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ナイーブベイズの境界線  作者: 山吹 裕
13/15

13. バウムテスト

 新幹線に乗り、私は生駒と共に静岡へと向かっていた。平日の昼過ぎということもあり乗客はまばらだったので、三人掛けの席の両端に座っていた。


「ナカさんの秘密を聞き出してしまったお詫びに、あたしからも少しだけ秘密を話すね」


 周りに聞こえないように注意を払っているのか、生駒はお尻を持ち上げて隣の席に移動し、顔を近づけてきた。


「いいよ、気にしなくて」

「じゃあ、話したいから話す」


 生駒はむすっとした様子で話を始めた。


「知識よりも経験がものを言う犯罪心理学の世界で、あたしがエキスパートとして活躍できる理由を知りたくない?」


 自由奔放に行動しているにもかかわらずというべきか、だからこそというべきか、彼女が若くして主任研究員である理由は気になっていた。頷いて耳を傾けた。


「犯罪心理学が、プロファイリングで犯人像を推定するのは前にも話したよね。一般的な犯人像を持つ犯罪者なら、行動を見れば逮捕に繋がるある程度のヒントを得られるの。でも、サイコパスと呼ばれる人達のプロファイリングは困難だと言われてきた」


 サイコパスとは、冷酷で、感情も罪悪感もなく、結果を至上とする、パーソナリティ障害に位置付けされる人々のことらしい。その大部分はごく普通に社会生活を営んでいるが、猟奇殺人犯はサイコキラーとしてテレビで取り上げられることも多い。


「彼らに取調べをしてみると、殺した人に恨みがあるわけでもない。世の中に恨みがあるわけでもない。殺してみたかったと言うわりに、やり方は中途半端。だから、百戦錬磨の刑事も首を傾げるの。――でも、あたしはそいつらの行動が手に取るように分かる。どうしてだか分かる?」


 尋ねる彼女の顔は、作り笑いを浮かべて分かりにくい表情をしている。私は返事に困ったが、正直な答えを望まれている気がした。


「蛇の道は蛇」

「ピンポン。さすがに一週間も一緒にいれば、気づくか。お察しの通り、あたしも人格異常者、サイコパスなの。軽蔑するでしょ」


 正解だと言った生駒の顔は、寂しそうだった。


「いや、犯罪者じゃないんだろ。正しい方向に使えているならいいじゃないか」


 自身を卑下する言葉に耐えられず、私は間髪いれずに答えた。


「イコさんには、殺人現場を素人に見せるくらいの異常しかない。あ、殺人現場を見た人に焼肉を食べさせるのも、素人を解剖室に連れ込むのもそうか。そう考えると大悪党のような気がしてきたな」


 私は額に指を当てて、わざとらしく悩んでいるフリをした。


「……まぁそれでも、俺はイコさんのことを軽蔑なんてしないけど」


 生駒にようやく本当の笑みが戻った。


「ありがとう。これからは本領発揮できるようにがんばるよ」

「頼りにしてる」


 新幹線が速度を落とし、三島駅に到着した。ホームを歩きながら、生駒は早速プロファイリングを始めていた。


「三島重工の、ロボットを左右対称に配置して頭部を破壊した事件。それから駿河電工の、側頭部にドリルで穴を空けた事件。この二つは、どちらも明らかに殺害方法にメッセージ性や芸術性を持たせていると思うんだ」

「ずいぶんと悪趣味な芸術性だな」


 殺害した人間の皮膚や骨を使って小物を作った、サイコキラーの例もある。決して理解したくないが、彼らにとっては特別な意味があるのだろう。


「鍵になるのは、それが人間の芸術性なのか、人工知能の芸術性なのか、ということだと思うの」


 人工知能の芸術性。SF的な響きを持ったその言葉に驚き、生駒の顔を見た。


「今回の事件現場を木に見立てるなら、あたしのバウムテストに近いように感じるんだよね」

「つまりイコさんは、人工知能の芸術性ではなくて、サイコパス気質の人間が持たせた芸術性だと思ってるってこと?」


 バウムテストは、スイスの心理学者チャールズ・コッホが創案した、被験者に樹木を描かせて深層心理を判断しようとする手法の一つだという。殺人現場を木に置き換えるというのは正式な方法ではないだろうが、生駒が言うと信憑性が高く感じる。


