『信じて』
「ところでここはどこで、君はどこから来たんだ?」
「う〜ん。今の質問に答えてもいいけど、話す前にまずは私の家においで。シキトの格好少し目立つから。後私のことはユキカって呼んでね。君じゃ嫌よ」
「分かったよユキカ」
確かに式人の格好はここらではあまり、というか全く見ない高級感漂う服装をしている。ただの高校の制服なのだが、この世界では服の素材から高級品扱いとなっており十分に目立つ。それを理解した式人は大人しくユキカについて行くことにした。気になることは多々あるが、取り敢えず今一番気になることを質問することにした。
「それでユキカの家ってどこにあるんだ?」
「ん? すぐそこだよ。今は見えないだけ」
「見えない? 魔法か?」
「そう。結界だよ。周りの風景を透過させることで隠しているんだ」
「便利なものだな」
「シキトにも使えるんじゃないの?」
「いや、俺は魔法の使い方を知らない」
「え? それはどういう・・・あ、家に着いたよ。今解除するね」
そう言ってユキカが結界を解除すると中からは周りの風景と全く釣り合わない豪邸が出てきた。荒れ果てた荒野に佇む豪邸とはある意味シュールではないだろうかと呆然と考えているとユキカはどんどん中へ入っていってしまった。
「おいでよ。ここが私の家だよ」
「・・・・・・ユキカってお嬢様?」
「ううん、違うよ。これは集めたお金で建てたの。大きい家って憧れだったからね。お嬢様というよりお金持ちって感じかな。それに剣持って戦う冒険者のお嬢様なんていないよ」
「そう・・・なのか?」
「そうだよ。さあ、入って入って」
招かれるままに豪邸へと入っていく式人。どこをどう見ても物語に出てくる豪邸のイメージそのままだなと考えていると、ユキカが式人の手を取ってどこかへ連れていこうとする。連れてこられたのは使われてなさそうな部屋だった。
「ん?」
「こっちこっち。シキトの代わりの服。元は執事用に買っておいたんだけど、誰も執事なんてやってくれないからさ。いっぱいあるからあげるよ」
「いいのか?」
「いいよいいよ。代わりといってはなんだけど、私の執事になってくれない?」
「・・・はい?」
「だってシキト、冒険者じゃないでしょ?」
「何で分かった?」
「いや、武器も持ってないし魔法も使えないならまず冒険者とは思わないよ。でしょ?」
「それもそう、だな」
「それにシキト行く場所あるの?」
「ない、けど」
「じゃあ決まりだね」
強引に話が進められていくが、これは式人にとってはありがたいことだった。突然異世界に捨てられ行く宛もなく彷徨うくらいなら、なんの縁かたまたま出会った少女に雇って貰う方がこの先も生きていけると思ったのだ。
だから――聞かずにはいられなかった。
「なあ」
「ん?」
「何で初対面の俺に対してそこまでしてくれるんだ? 今日会ったばかりの他人だっていうのに、何でそこまでしてくれる?」
「・・・何で? 人を助けるのに理由が必要?」
「必要だ。見ず知らずの他人を無償で助ける人間なんてこの世にはいない。皆何かしらの下心を持って人助けをしている。それが普通だ」
「言い切ったね〜」
「当然だ。全部俺が経験してきたんだから。そしてそのほとんどが優越感に浸るためのものだったよ」
「・・・」
「人間なんてクソだ。傲慢にも身勝手な正義を振りかざし、正義だと宣いながら悪意を振りまく。抵抗できない程に弱い弱者は悪で、強者は正義だと謳う。そして最後には己こそが正しいと、正義だと主張し合って争い、あらゆる人間、あらゆる物を破壊してまで正義を翳す。そこには一体どんな正義があるっていうんだろうね。・・・ほんと、人間はクソだよ」
「・・・・・・」
「それでも、君は無償で人助けをしていると言うつもりか?」
