『聖女』vs『召喚者』
遅くなりました。
試合開始と同時に駆けだしたのは『聖女』、リンティアだった。見た目からは想像もできないだろう速度でルークに迫っていく。そして、彼女は自らの武器であるメイスを掲げルークに叩きつけた。
「おわぁ! 危なっ!」
ルークは悲鳴をあげてリンティアのメイスを避ける。そしてメイスが叩きつけられて大きく陥没した舞台を見てゾッとした。あんなのが当たったらひとたまりもないと。急いでリンティアから距離を取ると、リンティアが追ってきていないことを確認してほっと一息つく。
「まったく。やってらんないよ。これ絶対に勝ち目ないよね」
クジで決まったとはいえ、正直一番相手にしたくないのがリンティアだった。できることなら棄権したいくらいだ。だがそれを彼女は許さないだろう。もしそんなことをしたら後で何をされるか分かったもんではない。
「まあ、決まったもんは仕方ないし、真面目にやりますか」
やりたくないけど。と付け加えてルークは魔法の準備をする。だがそれを大人しく見守る程優しい人間はSランクにはいない。召喚するつもりだと悟ったリンティアは即座に距離をつめる。
「やっぱりそう来るよね」
困り顔で笑うルークは召喚を取り消して、更にリンティアから距離をとる。だが今度の攻撃ではリンティアは追いかけてきた。
基本的に魔法使いは距離を詰められたら負ける。これは規則でも不文律でもなく、そういう風にできてしまっている。その最たる例が召喚魔法の使い手だ。召喚魔法は言わば呼びかけだ。こちらの世界とは異なる世界の住人へ呼びかける行為だ。呼び出す者はランダム――ではない。それぞれ一体一体にあった言葉で声に出して呼びかける必要がある。つまりどういうことか。無詠唱ができないのだ。詠唱を短くすることはできる。が、無詠唱は絶対にできないのだ。仮に詠唱を短くしたとしても、完全に詠唱をしたときに比べれば格段に召喚獣の質が下がる。それでは絶対にリンティアには勝てない。故にリンティアが距離を詰めてきてる時点でルークに勝ち目はない。
「これはちょっと辛いな」
最初のリンティアの攻撃こそ大袈裟に避けたが、今では下がりながら紙一重で避けている。リンティアがメイスを振るうのが若干大振りなのが幸いして避けられている状態だが。
魔法使いは基本的に接近された際の自衛方法というものを持っている。クーリアであれば杖術。リラであれば風の領域。スピカであれば重力領域。式人であれば刀といった具合に。だがルークはそれらの自衛手段というものを持っていない。ならばどうするか。ルークが現状を打破する方法は二つ。リンティアの動きを止めてから詠唱するか、もしくはリンティアの攻撃を避けながら詠唱するか、だ。果たしてルークが選んだのは――
「――我は汝と契約せし者」
後者、だった。避けながら詠唱する。当然そんなものさせまいとリンティアはメイスを叩きつける。だがルークはもうリンティアの攻撃を見切った。何の支援もない攻撃など当たる筈もない。
「――契約に従い我の呼びかけに答えよ」
それは呼びかけ。魔物であろうと聖獣であろうと、契約してしまえば彼に呼び出せないものはいない。
「――我が望むは原初の火。全てを焼き尽くす聖なる焔」
ルークの体から魔力が吹き出し、足下に大きな魔法陣が浮かび上がる。その魔力の量にリンティアは足を止めざるを得なかった。
「――我が道は汝の焔。汝の力は我が力」
ルークから吹き出す魔力が足下の魔法陣に吸い込まれていく。段々と形作られ魔法陣から出てこんとするそれは、まるで大きな獅子のようにも見える。
「――降臨せよ。聖獣『白獅子』!」
完全に詠唱したことで魔法陣から出てきたものは、2メートル程の体躯をもつ白い獅子だった。
『で、出ました! ルーク選手の召喚獣、聖獣『白獅子』です!』
