推測
遅くなりました。前回言った通り今回は短いです。
――それは、ほとんどの人間が予想し得なかった。それが予想できたのは、僅か八人のみ。専用席から見下ろすSランク冒険者達(リラとスピカはいつの間にか戻ってきていた)だけ。いや、Sランク冒険者達でもここまで早いとは予想していなかった。
こんな結末を観客の誰が予想しただろう。確かにSランク冒険者が本気を出したらこうなることはある。ただそれは相手が圧倒的に弱かった場合の話だ。これは違うだろう。これはおかしいだろう。実況も解説も観客も静まり返る程に、誰もが信じられなかった。まさか開始数秒で決着がつくとは誰も思わなかったのだ。
或いは、逆の展開だったなら、もしかしたら納得できたかもしれない。起きたことに理解ができたかもしれない。だが実際は違った。
「が、ふっ!!」
彼女は己の胸元から生える双剣を見詰め、盛大に吐血する。ズシャリと音を立てて双剣が引き抜かれて彼女は舞台に倒れ伏した。倒れ伏した彼女の側で、双剣を握りつつ睥睨している人物がその名を呼ぶ。
「残念だったわね、イーラ」
クーリアは魔法で創り出した双剣を消して舞台から降りようと歩き始める。そこでようやく自分の仕事を思い出したミルカが試合終了を告げる。
『し、試合、終了・・・。勝者、クーリア・フィトニーザム・・・』
『『『『『・・・・・・・・・・・・』』』』』
誰も何も言わない。いや、言うことができない。一回戦であれだけ魔法を使って派手に勝利してみせたのに、二回戦では誰もが分からないままに試合が終わってしまった。実況しようにもできない。解説しようにも今起きたことが全て。歓声を上げようにもその機会は既に失われている。
――三手だ。たった三手で決着がついてしまった。
一手目は舞台全体へ及ぶ波状攻撃、『氷原』で氷の棘という棘がクーリアの足元から吹き出し、二手目はそれらを全てかいくぐって接近してきたイーラの双剣を『蜃気楼』による幻影で避け、そして三手目で本来のクーリアが後ろから『氷双剣』で突き刺したのだ。
たったこれだけで『音無』と恐れられた暗殺者は敗れた。例えどんなに早かろうと、クーリアの魔法の発動速度がイーラの走りだす初速に勝れば、イーラは常に一歩出遅れることになるのだ。
それこそ『魔女』たるクーリア・フィトニーザムの真骨頂。世界最高峰の攻撃魔法の使い手が一番恐れられてる理由。魔法の発動速度が異常に早いのだ。ただの無詠唱よりも早く発動される魔法は最早脅威だ。だからこそ彼女は加減をするときには無詠唱ではなく、必ず魔法名を唱える詠唱破棄のみで戦うのだ。
専用席へと戻ったクーリアはエルレアの元へと向かう。先程聞きそびれたことを聞くために。
「エルレア」
「クーリア。今の試合は・・・」
「全力よ。手加減なんてしたら殺されるもの。イーラなんかは特に。ドランのときはどんなに早く発動しても消されるのだから最初の魔法と魔法陣の投影以外は詠唱破棄でやったけどね」
「そうですか。取り敢えずイーラを拾ってきますか」
「結構ですよ。私はもう戻ってきてますから」
「あら、思ったより元気そうね、イーラ」
「前にも負けましたから、悔しいだけで落ち込む程ではありませんよ」
「そうね。それでエルレア? あなたに聞きたいことがあるの」
「先程のことですか」
「私も気になりますね」
「そうですね・・・丁度これから始まる試合を見ながらではどうでしょうか」
エルレアの言葉通り舞台は既に修復され、その上にはリンティアと式人が向かい合っている。
『この試合の勝者が決勝へと進むことになります。お二人共準備はよろしいですね? それでは二回戦第二試合、開始!』
そしてリンティアと式人がぶつかり合った。それを見ながらエルレアは話し出す。
「私の予想通りならば、彼は私達Sランクに縁あるものです。しかもかなり深い関係で」
「・・・心当たりがないわね」
「私も同様にありませんね」
「彼の剣術、というより刀術ですか。あれはかつて私が師に教わった技です」
「まあ、そうよね。じゃなきゃ同じ構えをしないでしょうし」
「『速度上昇』を使った速度は確かにラナさんの言った通り私よりも早いのも事実っぽいですね」
舞台で一方的に斬撃が飛んでいくのを見たエルレアは、やはり彼の技が既に自分よりも遥か高みに存在することを改めて理解する。自分ではあれほど鋭い斬撃は飛ばせないから、より己との違いが分かってしまう。それを歯痒く思いながら予想を口にする。
「彼は、我が師を知りすぎている。異常な程に」
「? それの何がおかしいのかしら?」
「クーリアとイーラは師の心の中というものを聞いたことがありますか?」
「「!!」」
何かに気がついたような表情をするクーリアとイーラ。
「ありませんよね。私もありません」
「確かに・・・リーダーは一度も本音というものを零したことがないわ」
「私達『トワイライト』は途中から別れたから分かりませんけど、一度も、ですか? この4年間で一度も?」
その言葉にはエルレアもイーラも、言った張本人のクーリアでさえも驚いた。まるで今までそれが不思議ではなかったかのように。それが当然だったかのように。
「考えて見れば異常ね。私達はリーダーがどうして『災厄の象徴』たるドラゴンを倒そうとしたのか知らないわ」
「「・・・・・・」」
いくらなんでも異常だった。本心を知らないことも今までそれをおかしいと思わなかったことも、何もかもおかしいことが後からやってくるかのようで、三人は顔を見合わせて思案げに顔を顰める。
「彼は、何者なのかしら・・・?」
「恐らくそのヒントを彼は言っていたのでしょう」