「どうだろ。人工知能にバウムテストをさせたことがないから、比較できなくて結局どっちに近い芸術性なのか分からないんだけどね」

「まぁ、有史以来、人工知能にバウムテストをさせた人間はいないだろうな」


 そもそもAIは何度かのブームを繰り返して、最近になってようやく社会に普及し始めたところである。人間のように気軽に木を描いて下さい、なんて風にはいかない。

 せめて人工知能がどのような芸術性を持つのか、人工知能の既存の生成物から調べることはできないだろうか。

 将棋やチェスの対戦ソフト。電話対応のサポートソフト。車の自動運転。コミュニケーションツールで発言するBOT。フィンテック。コミュニケーションロボット。人工知能を使用した様々な事例を思い浮かべていくが、使えそうなものは無い。


「足元、危ないよ」


 袖を引っ張られて、足を止めた。考え事をしている間に、地下通路に向かう下り階段に差し掛かっていた。そのまま歩いていたら、転んでいたかもしれない。

 止めてくれた生駒に礼を言って、階段をおりる。正面の壁には、三島市内の美術館の看板が貼られていた。富士山の絵画を眺めていると、私の頭にぱっと閃いたものがあった。


「このまま一緒に美術館に行かないか」

「この状況でデートのお誘い?」


 生駒は怪訝そうな顔をしていたが、視線を逸らして俯いた。


「まぁ行くけど」



 すぐに乗り換えて出発するつもりだったが、生駒の意向によって一度ビジネスホテルに戻ることになった。すっかり顔を覚えられたホテルフロントと挨拶をして、荷物を置いてから待ち合わせている駅の切符売り場へと向かった。

 以前、焼肉の待ち合わせで生駒が寄り掛かっていた柱の前で、私は到着を待っていた。スマホで美術館の開館時間と展覧会の内容を確認する。


「お待たせ」


 私は声に反応して顔を上げた。そこには改札を背にして、生駒が立っていた。いつものパンツスーツ姿ではなく、ピーコートを羽織り、ショートパンツから細い黒い脚を覗かせた、ボーイッシュな服装をしていた。ドラムバッグも肩にかけていない。


「初めてイコさんの私服を見た」

「微妙な反応だなぁ。スーツが好きな特殊な性癖の人だった?」


 下を見て自分の姿を確認しながら言った。


「いや、似合ってると思う」


 気恥ずかしさを紛らわせるため、生駒の反応を確認せずに券売機の前へと向かった。


 新幹線で東京に出て、山手線に乗り換えて目的地の六本木ヒルズに向かう。駅も道も、平日だというのに人が多かった。生駒は物珍しそうに辺りを見回しながらついてくる。


「警察庁から近いし、ここら辺のことはイコさんの方が詳しいんじゃないか」

「科警研は千葉の柏だよ。それに、事件でもない限り外には出ないし。見てあれ、気持ち悪い」


 生駒が嬉しそうに指差す蜘蛛の彫像を横目に、ビルの中に入る。カウンターで二人分のチケットを購入してエレベーターの前で待つ。


「ナカさんって、芸術に詳しいの?」

「いや、全然」


 最後に絵画を見たのは学生の頃だったと思うし、知識も無いのでモネとマネの違いすら分からない。


「え。じゃあなんで、美術館の名前が出てきたの」


 私は黙って壁に貼られたポスターを指差した。そこには、人工知能が作ったという人工知能アートの展覧会が行われていると書かれている。


「一緒に美術館って、そういうことかっ!」


 生駒は私の膝の裏を蹴りながら背中を向けた。ちょうどエレベーターが到着し、青色の光を放つドアが開いた。


「でも、ここなら人工知能の芸術性について何か分かるかも。よく思いついたね」


 エレベーターはあっという間に目的の五十二階に到着した。展望台に向かう人々と別れて、展示エリアへと向かう。展示会のテーマが特殊だからだろうか、幸い人はまばらだった。

 会場は黒い壁で区切られ、細い通路になっていた。道に沿って歩きながら、一枚ずつ絵画を鑑賞していく展示方法のようだった。照明は薄暗く、黒い壁に光の線が浮かんでは消える、近未来的な装飾がされていた。

 生駒はいささか緊張した面持ちで隣を歩いていた。断続的に浮かぶ影が、顔立ちを引き立てる。

 一枚目は両手を広げたくらいの大きさの、白黒の絵だった。機械のような穴や溝を持つ模様が渦を描いている。渦の中心からは、馬のような澄んだ真っ黒な目がこちらを見つめていた。