『ほほぅ。これが聖獣か。とんでもない威圧じゃの』
『ねえラナさん』
『ん? ああ、ミーナは知らないか。そうだね・・・聖獣『白獅子』。あれは穢れを知らぬ聖なる獣だ。あらゆる災厄を焼き払う白炎を操ると言われている、正に聖なる焔。いきなり呼び出すとは彼も本気だということか・・・』
『そんなに強いの?』
『強い。強いんだが、それが彼女に通じるかどうか・・・』
『え?』
ラナの言葉はミーナには直ぐに理解できなかった。いや、ミーナだけではない。ラナの言葉を聞いていた者全員が理解していなかった。当然だ。ラナが言ってるのはリンティアは聖獣に匹敵する実力を持っているということだ。そしてそれが本当なら先程までは明らかに手を抜いていたということになってしまう。だがその言葉の意味は直ぐに分かった。否、嫌でも理解せざるを得なかった。
「白獅子ですか」
「やっぱり一番長い付き合いのこいつがやりやすいかなって。でもリンさんには通じないんですよね・・・」
『主よ。我もあの娘と戦いたくないのだが』
「だよね。僕もリンさんとやりたくないんだけど」
「許しませんよ。ちゃんと戦ってください」
「ですよね」
『あれで『聖女』と呼ばれてるのは嘘であろう』
「嘘じゃないからこんなに厄介なんでしょ」
『それもそうであるな』
「話は終わりましたか? ここから先は本気です。ルークも本気でやりなさい。もちろん白獅子もです」
「『はい・・・』」
リンティアにまるで子供のように諭されている様子はとても戦闘中とは思えない光景だが、恐ろしいのはリンティアが聖獣相手に本気を出せと言っていること。普通の人間ならそもそも相対した時点で気を失うか、とっくに降参しているというのに。
「今度はそちらから来なさい、ルーク」
「ええい、分かりましたよ! 行くぞ白獅子!」
『しょうがあるまい』
お前から攻めろと言うリンティアにルークと白獅子は同時に突撃する。ルークは懐から黒い筒状のものにグリップのようなものが付いた何かを取り出し、白獅子は白炎を纏ってリンティアに迫っていく。
「では私も。『身体能力上昇』、『速度上昇』」
リンティアは自身に支援魔法をかけてまずは白獅子を迎え撃つ。白炎を纏った白獅子は爪でリンティアをなぎ払おうとするが、リンティアはそれを軽々しく避ける。避けられた白獅子は今度は噛み付こうとするが、それはリンティアに跳んで避けられる。
「何度も言っているでしょう。白炎を纏うのであればそれ相応の攻撃をしなさいと」
『がふっ!?』
跳んで避けたリンティアは空中で回転し、そのまま白獅子の頭にかかと落としを決めた。『身体能力上昇』の魔法がかかっているリンティアには最早武器すら必要ない。メイスは先程までいた場所に突き刺さっている。
悲鳴をあげて地面に叩きつけられた白獅子は顔をあげてリンティアを睨みつける。だが決して諦める訳にもいかず、次はリンティアの周りを高速で駆け出し始めた。白獅子が回ることでできあがるのは超高熱の白炎の牢獄。リンティアをその場から動かさないように白獅子は足止めに徹底しようというのだ。が、リンティアはそれを軽く超えてみせる。といっても何も特別なことはしない。ただ目の前の空間を殴りつけただけだ。
『ギャン!?』
リンティアが空間を殴りつけたことで衝撃波が発生し、白炎は消し飛び白獅子は弾き飛ばされた。ルークの元まで転がってきた白獅子を見て己の不甲斐なさにルークは嫌悪する。自らが召喚した召喚獣で足止めをしなければ攻撃できない自分に腹が立つのだ。よろよろと立ち上がる白獅子を見て尚更ムカつく。
悠長に準備している自分は一体なんなんだ? 何故何もしていない? 何故だ? 何故、何故僕はここに立っている? 何のために白獅子を犠牲にしている? 何故? ・・・・・・僕は、勝ちたいのか? 勝てないと知っているのにも関わらず?