「先程の試合での言葉・・・ですね?」
イーラがエルレアに聞くとエルレアは頷いた。
「彼は我が師には大切なものが存在しないと言いました。そしてそんな人間が強くなるには敵を憎むのだとも。ならば我が師がドラゴンを倒した理由は――」
「――憎しみ。リーダーはドラゴンを憎んでいた。ドラゴンを倒す程、強く、強く憎んでいた。そう言いたいのでしょう?」
「その通りです。師は恐らく激しい憎しみを抱いていた。ドラゴンだけにとどまらず、全てに憎しみを抱いていた。だからこそドラゴン討伐を成し遂げた。故に『成し遂げた者』」
「「!!」」
「気付きましたか」
「じゃあ、彼の正体は・・・・・・」
「エルレア、あなた・・・」
「ええ、とても辛いですよ。ですが認めなければ、現実をしっかりと見据えなければ私はもうあの人の弟子だと胸を張って言えなくなってしまう」
「「・・・・・・」」
そう告げたエルレアの表情はとても辛そうに歪んでいる。
「恐らくは彼こそが、我が師にして育ての親。そして、かつての『ヴェンガドル』のリーダー。そう考えれば納得がいきます」
途中から気付いていたのか二人の顔に驚きはない。代わりに疑問が浮かんでいた。だがそれも仕方ないと言える。式人が彼女達の探し求めていた存在だったとして、一体何故正体を隠しているのか。他にも気になることはあったが、それが一番気になることだった。
「・・・もし、彼がリーダーだったとして、正体を隠してまでここにいるのは何故? その目的は一体何?」
「・・・・・・」
「・・・エルレア?」
クーリアの疑問は尤もで、仲間だった者ならば必ず抱くであろう疑問だったが、それに答えられるものをエルレアは持ち合わせていない。・・・いや、思いつくものはあった。だがそれは彼らの願いを否定するものだ。確信はなく、確証もない。けれど――
“次こそは俺を殺してくれ”
最後に聞こえたその台詞だけが耳に、頭にこびりついて離れないのだ。
俯いて何かを堪えるかのような表情をするエルレアにイーラは呼びかける。
「・・・彼の、師の目的は・・・もく、てきは・・・」
それでも確信を持てない推測をエルレアは口にする。確証もないままに憶測を語るのは、徒に先入観を与えてしまうだけだと分かっている。分かっていても口にせずにはいられなかった。
「・・・彼の目的は、Sランクの中で自らを殺してくれる存在を探すこと・・・でしょう」
二人の息を呑む音がエルレアには聞こえた。
「彼は、願いのために私を見極めると言いました。もし、殺してくれる人を探していたなら、彼の次に強いとされてる私達に白羽の矢が立つのは当然です。何故なら今この世界において、彼より強い人間など存在しないのだから」
二人は何も言えなかった。というよりどんな言葉をかければいいのか分からなかった。だが声をかけずにはいられなかったのか、何をかけてやればいいのか分からぬままにクーリアはエルレアに問う。何故その結論に至ったのかを。
「何故、そう思ったのかしら?」
「彼は最後に『次こそは俺を殺してくれ』と言いました。最初は次の武闘会のことかと思いましたが、もしそうなら『殺してくれ』ではなく『殺してみろ』になると思いませんか?」
「・・・確かにそうね」
「彼は武闘会で私の実力を見極めながら、自分を殺せるかどうかをはかっていた。挑発をしながら、私の一番の実力を出せるように『悪』を演じてまで」
「・・・だから、彼はエルレアに殺してくれと言ったのね。師を殺せば弟子の方が強くなったという成長の証になるし、『悪』を殺せばあなたは『正義』を強く主張できる」
「そして『悪』であるシキトさんが勝っても、他のSランクが彼を殺せば、それは『正義』になる」
「エルレア。あなたは・・・」
「私は、全力でした・・・。全力で、戦いました。それでも届かなかった。ふふ。笑えますね。私は一体何のために、誰のために強くなったのでしょう。いえ、強くなった気でいたのでしょう。・・・・・・クーリア・・・彼の・・・師の背中は・・・あまりにも、遠すぎる・・・!」
その目からは涙が溢れ出ている。何を思って泣いているのかは、実際に戦ったエルレアにしか分からない。けれど、その思いを汲み取ることは二人にもできる。だから何も言わなかった。何も言わずに、ただ背中をさすっていた。
静かに嗚咽を零すエルレアの背中を優しくさすりながら、クーリアの目には強い意志が込められていた。その目は未だに戦っている式人に向けられている。その目に宿るは怒りや悲しみ、喜びなど複雑なものが混ざりあっている。
「エルレア。あなたは強いわ。それは私が、世界最高峰の魔法使いの片割れである『魔女』が保証するわ。それはあの人も分かっているはずよ。だから、自信を持ちなさい。そして次に活かしなさい。殺すのではなく、彼を無力化することを目指して、もっと強くなりなさい。言われたのでしょう? あなたは数年でリーダーを超えると。なら、頑張りなさい。あなたはあなたの思うままでいいの」
それは激励のようだった。それがクーリアの優しさであるとエルレアには痛いほど理解できた。だから、彼女はもう泣かなかった。涙を袖で拭き取り、赤く腫らした目で、舞台を見つめる。もっと強くなるために、式人の技を盗もうとする。その姿に安心したクーリアとイーラは二人で微笑みあってから、試合の結果を見届けようと集中することにした。
今回は試合ではなく専用席側でした。次は試合の方を書いていきます。気長にお待ちください。作者は今窮地に立たされているため、次も遅くなります。1ヶ月以内には更新したいと思います。




