勝者は生者にあらず 第十一話
「くおっ!」
普段ならかわせるはずの蹴りをまともに食らい、急降下し始めたところをロケットパンチの追撃をももらい、真希の身体は地面にものすごい勢いで叩き込められた。
「イタタ……」
頭がクラクラしていたが、真希は毅然とした態度で再び立ち上がった。
「ふふっ……神器がないとダメかな?」
真希はこの状況下にあっても絶望しなかった。
奥手はまだいくらでもある。
神器の使用を禁止されているとはいえ、たかが人相手と侮り、最善の手段を選択しなかった自分自身を恥じた。
人の強さを心のどこかで甘く見ていた自分に気づいた。
だからこそ、こんな戦況になってしまったことも理解していた。
骨が何本か折れていて、身体中がみしみしと悲鳴を上げている。
だからといって、これ以上甘える訳にはいなかった。
それに、鳳香は真希と秀吉が激戦を繰り広げる前に紗理奈が安全な場所へとつれていき、治療を施している。
鳳香が目を覚ますまで、ここを動くわけにもいなかった。
「これで終わりですか?」
秀吉はもう勝った気でいるようで、攻撃をしかけてこようとはしていない。
それもそのはずだった。
今の真希は度重なる攻撃の末、ボロ雑巾のようになっており、もう立っているのがやっとのような状況であったからだ。
「まだだね。ボクはまだやるよ」
足腰がガクガクと震えていた。
怖いからではなかった。
身体が痛みに耐えきれず、立っていることもままならないからでもあった。
(神器が使用できれば、こんな奴……)
そう思い、精神を集中させようとした時であった。
上空を通過する飛行機の音を聞き、何事かと空を見上げた。
すると、数機の戦闘機が真希達の方へと向かってきていた。
「何を!」
二機の戦闘機は、ロメルスに対してバルカン機関砲で機銃掃射を始めた。
傷一つ与えることはできないと分かっていての攻撃に、真希は当惑した。
「や、止めろ! 死んじゃうよ!」
その叫びは決して届かない。
それが分かっていた。だが、真希は叫びたかったのだ。
「コバエが」
ビームライフルを抜き、狙いを定めて引き金を引いた。
戦闘機の行動を見透かしていたかのように、ライフルの閃光が機体を貫き、爆発させた。
頃合いを見計らっていたかのように、戦闘機の爆発が起こった辺りを無数のミサイルが地上へと降り注ぎ、高速道路だけではなく、周囲の山々なども焼き尽くしていく。
「その程度の攻撃で私を倒せると思っているのですか!」
辺りを霧のような黒煙が覆っていく。
その中でも、ロメルスの機体は存在感をアピールするかのように仁王立ちのままでいた。
「思っているとも!」
心の叫びとも取れる声がし、黒煙の中より一台のアパッチが秀吉の背後から唐突に現れて、そうすることが当然といった様子で特攻をかけていた。
「なっ!」
秀吉がその存在に気づいた時には、もう手遅れであった。
ロメルスの背負っているバックパックに、アパッチの機体が衝突した。
そして、アパッチの機体は最後尾までその金属のボディをへしゃげさせながらも前進を続け、最後とばかりと激しい音を立てて爆ぜた。
ロメルスか、ヘリの残骸からなのか、はっきりとしないながらも黒い煙が立ち上っていた。
爆発による影響なのか、秀吉の機体に常にまとわりついていた無数の球体が浮力を失い、引力に従い地面に落下した。
「なんで特攻なんかを……」
真希は一連の攻撃の意味をすぐには理解できなかった。
呆然と立ちつくすロメルスが次に何をするのか見定めることに精一杯で、それどころでもなかったからだ。
「命拾いをしましたね」
柱にヒビが入るなり、道路に無数の亀裂が走り始め、瓦解するように高速道路が崩れだした。
そんな中にあっても、ロメルスは体勢を崩さず、真希の事を見据えていた。
「それはあんたの方だと思うよ」
バイクの音が背後からしてきたので、ロメルスに注意を払いつつ後ろを振り返った。
バイクの搭乗者が日本自衛軍の制服を着ていたので、すぐに視線を戻したのだが、もうそこに秀吉のロメルスの姿はなかった。
「逃げた? でも、どうして?」
敵の方が優勢であったのは揺るがない事実であった。
自衛軍程度の攻撃ならば、無視できる範囲なのは、これまでの経験から分かっている。
それなのに退却した理由が皆目見当がつかなかった。
「……くっ」
気を緩めた刹那、全身から力が抜けていった。
次第に意識が遠のいていくのを感じながらも、真希はその流れに逆らおうとはしなかった。
身体が逆らうことを拒絶したといっても過言ではないのかもしれない。
敵を追わなければならないという使命があったのに、それさえも忘れて……。




