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『瞬閃』vs『――』

お待たせしました。今回はまあまあ早かったですかね。

 試合が始まっても二人は動かなかった。そもそも二人は武器すら抜いていない。互いに左腰に差してある刀は未だに鞘に納まったままだ。それでも殺気は一ミリたりとも収まっていないのだが。


「何故、刀を抜かないのですか?」


 エルレアが問う。それに対する式人の返答はただ一言。


「それはあなたと同じことをやろうとしているからですよ」


 当然そんなことを言われればエルレアは黙っている訳にはいかない。同じことを狙っているのであれば、エルレアと同じ技が使えることになる。それはつまり、エルレアの師と同じ技が使えることを意味する。本人なのだから使えて当然なのだが、少なくともエルレアはそう解釈した。


「あなたは、一体何度、師を侮辱すれば気が済むのですか・・・!」


「侮辱・・・ですか。それを侮辱ととるのは些か早計、と言いたいところですが、言わずにはいられないといったところですか。別に侮辱ではありません。ただの事実です」


「そうですか。ならばあなたはここで死になさい。我が師を侮辱し、あまつさえ技すら使えると宣うその舌先ごとここで!」


 エルレアが舞台の端まで下がり刀に手を添える。同時に式人も舞台の端まで下がり同じように構える。


「第一の型『空閃』!」


「第一の型『空閃』」


 同時に刀を抜き放ち、斬撃が飛んでいく。二人の前面に放たれた斬撃は舞台を滑空しながら丁度中間でぶつかり合う。それに驚いたのは当然エルレアだ。


「なっ!?」


 尚もぶつかり合う斬撃は未だ消えずに拮抗して・・・いや、ほんの僅かだがエルレアの斬撃が押されている。


「そんな!? どうして!?」


「そう悲観的にならなくてもいいですよ。これは単純に力の差。身体強化の魔法を使わずに互いに斬撃をぶつけ合えばこうなるのは必然です。そして――」


 ほんの一瞬、技が押されたことに驚いたことでできた隙をついて式人が刀をその場で振り上げる。


「第三の型『裂閃』」


 振り下ろされた刃から放たれた文字通り全てを裂く剣閃が斬撃となって追撃する。舞台を裂きながら進む斬撃は先の斬撃を切り裂き、エルレアへと迫る。


「くっ!」


 縦に迫ってくる斬撃をぎりぎりのタイミングで横っ飛びで避けるエルレア。だがそれは致命的な隙だ。その瞬間には式人は納刀しており、抜刀の体勢に入っている。


「『空閃』」


「舐めるな!」


 横薙ぎに迫る斬撃をエルレアは力任せに刀を振り下ろして抵抗しようとする。だがそれは諸刃の剣。振り下ろすのではなく、振り上げながら受け流すべきだったと思いついた頃にはもう時すでに遅し。


 徐々に押されていくエルレアの刀。このままでは斬られてしまう。だが、流石といったところか。エルレアは刀を支点に自らが跳ぶことで斬撃の上を回転しながら斬撃を後ろへ受け流した。


 本来の使い方でない使い方をしたので刀には相当な負担がかかっている筈だが、その刀には一切の刃こぼれがなく綺麗な刀身を誇っている。


「流石に折れませんか。やはり中々の名刀ですね」


「そうでしょうとも。これは我が師が打った世界にただ一本のみの刀。その名も――」


「『夜霞(よがすみ)』。まるで朧のように霞んでいるように見える刀。さりとて美しい刀身を誇る名刀。抜刀しやすいように軽く短めに作られた二尺程の最も短い太刀・・・でしたか。確かそのようなものだったかと」


「・・・よくご存知ですね。確かにこの刀の名は『夜霞』、そしてこの長さの理由までご存知だとは・・・あなたは何者なんです?」


「何者でもありません。ただの放浪者です」


「誤魔化さないで下さい。あなたが本当にSランク冒険者だということは先程の攻防で分かりました。その実力、昨日今日身についたものではありませんね。一体いつからSランク冒険者なんですか?」


 それは答えによっては式人の正体が気付かれる質問だ。別に誤魔化して答えても良かったが、どうしてか嘘をつくのは躊躇われたのだ。何故かは分からない。だが式人は正直に答えることも憚られた。結局意地汚く先延ばしすることしかできなかった。


