色ボケ
「林君目が覚めた?」
佳祐に続いて保健室の先生に声をかけられた。
「あ、はい」
「どう、気分は?」
「全然大丈夫です。
うっかり寝ちゃっただけです。
睡眠不足だったものですから」
「そう?」
俺はベッドから起きて自分が寝ていたベッドを眺めた。
体力のないククさんがまだ寝ているような気がしたからだ。
やっぱり見えない。
でもきっと側にいる。
俺は保険室の使用記録用紙に退出時間を書いて佳祐たちと一緒に保健室を出た。
「ねえ、なんであんたら一緒にいるの?より戻した?」
教室に帰る途中の廊下で二人に尋ねる。
「いや、そういう訳じゃないんだけど…
ほら、お前と和子さんの変な噂が広まっちゃっただろ?
和子さんが林君に悪いって気にしてたからさ。
俺たち付き合うふりをすることにしたの。
そうすれば噂が嘘なのわかるじゃん?」
佳祐…
お前友達思いのいいやつだな。
でも自分のためでもあるよな?
今めっちゃ幸せそうな顔をしてるぞ。
許せるんだ…
和子さんのこと。
なんだか急にこいつらが羨ましくなった。
学校の廊下を並んで歩けて。
いまいち冴えないカップルではあるけれど。
俺はいいなぁと持っているお姉さんとはへんな薬に浸からないと会えない。
そしていいなぁと思いつつも別れる方法をなんとか探したいと思ってる。
だって彼女は貧乏神だから。
俺と和子さんの噂を払拭するために佳祐と和子さんは昼飯後、一緒に俺のクラスを訪ねてくるようになった。
…迷惑。
「林くん、佳祐くんって頭いいよね?
英語のスペルとか一回書いただけで覚えちゃうし、すごくオリジナリティのある因数分解するんだよ?
東大とか狙えないかな」
アホか。
無理無理。
ん…
わかんないぞこのまま和子さんがおだて続ければ。
しかし佳祐はともかく和子さんがこんな色ボケするタイプだとは思わなかった。
二人の気づかいに反して、俺と和子さんの噂は消えなかった。
今は俺が和子さんを佳祐と取り合って負けたみたいになっている。
ほんと、堪忍してよ。
俺はこいつらがいちゃついている目の前でひたすらククさんのことを考えている。
なんとか祓う方法はないものかと。
あの薬をもう一度ひとみさんにもらおうと思ったんだけど、今システムエンジニアの研修で東京本社に二週間行っているらしい。
明後日帰って来るっていうから、今週末にでも電話をかけてみるつもりだ。
「なあ、秀人お前についてる貧乏神どうなった?」
急に佳祐が問いかけてきた。
「なに?貧乏神って」
きょとんとして和子さんが尋ねる。
「霊感のある俺のおばさんに見てもらったらこいつ貧乏神ついてるらしい。
この前ぼんやり白い影が見えたんだって」
…なんかこいつらにククさんのことを話す気がしない。
こんな冴えないカップルの暇つぶしの話題にしてほしくない。
「いや、あれただの気のせいだと思うわ。
怯えているとススキの穂も幽霊に見えるというアレね」
「…まーなー
お前はちょっとタイミングが悪いだけで幸せなやつだもんな」
「幸せ?」
「そう、そこそこのイケメンに生まれてきたし、そこそこ頭もいいし、そこそこいい家に住んでいる」
「そこそこってなんだよ。
俺は突出したサッカーの才能とかが欲しかったよ。
ボールに対する天性の感とか、はたまたお前みたいに突出したコミュ力とか」
「バカだな秀人。
そんな突出した才能がないから、全てにおいてお前は平均点ちょい上でいられるんだぞ。
なんか突出した才能があったらその分欠けができるって。
俺なんかさー
コミュ力の他には何もないじゃん。
流行ってるラーメン屋がどれだけ儲かるか知らない奴らにラーメン屋の息子、ラーメン屋の息子って馬鹿にされるしさー
俺は何事も中庸なお前が羨ましいよ」
そうかな…
「うん、うん、私もそう思う。
一つに才能が偏ってるより均等にいろんな能力があったほうが生きやすいんじゃないかって」
なんでお前らに上から諭されなきゃいけないんだ。
でも…
ククさんもそんなこと言ってたような気がする。
秀人は運悪くないって。
「秀人?ところでお前なんでそんなに浅く腰かけているんだ?疲れない」
あ…
いつの間にか俺は椅子に浅く座る癖がついてしまった。
ククさんが俺の背にもたれかかって寝れるように…
「ああ、体幹を鍛えたいからな。背もたれにもたれかからないようにしてるんだ」
適当にごまかす。
そしたら「ほんと、努力家だね」と和子さんがほめてくれた。
苦笑するしかない…
俺はもう一度あの薬をもらいたくってひとみさんに日曜電話したんだけど、彼女にすごくぞんざいな対応をされてしまった。
「あ、ひとみさんですか、秀人です。
あの…申し訳ないんですけどもう一度あの薬をもらえないでしょうか」
「ごめん、事情があって…
私自分の霊感に自信が無くなったの。
今作っても効かないと思う」
「え?どういうことですか」
「私に…
彼氏が出来そうなの!!」
それはそれは。
あれ、ひとみさん確か自分を霊視した結果男の影が無くってマンション買ったんじゃ…
「東京出張中、夜出かけた丸の内のバーで一緒になった人がいて…
声をかけられて話してたらすごく意気投合しちゃって。
彼、パソコンに疎くて、新しく買ったパソコンの設定できなくてそのままにしてあるって言うから家に行って設定してあげたの。
それだけなんだど…
その時…
もう一度会いたいって言われたの!
自分を今まで何回霊視しても男の影が見えなかったのに…
私むしろ今は自分の霊感が大したことないって思いたいのっ!」
いや、それじゃ困ります…
「秀人君!
粗塩一合、一味唐辛子二分の一合」
「は?」
「あの薬の配合。
いい?七味じゃないよ、一味だからね。
で、それを和紙に包んで霊感のある人に三回振ってもらって。
そしたらその人の波動が薬に移るから。
じゃっ」
ガチャン
ツーツー…
ちょっと待って!
あれそんな単純な材料で出来てたの?
やっぱり唐辛子だったんだ、あの赤い粉。
霊感のある人に振ってもらうって。
そんな人どこにいるんだ?!
あ…
いた、一人。