地に立つ者 第一話
ふかふかとした物にこの身がくるまれているのを覚醒しかけていた意識が感知した。
なんだろうとそう思いながら涼城真希は目を開けると、すぐ近くに黒金夏美の寝顔があった。
「何?」
戦場にいたはずなのに、と記憶の糸をたどりながら、寝ている夏美を起こさないようにその寝顔をじっと見つめた。
「……鳳香?」
すぐにここが病室だと分かり、隣のベットを見ると鳳香が寝ていて、全身に包帯を巻かれた。
「起きました?」
鳳香は真希が起きた気配を察知して、ゆっくりと目を開けた。
「ああ。でも、なんで病院なんかにいるんだろ?」
「ロボットの一撃は重かったですから」
「そうだよね。でも、ボクが気絶したのなんて、師匠に四十七の奥義を連続で叩きこまれた時以来かな? 風をまとう者を発動させてても、骨なんてポキポキ折れてたし、一週間は起きれなかったし……あ、それに比べたら軽いのかな?」
真希は昔を思い返して饒舌になった。
「私も油断しすぎていましたわ。あんなに強い方がいるだなんて想像もしていませんでしたから。最初からその事に気づいて力を使っていれば……」
「ボクだって神器か奥義を初っぱなから使っていれば……」
虚ろの民の選ばれた者達である守人四十七士になるためには、四十七の奥義を覚える事と自らの師匠を倒さなければならない。
時には師によって殺される事もあれば、逆に師を殺してしまう事さえある。
真希も鳳香も手加減できず師匠の命を奪った過去があった。そのために、手加減をする癖ができてしまっていた。
「今更後悔しても無駄ですわ。それがあなた方には分かりませんの?」
真希のベットで俯せになったまま、夏美ははっきりとした声で言った。
「敵が新兵器を投入してきた以上、やらなければなかったんですわ。それが分からなくて?」
敵を侮っていたのは紛れもない事実なだけに、鳳香も真希も沈黙した。
「ですが、先の戦いで敵の兵器の概要が分かりましたので、すべて無駄とは言い切れませんの。死んでいった者達のためにも次こそは勝たなければなりませんの。それは分かって?」
夏美は顔を上げ、二人の顔を交互ににらみ付けた。
「次は勝つよ」
「次こそは必ず勝利を」
「神器の使用を許可を要請した方がいいかしら?」
夏美が二人の気迫を察してか、そう提案をした。
「頼む」
「お願いいたします」
それに対して鳳香と真希は即答した。
「……許可が下りればいいのですけれども。許可が下りた時に伝えないといけないから小型の無線機だけは携帯しておきなさい」
二人の思いには応えたい、勝利を確実なものにしてあげたいと思ってはいるものの夏美はどこか不安であった。
許可は降りないのではないかという事が。
意外と神器を畏怖している者が多く、どんな状況であろうとも許可はできないと強弁する勢力もあったりするのだ。
夏美が言ったところで、病室に松島紗理奈が駆け込んできた。
「そうですよっ。絶対に勝たないとダメなんですよ~」
と、戦う必要もないのに、さも当然のように言った。
「勝つためになんですけど、私はですね、ずっと戦況を見ていて分かった事があるんですよ。あの新型ですけど、変な球体を何度も放出していたんですけど、それが鍵だと思うんですよ~」
訊ねてもいないのに、紗理奈はぺらぺらとしゃべり出した。
それは雑談などではない、これからの事に関する内容だったので、三人は何も言わずに聞き入っていた。
「つまりですね、その球体をどうにかすれば、普通のロボットと変わらないと思うんですよ~。しかもですね、ヘリが突撃した時にこれまた分かったんですけど、背中に背負っている物がその球体を制御している装置だと思えるんですよ~。つまりですねっ……」
紗理奈は神妙な顔をし、鳳香ににっこりと笑いかけた。
それはやはり最愛の者に向ける幸せな笑みだった。
「あの背中の物を破壊さえすれば、ぜっっったいに勝てるんですよ~」
えへんと胸を張って、そう断言した。
