二人の魔法少女 第三話
長の部屋は操舵室そのもので、これといった改造はされてはいない。
その部屋に長の他に一人の男がいた。
紺のスーツにその身を包んだ初老の老人で風格があり、威風堂々として確固たる存在感をいるだけで示していた。
それに対し、長は作務衣を着込み、職人のような容姿をしているが、その風格はスーツの老人と遜色ない。
「私がこの場所に赴く事になろうとは……。あってはならない事と常々思っていた」
スーツの老人は憂いた顔をして床を見下ろした。
一挙一動に独自の優雅さがあって、その動きだけで雰囲気が沈痛なものへと変化した。
「世の流れは誰にも分からぬ。自らを責めてはならぬ。これは避けられぬ事よのう」
と、長はたしなめるように言った。
「いつの世も平和は脆く儚いもの……」
「……それは違うのう。平和とは守るもの。恒久的な平和などありはしない。それを守る者がいるからこそ、平和はもたらされるものよのう。それを忘れている者がこの国に多くなっただけであろう……」
「古来より日本を影で支えてきた方々は言う事が違う」
感心したように老人は頷いた。
「攻撃力なきところに抑止力なし……我ら虚ろの民は最大の攻撃力であり、最大の抑止力である。それを一番分かっているのは貴殿ではないか?」
「戦う事を止めてしまった末路が……」
老人は悲しそうな目で遠くを見つめた。
「悲観は禁物であろう。これから変えていけばいい事であろうのう。まだ根は腐ってはいない」
長はゆとりを感じさせる微笑みを浮かべた。
「さて、来たようだ」
長がとある方を見ると、空間に黒い点ができ、それが人が通れるくらいの大きさにまで広がった。
「お連れしました」
サングラスの男がその穴からちょいと顔を出して言うと、タンクトップの少女と巫女服の少女がその穴から出てきた。
「紹介しておきますが、この巫女は九鬼鳳香……」
そう紹介されて、九鬼鳳香は老人に深々と頭を下げた。
「ご紹介にあずかりました九鬼鳳香と申します」
「そして、活発そうな娘が涼城真希と申す」
涼城真希も鳳香と同じように頭を下げた。
「この少女達が……」
老人は驚きを隠しきれず、目を何度も何度も瞬かせた。
「……共に神器を操るに値する女子じゃ」
長は平然とそう口にした。
だが、老人は納得し切れていない様子を見せた。
「心配は無用。来年より高校に行く年齢ではあるが、守人四十七士でもあり、腕は確かなり」
守人四十七士とは、虚ろの民に古来より伝わる四十七の秘技をいずれかを体得した者達の総称である。
どの秘技も奥義や神器を継承し続けており、体得すれば八百万の神々と対等に戦えると言われている。
鳳香も真希も本気を出せば、日本自衛軍程度ならば全滅できるはずである。
だがしかし、神器はその使用を許可されなければ使うことができない。
許可するのはもちろん八百万の神々であるだけではなく、虚ろの民をたった一人で壊滅させた神の血を継ぐ者ということになっている。
悪用を恐れたためにそのような条件がつけられているのだ。
「守人四十七士ならば信用はできる。噂はかねがね聞いている」
老人はやっと信じる事ができたようで口元に笑みが浮かんだ。
「我ら虚ろの民は力。力あるからこそ我らがある」
長は胸を張ってそう言い切った。
「ボクは風を操る魔法少女だよ」
真希は真っ直ぐな瞳で老人を見ながら明朗に言う。
「私は命の炎を燃やす魔法少女ですわ」
鳳香が老人にニッコリと微笑みかけた。
「ほぉ、魔法少女とな。それが己の立場と信念……か。頼もしい」
老人は満足げに頷いた。
そんな老人とは対照的に、長は眉間にしわを寄せ、真希と鳳香に何か言いたげであった。
真希と鳳香は魔法少女などではなかった。
昔から見ていたアニメなどにあるような魔法少女でありたいとの気持ちから自らを『魔法少女』と名乗ったのであった。
もし出番が来たとしたら、そうすると前々から決めていたのである。
魔法少女のように活躍し、人々に笑顔を取り戻すような戦士でありたい、そういう思いもあった。
「では、契約を……」
虚空より龍の彫られた筆を取り出し、空中に何か文字を書き始めた。
すると、空間に達筆の文字が浮かび上がる。二文字書き終えたところで、筆がパッと消え去り、文字が赤く光り始めた。
「私の言葉をその胸に刻みて、私との契約を完了す」
