事を叶えて欲しいか?)
奏矢が考えてもいないことが、不思議と浮かび上がる。
それが当たり前のことのように”願い事を叶える”と引き替えに、相手に”要求”をする。
(願い事を叶えて、やる。だけど、その代わり)
『……あ、あ?』
(その代わり、お前の身体を、よこせ)
『……あ……ア』
(さあ、願え!)
コクンと戦闘員ゆっくりと肯定するように頷く。奏矢自身にも分からなかったが、動揺している心とは裏腹に言葉を紡ぐ口と身体が一気に動き出す。
奏矢の銀のスライムと化した身体が戦闘員の傷口へと触れる。次の瞬間にはその傷口の中から戦闘員の体内へと入り込む。皮膚の下で蠢く銀色のスライムが体内で暴れて、汚水が大きく跳ねる。時間にしたら数十秒後、水面は静かになっていた。そして静かなその水面で痛々しい切り傷が銀の膜に覆われてて”修復”された戦闘員が、じっと己が落とされたダストシュートの入り口を見上げていた。
「……かえ、る。うちに、帰る」
そう小さく呟く。
そして漆黒の背中から銀色の翼を生やすと、外へ出るために一気に羽ばたくのであった。