戦士達の休息 第八話
クーデター軍の拠点とも言える長門のブリッジは沈痛な雰囲気に包まれていた。
三郎の死に対するものではなく、このクーデターが見事に失敗しそうな流れになっている事に幾人かが葬式ムードになっているからだ。
三郎の機体に取り付けられていたカメラからの映像がさきほどまでモニターで流されていた。
今となっては砂嵐がモニターを占領しており、砂塵のようなものの実況を流すだけになっていた。
その画面を、春日井さくら、三好秀吉、新高山博士、開発主任の四人がじっと眺めていた。
「圧倒的な能力差でしたね。黒装束の女の子の前では、三郎が子供みたいでしたね。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
その沈黙を破ったのは、さくらだった。
瞑目して、軽く合掌をしてみせた。
「人という概念では捉えられない存在なのでしょうね。外見に惑わされるべきではないといったところですね」
至って冷静な意見を述べたのは秀吉だ。
「勝てる見込み、ゼロパーセントですね。長門が巨大ロメルスに変形しても負けます」
三郎の死などすっかり忘却したかのように平然とさくらが言う。
この浮遊要塞長門は変形可能で、巨大ロメルスになることが可能である。
その性能はというと量産型ロメルスと大差なく、魔法少女を相手とした場合、呆気なく撃破されることが容易に想像できた。
「打開策はあるのでしょうかね」
オペレーターであり、長門の操縦士でもあるさくらにせよ、作戦参謀兼ロメルス乗りの秀吉にせよ、この状況を打破する『何か』を作り出すことは不可能だった。
その重い空気を恥に追いやったのは、新高山博士であった。
「興味深い! 実に興味深い!」
場の雰囲気など全く眼中になかったかのように、新高山博士がブリッジに響き渡るくらいの大声を張り上げた。
「闘衣、これは応用できるぞ! 装甲にコーティングさせるのではなく、ロメルスの周囲にアンチマジカルフィールドを発生させればいいのだ! ふはは! いいぞ、いいぞ! これならば、勝利は我が手に! ふはは!」
いい構想でも浮かんだのか、そう言いながらブリッジから急ぎ足で出て行った。
「は、博士!」
その後を主任が追いかけていき、これまたブリッジから出て行った。
「微笑ましい光景です」
その様子をじっと見守っていたさくらがぽつりと一言。
「いつもの事ですからね」
新高山博士が自己中で、思いついたら他の事に目もくれずに行動してしまうのは周知の事実だ。
「何か思いついたようですし、時間稼ぎのために一計を案じましょうか?」
「何か良い策でも?」
「最高で五日くらいまででしたら、時間が稼げます」
「さくらにそれはお願いしよう。で、私だが……」
秀吉はあごに手を当てて、考え事をする素振りを見せた。
「次が失敗したら、クーデターは失敗に終わるでしょうから、次は私が出撃しましょうかね」
「それがベストです。私には長門があるので無理です」
秀吉は見せつけるように肩を軽く回し、首をポキッポキッと鳴らした。
「腕が鳴りますね。気分は西軍といったところです」
秀吉は殺生関白の異名をとった羽柴秀次の血を受け継ぐ者として、子供の頃より育てられてきた。
実際はそうではないのは明かなのだが、両親や親類はそうだと信じていた。
そう信じるしかなかったのかもしれない。
そのためなのか、関東に対して嫌悪の感情を昔より抱いてきた。
父が会社を経営していたのだが、多額の借金を抱え、秀吉と母を捨て夜逃げしてしまった。
そのために多額の借金を抱える事になり、半ば自暴自棄になりかけ自殺さえ考えていた時にクーデター参加の話を持ちかけられ、参加したという経緯があった。
「正史においては西軍が敗北します」
「負けたらそれまでですよ。反逆罪は死刑と相場が決まっていますからね」
この戦いで死ぬのを厭わない。
このクーデターに参加している者の大半はそう思っている。秀吉も、さくらもその一人である事には変わりない。
「新型ができるかどうかです。もしできたとしても、撃破されるようであれば……」
「だから、私はその新型と身を共にしたいのですよ。死ねばもろともといったところでしょうね」
秀吉は自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
「でしたら、私はこの長門を死に場所に選びます。不沈と言われたこの長門が棺桶ならば、安心して死ねます」
さくらのその言葉を聞いて、秀吉は素直に頷いた。
「……ふふっ。負けが確定しているような話をしていますね」
「私達は決して勝てはしませんよ。もう崖っぷちですから」
自らを嘲るかのような秀吉の言葉に、さくらは相づちを打った。
負け戦と知りながらも果敢に立ち向かおうとしている自分達の姿を、秀吉もさくらも嘲笑しているのかもしれなかった。