「何を迷っているのですか?」
リンティアから声がかけられる。一見穏やかなその声には多分に冷徹さを内包している。
「迷うのであれば戦いなさい。勝つために戦いなさい。あなたの召喚獣のためにでもいい。戦いなさい。戦って、勝てないというのであれば、この私に一矢報いてみなさい。それがあなたの義務です。それがSランク冒険者としてそこに立っているあなたの為すべきことです。それが、召喚獣の契約主であなたの、すべきことです」
――そうだ。勝てなくてもいい。戦って、あの人に一矢報いて・・・
『それは許さぬぞ、我が主』
「し、白獅子! 大丈夫なのか!?」
『これが大丈夫に見えるならお主は相当めでたい頭をしておる』
「だ、だけど・・・」
『戦うならば勝つつもりでやれ。勝てなくてもいい戦いなどただの甘えだ。そんなものは我が許さぬ。確かにあの娘は異常な身体能力をしておるが、お主のそれが当たれば確実に勝てるであろうよ』
ハッとしてルークは己が持つ武器を見つめる。確かに当たれば勝てるかもしれない。そう思わせる程の威力をこの武器は持っている。だが――
『何を考えているか当ててやろう。外すのが怖いのだろう? 正確には避けられた後が怖い、か?』
その通りだ。そもそも仲間であるリンティアも知っているその武器は、リンティアには当たらない。避ける方法を知っているからだ。
『まだ起きてもいないことを心配してどうするのだ。そうなる可能性も確かにあるが、お主は当てるしか勝ち目がないのだ。そのためならば他の召喚獣を使い潰そうと誰も文句は言わん。そもそも我ら召喚獣は言うなればお主の道具だ。好きに使うがよい』
「そう、だね。ありがとう白獅子」
『ふん。なんとも世話が焼ける主よ。もとより我ら召喚獣はお主と契約を果たしたのだ。契約の条件は違えど、皆お主に忠誠を誓って契約を交わした。今更お主が負けようと尻込みしようと大して文句を言うやつはおらぬ。だからお主は自分の役目というものを果たしてくれ』
「・・・ああ!」
「・・・確かにそれが当たれば私は戦闘不能に近しい状態に陥るでしょう。まあ当たれば、の話ですが」
リンティアの言う通り、そもそもルークが今手に持っている武器は当たらなければ意味がないのだ。だからこそ白獅子は召喚獣を囮にして当てろと言っている。
――そこまで言われたら勝てなくてもいいなんて言えないな。
「覚悟が、決まった目をしていますね。ルーク、今のあなたはリーダーと同じ表情をしていますよ」
「え?」
「あの人と同じ、困った顔をしながらも何かを決意した表情を今のあなたはしています」
そう言ったリンティアの表情は穏やかながらもどこか寂しそうにルークには見えた。まるで、もういない人を思っているような、そんな感じの微笑みを浮かべてリンティアは立っていた。
「いえ、今は試合中です。来なさいルーク。あなたの召喚獣、あなたの武器、あなたの全てをもって私にかかってきなさい。そしてあなたの言う勝利をその手に掴んでみせなさい」
それは鼓舞だ。普段は仲間である者に武器を向けられない者に武器を持たせるための、自らを悪としてお前の目の前にいるのは敵だと思わせるための、お前が戦う大義名分として十分だとリンティアはルークに向けて言っているのだ。
そこまで敵に言われて挑まなければ自分はもう自分すら認められなくなってしまう。いつだって自分は挑む側にしか立てない。それでも今だけはやらなければならない。
「白獅子」
『応よ!』
「――我は汝と契約せし者」
白獅子は駆け出しルークは召喚するために詠唱を始める。白炎を再び纏った白獅子はリンティアに真っ向から体当たりで突っ込んでいく。ただの体当たりなれど白炎を纏った白獅子のそれは、本来なら触れたもの全てを消し炭にする程のものなのだ。それを全て素手で捌くリンティアが異常と言える。それこそが彼女が『聖女』と呼ばれる所以。
