第三章 対等なる者 第六話
「先手必勝っ!」
その外観がはっきりと見えるようになった時、ロメルスにある外部スピーカーからの男の声がした。
ショットガンを構え、鳳香達にその銃口を向けた。
数瞬後には、銃声。
「お任せを」
鳳香は胸元より一枚の黒い御札を取り出した。
その御札が黒い炎を放ちながら、瞬く間に燃え尽きた。
相手の出方が分かりさえすれば、どうという事はない……鳳香の素直な感想だった。
「月夜に陽を見るは幻なり」
その言葉が波紋のように広がり、鳳香達の周りに絶縁の領域を作り出す。
その領域がまさに着弾しようとしていた散弾をすべてはじき飛ばす。
だが、それ以外の場所が散弾によって蜂の巣のように穴を開けられた。
鳳香達が立っているビルの屋上以外の場所がボロボロになった。
鳳香の能力は領域の支配にある。
御札の続く限り、結界などを虚無に作り出す事が可能なのだ。
あらかじめ、御札に自らの生命力を込めておき、必要な時にその生命力を魔力として還元し解放させる。
解き放たれた魔力を思うがままに扱えるというのが鳳香の能力の基本であった。
攻防一体を平均的にこなす事ができると言っても過言ではない。
「全部防いだのか、やるな」
と、また男の声が辺りに響いた。
「そよ風かと思いましたわ」
鳳香は涼しい顔をし、にこやかに笑って見せた。
ロメルスが鳳香達と一定の距離を置いて停止した。手にしていたショットガンを背中に戻し、
「君たちが俺の名前を知らずに死ぬのは可哀想だな。教えてやろう。俺の名前は岡田三郎! エースと呼ぶに相応しい男だ!」
器用にもロメルスの右手の親指を立てて叫んだ。
「貴様らの記憶に俺の名前を刻んでやるよ!」
ネオ・メトロニュウム合金製ジャッジメント・ナイフを二本取り出し、逆手の構えを取った。
「うるさいのよ、あんた。エースか何か知らないけど」
剛毅な足取りで、ずんずんと前に進み出る真希。指をポキポキ鳴らしながら、
「……ボクがぶっ倒す」」
構えを取り、ロメルスを見て冷笑を浮かべた。
「ダメですわ、真希さん。私だって、時には屠ってみたいのに……」
鳳香は残念そうに俯いた。
止める気はさらさらなかった。
一度火がついてしまえば、猪突猛進となって行くところまで行ってしまう。それをたしなめるのも役目だと思っている。
「なら、鳳香がやる?」
真希が鳳香の方を振り返り、楽しむようにそう訊ねた。
「真希さんがそう言うのでしたら」
可愛らしいえくぼを見せ、照れたように身体をくねらせた。
そう言われるとは思っていなかったので、鳳香は嬉しかった。
時として真希一人が敵を片づけてしまう事もあるから自省していたりするのかもしれない。
「タイマン勝負か。それもいいだろう。燃えるぜ!」
三郎が搭乗するロメルスが地を蹴り、空へと飛ぶ。
今までに戦った機体とは動きが違う。そう悟って、鳳香は気持ちを切り替えた。
「我に翼を与え給え」
胸元より白い御札を取り出し、そう念じると、緑の炎が起こりその御札を消し去った。
「サポートお願いしますわ、紗理奈さん」
その言葉の途中で、鳳香の背中に緑の炎の翼が生える。小さくはなく、羽ばたけば空に飛べそうなくらいだった。
「お姉様、分かりましたっ!」
紗理奈の憧憬を含んだ視線を背中に感じながら、その翼をはためかせ、空へと飛び立った。
その上空にいるのは、ロメルス。
いつもと変わらぬ穏和な視線で敵の姿を眺めながら、鳳香は胸元より赤い御札を二枚取り出す。
黒い御札には周囲に何かしらの影響を及ぼす効果が、白い御札には鳳香自身に及ぶ効果が、赤い御札には定めた対象に何かしらの効果を及ぼす事が可能となっている。
他にも効果が違う御札はあるのだが、特殊すぎるので持ち歩く事は少ない。
一人で攻守をそつなくこなす事が出来、回復さえできたりする。
「万能だな。だが、力だけじゃ俺を倒せはしないぜ!」
重力も加わり、落下速度は尋常ではなかった。
「さらに!」
二本のナイフを構え、機体を高速回転させ始めた。小さな竜巻のようなものへと変化した。
「風の神よ、疾風となりて空を舞たまえ」
さきほど取り出した二枚の御札の一枚が黒い炎で炎上する。
「火の神よ、その存在を炎となりて示したまえ」
もう一枚も黒い炎に包まれ、すぐに滅した。
この程度で倒せる相手ではないだろう。
鳳香は冷静にそう感じ取っている。
実力を計るという点では重要な事だった。
「二つ神よ、共に戯れ、すべてを薙ぎ、焼き払いたまえ」
鳳香の目の前に荒ぶる炎の竜巻が発生し、ロメルスに向かって突き進んでいく。
竜巻がぶつかり合い、ドンッ、と大気が震えた。竜巻は横へと広がり、相殺し合ったようにも見える。
「……押し返されてるのかしら?」
鳳香は小首をかしげつつも、白い御札を手にする。
赤の御札二枚程度では物足りなかったと反省しながらも、次の手を打つ。
「ぬるいぜ!」
二つの竜巻から飛び出してきた三郎の機体はナイフを構えたまま、一直線に向かっていた。
「風よ、我に前に壁を導け」
鳳香がナイフの間合いに入るなり、手にしている二本のナイフを器用に振り回し始めるも、鳳香の手前で何かがナイフに当たり、その身体を傷つける事はできなかった。
「エースは押し切る!」
ナイフを引き、蹴りをぶちかます。
宙にある壁か何かにその蹴りが衝突し、大気がブルッと悲鳴を上げた。
「くっ!」
鳳香の身体が後ろへと押され、苦悶の表情を浮かべた。想像以上の力でここまで圧されるとは思ってもいなかったが、吹っ飛ばされないよう持ちこたえた。
「その程度で私を制しようなど笑止ですわ!」
腕を振り上げると、大気がザワッと震え、鳳香を中心に波紋が広がった。
その波紋に当てられ、三郎の機体が揺れる。
「これしき!」
その後に訪れる空間の圧迫。
何かが目の前に来たのを感じてか、それを踏み台にして後ろへと飛んだ。下にあった家々をグシャグシャに潰しはしたが、体勢は崩さなかった。
今まで相手をしてきたロメルスと格が違う、と鳳香は肌で感じ、今日持ってきた御札をすべて消耗しようと決めた。