「それは僕に勝ったら教えますよ」


 なんて傲慢なのだろうか。それは暗に自分の方が強いと言っているに等しい。自分に勝つことができたら褒美として教えると式人は言っているのだ。


「ならば、私はあなたを殺さなければならない。私の全身全霊をもってあなたという存在を打ち砕かなければならない」


「その通りです。ただ相手に勝つだけではつまらない。ただ相手を超えるだけでは面白くない。勝つか負けるか分からない勝負の中で成長して勝つことこそが王道。立ちはだかる側として冥利に尽きるというもの。故に――来なさい。僕が、あなたにとっての超えるべき壁だ。踏み越えるべき敵だ。抗うべき悪だ」


「何を、言って・・・」


「分からなくていいことです。あなたが考えるべきは僕をどうやって殺すか、ただその一点のみ。それ以外は全てただの些事だ」


 刀を納刀し構えながら式人は告げる。殺せ、と。既に抜刀の構えに入った式人の表情に嘘や冗談の気配はない。ただただどこまでも冷たい目でどこを見てるかも分からないままに構えている。恐らくはエルレアを見てる筈なのだが、あの冷めた表情をエルレアは見る気になれなかった。


 一度だけ強く瞼を閉じて一息吐く。そして目を開き式人を睨みつける。その目には覚悟が宿っているのが見てとれた。その目に式人は静かに笑う。まるで成長を喜んでいるように見えるそれは、エルレアに既視感を齎した。けれど気のせいだと断じて頭を振る。師の話をしているからそう思っただけだと。


「いきます」


「来い」


 律儀に宣言をしてからエルレアは式人に突撃する。『空閃』が届かないのは最初に分かった。ならば至近距離から斬るしかないだろう。だがそれは至難の業だ。式人の斬撃はエルレアに届くのだから。式人に辿り着くには文字通り斬撃を切り開かなければならないのだ。


「『空閃』」


 当然式人が何もせず突っ立っている筈もなく、斬撃が飛んでくる。しかも避けづらい横向きの斬撃だ。エルレアはそれを屈んでやり過ごす。が、どうしても避けると次の行動に移るのにワンテンポ遅れてしまう。そこを式人はつく。一回の攻撃で避けられない量の斬撃を放つという離れ業をやってのけて。


「第四の型『千閃』」


 その名の通り膨大な数の斬撃がエルレア目掛けて飛んでくる。一つ一つの斬撃は『空閃』に比べればかなり小さい。が、例え小さかろうと千もの斬撃が積み重なれば、人は耐えられるだろうか。そのような概念で編み出されたそれは圧倒的な量となってエルレアへと迫る。彼我の差は凡そ十五メートル程。流石にこれは避けられないとエルレアは判断して未だに師に及ばぬそれを、目の前に最高の手本として見たそれをエルレアは放つ。


「第四の型『千閃』!」


 量には量をぶつける。ある意味正しい選択をして式人の斬撃を打ち払おうとしたのだ。そしてそれは狙い通りほぼ全ての斬撃と相殺した。()()全て、だったが。


 相殺できずにエルレアへと迫る斬撃は計六本。 それらが前面から全て押し寄せる。だがエルレアは立ち止まらなかった。立ち止まらないまま斬撃を避けていく。


 一つ目は刀を下から振り上げ受け流し、二つ目と三つ目は振り上げた刀を振り下ろして斬撃に当てて最初と同じように跳んで避け、四つ目と五つ目は着地したときに手で地面を弾きスライディングすることでくぐり抜け、そのまま手で地面を弾き立ち上がったエルレアの丁度首の位置にあった六つ目は流れるように振り上げた刀を振り下ろして叫ぶ。


「第三の型『裂閃』!」


 最後の斬撃をかき消した『裂閃』は舞台を斬り裂きながら式人へと迫る。その距離凡そ五メートル。避けられる距離ではあった。けれど式人は、避けなかった。


「ぐっ!」


 避けなかったことにエルレアは驚きつつも、今は試合中だと思い直しそのまま距離を詰める。右鎖骨から左大腿まで深く斬られた式人はよろめきながらも刀を構える。


 刀と刀がぶつかり合う甲高い金属音が響く。誰もがそう予想した。けれど現実は違った。何も音がしなかったのだ。何故か。それは舞台を見れば分かった。エルレアは刀を振り切って固まっている。そして式人は――いなかった。エルレアの目の前には誰もいなかったのだ。


