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新月の夜

家に帰ってから早速スマホで次の新月の日を探す。

自分の部屋に付いているの三畳ほどのロフトに昇って。


ここには物置みたいな部屋。

ゲーム機の空箱とか東京の大学に行くく時、姉ちゃんがいらないって俺によこしたやたら大きなクッションなんかが置いてある。

クッションはあるけどそれには座らず床に正座して新月の日を調べた。


23日。

来週の土曜日だ。


引き続き正座したままひとみさんに渡された封筒をあけ中の紙に書かれていることを読む。


ひとみさん、あんまり字が上手じゃないな。

それはどうでもいいか。


あ…

小刻みに紙が揺れている。

震えているのか?俺。




一、さら湯に粉薬を入れる


二、入浴する


三、姿を表した貧乏神に名を問う


四、その名前を逆さにして呼びかける


紙にはそれだけ書いてあった。


え、つまり粉薬を入れた風呂に入って出てきた貧乏神に名前を聞いてその名前を逆さに呼べば退治終了ってこと?

なんとシンプルな。

出てきた貧乏神に名前を聞くって…

ちゃんと名前教えてくれるのかな?

いや、その前に出てくるの?貧乏神。


…声に出して読むなって言ってたな。

追い払うために名前を聞くってばれちゃまずいんだ。


…ところでどうして自分には貧乏神が憑いているんだろう。

佳祐の言う通り俺には貧乏神に取り憑かれる心当たりがない。

じゃあ、ご先祖様が何か悪さしたとか?


前に超常現象の特集の番組で霊能力者が言っていたような気がする。先祖の犯した罪を子孫が負うことがあると。

ああ、あれは貧乏神じゃなくて悪霊だったか。


ふふ、本気では信じていないんだけどな、自分に貧乏神がついているなんて…

だけどもし本当に貧乏神がついていて、それを払うことで俺の運が向上するのならありがたい。


まあ、とりあえず新月の夜を待とう。




そして訪れた新月の夜。


ラッキーだったのは今日が土曜日だってことだ。

母さんはママさんバレーの練習で帰ってくるのが九時以降になるし、父さんは日曜に京都で行われるマラソン大会に出るために昼過ぎ、新幹線で京都に向かった。

つまり家には今自分しかいない。


変な薬入れて風呂に入ったあと、またお湯を張りなおせばいいもんな。

母さんにばれたらガス代と水道代がもったいないって怒られそうだけど。




そうそう、俺のことをいろいろ心配してくれていた佳祐のことだけど…

やつはすっかり俺のことに興味を失っていた。


ひとみさんの部屋を出るときは「秀人の入浴と美人貧乏神の退治を見学しに行こうかな?」なんて言っていたんだけど…


ひとみさんの部屋を訪ねた次の日の月曜。

やつは登校途中自転車で派手に転んだ女子を助けた。


佳祐は遅刻常習犯だけど特進クラスのその女の子は真面目な子で、遅刻しそうなことに焦り、スピード出して自転車こいでるところ石に乗り上げ、バランスを崩したらしい。

それを佳祐は目撃した。

やつは手のひらをひどくすりむいたその子の自転車と自分の自転車を引いて歩いて学校に来た。


当然遅刻。

彼女は保健室に直行。

彼女を助けたことを先生に言わなかった常習犯の佳祐は担任に遅刻をこっぴどく怒られた。


それを後から知った女の子がひどく申し訳なく思って放課後佳祐の元を訪れて何度もお礼とお詫びを言った。

佳祐がふざけて「いいよいいよ、気にしなくて、彼女にでもなってくれれば〜」って笑ったら「えっ…あ、うん…」ってその子そわそわし始めたんだって。


あれ、ヤベ本気にされた、特別可愛くもないし全然好みじゃねーのにって思って、冗談だよっなに本気にしてんだよって言おうとしたその時、彼女が「いいよ?」って上目遣いで言ったらしい。


