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憑いてる憑いてる

別に大きな不幸に見舞われるわけじゃあない。

中流階級の家に生まれたし、両親は健在だし、重篤な病気にもなったことない。

もちろん悲惨な事件に巻き込まれたことも。

ただ、ただ少し小運が悪い。


今回も…

楽しみにしていたアイドルの握手会と、俺を可愛がってくれていたばあちゃんの葬式の日が重なっただけだ。




俺は握手券を同じきゃおりんファンの佳祐に譲ることにした。


佳祐は複雑そうな顔で握手券を受け取った。


「…いいの?

俺が握手券もらっちゃって…お前超楽しみにしてたじゃん、きゃおりんを生で見れるの」


「…うん、お前にはいつも世話になってるし。

俺の代わりにきゃおりんと握手してきてくれ、そしてその手で俺と握手して」


くじ運のいい佳祐が外れてくじ運の悪い俺が抽選で当たったこと自体がおかしいと思ってた。

もともとこうなる運命だったんだろう。


「しっかし秀人しゅうとってこういうことが多いな。

なんかタイミングが悪いって言うか…

この前もお前をスタメンに起用してくれた監督が不祥事で学校辞めちゃってさ…

新しく来たサッカー部の監督には試合出してもらってないんだろ?」


「うん…」


「うちの中学はサッカー部人数多かったから、三年になっても補欠だったけど、サッカー部員の少ないこの高校に入ったおかげで一年なのにいきなり試合に出してもらえるようになったって、お前喜んでいたのに突然監督変わっちゃうなんて…」


「…運が悪いのさ、俺。いやんなっちゃうけど」


ため息をつきながら視線を落とした俺に佳祐は言った。


「なあ秀人、俺のこと変なヤツだと思うなよ?

お前なんかに取り憑かれてんじゃない?」


「へ?」


「俺、お前と小学校のときから付き合ってるからわかるけど、こういうこと多すぎない?

お前は一見冷たそうに見えるけど結構いいやつじゃん?

この前も横断歩道で転んだきったない婆さん助けてたし…常日頃からバチが当たるようなことはしてなさそうじゃん?」


「なに言い出すの佳祐?」


「俺の親戚にまあまあ見えるおばさんがいるんだよ。

あ、大丈夫、壺とか売りつけたりしないよ、ちゃんと上場企業に勤めてるフツーの人だから。


えーと、あのー、その…つまり、一度見てもらったらどうかな?」


霊視…か?

霊視してもらえって言いたいんだろ?佳祐。

俺あんまりそういうの興味ないんだよね。

ちょっと怖いし。

見てもらって、ほんとに変なもの憑いていたらヤダし。

でもそういうレベルだよな、俺の小運の悪さ。


うーん、どうしよう。

せっかく佳祐が心配してくれているし…

佳祐の親戚なら安心か。

試しに一度見てもらうのもいいかな…?




まあまあ見えるという佳祐のおばさん、正確に言うと佳祐のおばあちゃんの妹の娘、つまり佳祐の母さんの従姉妹のひとみさんは三十五歳のシステムエンジニアで川の近くの分譲マンションで暮らしているらしい。