「見逃している事があるわ。あの球体は真希さん達の攻撃だけを無効化していたけど、ヘリやミサイルを防いでいなかったんですの。通常兵器に対しては無力という事ですわね。この欠点を狙わない訳にはいきませんわ」
夏美が補足するように言うと、
「だったら、背中の奴を最初にたたき壊せばいいって事でしょ」
上半身を起こして、真希がそう口にした。
そして、そこでやっと全身に包帯が巻かれていることに気づいた。
「真希さん達の力を無力化する以上、そう簡単には叩けませんわよ」
「あの戦いから、何日経っているんでしょう?」
鳳香がそう訊ねると、
「まだ一日ですよっ」
と、紗理奈が夏美の代わりに返答した。
「だったら、今日中がいいよね。鳳香もそう思うよね?」
真希は鳳香に同意を求めるようにその目を見た。
「向こうに時間を与えてしまうのは得策ではありません。やるのならば、今日がいいでしょうね」
真希の考えを察してか、鳳香は疑わずに同意した。
「ですが、その怪我では……」
二人が立ち上がろうとするのを夏美が手で制する。だが、それを無視するように二人はベットから出て、普段と変わらない調子で床の上に立った。
「これくらい平気だよ。骨なんて自然と治るから」
「そう、私達の自己回復能力は人とは違いますから気にしないでください」
二人はぞんざいな手つきで包帯をはぎ取っていく。
柔肌をさらしていくのだが、そこにはまだ痛々しいあざや傷などが残っていた。
そういった傷などを夏美は正視できず、顔をそらし、
「どうしてあなた方は素肌を晒しているんですの。もう少し淑女としての自覚を持たないといけませんわ」
「そんなの気にしてられないよ。だって……」
真希は鳳香を見やり、にっこりと笑いかける。
「私達は戦士ですから」
鳳香は真希に笑い返した。
二人は魔法少女と言えない事に歯がゆさも感じていた。
魔法少女が出てくるストーリーでは、たいがいの場合、一度は敵に敗退する。
そこから奇跡の復活を果たして、敵を倒すのがセオリーとなっている。
そのようにできるのか、鳳香と真希はまだ自信がなかったのだ。
敵に勝てない事はないのだが、完全な勝利を収める事ができるかがどうか、まだ自信が持てないでいた。
「どんな状況下でも戦えるよう訓練されてるんだよ。裸だろうが何だろうが、戦わないといけない時はあるんだよ」
真希は全身の包帯を取り去り、まだ幼さの残る身体をじっと眺めた。
傷の具合などを目視し、大丈夫だと確信してか顔を上げた。
「そういうふうに教えられてきましたから」
鳳香も自分の身体の状態をしげしげと見つめてから、安堵の息を吐いた。
「勝算はあるんんですの?」
「背中にある奴を叩けばいいんだとしたら、ボクがおとりになって、敵の注意を引きつけている間に、鳳香に破壊してもらうよ。鳳香の方が相性良さそうだしね、あれに対しては」
「敵は愚かではありませんわ。その作戦を見抜かれていたら、どうするつもりなんですの?」
「それでも何とかしますわ」
真希も鳳香も、その可能性があることを痛いほど分かっている。
だが、立ち向かわなければいけない時もあるのだ、魔法少女になるためには。
「無策ですわね、それで勝てなかったらどうするつもりですの!」
「ボク達がやられても、次はいくらでもいるよ。守人は後四十五人いるんだし、相性のいい戦士が派遣されるはずだよ」
「それでは意味がありませんわ! 今日戦うなら必ず勝ちなさい! 怪我をしている事や作戦に失敗しただなんていうのは負けた理由にはなりませんわ!」
夏美はきっぱりとそう断言した。
「……」
鳳香と真希は夏美の気迫に押され、口を閉ざした。
「戦うなら勝ちなさい。それができないのなら今日は寝てなさい」
そんな三人の間に、紗理奈が割り込むようにちょうど中間の位置に立った。
「ちょっと待ってくださいよ、夏美さん」
夏美に気圧されまいと、胸を張って抗議をする意志を示した。