『聖女』とは『魔女』と対をなす称号だ。『魔女』が世界最高峰の攻撃魔法の使い手ならば、『聖女』は世界最高峰の支援魔法の使い手だ。味方に能力上昇系の魔法を使い、相手には能力下降系の魔法をかけ、仲間が怪我をしようとも即座に回復する。それが『聖女』の役割だ。
だがリンティアは違う。否、違くはない。『聖女』として求められる能力は十分リンティアはこなしている。では何が普通の『聖女』と異なるのか。彼女は自分で戦闘ができてしまうということだ。仲間にかける支援魔法を己にかけることで一人で戦闘しながら回復をする、言わば不死身の特攻ができてしまうのだ。
リンティアに傷は残せない。
――ついた傷から回復していくから。
リンティアに攻撃は届かない。
――自らの速度を上げることで全てを避けるから。
リンティアの攻撃は防げない。
――支援魔法により防御が脆くなるから。
リンティアに仲間は、いらない。
――全てを一人でこなせてしまうから。
そんなリンティアが仲間といる理由。それは孤高だと言われてるリーダーを支えたかったから。一人ぼっちの青年の力になりたかったから。リンティアの願いはただそれだけだった。彼にできないことを自分が代わりにできるようになったのに。やっと自分の望みというものを見つけたのに。彼は・・・いなくなってしまった。
どうすればよかったのだろう。あのとき彼は何を言っていたんだろう。彼は何のためにドラゴンを倒したんだろう。命をかけてまで誰もなしえなかったことを、どうして彼はやり遂げたんだろう。・・・どうして私達は守られてばかりなんだろう。あの人の力になりたかった筈なのに。――ただあの人と、一緒にいたかっただけなのに・・・。
「――契約に従い我の呼びかけに答えよ」
素手で白獅子を捌きながら必死な顔をして召喚しようとしているルークを見て、どうしてもリーダーのことを思い出さずにはいられないのだ。のんびりしながらもどこか陰のある彼を、何かを思いつめながらも誰にも相談しようとしなかった彼を、一度だって弱音どころか本音すら零さなかった彼を、リンティアは忘れられないのだ。
それが隙となったのだろう。白獅子は一瞬だけリンティアの視線が下を向いた瞬間に白炎を解除した。その意図にリンティアは即座に気付いたが遅かった。
「しまっ!?」
『グオオォォォォォォオオ!!』
――咆哮。そして迸る白い閃光。それと同時に右手に走る激痛。全てを焼き尽くす白炎がリンティアの右手を奪っていった。
「い、ぎ、あああああああああ!!」
『白炎の咆哮』と呼ばれる白獅子の技だ。全身を纏う白炎を口内で圧縮して吐き出すというものだ。まるで白い閃光のようだと見た人は言う。いくらリンティアが『聖女』の称号を得ていようとも、欠損してしまえば回復するのにそれなりに時間がかかる。
「――我が望むは数多の幻想。全てを惑わす悪辣なる虚像」
片腕を失っている今が好機と言わんばかりに白獅子はリンティアに攻め立てる。リンティアも回復に専念したいのか白獅子の攻撃を先程よりも大きく避けている。奇しくも試合開始直後とは真逆の構図になった。
本来なら白獅子の白炎に焼かれたものは、それが物であろうと人体であろうと、なんであろうと回復しない。だがそれを覆すのが『聖女』という存在であり、リンティアという少女だった。それは最早回復とは呼べない。回帰――或いは、再生――そう呼ぶべき現象だ。
「――我が道は汝の虚。汝の力は我が力」
白獅子がリンティアに追い縋り、回復しながらもそれを避け隙を見てはルークに近づこうとするリンティア。未だに『身体能力上昇』と『速度上昇』がかかっているからこそできる動きだ。上昇系の魔法は一度かければ時間が経過するまで効果が継続する利点がある。だからリンティアは白獅子から逃げ続けることができている。白獅子が時間稼ぎに徹しているということも作用しているため、リンティアにはそれがありがたかった。