二年前、真剣に自分を霊視した結果男の影が微塵もないということで一生一人で生きていく決心をして去年二千三百万ほどの2LDKのマンションを買ったんだそうだ。


佳祐の母さんの推測によるとおばさんの年収は700から800の間じゃないかって。


うん、まあちゃんとした会社に勤めてそこそこの給料もらってる人だから高校生からお金をだまし取ろうとは思わないだろう。


俺は佳祐の勧めに従い来週の日曜日、見えるおばさんを訪ねることにした。




きゃおりんの握手会の当日、佳祐がきゃおりんと握手している頃、俺は横浜の斎場でお祖母ちゃんの骨を拾っていた。

お祖母ちゃんとの思い出が次々と浮かんできて、涙をこらえるためにどれだけ奥歯を噛み締めたかわからない。




ばあちゃんが亡くなった寂しさをまだ引きずる翌週の日曜、俺は佳祐とひとみさんの部屋に向かった。


オートロックを外してもらってエレベーターで五階に行き佳祐がおばさんの部屋のチャイムを鳴らしたら、人の良さそうな少し太ったおばちゃんが勢い良く出てきた。

そして「佳祐久しぶりーあんた高校生になったんだー」って佳祐をハグしたあと俺の方を見て指を指して笑った。


「あー憑いてる憑いてる、弱々しーい貧乏神がっ」て言いながら。




俺と佳祐はおばさんの部屋のリビングに通された。

ごくふつーのこじんまりしたリビング。南西に大きな窓がある。


インテリアも特に変わったところがない。

二人がけのアイボリーのソファー。

ガラスのテーブルを挟んで一人がけのソファーが2つ置かれている。


多分三十五歳の常識的な女の人はこんな部屋に住んでいるんだろうなって感じのシンプルで落ち着きのある部屋。


おばさん…ひとみさんは俺と佳祐に紅茶を出してくれた。


9月の残暑厳しい中を自転車で走ってきて喉渇いてるからコーラとかの方がいいんだけど、まあそんなこと言えない。

なーんて考えていたら「ごめんねぇ、私炭酸ダメなもんだからコーラおいてないのよぉ」とひとみさんが言う。


あっ、ヤバ。

この人そういう能力のある人だった。

心の声聞こえちゃった?


「大丈夫です、この部屋クーラー効いてるから、温かい紅茶で」と取り繕う。


ひとみさんは自分の紅茶に砂糖を入れてそれをスプーンでクルクルかき回しながら「秀人くんは落ち着いているわねぇ、佳祐に比べると」と言った。


「そうそうこいつ落ち着いてんの。

高1とは思えないくらい」


ソファーの背もたれに両手をかけてくつろいだ感じで佳祐がひとみさんに同意する。


「落ち着いている…というよりは、自分テンション上げられないんです。

なんかがっかりする体験を多くしすぎて。

それがスタンダードになっちゃっていて。


しかし…今回のきゃおりんの件は…さすがにこたえました。

今まであんまりアイドルとかに興味なくって、初めて心ときめいたアイドルだったから。

奇跡的に抽選に当たったその握手会の日に、好きだった横浜のお祖母ちゃんの葬式が重なるか…と思って」


ひとみさんはふふ、と笑って

「アイドルにときめかないか…

当然彼女とかもいたことないよね?」と少々失礼な物言いをした。


まあ、それは事実なので「はい」と答える。


…実は、女の子と付き合うチャンスはあった。

夏休みに入る前に隣のクラスの女の子に告白された。その気になれなくて断ったけど。

この一連の出来事は佳祐には言ってない。

なんかめんどくさいから。




「秀人くんそこそこカッコイイのにね、佳祐と違って」


「ひとみさんって一言多い」と佳祐が抗議する。


ちょっと笑いたくなる。


親戚だけあってひとみさん佳祐に似てるよ?

少しハチの張った頭の形とか小さな顎の下の肉づきとか。


「まあ、しょうがないよ、こんな美人さんが憑いていたんじゃあ」


ひとみさんの言葉に「えっ、ナニソレ!!」と俺じゃなく佳祐が声を上げる。


「…自分に憑いている貧乏神美人さんなんですか?」


「あ〜秀人くん、やっぱ男の子だね、ぱっと顔色が変わったじゃん、

…でもいくら美人でも貧乏神じゃあ。

祓ったほうがいいかな?

そうしたらかわいい彼女もできるよ、きっと」


ここで佳祐が大声で叫ぶ「おばさん、俺も祓って!」と。


「あんたにはなにも憑いていないよ。もてないのは実力」


そう言われ、佳祐はムッとした。




ひとみさんはちょっと待っててね、と言ってリビングを出て行きキッチンで何かもそもそして五分ほどするとこっちに戻ってきた。


「いい?家に帰ったらこの封筒の中を見て。

けっして声に出して読んではいけないよ、聞かれちゃうから。


次の新月の夜、さら湯にこの粉薬を入れてお風呂に入りな。

そして封筒の中の紙に書いてある通りのことをして。

いい?さら湯に入れるんだよ」


そう言ってひとみさんは白い封筒と手のひら2つ分くらいの大きさの包み紙を俺に手渡した。

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