「そんな・・・」


 エルレアの表情は驚愕に満ちている。だがそれは目の前からいなくなったという単純なことにではない。彼女が驚いているのはその方法。式人が目の前から消えた技が彼女を動けなくさせている。


 式人はエルレアの真後ろに立っていた。納刀しながら式人は前へと歩きだす。エルレアから遠ざかるように。エルレアは振り向こうとしたが、その前に軽い金属音が響いた。式人が刀を納刀した音が。


「がっ!?」


 エルレアの腹に走る衝撃。すれ違いざまにやられたのだろう。どこかの骨が折れたような鈍い音が彼女の体から聞こえた。思わず膝をつき式人を睨むが、既に彼は反対側の端に移動している。恐らくはただ距離をとっただけ。今の内にとどめを刺さないのはどうしてだろうか。舐められているのか。ならば何故先程の攻撃は避けなかったのか。そこがエルレアが未だに式人を把握できていない要因だ。


『い、今のは、一体・・・』


『ふむ、あれはただ速く動いただけじゃな』


『え? 速く?』


 実況のミルカが零すとアックスがそれに対して答えを告げる。そう。エルレアの目の前から消えたのは単純に式人が速く動いただけ。ただそんなことができるのはエルレアが知る限りただ一人のみだったのだ。


『彼はただ速く動き、すれ違いざまに峰打ちしただけじゃ。言葉にすれば簡単に聞こえるが、実際にできるのはそう容易いことではない』


『そ、それは、どうしてでしょうか?』


『簡単じゃ。そもそもエルレア君の二つ名はなんじゃった?』


『え、えと『瞬閃』・・・ですよね?』


『そうじゃ。そしてその由来はどんなに素早いものでも必ず斬ることからきておる。一()の剣()、と誰かが言ったのじゃ』


『な、なるほど・・・。そうだったんですか・・・。それではどうしてエルレア選手はシキト選手を攻撃しなかったのですか? 見えていたのなら攻撃できた筈では?』


『それはワシにも――『私が説明しましょうか』――ラナ君?』


『ラナさん?』


『シキト君は私と一緒に王都に来たのでね。少しは分かるつもりだ。ついでに彼の正体も知っているが・・・それはまあいいでしょう』


『いや、そこが一番気になるのですが・・・』


『まずエルレア選手が『瞬閃』と由来されたのはどんなに素早いものでも斬ることができるから。その動体視力はSランク最速と謳われるイーラ選手さえ捉えると言われています』


『そ、そうなんですか』


『ええ。ですがそれは魔法を使わずに素の身体能力のみの話です。魔法込みであれば、シキト君はSランク最速であるイーラ選手にも勝ります』


『え!?』


『嘘ではありませんよ。事実彼はエルレア選手の目の前から消えてみせた。誰もが予想した筈です。エルレア選手の『裂閃』を避けなかったシキト君はそのまま斬られるか抵抗して刀がぶつかり合う筈だ、と』


『ですが、実際は・・・』


『そう。彼は消えた。魔法を使う素振りすら見せずに魔法を発動し、すれ違いざまに峰打ちをして。イーラ選手すら捉える目を振り切って』


『何故、そんなことが・・・』


 それは会場の全員が気になっている疑問。その答えを知っているものは会場に僅か三人。式人とエルレア、そしてラナだけだった。Sランクですら知らない答えをその三人だけが知っている。


『あれは、剣技です。先程まで二人が撃ち合っていた技。それの一つです』


『な!?』


 ミルカの叫びは正に会場を代表したものといえよう。だがそれは事実だ。かつて式人が()()()編み出した剣技。ユキシキ流剣術と名付けられたそれがエルレアの前から消えた答えだった。『速度上昇(スピードアップ)』と合わせて使うことで初めてその真価を発揮する六番目の型。


(((((それはそれとして、なんでそこまで知ってるんだろう?)))))


