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夢か現か

「秀人、秀人、あんたこんなとこでなにしてんのっ」


俺は母さんに揺り起こされて意識を取り戻した。


慌てて脱衣所を見回したけど、ククさんはいない。


夢…

夢でも見てたのか俺…


「湯あたりしたんだね。

どんだけ長湯したの。大丈夫?」


「…うん」


「そう、大丈夫なら出てって。

母さんお風呂に入るから。

もう練習で汗だく」


「うん…」


出ていく時もう一度脱衣所の隅々まで眺めていた俺に母さんは声をかけた。


「脱水起こしたのかもしれないね

麦茶でも飲んどきなさい」


「うん」


俺はまだぼーっとする頭で冷蔵庫の中の麦茶のポットを取り出した。

そこに母さんの叫び声が聞こえてくる。


「ギャーッ、秀人!

あんたお風呂に何入れたのっ」


あ…

お湯抜くの忘れてた。




部屋に戻って俺は風呂場でのことを思い出す。


お湯の中をたゆたう黒髪の一筋一筋と印象的な色味のないぽってりした唇が脳裏に浮かぶ。


違う、夢じゃない。


確かに出現した。

ひとみさんの言う通り。

美人の貧乏神が。


どこに…

行ったんだろう、あの貧乏神


試しに呼んでみる。


「ククさん」


姿を表さない。


もう一度呼んでみる。


「ククさん」


出てこない。

やっぱりあの薬に浸っていないと姿が見えないのか?

それとも時間差で祓うのに成功したんだろうか。

だとしたらもう会えない…


そう思ったらなんだか胸がきゅうっとした。


あ、れ

俺?


ヤバイ。

一目惚れした?

自分に憑いている貧乏神に。


ああ、せめてあの人、貧乏神じゃなくて守護霊とかだったらよかったのに。

ククさん。


どうしよう。

ひとみさんに相談したい。

これから何をすればいいのか。


時計を見たら10時をまわっている。

遅くに悪いなと思ったけど電話させてもらう。

家の電話番号を聞きておいてよかった。


そう思ったんだけれど、ひとみさんは電話に出なかった。

何回かけても留守番電話の案内になってしまう。


携帯の番号は教えてもらっていない。

佳祐は知ってるかな?

でも何か、今日のことを佳祐に話したくない。

全裸で現れた貧乏神のことを。

欲求不満の男子高校生の妄想だと、とられかねない。


しょうがない。

今日はこのまま寝て明日またひとみさんに電話をかけよう。




ベッドに入ってから、俺は大袈裟な言い方をすれば今までの人生を振り返った。


俺は宿題をやっていくのを忘れようものならその時に限って100パー指される、

それ故俺に宿題をサボるという選択肢はなかった。


逆に佳祐は宿題やってくる事のほうが珍しいけど、やつはいつもするり切り抜ける。

たまたま気が向いて宿題をやってきたときのみ先生に指される。

なんか羨ましいなと思う。


けどそんなことはいい。

ただ真面目に宿題をやっていけばいいだけの話なんだから。


俺は楽しみにしていることの2回に一回は何らかの理由で潰れる。

これが結構不可抗力のことが多い。


自分の楽しみがつぶれるのはまだいい。

本当に嫌なのは人を巻き添えにすることだ。




自分の小運の悪さをはっきり自覚したのは小4のときだ。


横浜のお祖母ちゃんは俺が小学校のサッカー少年団に入ってからよくサッカーの試合をテレビテレビ見るようになったらしい。

秀人と話が合うようにと思ってのことだって言っていた。


ほんとに、ばあちゃんはサッカーの戦術なんかも詳しくなった。


「日本のサッカーはバッグパスが多くて嫌になる。

あれじゃあ相手は怖くない」


なんてお茶の間評論もしていた。


小四の九月、ばあちゃんは日本代表のワールドカップアジア予選のチケットをとってくれた


自分の実力も現実もわかってない小学生にとって日本代表選手は憧れだったし、ワールドカップへのキップをかけての真剣勝負を見れるのはすごく楽しみだった。


けど、試合の前日、初めて一人で新幹線に乗って横浜に泊まりに行く予定の日、俺は熱を出した。


熱が出ても行く。

明日には熱がひいているかもしれないじゃんとダダをこねたが、医者の診断は季節外れのインフルエンザだった。


俺は外出が禁止された。


確かにその前の冬インフルエンザは大流行した。

にもかかわらず俺は罹患しなかった。


誰一人周りに患者のいない九月になってかかるなんて…


ほんとにがっかりした。

けど本当に辛かったのは俺と一緒に出かけることを楽しみにしていたばあちゃんをがっかりしたさせてしまったことだ。

ばあちゃんは俺と一緒じゃなきゃあ見る意味がないとチケットを近所の人にあげてしまったそうだ。


俺はこの時、ああ、なんか運が悪いなと自覚した。


ばあちゃんの葬式で横浜のおばさんに会った時、本当にあの時はお祖母ちゃんがっかりしてたわと改めて聞かされて、益々申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


似たようなことはまだまだたくさんある。


家の家族旅行がいつも雨だったり、アクシデントで飛行機が飛ばなくなったりして空港で足止めをくうのは俺のせいじゃないかと思い始めたのも小学生の時だ。


その一つ一つを思い出している時、ふとククさんの言葉が浮かんできた。

私たち今まで仲良くやってきたのにという。


仲良くやってきたのに?


冗談じゃない。

ククさんが俺に取り憑いているせいで今までの運の悪さがあるのなら…


やっぱり祓いたい。


どんな美人でも。


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