一瞬だけ式人の壮絶な過去の片鱗を見た気がしたユキカだったが、彼女にできることは何もなかった。それらは全て過去の話で、しかもユキカが体験した話ではないのだから。思い遣ることはできる。だが、決して共感することはできない。同情すら許されない。憐れむことすら烏滸がましい。それこそ簡単に共感してしまったら、それは最早憐憫ですらない。それらは全て周りを見下している者の視点だからだ。可哀想などという発想は、自分は絶対にそんな目に合わないと他者を蔑む者の考えだ。そんなものは許されない。
ユキカに許されていることはただ一つ。訴えかけることのみだ。
「・・・君がどんな経験をしてきたのかは私には分からないけど、私は絶対に君を裏切らないよ」
「何故そんなことが言えるんだ。会ったばかりの他人なんだぞ」
「私が君を信じてるからだよ」
「・・・!」
「どうしてかは分からないけど、私はシキトを信じたいと思ったんだ。だから助けるの」
「・・・・・・」
「だから、どうか信じて欲しい。シキトを信じる私を。そして今度こそ誰かを信じられるように」
その目はとても巫山戯ているようには見えなくて、思わず後ろへ後退りそうになるほどだった。けれど、シキトにも分からないが信じたいと思った。誰かを助けたいのではなく目の前の手の届く人を助けたいと願う少女を信じたいと、そう思った。
「・・・分かった。時間はかかるけどユキカを信じてみるよ」
「ありがとうシキト」
「けど一つ、頼みがあるんだ」
「ん? いいよ。言ってごらん」
「俺に剣と魔法の使い方を教えて欲しい」
「どうして? って言いたいところだけど、確かにどれかできなきゃ生きていけるか分かんないもんね。それに自衛にもなるし、冒険者になることもできるから、うん、いいよ。教えてあげる」
「助かる」
「む〜」
「う。あ、ありがとう」
「よろしい。これからよろしくね」
「あ、ああ。よろしく」
なんだか色々と話が進んだが、式人にとって経験したことのないタイプの人間だったからだろうかそれを新鮮に思っていた。『無能』と蔑まれてきたのだ。こんな風に話しかけてくる人間は彼の人生の中では最早皆無だった。
言うなれば彼は会話をまともにするのが久しぶりだった。それ故に人との会話に飢えていた。それもあってかユキカとの会話はそれなりに弾んだような気がする。
本当のことを言えば、別に式人はそこまで落ちこぼれてはいない。彼はできないのではなく、それこそ人並みにはできる。それは勉強だろうと運動だろうと何であろうと、全てを彼は人並み程度にこなすことができる。
だが、そこ止まりだった。全てを人並み程度にこなせるということは、全てを人並み以上にこなすことはできないということ。良く言えば器用貧乏、だが悪く言えば中途半端という程度でしかない。いや、器用貧乏すら程遠いとさえ認識されていた。
――全てが平均。
――全てが平凡。
――全てが普通。
それが織田式人という人間の限界だった。なんでもできるが、なんにもできない。それが式人が『無能』と蔑まれた所以。彼は全ての物事を人並みにこなせる代わりに一つの物事に特化することができない人間だったのだ。
剣と魔法を教えて欲しいと言ったものの、そこまで高い水準で習得できるとは式人は思っていない。せめて人並み程度には使えるというレベルにまで習得しておけばいいと思っている。その思考故に実力がつかないと気づきながら。ようは諦めているのだ。ある程度できるようになればこれ以上の成長は見込めないと、自分に見切りをつけているのだ。だからこそ人並み程度だというのに。
そんな自分に嫌気がさしていると何かを思い出したかのようにユキカが話しかけてくる。
「そういえば質問に答えてなかったね」
「ああうん。ここはどこでユキカはどこから俺のところに来たのかってやつだ」
「そうだったね。じゃあまず、ここはオスレキア荒野。アルベリッジ王国とサウジリア帝国の国境を挟んだ世界で一番広い荒野だよ」
「・・・・・・」