 観客の心が一つになった瞬間だった。






「今のは・・・ぐっ!? はぁ、はぁ・・・あなたは、一体何者、なんですか・・・?」


「先程も言った筈です。ただの放浪者だ、と。それ以上でもそれ以下でもありません」


「そんな筈がない・・・! ただの放浪者に今のが使えてたまるか・・・! 今のは、我が師となんら遜色ないものだった・・・!」


「・・・・・・」


「答えろ! あなたは、何者だ!」


「・・・何者、か」


 どこか寂しそうな哀しそうな、そんな言葉が似合う雰囲気で式人は空を見上げる。その先にあるのはなんだろうか。それは式人にしか分からない。


 果たして自分は何者なのだろうか。親に見放され、友に見限られ、社会に嘲笑われ、そして世界に見捨てられた自分は何者だろう。ただ何の才能も無かっただけの普通の人間だった筈なのに。



 狂っていると何度も思った。



 変わってくれと何度も望んだ。



 ――助けてくれと何度も願った。



 才能の無い人間が生きていくことが難しい現代の社会というやつが、式人は嫌いだった。人材を求めながらも有能な者のみを求め無能は切り捨てる社会のやり方が嫌いだった。初めから全てできる人間は一握りしかいないということを理解していない国が嫌いだった。常に自分の地位のことしか考えていない政府が嫌いだった。狂気に塗れた日本という国が、大嫌いだった。


 努力しても結果が伴わない自分が嫌いだった。周りに応えられない自分が、大嫌いだった。憎いと、悍ましいと、何度思ったかもう憶えていない。生きていたくないと何度叫んだかもう憶えていない。

 それでも生きてきた。生きてしまった。自殺だけは絶対にしないと誓って、何か一つでも誇れることを探して、天才を育てることを見つけてそして――世界から捨てられた。


 気付いたら荒野に立っていた式人が捨てられたのだと気付くのにそう時間はかからなかった。

 あのとき程絶望したことはなかっただろう。あのとき程誓いを破ろうとしたことはなかっただろう。あのとき程――手を差し伸べられて救われたと思ったことはなかっただろう。


 ただ惰性で生きてきた人間が初めて心の底から『生きたい』と願った。死にたくないという思いだけで生きてきた人間が初めて『生きたい』と願った。それからの未来は手を差し伸べてくれた彼女に恩返しをしながら生きていくつもりだった。けれど現実は優しくなかった。式人は今、ここにいるのだ。


「そう、ですね・・・。敢えて答えるなら、囚われた者。それが一番適切でしょうか」


「何を言って・・・」


「別に理解して欲しい訳じゃないし理解できるとも思っていません。ただ僕は囚われた者であり、そして成し遂げた者でもある。・・・ふふ、昔の僕は今の僕を見たらきっと笑うでしょうね。あまりにも滑稽だと」


 かつては死んでたまるかと誓った。この世界に来てから生きたいと、恩返しがしたいと思った。しかしその思いは果たされず、今は別のことを願った。

 それはかつての誓いとは真逆の願いだ。誰にも言える訳がない。誰にも相談できる筈もない。誰にも本心を明かす訳にはいかない。ただそれだけを願って、願って、願って、ドラゴンの討伐を成し遂げた。成し遂げてしまったのだ。


「この身に残されたほんの僅かな願い。残りは最後の一つ。未だに果たされぬ願い。果たしてあなたはそれができうる可能性があるのか、見極めさせてもらいます。全ては()の願いのために」


「傲慢極まりないですね。私にはそれが何か分かりませんが、あなたを斬ってみせます。何がなんでも届かせてみせます」


「では僕からは一言だけ――やってみせろ」


 そう告げると式人は刀を抜き放ち『空閃』を放つ。既に立ち上がっていたエルレアは難なく避ける。もうエルレアに『空閃』は届かないようで、式人は攻め方を変える。

 式人は一度納刀し構えるがその構えは今までと全く違うものだった。今まではただ抜くだけの構え。つまり横に抜刀するだけのものだった。しかし今は柄を下に向け小尻を上に向けている。そして体勢は右足を前に出して腰を落とし上半身を深く前に傾けている。


