地に立つ者 第七話
風をまとって大阪上空まで来た真希は、長門に異変が起きている事を察知して、多少迂回をした。
クーデター軍の前に米帝自衛軍連合軍が大敗を喫した場所があった。
元は街であったのだが、今ではただの焼け野原と化していた。
その街の名を真希は覚えていない。だが、そこが適切であると感じて、そこへと降り立った。
真希の行動をすべて観察しているかのように、巨大浮遊要塞『長門』が真希の方へと近づいてくる。
「ボクとやる気? 今のボクは手加減はできないよ」
手が怒りで震えている。
それを隠すために拳を強く握るが、よけいに震えてきて仕方がなかった。
「ほう……」
長門がすぐ側まで来ると、突如変形を始めたのであった。
卵形であった要塞がその姿を人型へと変貌していく。
手や足が出てきたり、頭がどこかから現れたりする様はある種の芸術だと言えた。
「まだ?」
真希は手を出さずに成り行きを見守っていた。
途中で攻撃するのはフェアじゃない、と思っているからだった。
「終わったみたいだね」
東京タワーはあるかと思えるほど巨大な体躯をしたロメルスへと変形し、焼け野原の上へと降り立った。
大地に足をつけると、まるで地震が起こったかのように地表が揺れたが真希はこれっぽっちも動じなかった。
「ボクも本気で行かさせてもらうよ」
頭に巻いている鉢金に手をかけ、まるで引きちぎるように脱いだ。
すると、着ていた装束がパラパラと紙のようにばらけていき、真希は一糸まとわぬ姿となった。
「裸で戦うのですか?」
長門のスピーカーからさくらの不服そうな声が流れてきたが、真希は一笑に付した。
「零の風、風を纏いし者」
真希の周囲に白い雲のようなものがわき上がり出し、その身体へと絡まっていく。終いには、鎧そっくりの形を作った。
「綺麗……」
心底感動しているかのような声をさくらは思わず上げた。
「これは風の鎧だよ。あんたにボクの鎧が貫けるかな? そして、ボクの神器を防ぎきれるかな?」
地面に両手をつく真希。
「お出で、ボクの神器『大蛇ノ骸』」
地響きがし出し、五本指の竜の手が地を割り、神々しく獰猛な姿を晒した。
それだけに留まらず、真希の腕を掴み、爪を立てるや否や、その肉に食い込むほど押しつけてくる。真希は苦しそうな顔をしているが、悲鳴一つあげなかった。
肉を裂き、血がしとどに流れ出し始めたところで爪の動きがぴったりと止まった。
「さあ、その姿を見せて」
ぐっと腕を上げると、竜の手が地面の中へと引っ込んでいったのだが、爪だけは真希の腕に食い込んだままとなっていた。
それはまるで竜の爪でできた小手といった外観であった。
神代の時代にいたと言われる八岐大蛇の爪で作った小手である。
装備した者の血をすすり、それを原動力として防御と攻撃を数倍にもする効果がある防具であった。
「さあ、始めようよ」
真希は挑発するようにそう言い放った。
神器を装備している間、長門はただ黙って見ているだけではなかった。
突貫で取り付けていたアンチマジカルシールドをその巨体に対して展開させていた。
球体は当然の事ながら八個で済むはずもなく、五十個以上も使用していた。
長門は真希が準備完了なのを知ると、両手を前へと突き出した。
「もう見飽きたよ、それは」
アンチシールドの加護を受けたロケットパンチの連射。
秀吉の機体とは比べものにならないくらいの巨体が真希へと迫っていた。しかし、真希は少しも怯まなかった。
「闘神に傷一つつけられない力だけど、ボクにはこれで十分だよ」
真希は不敵な笑みを長門に投げかけてから、両腕を前に突き出して、ロケットパンチを受け止めると宣言するように軽くジェスチャーをして見せた。
「来たね」
受け止める前から、共鳴するかのようにブルブルと大気が揺れ始める。
その震えを一蹴するかのように地表までが揺れる衝撃波が、真希が受け止めた瞬間に発生した。
アンチマジカルシールドそのものとその先にあるロケットパンチとを空間でキャッチしているかのようであった。
「やればできたのに……ボクはなんでやらなかったんだよ」
真希はボロボロと涙を流しながら、一歩も退かず、一歩も押しやられずに耐えていた。
「泣きたくなんてないのに……どうして涙が……」
止まれ、止まれと心の中で念じていても、涙はいっこうに止まる気配を見せなかった。
「止まってよ!」
それが涙であるのか、ロケットパンチであるのか、真希本人も分からなくなった。
その叫びをかわきりに、ロケットパンチを押し返し、一歩、また一歩と前に歩を進めていく。
「人の英知じゃ神器は超えられないよ」
遂に力で押し切って、弾き返した。二つの腕がぐるぐると旋回しながら飛んでいき、地面に激突した。
「力っていうのはこう使うんだよ」
深呼吸をし、目を閉じる。精神を集中させ、心の乱れをすべて払拭する。無の中から頭の中に浮かんできた、その力をそのまま発動させた。
「壱の風改、大蛇縦一閃」
腕を振り上げ、そして、息とともに振り下ろした。
大蛇の形をした風がそこから生じ、アンチシールドをまるでガラスであるかのように割っていく。その際、無数の球体が爆発炎上し、地へと灰となって落ちていった。
そして、風はその先にある長門を縦一線に両断しただけではとどまらず、がれきの山や上空の雲なども割っていった。
それは、まるで紙を切っているような容易さでもあった。
「そう……私は望んでいました。あなたのように美しい方に……」
長門のブリッジは真っ向両断されていた。
その隙間から一瞬だけであったが、さくらの姿が垣間見えた。
さくらは真希の方に幸せそうな微笑みを投げかけた。
真希がその笑みに気づいた時には、もう長門の崩壊が始まっていて、さくらの表情は爆風に紛れてもう見る事はできなくなっていた。
「ボクは戦士でしかなかったんだね。魔法少女になんて、なれもしなかった……」
今、垣間見たさくらの笑顔を見て、真希は吐き捨てるように言った。
今の真希には、あんな笑顔をすることができないくらい、心にぽっかりと穴が開いてしまっているからさらにそういう思いになっていた。
「帰ろう……ボクのいるべき場所に」
長門の巨体がぐらぐらと揺れ始め、崩壊を始めた。
バランスを失い、その体躯を支えきれなくなった足が折れたりしてきていた。
その様子を横目でちらっと流し見てから、真希は風に乗って空へと羽ばたいた。
涙は戦いが終わったのに止まることはなかった。