「それで私は依頼が完了したから現地から直接家に転移しようとして失敗した感じかな。依頼でちょっと疲れてて上手く頭が働いてくれなくてね。恥ずかしいことだけどぼーっとしてて座標を間違えたってところだね。どう? 大体分かったかな?」
「・・・・・・後者はなんとなく分かった。けど前者はよく分からない。一つも国の名前を知らない」
「え!? 嘘!? 何で!? めっちゃ有名だよ!?」
「・・・何でって言われてもな」
「・・・そういえば魔法の使い方も知らないって言ってたね。普通の人は魔法を一つや二つ程度は使えるもんなんだよ。強弱の差はあれどね。それでも取り敢えず使い方を知らない人間はいないんだ。それでも知らないということは・・・」
「・・・・・・」
「シキト。君は一体何者なの? 知らないうちにオスレキア荒野にいた、なんてとてもじゃないけど無理だよ。ここは世界で一番広い荒野だけど、世界で一番危険な場所でもあるんだよ。そんな場所に一人で武器も持たず魔法すら使えずにただ立っているのは自殺行為と言ってもいい。いや、自殺行為だと断言してもいい。それなのに君はここにいた」
ユキカの言葉がまるで一つ一つが断罪の刃のように式人の胸を抉る。お前は異常だと言われているようで胸を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。その先を言うなと願いながらも口には出せずにただ式人は俯く。
「もう一度聞くよ。シキト。君は、一体、何者なの?」
ゆっくりと尋ねるユキカは意図して聞いている訳ではなかった。だがそれが結果として式人の中で何かが軋んだ気がした。
何故俺がこんな目に合わなければならないんだと心から叫びたかった。
ありとあらゆる人間から嫌われ蔑まれた男はついには世界からも嫌われて、挙句の果てには棄てられた先からも異常扱いをされたときた。とうに心など壊れててもおかしくないという状況でも今まで平常心を保ってきた男は、とうとうその平常心が軋んでしまった。
――ようやく今までの苦労が報われると思った。
けれどそれはどうやら気のせいのようだった。式人が受け持っていた生徒達が天才として名を馳せる前に棄てられて、その上異世界に来てからもお前は異常だと叩きつけられて。
「俺は・・・」
――俺は、この世界の人間じゃないんだ。
その言葉を辛うじて飲み込み逡巡する。本当にこのまま伝えてもいいのだろうかと。何故なら彼はこの世界の異物だからだ。人間は異物を排除しようとする。だから今回もそうだと思った。ユキカが知ったらかつてと同じように忌み嫌われ侮蔑されると思ったのだ。
「俺、は・・・」
「シキト」
ただ俯くだけの式人にユキカから声がかけられる。その声はとても優しげで到底誰かを責めるようには感じられなかった。
「私は君を信じる。たとえ君が何者であろうと絶対に裏切ったりはしない。だから大丈夫。今じゃなくてもシキトはいつか話してくれるって信じてるから」
今日会ったばかりだというのに彼女は臆面もなく言い切った。それは式人にとって救いのような言葉だった。慈悲深く逃げ道を用意された言葉で、情けないと思いつつも式人の根底に張り付いた価値観がユキカを否定する。だから今だけはその言葉に甘えさせてもらう。いつか絶対に話すと心に誓って。
「ごめん。いつか絶対にユキカに話すから・・・それまで待っていてくれ」
「うん! 約束だよ!」
そして二人は約束をした。最早誓いと言ってもいいその約束は予想だにしていなかったタイミングで果たされることになるが、それはほんの少し先の話。
「じゃあこれからよろしく! 私の執事として頑張ってね!」
「ああ。なんとか頑張ってみるよ」
ここから二人の生活が始まった。たった1年間の誰も知らない物語が、ここでひっそりとスタートしたのだった。
今月もう一話更新しました。ほんの少しの空き時間にちょこちょこ書いてたら意外といけました。次回は二月の中旬以降になると思います。
感想等も是非に。




