とばり
そういえば友達が居なかった。
カラスって、車に轢かれるんだ。
ばかみたいにごんごんと飛ばしていた自転車をとめて、降りる。
真っ黒なアスファルトの車道にもっと真っ黒なものがはりついていた。胴にくっきりタイヤのあとがあるカラス。羽根とからだはぺしゃんこになっているけれど、顔だけは地底の穴からのぞき出たみたいに、まあるいまま、おしとやかに口をむすんで寝そべっている。
縁石のきわのタンポポを摘んで、私は車を警戒しつつカラスにちかづいた。感染症、ということばが頭をよぎったけれど、少しだけふれてみた。死ぬまえに食べていたのか、端に石鹸のかけらがついたくちばしは、つるつるとつやめいて、まだ少し温かい。
「かわいいね」
「おやすみ」
そっとつぶやいて、あざやかな黄色のタンポポを首もとに乗せた。
自転車を飛ばしながら、いろいろなことを考えていた。
カラスは頭がよいから車には轢かれないんじゃないんだっけ、とか。私も頭がよければ、とか。車道のまん中からひっぺがしてあげられればなぁ、とか。死んだ子のために生きたお花をとってしまったね、とか。
タンポポは今ごろ、もう車につぶされてしまっただろうか。つぎに自転車をとめたのは、校舎のうらがわだった。三人のおとこのひとが私を待っていた。
「遅い。ほんとに、トロいな。そんなんだから俺らみたいなのを怒らすんだよ」
「ほら、金よこせよ。全財産持ってきたんだろうな」
うなずくこともにげだすこともできなかったので、私はかばんのポケットからぶたの貯金箱をとり出した。
「はあ、なんっだよそれ! 中身だけ持ってくんだよ、ノロマ!」
まん中に立つひとが掴みかかってきそうにした時、ふいに「それ」は鳴りひびいた。
カタカナで表すなら「ケ」だろうか。「k」と発するときにのどとはなの奥から飛び出す、うすい鋭利な空気砲。宇宙中の空がまっぷたつに切り裂かれたみたいな音。目にみえないものをまっすぐつんざく、鳥のひしゃげた大声だった。
町中のイヌやネコのとおぼえがあとに続いた。15秒ほどだった。遊園地のすみで聞くようなかわいい電子音ががりがりのノイズにまみれ、すぐ耳元でながれて、最後にもう一度カラスの声がして、それはおわった。
にげ惑う三人はとうにいなくなっていた。私はぶたの貯金箱を、その場のとがった石でこんこんとつつき割った。中には500円玉がふたつだけ入っているのを知っていた私は、それをにぎりしめたまま指だけをハンドルにかけて元きた道を走った。
もしかして、もしかして、というおもいが頭から離れなかった。お花屋に立ちよった頃にはそれは勝手に確信へとかわっていた。真っ黒なアスファルトを通りかかったとき、私はガードレールのすみに花と自転車を立てかけ、カラスへと駆けよった。
石鹸のあわの乗ったくちばしが力いっぱい開いていた。タンポポの黄色が、死んだ目にきらきらと反射していた。
それがすべてだった。
「おやすみ」
ありがとうを込めたおやすみをつたえて、そっと両手でくちばしを閉じてやった。黒く濁ったあわがおやゆびに付着して、帰ったら手をあらわなきゃあな、と思った。
そういえば友達を喪った。