「――降臨せよ。幻獣『蒼天馬』!」
だがそこでとうとうルークの召喚が完了した。ルークの目の前に立つそれは神々しいまでの蒼い毛並みをした天馬だった。
『おおっと!? 今度は幻獣『蒼天馬』です!』
『聖獣の次は幻獣ときたか』
『しかも白獅子を召喚した後だというのに・・・』
『普通は召喚できないの?』
『ああ、普通は二体同時に召喚なんてできない。理由としては、まあ、単純に魔力が足りないからだ。聖獣クラスの召喚獣を召喚するにはそれなりに魔力が必要だ。恐らく平均的な魔法使いの保有する魔力の倍は軽く魔力をもっていかれるだろう。幻獣である蒼天馬も相当な魔力が必要だろうね』
『幻獣と聖獣って何が違うの?』
『そうだね、簡単に言えば存在が明確かどうかだね。聖獣は世界に一体しかいないが確かに存在しているといわれている。過去に聖獣を召喚獣にした召喚魔法の使い手もいたからね。でも幻獣は違う。あれは存在すら不明瞭な存在だ。つまり、幻獣とは御伽噺の中でしか登場しないような存在なんだよ。遥か昔に確認はされたという記録だけが残っている存在。それが幻獣だ』
遥かな過去に存在したという記録が残っているが今ではもう確認すらできなくなった存在。それが幻獣。だが何よりも恐ろしいのは――
『どこでそんなものを見つけて契約なんて交わしたんだろうね。それが恐ろしくてしょうがないよ』
それを見つけたルークだ。それが理解できる者は全員がルークに恐怖を抱かずにはいられなかった。
『じゃあ、あの蒼天馬っていうのはどんなものなの?』
『あ、ああ、白獅子があらゆる災厄を焼き払う白炎を操るとしたら、蒼天馬はあらゆる存在を幻覚で惑わすといわれている。そしてその幻覚は本物にも迫り、実際に質量をもつという。それがどれくらい強力なのかは実際に見てみれば分かるかもしれないね』
ラナの解説が何気に大いに助かっているミーナと実況のミルカ、そして周りの観戦している冒険者は幻覚を見破ろうと注意深く凝望する。それが逆に陥りやすいとは知らずに。
「蒼天馬、あれをくれ」
『心得ました』
ルークの要望に応えて蒼天馬はあるものを幻覚により創り出す。蒼天馬の創り出したそれを自らの手に持つ武器に装填したルークは二体の召喚獣に命令する。即ち――
「白獅子、蒼天馬、リンさんの動きを完全に止めろ」
『『承知!!』』
完全なる足止めを。白炎を纏い白獅子は再び牢獄を作り、己の分身を作り蒼天馬はリンティアを牢獄の外から取り囲む。囲まれ片腕を失っているリンティアに抵抗する術はない。蒼天馬は己の分身の一体をルークの元に向かわせる。
白炎の牢獄は徐々に狭くなり、蒼天馬もいつでも駆けだせるようにリンティアを見張る。そして蒼天馬の分身に乗って空を駆けてきたルークは己の手にある武器をリンティアに向け狙いを定める。その手にあるはかつて式人に自衛の方法として聞き、共同で作りあげた遠距離武器。
――拳銃。
本物ではないが、それは紛れもなく拳銃だった。式人が現代兵器をこちらの技術で作れないか試した結果できた世界にただ一つの拳銃である。
この拳銃は魔力を大量に必要とする。実包に仕込んである火薬代わりの魔石に魔力を込めなければならないからだ。その魔石は撃針によって叩かれた雷管が発火して爆発することで弾丸を排出する役目をもっている。
先程蒼天馬が作り出したのはこの実包の先端、つまり弾丸だ。この実包は普通の火薬よりも威力が高い魔石が爆発することで高い破壊力をもっている。そしてそれが今リンティアに向けられている。
そして引き金が――引かれた。直後に響くは雷音にも似た音。それから出た弾丸は確実にリンティアの体を穿ち戦闘不能にする――筈だった。
だがそこにリンティアは――いなかった。
――有り得ない。そんな筈はない。確かにさっきまで目の前にいた筈だ。なら何故いない!? どこに行った!?
