お世話になった人がいるけど、感謝の言葉が喉を通らなかった!
翌朝――
微睡みの中にある意識がなにかに引っ張られるように、どんどん覚醒してくる。……ここはどこだっけ?
「おはようさん。気分はどうじゃ?」
「目が覚めると上からおじいちゃんにのぞきこまれてるってこんな気持ちなのかぁ」
寝ぼけて自分でもよくわからん言葉を発する。
「何を寝ぼけておるんじゃ。準備ができたら来るんじゃよ? 隣の部屋にいるからの」
外の光を通している障子に目を向けると、完全に、日が登った感じだった。
現在の時刻は、俺の体内時計は8時過ぎを指している。
「はぁーーーーーーっ」と伸びをして、目をパチパチして、目のぼやけを治しつつ、手探りで、寝癖を直す。
俺が寝てしまったとき、布団まで運んでくれたみたいだ。
五分ほど経ってから、
「よし!」
と、勢いよく立って先ほど神様が出て行った襖を開け、中に入ろうとする。が...
「……」
言葉を失い、そっと襖を閉める。
ふぅ……まだ疲れが抜けていないのかな~うん! きっとそうだ。と、もう一人の僕はそう言ってる。
見間違いと思い、もう一度、そっと開ける……よかったやっぱり見間違ってなかった……ははは。
このショッキングな光景を伝えるにはどうすればいいのだろうか?
おじいちゃんと言えば、どんな人相を思い浮かべるだろう?ちゃぶ台に向かって、お茶を持って新聞を読んで、煎餅とか煮干しとか食べる姿を、俺は思い浮かべる。
そんな、思い通りの姿勢でこちらを見ている神様であるが、ちょっと違うところは、お茶や、新聞の代わりに、包丁を研いでいるところかな。
なんか、小さいころに、こんなシチュレーションの絵本を読んだ気がする。おじいちゃんではなく、山姥なんだっけかな? まあいいか。
寝起きで、変なテンションになってるんだと、思い直し、呼吸を整え、何事もなかったかのように入る。
こんなときは、普段通りが一番さ。ははは、冷や汗が……。
「あ、おはよう、おじいちゃん。ところで、何やってるの?」
何か、嫌な予感というのだろうか。息が一瞬詰まる。
「準備じゃよ、準備。……まぁ、座りなさい。昨日は、聞くことも聞けんかったしのぅ」
と、言われて、とりあえず机を挟んで神様の正面に座る。どういう事か、聞きたいのはこっちもなんだけど。
神様は包丁を置いてこちらを見る。そこには、どこか、悲しみの影が浮かんでいる気がする。
「じゃあ、何から聞いて行けばいいかのぅ……とりあえず、君の意思は曲がることはないかのぅ? わしとしては、別に今でも、わしのもとにいる選択肢も選べる。むしろ今が最後のチャンスじゃよ?」
「うん……でもやっぱり、転生することにする。一度決めたことは貫きたいし」
「うむ、良い心がけじゃのぅ」
本心では、現在、真っ盛りの厨二心をずっと刺激しているからと言う理由なのだが流石に、それを話すほどに悪化していない。少し、罪悪感があったりなかったり……。
「じゃあ、いろいろ、質問していくからのぅ。まず、どこにいくかは決まったかの?」
「えぇっと、ここに行ける?」
と、本の、『クインテディアについて』のページを開いて、指差す。
「うむ、わかった。では、一つ、簡単な質問をするでの、問題が出るわけではなく、質問に答えてくれればええからのぅ」
おじいちゃんはまた、どこからかファイルを取りだし、こちらを向いて、質問してきた。質問、と言えるのかさえ曖昧な物だったが.....
「君は何を望むのじゃ? 何でもいいからの、何かあるか?」
なんか、宗教の勧誘のように質問してきたが、どう返事をすればいいのだろう? 望むもの……ほしい物かー、なんか、今は思い浮かばないなぁ……やっぱり、異世界で使える物とか? となると、チートとか……ほしいけど、なんか言いづらいから、オブラートに包んで、
「転生後に使える便利な物とかかな?」
あれ? 包んでるようで、遠回しに、チートって言っちゃった? まぁいいでしょ。と、軽く自分の言葉を分析しつつ、おじいちゃんの反応を待つ。
「うむ、分かった。とりあえず、転生の準備は整った。今回は特典として、テストに協力してくれたお礼に、良い物をプレゼントしたでのぅ。ま、これはあっちで確認せい。では、[お主、中井修を、第五世界クインテディアに転生させる]……――――――……よし、成功したでの、最後に何か、あるかの?」
初めて会った時に聞いた音だ、頭にガンガン響く。懐かしい気がするが、まだ5日位だったな。……やばい。吐き気が……。
俺を中心に、一メートル位の光の渦が発生する。
吐き気を唾と共に飲んで、返事を絞り出す。
「特にないけど。……でも――」
「じゃあ、良い人生を…..すまんのぅ」
最後、なんて言ったか、聞こうとした瞬間、
気づいた時には、俺の胸には、包丁が刺さっていた。
一瞬、ヒヤリとしたが、それもつかの間……。
「あああああああぁああああああぁああああああああああああああああああ」
今まで感じた事もない、激痛が走る。
一瞬が永遠とも感じられたが、血が出ると共に、どんどん痛みは引いて行く。激痛が、ただの熱のようになるが意識は朦朧とする。
「カハッ....や、やっぱりこうなったかー.....なんと……なく、わ、分かってたんだけどなぁ。キツい!」
こうなるのかもしれない、と思ったのは、2日目、俺が、どんな状況なのか、探り、見当を着けたあとのことだ。
こんなに苦しい物とは思ってもなかったけどな!
「すまんの。お主が選んだのは、[転移]ではなく、[転生]じゃ。一度、死んで生まれ変わらねばならない。……しかし! 君は、賢い。この選択は、きっと、後に君を救う。ワシから言える事は無いが、君を、送り出す事は出来る。苦しいかもしれぬが、君を強くしてくれるじゃろう。頑張ってくれ……」
おじいちゃんは、こちらにかけよって、涙声でそう言う。握ってくれる手は、震えている。どうしてだろう、あんなに優しくて、堂々とした姿は見受けられず、まるで何かに怯えているようだ。
「.....おじいちゃんの事は忘れ……ない。もし、向こう側で死んだら、よろしく。ね」
そう言うと、おじいちゃんは、ニッっと笑って、うなずく。
「ああ」
きっと、ずっと一人で寂しかったのだろう。そんな考えが脳裏をよぎる
そうだ、感謝の言葉を伝えてなかったな。色々とお世話になった、夢物語の世界に連れていってくれる、この、優しい神様に。ああ、ヤバい。もう限界な感じがする。音が聞こえなくなった。
「神様、さようなら。色々と……世話……してくれ……て……」
ここからは記憶がない。が、一つだけわかる。
(はぁ、[ありがとう]って言いたかったんだけどな)
俺は、感謝の言葉を、伝えられなかった。
そう思ったのは、いつのことだろう……。