勝者は生者にあらず 第三話
ビニールシートを屋上の床に敷いて、真希達は納品されたという昼食を並べて、談笑を始めていた。
並べられている昼食は、パンやおにぎりなど購買で売っている物が主で、それほど高価な物は何もなかった。
鳳香と紗理奈は寄り添うように座り、さくらは皆と距離を置くようにちょこんと腰掛け、真希と夏美は離れて座ってはいるが態度がぎこちない。
「なぜクーデター軍に?」
鳳香が横目でチラリとさくらを見て、そう質問した。
「スカウトです。この世の中が嘘であって欲しい、この世の中がなくなってしまえばいい、そう考えていた優秀な人達を集めたんです」
「あなたもそうなの? ですが、基準でもあったのですか?」
「私が生きていた記憶が欲しいだけです。次の質問ですが、基準は……よく知りません。新高山博士は何を考えているのか分からない人ですから、調査する機械でも作っちゃったんじゃないですか」
志に惹かれた訳ではないようだった。
リーダーと思しき新高山博士に敬意を払う様子さえなかった。
「……記憶というと?」
鳳香はさくらに興味があるのか矢継ぎ早に訊ねていく。
さくらの方は嫌な顔をせずに素直に答えている。
「このまま死んだとしても、誰も私の事覚えてないと思いますから。こんな事件に参加していれば、必ず誰かが覚えてくれると思うんです」
「そのために誰かが死んでも? 殺す事も目的のためには仕方がないというの?」
さくらは思案顔になって、しばし沈黙した後、
「それが戦争というものですから。危機管理がなっていなかったのが原因ですし、それに軍しか相手にしていません」
「それでも一般の方に被害を出していますよ、それも想定範囲内?」
「はい」
そう返してから、さくらは表情を崩し、
「……でも、何がやりたかったんでしょうね。私にはもう分かりません。ただお祭りをしたかっただけなのかもしれません。リーダーの新高山博士も、新兵器開発にばかり没頭していて、何をしてるのか忘れてしまっているのかもしれませんね」
と、本音を口にした。
「それでも戦うの?」
「ええ、中途半端はいけません。それに、私が止めようと言っても、誰も聞いてはくれませんから。休戦協定が破った時……つまり、次の戦いですね。それで勝敗が決しますから安心してください」
「でしたら、私たちが勝たせていただきます」
さくらと鳳香は、深い意味を込めた笑顔を作って、静かに頷き合った。
「……」
その二人が話をしている間、紗理奈は会話のただただ鳳香に身体を預けていた。幸せそうな表情をしていて、一緒にいられるだけで満足そうだ。
「あなたには羞恥心というものはないんですの?」
短いスカートをはいているのに胡座をかいて座っている真希だが、白い下着がどうしても見えてしまっている。
それを夏美が注意しいているのだが、元々こういった性格なだけにのれんに腕押しといった感じだ。
「ボクは気にしてないから」
真希はそう言って、おにぎりにかぶりつく。
海苔やご飯が口元にくっついても全く気にすることなく、おにぎりを平らげた。
「お行儀が悪いですわ、口の周りにご飯などがついてますわ」
甲斐甲斐しくそのご飯を指で取ってやり、口に運んだ。
「気にする事なのかな?」
それが悪いことなのか分からないといった、あっけらかんとした表情をして、おにぎりをまた一つ食べ始める。
「豪快すぎますわ。男っぽ過ぎますの」
「ほめ言葉? もぐもぐ……」
「ち、違いますわ」
真希は大口を開けて、おにぎりにかぶりついた。
食べ方が悪いのか、また海苔だとかご飯だとかが口の周りにつく。
「学習能力のない人ですわ。程度がしれますわ」
夏美はそう言いながらも、頬を赤らめて、ついているご飯などをまた取ってやった。
「うるさいなぁ」
真希はがらにもなく恥ずかしそうに耳を赤くした。
「あなたが悪いんですのよ? 分かって? 行儀が悪すぎますの」
「礼儀作法なんてどうでもいいよ」
「良くはありませんわ。レディーとして最低限の事くらいできなくてはいけませんの」
「必要ないって」
「私の友人として最低の礼儀くらいはなくてはいけませんわ」
「……むぅ」
真希はすねたような表情をしたまま、またおにぎりに手をつけた。
「親の教育がなってませんわ。だから、こんなにがさつに……」
「親ねえ……」
真希は深いため息をついて、話がちょうど終わった鳳香に視線を送った。
「っ……」
鳳香は真希の視線を感じて、苦笑した。
「いるような、いないような……ねえ、紗理奈?」
真希が横目で紗理奈を見ると、
「いないような、いるような、そんな存在ですよ。ね、お姉様」
紗理奈は鳳香にさらに身体を預け、甘えるような声を出しながら言った。
「私達は生まれて間もない頃に親から離されて、魔力の属性によって育ての親が決まるんです。だから、誰が親であるとか知らないんですよ」
悲壮感を漂わせることなく、淡々とした口調で鳳香がそう説明すると、黙って聞いていたさくらと夏美の顔色に変化が見られた。
「ボク達は裏の世界の住人だからね。まともな生活なんてできるもんじゃないんだよ」
後ろめたさや陰りなど一切ない屈託のない笑みを真希は浮かべた。
「私達は忍びみたいなものなんですよ~。影で生きていますからね」
紗理奈が喜々としてそう言った。影の存在であることをまるで幸せだと感いているようなそんな表情さえ垣間見せた。
「それでいいの?」
夏美がさらに突っ込むと、
「そういう生き方もありだよ」
「これが私の使命ですから」
「こういう生き方、格好いいですよね~」
三人は前向きな答えをそれぞれ口にした。
「己の信念を貫く。それはとても尊きことです。あなた方がその信念、しかと承りました」
さくらはそう言って立ち上がった。
「そろそろ時間です。私はこれにて失礼しますが、次会う時は戦場……げふ、げふっ!」
咳き込むや否や、さくらは口から血を吐き出した。顔色が悪くなり、目から輝きが失われていく。
「……必要ありません」
鳳香が立ち上がろうとするのを手で制し、唇の周りについた血を手で拭い、弱々しげな笑みを向けた。
「では、失礼します」
皆が見つめる中、さくらは屋上にあったフェンスが壊れてなくなっている方へとゆっくりと向かっていく。
「鳳香さんと言いましたか?」
何かを思い出したように、その足を止めた。
「……私ですか?」
突然の事に、鳳香はすぐに反応できなかった。
「お願いするかもしれません。その時は……」
何かを言いかけるが、すぐに口を閉ざすなり駆け出し、フェンスのない場所から飛び降りた。
そのタイミングに合わせるように、一機のロメルスが地面すれすれの状態で校庭の中へと侵入してきて、さくらの事を手の平で受け止めた。
「さあ、戦場へ。数日中にあなた方を招待しますよ」
さくらは優雅に微笑み、軽く手を振った。
「望むところだよ」
真希はすぐに反応し、鳳香は静かに首を縦に振った。
「私達が向かうべきは墓場ですから。ここで別れても、あの世とやらでいつか再会できるかもしれませんね」
ロメルスが空へと飛び立つと同時にさくらはそう叫んだが、機体の駆動音にその言葉かき消された。