「――なんて考えていませんか?」
「なっ!?」
後ろからそんな声が聞こえた。けれどルークはそれを確認することはできなかった。直後に響く轟音。それはルークと彼が乗っていた蒼天馬の分身が地面に叩きつけられた音。実況も解説も周りの観戦している冒険者も、白獅子も蒼天馬も動きを止めた。
静かにルークに歩み寄るリンティア。叩きつけられた衝撃で脳震盪を起こしたのだろうか、霞む視界をなんとか定めルークはリンティアを見上げる。ルークの目の前で一度立ち止まるリンティア。その右手には魔法を使ってから舞台に突き刺した筈のメイスが握られている。
主の危機に白獅子と蒼天馬が寄って来ようとするが何故か脚が動かない。いや、動いてはいる。だが遅いのだ。まるで自分達だけ時間が遅くなっているみたいに。『時間遅延』ではない。ただそれに近いレベルで効力を発揮する程の『聖女』の支援魔法。『速度下降』だ。
「な、なん、で・・・?」
「なんで後ろにいたのか、ですか? 簡単です。転移を使いました。忘れたのですか? 私が転移を使えることを」
「で、でも、それじゃあ、詠唱は・・・?」
「私が一度でも転移するときに詠唱するのを聞いたことがありますか?」
「あ・・・」
「なんて、冗談ですよ。いくらなんでも転移を無詠唱で発動するなんてこと私にはできませんよ。でも、ご存知でしょう? 詠唱などしなくても魔法が発動するものの存在を」
「ま、さか」
「そのまさかです。このメイスは魔法具ですよ。まあ、確かに片腕を失くした上にあそこまで追い詰められては簡単に転移なんてできませんでしたが、それはルークが白獅子と蒼天馬に完全な足止めを命じたことで事なきを得ました。いくら魔法具を使おうと動きながらでは転移なんてできませんからね」
まさか追い詰めることで逆転の一手を打たせてしまうとはルークも思っていなかった。
「ここまで言えば何のために私が白獅子から逃げていたか分かりますね?」
「僕を、メイスに、近づかせる、ため・・・」
「ええ、そしてこのメイスであなたを叩き落とすためです」
――完全にやられた。
――これは覆しようのない敗北だ。
――だからこそこれは真価を発揮する!
そこで初めてリンティアはルークが微かに笑っていることに気が付いた。その意味を問おうとしたとき、
パキン
と音を立てて、世界が――割れた。
気付けばそこは先程リンティアがメイスによる転移を使う前、つまりルークに拳銃を突きつけられている状況だった。周りには白獅子の白炎の牢獄と蒼天馬の分身もいる。
「これは・・・」
「ええ、蒼天馬の幻覚ですよ」
「これ程の規模で幻覚を見せるとは・・・」
驚くのも仕方のないことだ。何せリンティアが蒼天馬と対峙したのは今日が初めてのことだったから。驚いているのはリンティアだけではない。実況も解説も観戦している冒険者も、更にはSランク冒険者でさえ今の幻覚を幻覚と認識できていなかった。あの式人ですら幻覚を見破れなかったのだ。
「さあ、今度は転移なんてさせません。これで終わりです。白獅子! 蒼天馬!」
『『承知!!』』
白獅子と蒼天馬はリンティアの動きを今度は止めないように足止めをする。白炎の牢獄を作りながら蒼天馬の分身が襲いかかることで動きを止めないようにしたのだ。
「流石ですよルーク。ええ、ええ、本当に強くなりましたね」
リンティアの方が年下であるのだが、そんなことを感じさせない話し方をするリンティア。
――違和感。何かがおかしい。普通だったらもう少し慌てる筈だ。なのに、その余裕はなんだ・・・?
「ええ、本当に・・・惜しかったですよ」
「・・・は?」
その声は後ろから聞こえてきた。
――バカな! そんな筈は・・・!
声に出して叫びたかった。実際に叫ぼうともした。けれどそれは声になる前に、ルークは先程と同じように蒼天馬の分身とともに舞台に叩きつけられた。まるでそれは幻覚をもう一度再現したかのようだった。白獅子と蒼天馬が駆け寄ろうとして、脚がほとんど動かないのも幻覚と同じだ。さっきと違う点はただ一つ。彼女の右手にメイスは握られていないということだ。
『こ、これは一体どういうことでしょうか!? 我々は何を見ているのでしょう!?』
『ここまで彼女の支援魔法が強力じゃとはの』
『え? え? 何が起きてるの?』
『・・・まさか、見破ったというのか!? 幻獣が見せる幻覚をただの支援魔法で!』
ラナですらも今度こそ声を荒げずにはいられなかった。幻獣とは聖獣に並ぶ、全ての生物の頂点に位置する存在。その幻獣の幻覚を破ったとなれば、寧ろ騒がないことの方が不可能なのだ。