「第五の型『龍閃』」


 それは弧を描きながらエルレアへと向かっていく。それは式人のイメージした東洋の龍のような動きでエルレアへと迫る。それをエルレアは難なく避ける、と思いきや彼女のとった行動はなんと迎撃。


「第三の型『裂閃』!」


 エルレアは夜霞を振り上げ、体を大きく反らして振り下ろした。今までの『裂閃』よりも大きい振り幅で繰り出されたそれはかなり大きいサイズの斬撃として『龍閃』と激突する。

 しかし『龍閃』は今までの斬撃と違い、ただ斬るタイプの斬撃ではない。貫通型の斬撃だ。だからこの結果は必然だ。それはエルレアも式人も分かっていた。『裂閃』を食い破るようにして消した『龍閃』が弧を描きながらエルレアへと迫っていく。


「『龍閃』まで使えるなんて・・・本当に何者なんでしょうか・・・。しかし『裂閃』とぶつかったならそのエネルギーは脅威ではありません。今度こそ『裂閃』!」


 立ち止まってもう一度『裂閃』を放つ。今度こそと放たれた『裂閃』は『龍閃』を裂いてから式人まで斬り裂かんとする。


「まだ、まだ足りないな。その程度では俺は斬れない。その程度では俺に届かない。その程度では俺を殺せない」


「なっ!?」


 先程は避けなかったエルレアの『裂閃』を今度は斬り裂いた。何も技を使わずに、だ。一体どうしてと思い式人を見るも、その目には何の感情も籠っていない。ただただ無機質にエルレアを見ている。

 ゾッとした。人が人を見る目ではないと恐怖した。そこで初めてエルレアは自分が震えていることに気が付いた。



 怖い。怖い。怖い。



 ここまで怖いと感じるのは久しぶりかもしれない。人が怖いと感じたのは式人と出会う前に殺される瞬間以来だろう。あれは衝動的なものだったが、今回は明確に殺しにきている。その違いがより恐怖を与える。

 抵抗しても手も足も出ない感覚。あのときと同じだ。力を得た今でもどうやら自分は根本的に変われないらしい。そんな自分が情けなくて、悔しくて、涙が出そうになるが、すんでのところで抑える。


「怖いか?」


「っ!?」


「別に隠さなくていい。それは当然の反応だからだ。手も足も出ずにただ一方的に殺されるということに恐怖するのは至極当然の話だ」


 今までとは明らかに違う口調で式人は言う。


「覚悟が足りなかった訳ではない。実力が足りなかった訳でもない。ただ、恐怖というものに慣れていなかった。それだけの話だ。なまじ強かったばかりに体験することがなかったのだろうね。強過ぎるのも考えものだね」


「・・・・・・」


「あなたは、守るべきものというものがありますか?」


「・・・は?」


「別に何でもいい。守りたいものでもいい。そう思えるものがあなたにはありますか?」


「・・・ええ。ありますよ。私は仲間を、友人を、そして我が師を守りたい」


「それが例え、あなたより強い存在だとしても?」


「その通りです。どんなに強くとも決して無敵ではない。私はそこを守りたい」


「何故、守りたい?」


「・・・大切、だから。私は、仲間を、友人を、我が師を大切に思っているから。だから守りたいのです。守りたいと思えるのです」


「・・・そうですか。いい答えだ。あなたはきっとこれからも強くなる。この先数年であなたの言う師を越すでしょう」


「何故あなたがそれを分かるのですか。あなたは我が師を知らない筈です。何故そんなことを言える」


「何故? 簡単です。あなたの師には大切なものが存在していないから」


「・・・・・・・・・は?」


 何を言っているのか分からない。分かりたくない。何故そんなことを知っているのだ。何故そんなことが言えるのだ。それでは私達は大切だと思われてないみたいではないか。


「人は守るべきものがあると強くなるといいます。では守りたいものがない人間はどうすればいいのでしょう。これ以上強くなれないのか? あなたはどう思います?」


「・・・それ、は」


「まあ、分かりませんよね。そんな人間中々いませんから。守りたいものが存在しない人間は、恐らく孤独な人間だ。周りを憎んで、国を憎んで、世界を憎んでいる。そんな人間でしょう」