 素人目には、絵の形を成しているように見える。ところどころに描かれているのは、明らかに目玉のようだった。どうやって自然界のものを、作品の中に組み込むことができるのだろう。人工知能に絵を描かせる方法について興味を持った。

 生駒は人工知能の芸術性について見極めようとしているのだろう、顎を撫でながら真剣に絵画を見ていた。何組かの客に追い抜かれた後、ようやく体の向きを変えた。歩き出した彼女の後に従う。

 次に現れたのは、人工知能アートの作成方法についての説明だった。人工知能アートは、人工知能で画像認識を繰り返し行い、元々の写真が持った特徴を強調することで作成するという。通常のアルゴリズムを使用した画像認識は、エッジの検出や顔認識のように、人間にも理解しやすい特徴を掴むのだが、人工知能を使用した画像認識は、ヒトデやカップといった不可解な特徴を見つけ出すことができる。つまり、人工知能が自然界の景色を目にして、そこに見出した世界が人工知能アートなのだ。

 二枚目は額から絵が浮き上がった、立体的な作品だった。老人の血管のように、でこぼこに盛り上がり、無数の目玉のようなものがひしめき合っている。近づいて見ていたが、形作っているのがおびただしい数の小さな裸の人間だというのに気づいて顔を離した。

 三枚目は小さな額に入れられていた。緑と赤を基調にした毒々しい雰囲気の絵で、魚の口からムカデのようなものが飛び出している。


「薬でもきめていそうな絵だな」


 生駒の判定の邪魔をしては悪いと黙っていたのだが、私は堪えきれずに感想を口にした。


「分かってないなぁ。幻覚型の人間なら、もっと規則性のない絵を描くよ」

「これでも規則性がある方なのか……」


 改めて観察すると、尾ビレも背ビレも無く魚かどうか怪しい魚を見る。


「なんていうんだろう。冒険心が無い」


 生駒の言葉が妙にしっくりきたので、何度も頷いた。画像認識の基準として生物や小物を使っているせいか、既存のものを組み合わせて作ったような絵が多い。作成方法を知ってしまったせいもあるだろうが、見ている人にどんな気持ちを与えたいのか、テーマが定まっていないように感じた。

 人工知能アートを見終わって展覧会の会場から出るなり、生駒が口を開いた。


「確信できた。犯人は人工知能じゃない」

「そっか。イコさんが言うなら、そうなんだろうな」


 私は大人しく頷いた。


「あれ。ナカさんは、人工知能犯人説の考案者じゃなかったっけ」

「可能性の一つとして言っただけで、固執したりはしないよ」


 生駒のように確信を持つことはできないが、私も人工知能アートを目にして、漠然と犯人ではないことを感じていた。人工知能は急激に進歩しているが、今はまだ道具の域を抜けられていない。二つの工場のような、メッセージ性を持たせた事件を起こすとは考えにくい。


 私達は長距離移動と慣れない人ごみに疲れ、一階のカフェでコーヒーをすすっていた。


「犯人が人間だとして、二つの事件の犯人は同じなのかな」


 生駒の意見を聞いてみたいと思い、質問を投げかけた。


「普通の殺人事件なら、被害者や殺害方法の特徴を比べるんだけど、今回は物理的に手を下しているのはロボットや工作機械なわけでしょ。犯人の特徴が出にくいんだよね」

「指紋や足跡は? 共通したものは見つからなかったのか」

「環境は悪いわ人の出入りは多いわで、絞りきれなかった」


 生駒が悔しそうに半目で中空を睨む。


「例えばロボットやシステムに詳しいけど、事件のあったシステムのことはよく知らない人間が、ふらっと立ち寄ってロボットや工作機械を動かすことはできると思う?」


 今度は彼女から質問してきた。


「動かすことはできると思う。でも、外部からパソコンを使って動かしたり、設定を変えるのは難しいんじゃないかな」


 外部から動かすためにはネットワーク構成を理解しておく必要があるし、パスワードがかかっていたら設定は変えられない。とっさの思いつきで殺人の道具に仕立て上げるには、ハードルが高すぎる。


「気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、それなら二つの事件のシステムに精通している人間が怪しいということだよね。でも、そんな人間はあたしの知る限り一人しかいないんだけど」


 生駒が気を使って言い出せないでいたことは、薄々感付いていた。

 彼が犯人なのだろうか。いや、そんなはずはない。私は、共に働いていた男のことを信じたい。もう一度、二つの事件の現場を徹底的に調査する必要があると思った。

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