その瞬間佳祐は恋に落ちた。

つまり佳祐に、初カノができた。


で、俺は昼休みに隣のクラスから遊びにやってくる佳祐にずっと彼女のことを聞かされるハメになった。

たわいもない通話アプリのやり取りも見せられたりしている。


「佳祐なんで先生に和子さんを助けたこと言わなかったの?」って聞いたら「ああ、そりゃ別に彼女を助けてなくても遅刻してたからさ」とやつは言ったっけ。


俺、あいつのそういうとこ好き。




そんなわけで佳祐は今初カノに夢中で、やつの頭からは俺に憑いている貧乏神や俺を心配して一緒にひとみさんの家に行ったことなんかは完全に消えてしまった。

きゃおりんのことも。


まあ、いいけど…




暦を信じないわけではないけど、一応玄関から道に出て、空をぐるり360度見回す。


「なんで新月の夜なんですか」ってひとみさんにきいたら「陰に傾いたものは太陽の光を嫌うからね、月のひかりって太陽の光の反射じゃん?

月の光がないほうが姿を現しやすいんだよ」と言った。


うん、月はない。

よし、風呂に入るか。




家の風呂の湯船は割りと大きい。

家は特別大きくないんだけどね。


スポーツマンの父さんが運動のあとの入浴を楽しみとしているものだから、家を建てる時母さんに交渉して風呂場だけは大きめに作ってもらったらしい。


おかげで中三の時12センチも身長が伸びた俺も足を伸ばして入浴できる。


お湯の容量多いけどひとみさんにもらった薬足りるのかな?なんて思いながら俺は包み紙を開けた。


これ…多分粗塩だ。

赤い粉も混じっている。


俺は湯船に粉を入れ三回洗面器でかき混ぜた。

そしてそうっと足先から湯船に入る。


あ、なんとなく染みる。

そしてちょっとツンとした匂いがする。


肩まで入ってビクビク周りを見回したけど何も変化はない。

いつも通りの風呂場の明るさ。

一列だけ模様の入ったタイル。

くもった鏡。

きちんと並べられたシャンプーとコンディショニングのボトル。


何も起こんないじゃん。

ハハ、いきなり電気が消えて風が吹き…みたいなことを想像してたんだけどな。


しばらくすると、なんだか自分のしていることがひどく愚かに思えてきた。


自分の運の悪さを貧乏神のせいにして、それを退治しょうとこんな儀式めいたことをしている。

高1にもなって。

…アホか。

塩入れた風呂に入っただけで貧乏神が姿を表すなんて本気で信じちゃって。


急に冷静になった俺は佳祐とあのおばさんにからかわれているような気がしてきた。


…大人になった時の笑い話になるのかな、これ。

こういうの黒歴史っていうの?出でよ貧乏神、みたいな?


そんなことを考えて入っているうちに肌がヒリヒリしてきて額に汗が滲み穴という穴が痛くなってきた。


あの赤い粉、唐辛子じゃないのかな?


俺は伸ばしていた足を引き寄せ「あ〜」と声を出し思わず目をぎゅっと閉じた。




そして目を開けたら…


目の前に女の人がいた。

俺と向かい合って入浴する形で。


「ひいっ」


声にならない声が出る。

そして俺の体の振動でお湯がパシャッと揺れた。


突然女の人が現れたことに驚いた。

でももっと驚いたのは、その人が裸だったことにだ。


ほんとにリアルな裸の女の人

頭の中が真っ白になった。


色の白い女の人は長い黒髪をお湯に浸しちょうど胸の半分ぐらいまで浸かってる。


この非常時にもかかわらず男子高校生のサガで無意識に胸のあたりに目が行く。

大事な部分は髪で隠れている。


突然のことに一瞬息が止まった。


少し自分の頭が揺れているのを感じる。

息が止まっていた反動ではぁはぁ呼吸が荒くなってきた。


何が起こってるんだ?


目の前にいる女の人が俺に憑いている弱ーい貧乏神?

なんで、なんで裸なの!


混乱した頭の中にいくつかの単語が浮かんできた。


貧乏神。

名前。

逆さに呼ぶ。


あ、退治!

退治しなきゃ。


「な、名前!あなたの名前は!?」


目の前の女の人は真っ直ぐ俺を見て


「クク」


と答えた。


よし!ほんとに答えた。

これで逆さに呼べば


逆さに呼べば?


え、クク?


上から読でも下から読んでも…

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