 嫌な予感がする。何故そんなことを語るのか。


「周りから見ればその人間はどう映っているのでしょうか。孤独だと思われてる? 寂しいと思われてる? 哀れだと思われてる? いいえ違います。周りにとって大切なものがいない存在は『悪』だ」


 心臓の鼓動が大きくなるのが分かる。これ以上は聞きたくない。その筈なのに、耳を塞ぐことができない。


「では、その人間が強くなろうとして、守りたいものがないというとき、どうすると思いますか? ・・・・・・答えは、敵を憎むんです」


「・・・・・・」


「どうせ自分は一人なのだから、それならいっそ『悪』のまま、立ちはだかる敵を憎んでやろう。どうしても敵を倒したい。そのために強くなりたい。だから誰かを憎まなければ生きていけない」


「・・・もう、やめて」


「周りから『悪』だと断じられた人間は憎むことで強くなる。守りたいのではない。倒したいから強くなるんだ。あらゆる手を使って、自分の体すら考慮せず、敵を屠る。何故なら大切なものなど存在しないから。敵を憎むことでしか強くなれないから。自分すら大切ではないから」


「やめて下さい・・・」


「それが、大切なものなど存在しない人間の生き様だ。何故なら『悪』なのだから」


「やめて下さい!」


 叫ばずにはいられなかった。それほどまでに聞きたくなかった。それでは師は、周りから『悪』だと切り捨てられた存在だと言うのか。嘘だと思いたい。戯言だと叫びたい。妄言だと切り捨てたい。でも、否定できないのだ。大切だと思われていなかったのかと聞かれたら、否定できる自信がないのだ。何故ならエルレアは、エルレア達は大切な存在だと一度も言われたことがないから。


「・・・なんで、なんでそんなことが、あなたに言えるんですか・・・?」


「まだ、分からないのですか? いや、分かりたくない、が正しいですね。現実から目を逸らし、認めたくないことから目を背ける。実に人間らしいですよ」


「あなたは、何なんですか? 何を、言っているんですか?」


「何度も言っているでしょう。ただの放浪者だと。話は終わりです。決着をつけましょうか。といっても、もう僕は先程の『裂閃』で血を流しすぎてましてね。これが最後の一撃ですよ」


「・・・・・・一つ聞きたいことがあります」


「何でしょう」


「何故、先程私の『裂閃』を避けなかったのですか。あなたなら簡単に避けられた筈です」


 式人は一度空を見上げてから真っ直ぐにエルレアを見詰める。その目には先程までの無機質な様子はない。寧ろ微笑んでいるようにも見える。


「僕はあることを自分に課していましてね。それを実行したに過ぎませんよ」


「あること・・・?」


「試合中に一度は攻撃を受けるという制約みたいなものですよ。要はただの自己満足です」


 自己満足がどういう意味を表しているのかはエルレアには分からない。恐らく話されても分からないだろう。理解もできないだろう。けれど、それが良いことではないことは分かった。


「では、もし勝ち進んだ場合も・・・?」


「ええ。一度は受けるつもりです。例えそれで死のうとも止めるつもりはありません。これはただの自己満足なのだから」


 何も言えない。エルレアは式人にかける言葉が見つからないのだ。エルレアには分からない。式人が何を考えているのか。その理想も、その思想も破綻していることが分からない。


「もう充分でしょう。もう満足したでしょう。だから、もう終わらせよう。構えろ。これで最後だ」


「・・・・・・」


 式人が構えるのに合わせてエルレアも無言で構える。二人は同じ構えをとる。恐らく二人が繰り出すのは同じ技。会場も静まりかえり、何も物音が存在しない空間になる。空間が震えるような殺気が二人から迸る。


 二人は同時に駆け出し、そして丁度舞台の中央ですれ違い立ち位置が入れ替わる形になる。お互いに背中を見せあっている中で納刀した金属音が()()から聞こえてきた。


「「ぐっ!?」」


 くぐもった悲鳴が()()から聞こえ、血飛沫が式人から吹き出す。丁度腹を真横に斬られた形だ。


『シキト!』


 ミーナが解説から悲鳴を上げるのが聞こえる。けれどその声は式人には届いていない。長々と語っていながら、式人は既に限界だったのだ。膝をつく式人。刀を支えに倒れるのだけは抑える。これで勝者は――