「何?」
高圧的な態度を崩さずに、紗理奈をギロリと睨み付けた。
それでも紗理奈はひるまない。
「私がおとり役をやりますよっ! そうすれば、真希姉さんとお姉様がバックパックの破壊に失敗しても問題ないはずです! なので、今日出撃することを許してくださいっ。お願いします!」
紗理奈は側にいる鳳香に大丈夫ですよとばかりに笑みを投げかけて、再度夏美と向き合った。
「勝算はあるのかしら?」
紗理奈の自信に満ちあふれた目を見て、夏美は態度を改め、話を聞くような素振りを見せ始める。
「当然ありますよっ。あの機体は遠くからの攻撃に弱い気がしたんですよ。ミサイルが雨のように降ってきても反応できませんでしたから、視界の範囲外からの攻撃なら、きっと破壊することができますよっ」
「それは可能なの?」
「真希姉さん、鳳香お姉様の能力なら、遠くからでも当たるはずですよっ。槍投げみたいなのでしたら、練習させられますから、絶対に大丈夫ですよっ」
紗理奈は信じている。鳳香と真希がきっとなしえてくれるという事を。昔から二人を見てきているだけに、絶対にできるとも確信していた。
「本当にできるのかしら?」
鳳香と真希に同意を求める夏美。
「できますわ」
「簡単だね」
二人は当たり前のようにそう答えたので、夏美は安堵の笑みを漏らした。
「分かったわ。許可するわ。でも、どうやって敵をおびき出すのかしら?」
「それも簡単ですよ~。一人の魔法少女が長門撃墜のために行動し始めた、という事を各部隊に伝えるだけでいいんですよ~。絶対に向こうはのってきますから」
紗理奈は夏美を安心させるように無邪気な笑みを見せた。
「防衛庁長官に伝えておくわ。こちらの独自の作戦で動く。失敗次第、即座に退却するので手出しは無用、と」
夏美はそう言って、紗理奈達に背中を向けた。
「私の立てた作戦が無駄になってしまったわ。後はあなた方で好きなようにやりなさい。私はもう干渉しないわ」
そうは言っても、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「そういえば、服着た方がいいわよ。風邪をひくわ」
最後とばかりにそんな事を口にして、病室を出て行った。
「はい、お姉様」
夏美が部屋を出て行くのを見送ってから、鳳香に御札を手渡した。
その際、紗理奈は一番可愛いと思っている笑顔で鳳香と向き合った。
「はい、真希姉さん」
真希とはいつも通りの笑顔で応対する。
紗理奈は、鳳香には自分の中で一番だと思う表情をしたいと潜在的に思っていて、自然とそうなってしまうのだった。
もちろん、紗理奈にはその自覚がない。
真希と鳳香は闘衣をまとい、軽く準備運動をし始めた。
「お、お姉様!」
顔を真っ赤にさせ、怯える子犬のような顔つきをして、鳳香を見据えた。
「どうしたのかしら?」
身体を動かすのを止め、鳳香は紗理奈に微笑みかけた。
「や、約束忘れないでくださいよっ!」
「大丈夫、覚えているわよ」
穏和な目で紗理奈の事を見つめながら一言。
「デ、デート……た、楽しみにしてるんですよっ! わ、私、い、いっぱいいっぱい楽しい時間を過ごしたいんですよっ、鳳香お姉様と!」
戦いの前で高ぶってる気持ちが後押しする心の叫びであった。
「分かっていますわ。まずはこの戦いを終わらせましょう。そうすれば、いつだって一緒にいられるのよ。でも、無理はしないでね。死んでしまっては約束が果たせなくなるもの」
その気持ちごと抱きしめるように鳳香は紗理奈の身体をそっと包み込んだ。
「わ、分かってますよっ! 絶対にデートするんですからねっ。だから、死んだりしませんよっ」
そんな二人を傍目から見ていた真希は、肩をすくめて見せて、足音を立てないようにそそくさと病室から出て行った。
「いつまでも一緒ですよっ、お姉様」
「ええ、いつまでも……」
二人は気が済むまで抱き合っていたのだった。




