勝者は生者にあらず 第一話
三郎が襲来した次の日に、米帝の大統領からの仲裁が入り、クーデター軍と政府軍は一時的な休戦を強制的に結ばされた。
米帝に対してロメルスとネオ・メトロニュウムの技術供与がクーデター軍から持ちかけられた経緯があった。
その密約を仕込んだのは春日井さくらで、ただの時間稼ぎ程度にしか思っていなかった。
国立御鏡学院には、まだロメルス襲撃の跡が残っていた。
あれからもう二日も経っているのに復旧のめどは立たず、しばらくは休校することとなった。
真希達は登校して初めて休校になっている事を知り、そのまま帰るのも馬鹿らしくなって、三人は校舎の中に入り、屋上へと出た。
「授業、真面目に受けられなかったよ」
屋上には機体の残骸がそこここに落ちているだけではなく、頭のパーツがそのまま落下してきたようで風穴がポッカリと開けていた。
それに屋上を囲うように張られたフェンスがところどころ壊れていて危なくなっている。
「仕方ありませんわ。不測の事態でしたし」
「真希姉さんは、授業をきちんと受けるつもりはなかったんじゃないですか?」
「どうだったかな?」
三人は危険な屋上を気にする素振りさえ見せずに並んで歩いていた。
「この生活、いつまで続くんでしょう?」
何気ない疑問を鳳香が口にする。
その辺りの約束事に関しては政府と長との話し合いですべてが決定づけられる。
自分達に発言権がないのが分かっている以上、はっきりとはしていなかった。
「わ、私はお姉様と一緒にいられるのなら、いつまでも!」
紗理奈が顔を真っ赤にさせ、屋上の隅にいても聞こえそうな声でそう言った。
「あらあら、紗理奈さんったら」
「だ、だって、お姉様とはずっと一緒にいたいんだもの」
照れ照れとした様子で、紗理奈は恥ずかしそうに身体をくゆらせた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど……困っちゃいますね」
紗理奈は昔から鳳香に憧れていた。
だが、その気持ちは憧憬よりも恋に近いのかもしれなかった。鳳香が守人四十七士になる前から、何かあるごとになついてきたりしていた。
傍にいると安心できるからというのがその理由らしいが、態度や言動で好きだとしょっちゅうアピールしている。
「お姉様といられるこの幸せ……」
紗理奈は目を潤ませて鳳香をじっと見つめた。
「好きにやってくれ」
真希はあきれ顔を作って、一人でフェンスの側まで行って、眼下に広がる校庭を見下ろした。
爆風でできたクレーターや機体の残骸が転がっていたり、校舎の一部が盛大に崩れていたりと復旧に時間がかかりそうだ。
「もっと一緒にいたいんですよ~」
「できたら、それでもいいんですけど……」
鳳香も満更でもない態度を取っている。
妹のような存在とでも思っているのか、慕われていて悪い気がしないかのどちらかなのだろう。
「この様子だと一ヶ月以上かかりそう……」
真希はそんな二人を無視することにして、とある思いにふけった。
二日前に対決したあのロメルス乗りは死を自ら望んで受け入れている節があった。
なぜそういった感情を抱けるのかが、真希には理解不能だった。
虚ろの民が言うところの『悟りの境地』とは違う何かであるだけに、いくら考えを巡らせてみても、その答えを出す事ができなかった。
「ねえ、鳳香」
まだ後ろにいて、紗理奈とじゃれあっている鳳香に訊ねた。
「何?」
「クーデター軍って何が目的なのかな? 分かる?」
「ええと……さっぱり」
「わ、私も……わ、分かりません!」
間を置いて鳳香と紗理奈が申し訳なさそうな声でそう答えた。
「ボクが倒したあの男はここで死ぬと分かってたんだよ。変な話だよね、負けると分かってるのに最善を尽くすなんて」
「それは復讐のためですわ」
鳳香でも、紗理奈でもない第三者が答えた。
「……え?」
誰かと思い、声がした方をパッと顧みると、松葉杖をついている黒金夏美が屋上の出入り口のところに立っていた。
「その昔、首謀者の新高山博士は日本政府主導で行われていた某国の開発事業でリーダーとして活躍していたんですの。ですが、その国でクーデターが起き、新高山博士は捕虜となった末、日本政府に見捨てられたんですわ。その後、死亡したと思われていたんですけど、ある日ひょっこりと帰国し、ロメルス開発に着手したんですの」
夏美はすべてを知っているといった態度であった。
「正解です」
そんな夏美の後ろに一人の少女が現れた。夏美よりも若干幼さを残した顔立ちながらも、態度はしっかりとしていた。
「そして、ロメルスを世に送り出すと同時に浮遊要塞をも作りだし、クーデターを起こしたという経緯がありますの」
夏美はチラッと後ろを見て、少女の存在を確認し、同意を求めるような素振りを見せた。
「私が知っているのはそこまでですが、詳しい事は内緒です」
と、表情を変えずにさらっと言った。
「その方はどなたです?」
鳳香が気になったらしく、そう訊ねると、
「申し遅れました。私はクーデター軍の参謀……らしいですが、春日井さくらと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、さくらは律儀に深々と頭を下げた。




