第三章 対等なる者 第九話
あのお嬢ちゃんはどこだ、と思いながら、三郎は三逆六十度カメラで映し出されている映像を冷静に観察する。だが、どこにも鳳香の姿はなかった。
「どこに行ったんだ、あいつは……」
自分の動体視力では捉えられない事に怖気が走った。
「岡田三郎君、今大丈夫かの~?」
コックピットの中にある緊急連絡用スピーカーから、突然そんな声がして、三郎は身体をビクッと震わせて反応した。
緊急連絡用の回線は、どの回線よりも優先であり、外部出力の回線などを自動的にシャットアウトする。
「新高山監督か。どうした?」
三郎は博士の事を監督と呼んでしまう。
小さい頃より野球をやっていた事による癖のようなものだった。
「突然だが、退却してはくれないかな? 事情が変わったのじゃ。そこ辺りを絨毯爆撃爆撃する予定じゃ。そのタイミングで逃げて欲しい。逃げ切れなければ、それまでじゃな。南無阿弥陀仏。岡田三郎君はいい人であったのう。惜しい人をなくしたものじゃ」
「……いったい何があった?」
今回の戦いで死ぬ事を覚悟していた。
それだけに、この命令は不服であった。
「面白いデータが取れたのじゃよ。三郎君なら、もっと善戦できると思うのだがね、魔女どもと。データがもっと欲しいところじゃが、三郎君が死んでしまったら、データ取りができなってしまうんじゃよ、四の五の言わずに戻ってこい」
「……なんだって?」
その言葉を聞いて、三郎は熱い血が心の奥底よりわき上がってきた。
「さっきのデータで面白い事を思いついてな。数日あれば、今以上に戦えるようになるはずじゃな。わしって天才かもしれんな、うん、天才、天才」
新高山博士の口調は至って波がなく、淡々としている。それはいつもの事であったので、三郎は気にも留めなかった。
「本当か!」
その話が本当であるとしたら、退却すべきだとの考えに至った。この機体では多少の善戦はできるであろうが、あの少女との戦いにおいては無力であった。
「嘘はつかんよ。嘘はつかんよ、わしは」
「分かったぜ。今すぐ戻る! 俺のために最高のマウンドを用意してくれるという事か」
三郎は新高山監督のその言葉を信じ、退却の操作を行おうと思った、その時であった。
刹那、ドンッ、という爆音と共に機体が大きく揺れた。
「な、なんだ!!」
舌を噛みそうになるのを耐えながら、状況を確認した。
「バ、バカなぁぁぁぁっ!!」
機体の右腕が付け根から消滅していた。引き抜かれたように破損しており、何が起こったのかさえ把握できなかった。
「……女。お前がやったというのか」
右腕があった辺りに、数十秒前まで目の前にいた少女がいた。空に浮き、三郎の事をじっと見つめている。
「この機体は脆すぎるというのか!」
三郎はそう叫び、鳳香と向かい合いながらキャタピラを使い後退し始めた。
「お嬢さん、勝負はお預けだ」
「逃げるのですか?」
「違う。戦略的撤退だ。この機体じゃ、俺の実力を引き出せない」
「……成る程。ふふ、再戦を楽しみに待っておりますわ」
「その前に絨毯爆撃を回避できたらな!」
追ってこないのを確認してから、三郎は反転し、鳳香に背中を向けるようにして退却した。