「俺の勝ちだ。あなたは俺に一手及ばなかった。次こそは俺を殺してくれ」


 式人だった。式人の背後、エルレアが立っていた位置には倒れ伏しているエルレアがいた。


『試合終了〜〜! 勝者はオダ・シキト!』


『『『『う、ウオオォォォォォォォォ‼‼‼』』』』


『よかった・・・』


『いや、そもそも舞台の上では死んでもなかったことになるから心配はいらないよ』


『あ・・・』


 ラナに言われて思い出したミーナは忽ち赤面する。ニヤニヤと笑う実況と解説の三人。あたふたと慌てるミーナ。そしてとうとう顔を覆ってしまった。三人はニヤニヤしながらミーナを見ていた。


 そんなことを背景に式人は立ち上がり舞台から降りる。結界の外に出たことで傷が全て消え、倦怠感も治まった。式人はその足で専用席へと戻っていった。エルレアへ何も声をかけずに、ただただ無機質な目で前を見据えて歩いていく。どこまでも、どこまでも、知人に対して斬るどころか魔法さえ使えない己に失望だけして。


「弱いな、俺は。いつまで経っても弱いままだ。俺はいつになったらお前に追いつけるんだろうな。なあ、――――。・・・・・・まあ『無能』の俺には無理か」


 溜息混じりに呟いた名前が空気に溶けて消える。いつまでも忘れられぬ彼女の名を、彼女の姿を、その脳裏に映して式人は歩いていった。






 舞台に取り残されたエルレアは、一人泣いていた。悔しくて、悲しくて、何より、自分が情けなくて泣いていた。結局最後の最後まで式人はエルレアを斬らなかった。


 何故負けたのかは分かっている。式人の憎しみがエルレアの想いを凌駕したからだ。式人が誰を憎んでいたのかは分からない。ただ、憎しみだけでドラゴンを倒す程式人は強かった。それだけだ。


「強く、なりたいです・・・師匠。・・・お父さん」


 舞台を修復するために結界が一度解除されたお陰でエルレアの傷はもう消えているが、心に残った傷だけは消えてはくれなかった。取り敢えず次の試合の邪魔になるからと舞台を降りたところでエルレアは呼び止められた。


「待ちなさいエルレア」


「・・・クーリア?」


「あなた、何に気付いたの?」


「え?」


「途中からあなたの動きが普通じゃなかったわよ。何か気付いたことがあるんじゃないの?」


「敵わないですね。・・・その、確信はないのですが・・・シキトさんは、もしかしたら――」


『次の試合は本来第一試合と第二試合の勝者が戦う予定でしたが、第二試合のリラ選手とスピカ選手が引き分けになったので、第一試合と第三試合の勝者で試合を行いたいと思います。クーリア選手とイーラ選手は舞台に上がって下さい』


「・・・また後で聞くわ。ちゃんと教えてね」


「・・・はい」


 舞台へ登るクーリアをしばらく見詰めてから専用席へとエルレアも戻っていった。






「良かったのですか?」


「何がかしら」


「シキトさんとやらに声をかけなくて」


「・・・いいのよ。私達は彼を知らない。正体も知らない。エルレアは気付いたみたいだけど聞きそびれたしね。だから後で聞くわ」


「後で、ですか」


「そうね。この試合が終わった後にでも自分で聞きにいくのもいいわね」


 不敵な笑みでクーリアは告げる。それに対するは静かな闘志を燃やすイーラ。宣戦布告を告げられたイーラは表情には出さず、ただ殺気のみで答える。


『え〜、両者よろしいですね? それでは二回戦第一試合開始!』


 二回戦目が始まった。だがその結果は誰も予想しなかった・・・いや、Sランクのみが予想した結果で終結した。

次からは短く切って投稿しようかなと思います。あと話のタイトルもネタバレ?になるので普通に戻します。


後はどうでもいいことですが、Twitterを始めました。マイページにも書きましたが、ほぼ更新宣言で後はどうでもいいことばっかり呟いていますのでフォローはご自由にどうぞ。


次は短いと思います。


追記:今回主人公の口調が変ですが、完全に作者の趣味です。自分だったらこう話すだろうなーという感じで書いているので、主人公が変なのではなく作者が変なのです。そこはご了承ください。

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