『型』
かなり遅れました。
式人がユキカの執事として働き始めて1ヶ月が経とうとしていた。
「うわっ! 何これ美味しっ!」
「お褒めいただき恐悦至極でございます」
「・・・ふっ。その口調やっぱ似合わないね」
「やっぱり? 俺もどうかと思ってるんだよね」
「どうしてこんなに美味しいの?」
「そりゃ素材が良かったからだよ」
ある程度のことは人並みにこなせる式人にとって全ての作業を覚えるのにそう時間はかからなかった。
今は食事の時間で、ユキカの家に良い素材があったのでそれらを使って調理しただけなのだ。お陰で誰が食べても美味いと感じる程度には作れている。若干勿体ない気もするが、それだけの量を買える程稼ぎを得ているのでまた買えばいいと思っている。少し感覚が麻痺している気もしないでもないが気にしない。
「シキトも一緒に食べようよ」
「俺は後で食べるよ」
「なんでよ」
「そりゃあ執事が雇い主よりも先に食べるわけにはいかんでしょ」
「そんなの二人しかいないんだから関係ないよ。私は全く気にしないよ」
「そこは気にしとけよ」
「い〜や〜! シキトも食べるの!」
「自分で作ってるから別にいらないんだけど」
「う〜」
「・・・また今度な」
「よしっ!」
食事中だというのにこの落ち着きのなさはどうしたものかと式人は溜息をつく。ここ数日食事の時間はこのようにしてユキカから一緒に食べるよう言われるが先程も言った理由で断っている。あとは単純に食べる姿をじっくり見られそうで怖いというのもあるが、それは本人には伝えていない。だが今はそれ以上に食べられない理由があった。
「この後特訓だろ。食べたら多分吐くからな。折角作ったものを戻すのは偲びないしな」
「うーん。それもそう、かな?」
そう。式人はユキカの朝食の後に剣と魔法の特訓を受けている。だがそれは別に厳しいものでもなんでもなく、ただただ一般的な特訓だ。それも十分厳しいのだが。食べた直後に体を無理に動かせば確かに吐くだろう。それを予期しての発言だった。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「うーん。段々美味しくなってきてる。これは私女としてやばいのでは?」
「ユキカの女子力の無さは今に始まったことじゃないから大丈夫でしょ」
「ああ! 今のは傷ついた! 今日の特訓はメニューを倍にしてやる・・・!」
「げ!」
「後で覚えててね!」
「・・・うぃっす」
余計なことを言ったと思いながらも食べ終わった皿を片付けていく式人と、その傍らで特訓の準備をし始めるユキカ。といってもユキカが準備することはそれほどない。ユキカの持つ剣と式人用の剣を取り出すだけだ。式人は未だに特訓時以外の帯剣を許されていないため、こうしてユキカが取り出すのだ。
「先に行ってるよ〜」
「俺も片付けが終わったら行くよ」
「待ってる〜」
そう告げて先に出るユキカを尻目に式人は皿を洗い始める。とはいえ洗うのはユキカが食べた分だけなのでそんなに多くはない。片付け終わり一度自室に戻って動きやすい服装に着替えようかと迷ったが、別にこの格好でも動けるし問題ないと思い直しそのまま外へ向かう。ちなみに今は執事服を着ている。本当に動けるのか心配である。
式人が外に出るとユキカは既に素振りを始めていた。その姿に普段の様子は見られず真剣に剣を振っている。いつも見て思う。美しい、と。いつまで見ていても飽きない光景だと。だがそれを伝えることはしない。何となく気恥しいからだ。昔はこんなこと思わなかった筈なのに。地球にいた頃は一度も思ったことはなかったのに。どうやら自分は少しおかしくなったようだと考えていると、ユキカが式人に気付いた。
「あ、シキト。来てたなら声をかけてっていつも言ってるじゃん」
「ああ、悪い。少し考え事をしてた。次は声かけるよ」
「そう言って毎回声をかけたことが一度もないのはどうして?」
「ああ、それはユキカが真剣にやってるから声をかけたら悪いかなって」
「そんなの気にしなくてもいいのに」
「気にするよ」
少しだけ申し訳なさそうに目を伏せて式人は言う。自分がいるせいでユキカの時間を奪っているのではないのかと遠慮しているのだ。
「・・・気にするに決まってる」
「シキト・・・」
「俺のせいでお前の時間を奪ってるんだ。気にしない筈がないだろ」
けれど、それが全て本音という訳ではない。確かに遠慮している点はあるが実際は違う。
――見ていたいのだ。ずっと。ユキカが剣を振るう姿があまりにも綺麗だったから。その立ち振る舞いがあまりにも美しかったから。まるで舞踊のようだと見惚れたのだ。
最初はこの世界で生きていくために必要だと感じたから教わろうと思った。けど今では剣に対して真摯に向き合う彼女に憧れたから、自分もああなりたいと願ったから剣を教わっている。生まれて初めて誰かの生き方を綺麗だと感じた。