その言葉を発すると同時に空中に書かれた文字が鳳香と真希へと向かっていく。そしてそのまま、文字は二人の身体を突き抜けた。
「ッ?!」
「んっ!」
二人が身体をビクッと震わせた瞬間、額に解除という黒い文字が浮かび、黄色い光とともに四散していった。
「これで神器の使用制限が解除されました。御武運を」
老人はにこりと穏和な笑みを見せて、軽く会釈した。
「ありがとね」
真希は口ではぶっきらぼうに言ったが、深々と頭を垂れた。
「ありがとうございます」
真っ直ぐに伸ばした背筋を乱すことなく、鳳香は礼儀正しく頭を下げた。
「よいよい。すべては平和のため」
老人は柔和な笑顔を崩さなかったが、急に不安げな表情をしてみせた。
「ロメルスとかいうカラクリ人形に使われている素材は……いや、そんな事はないはず……」
「何か不確定要素でも?」
長が老人の様子の変化を察し、声をかける。
「今では失われてしまった技術によって作り出された強靱なる鋼によく似ておる。その技術が発掘されたとしたのならば……」
「心配は無用。どのような素材も真希の拳に貫けぬ物などない。どのような素材も鳳香に燃やせぬ物などない」
長は鳳香と真希を見やりながら、しっかりとした口調でそう断言した。
虚ろの民と八百万の神々の戦い……今では『果てなき五十五の月』と呼ばれている戦いで虚ろの民は善戦した。
守人四十七士は当時からも存在し、神と戦うのに戦力としては十分であった。
守人四十七士といっても技を継承していた者の名称であり、体得していた者は異なる。
だが、戦いが始まってから五十五日目に一人の神が戦場に現れた。
その神の登場で守人四十七士も含めて虚ろの民はその日のうちにすべて倒された。闘神の前では、虚ろの民は赤子程度の実力でしかなかったのだ。
『つまらぬ事で手を煩わすな』
闘神は一人も殺さず、倒れている虚ろの民の前で酒を飲みながらそう言ってのけた。
『どうだ、お前たち。俺の下で働いてみないか? 神、それと神の生み出した技術と対等に渡り合えるお前たちは使い道がある』
闘神にそこまで言わしめた者達である。例え神の技術であったとしてもやれないことはないと長は確信している。
「お手並み拝見……といったところです」
長の態度に安堵したようで、さきほどまで見せていた笑顔に戻った。
「真希お嬢さんに、鳳香お嬢さん、後は頼みますよ。そろそろ戻らなくては。起きていられる時間は限りがあるので」
「戻られるか?」
「また寝なくてはならない。次に起きるのは数十年後であればいいのですが」
老人はその言葉に若干の希望を込めていた。
「自衛軍のヘリでは時間がかかるであろう。九郎、例の力でこの方を」
長はサングラスの男に目配せをしてみせた。九郎と呼ばれた男はそれに気づき、すぐに作業を始めた。
「こちらに」
さきほど開けた穴とは別の穴が空間にすぐ作り出された。
「それは離れた空間をつなぐ抜け道のようなものじゃ。心配はいらぬ」
長がそう説明すると、
「そのような能力まであるとは……侮りがたい」
と、老人は驚いてみせた。
「よりよい未来を」
手を振りながら、老人は笑顔を絶やさずに空間に開いた穴に入っていった。九郎もそれに続き、穴の中へと進んだ。しばらくすると、穴はキュッとすぼまっていき、点となった末、消滅した。
「長、さきほどのご老人はどなたなのでしょう?」
老人が去った後の沈黙を打ち破るように鳳香が口にした。
「あの方は永き眠りの者。我らの祖が生まれた頃より生きている神」
「あれが……神様? 全然そう見えなかった」
真希があの老人が消えていった方を見ながら、ポツリと呟いた。風格は確かにあったが、自分たちをその昔倒した者だとは思えなかったのだ。
「己の強さは見せつけるものにあらず」
長はそう言い、真希と鳳香に唐突に厳しい視線を投げかけた。
「だが、お前達はその強靱さを見せつけなければならぬ。それは分かっておろう?」
「当然」
「心得ております」
鳳香も真希も一様に頷いた。
「ならば、やる事は分かっておるな?」
「ボク達がぶっとばしてくればいいんだよね? カラクリ人形を操る者達を」
真希はポキポキと腕を鳴らした。
「今すぐでしょうか?」
静かなる闘志を燃やしながら、鳳香が訊ねた。
「あの方が来られたのだ。そういうことであろう。九郎が戻り次第、戦場に移送してもらう。その後の行動は日本政府が指ししめすであろう」
長のその言葉に、二人は瞑目し点頭した。