それは皮肉にも地球ではなく異世界で。自分の生まれ育った場所ではなく、自分が捨てられた場所でシキトは生まれて初めてを経験したのだ。これを皮肉と言わずになんというのだろうか。
「・・・いや、そろそろ始めよう。今日は何を教えてくれるんだ?」
そんな考えを振り払うかのように頭を振って式人はユキカに問う。特訓を始めて一ヶ月経った今ではほとんどの基礎を教わった。後はそれらを只管反復するところまできている。
「そうだね〜。ほとんど教えることは教えたし・・・となれば次にやることはあれしかないね」
基礎を教わった者が次に教わることは一つしかない。基礎とはつまり剣の振り方だ。ならば次にやることは剣と身体の動かし方、つまり――型だ。
「型っていうのは継承されていく洗練された動き方なんだ。それは受け継がれていくことによってより洗練され研ぎ澄まされていく。何代も継承された流派が強い理由はこれにあるんだよ」
「なるほど・・・」
「じゃあ新しい流派は伝統的な流派に勝てないのか? 答えは否。勝てるには勝てる。じゃあ何が大変なのか。それはたった一代で今まで築き上げた伝統を超える全く新しい型を創らなきゃいけないってことなんだ」
「それは難しくないか?」
「うん。だって伝統的な流派は何十年何百年と続いてるのに対して新しい型は一人でそれを超えなきゃいけないからね。それに伝統的な流派は基本的に門外不出が多いんだ。それもあって超えるのが難しいと言われてるんだよ」
「それで結局俺が今日習うのはなんだ?」
「シキトには私と一緒に新しい型を創ってもらいます」
「・・・は? 今それが難しいって言ったばっかりだよな?」
「言ったね」
「なのに新しい型を創ると?」
「うん」
「・・・頭おかしくなった?」
「な! 失礼な! 私は真面目に言ってるんだよ!」
「それがどうしてそんな結論になるのか教えて欲しいね」
「はぁ。いい? 伝統的な流派は基本的に門外不出だといったね? でもどの流派にも必ず共通していることが一つだけあるんだよ」
「それは?」
「それはね・・・皆剣だけで型が出来上がっているということなんだよ」
「・・・うん?」
シキトにはユキカの言っていることが理解できなかった。いや、理解はしている。ただ意味が分からなかったのだ。型が剣だけで出来上がっているのは当たり前だと勝手に思っていたからだ。まだシキトは魔法というものに慣れていないからだろうか。少なくとも剣以外の要素は思いつかなかった。
「分からないかな? つまりね、私達が創る型は魔法と組み合わせることでもっと強くなる型を目指すんだよ。魔法を使うことで誰よりも強く疾く剣を振ることができる、正しく剣と魔法が一体になった型だよ」
なるほど、と式人は口の中だけで呟く。確かに周りが剣だけで型ができているのに対して、魔法を使えば身体能力の差など余裕で覆すことができる。相手がどんなに手練だろうと、相手よりも疾ければ伝統的な流派だろうが何十年何百年も研ぎ澄まされた剣術だろうが関係ないのだから。
「・・・分かった。創ろう。新しい型ってやつを」
「シキトなら乗ってくれると思ったよ。ということで早速だけどシキトが一番振りやすい振り方で素振りしてくれる? ざっと一万回ぐらい」
「・・・は?」
「ん?」
聞こえた回数に聞き間違いかと思ったシキトはもう一度聞いた。むしろ聞き間違いであってくれと願いながら聞いた。
「ごめん、今何回って言った?」
「いや、だから一万回だよ。もしかして分からない? 一万って数」
遠回しに煽られているのだろうか。いや、確実に煽られている。というか馬鹿にしている。その証拠に彼女はニヤニヤしながら式人を眺めている。恐らく朝の仕返しだと思うが、まるで子供のようだと式人は頭が痛くなった。
「意地が悪すぎるでしょ」
「ちゃんと言ったでしょ。後で覚えててねって」
「・・・子供か」
「更に倍がいいのかな」
「ごめんなさい」
「分かればよろしい。さあ一万回頑張ってね」
「・・・はい」
倍どころじゃねえなと考えながらも素直に振りやすい動きの素振りを模索し始める式人だった。少しだけ自分の発言を恨みながら。
遅れてすみません。リアルの方でバタバタしてまして・・・。あと少しだけスランプ気味で書けなくなったっていうのもありますけど、こちらは大した理由ではありませんね。はい。言い訳です。
待ってくださった方がもしいるのであれば遅せぇよとコメントして頂きたいです。励みと発破になるので。
どうでもいいことですが、実は昨日で投稿一周年だったんですよね。作者の癖して1日間違えて今日だと思ってました。はい。アホですね。
次の話はできるだけ早く投稿したいなと思っています。