「な、なんで・・・?」
「今度はどれについてでしょうか。あなたが倒れてることですか? 私がここに立っていることですか? それとも幻覚が効かなかったことですか?」
それは全て同じ意味だ。リンティアが幻覚を破ったから目の前に立っており、ルークは地に伏しているのだ。
「私は『聖女』です。この意味が分かりますね?」
その言葉だけでルークはリンティアが立っている理由を悟った。全てが無意味だったということも。
リンティアは『聖女』だ。『聖女』は仲間の状態を常に管理する必要があり、ときには癒す必要がある。そんなリンティアが自分の状態に気付かない筈がないだろう。リンティアは幻覚を見せられていることに気付いていたのだ。
「幻覚を解除した瞬間あなたは最も警戒すべきことを怠ったのです。私が詠唱して転移するという可能性をあなたは警戒しなかった。それがあなたの敗因です」
要はリンティアは幻覚だということに気づきながらも敢えて自ら解除せずルークに解除させることで、意識をメイスとリンティアの動きに集中させた。詠唱していることを悟られずに詠唱するために。そして幻覚で見せられた通りに背後から奇襲するために。
「は、はは、まっ、たく・・・僕は、弱い、なぁ」
ルークの眦から零れ落ちる涙。白獅子の白炎も蒼天馬の分身も全てが消えた今、その涙を拭えるものはいない。白獅子も蒼天馬も今直ぐにでも駆け寄りたいのにリンティアの魔法でゆっくりとしか動けない。
リンティアはそんなルークに背を向ける。正直隙だらけだが今は到底撃とうなんて気にはなれなかった。寧ろ背を向けてくれたことに感謝すらしている。
「あなたの、負けです。ルーク」
「・・・ええ、僕の、負け、です」
簡潔に淡々と述べる。リンティアはルークに何も声をかけない。ただ背中を見せるだけだ。
決着がついた。誰もが固まっている中、リンティアだけが実況を睨みつける。その視線にようやく気付いたミルカが終了の合図をかける。
「し、試合終了〜! 勝者はリンティア・ナクディス!」
『『『『ウオオォォォォォォォォ‼‼‼』』』』
そこでようやくリンティアの魔法が解けたことで動けるようになった白獅子と蒼天馬がルークの元に駆け寄る。
「ああ、ごめんな、二人とも」
『謝らずともよい。あの娘の方が一枚上手だった。それだけだ』
『その通りですよ我が主。この敗北を次に繋げてくれれば我ら召喚獣は大いに満足でございます』
「ああ、そうだね。ありがとう」
白獅子に支えられてルークは立ち上がり舞台の外に出る。結界の外に出れば先程までのダメージは全て消える。そのお陰で楽になったルークは未だに存在している白獅子と蒼天馬に礼を告げる。
「召喚に応じてくれてありがとう。僕が不甲斐ないばかりに負けちゃったけど助かったよ。今日は本当にありがとう」
『何を言うかと思えばそんなことか。阿呆め』
「え?」
『そうですね。白獅子に同意です。不甲斐ないのは我らの方です。主は召喚する者であり、戦う者ではありません。だからこその『召喚者』。決してあなたは『召喚士』ではないのです。今回勝てなかったのは我ら召喚獣の力不足が原因なのです。だから謝るべきは我らの方なのですよ。申し訳ございませんでした』
『その通りだ。すまなかった我が主。そして我ら召喚獣、二度と負けぬと今ここで誓おう』
「や、やめてくれ、二人とも。なんでお前達が謝るんだよ。・・・僕の力不足だ。僕がもっと沢山召喚できるようにならなかったから」
『ふ、それでは堂々巡りになってしまうぞ』
『そうですね。ここはともに強くなっていくということでいきましょう。早く移動しないと次の試合が始まってしまいますよ』
「そうだね。早く移動しようか。よっ、と」
話が終わりルークは白獅子の上に乗り、Sランクの専用席へと向かう。
『あ、主? わ、私の上に乗ってもいいのですよ?』
「へ? ああ、なんだか癖でつい白獅子の上に乗っちゃうんだ。だから蒼天馬はまた今度乗らせてもらうよ」
『そ、そうですか・・・』
『がっはっは! 主も罪な奴よな』
「え? な、なんで?」
『それは自分で考えるがよい』
「よく分かんないけど、取り敢えず席に向かってくれる?」
『承知』
若干しょんぼりしている蒼天馬を気にかけつつルークは白獅子の上に乗りながら、後ろを振り返る。修復された舞台の上には二つの人影が見えた。
『瞬閃』エルレア・スヴェリヒト。
そして謎の男、オダ・シキト。
ルークは妙な懐かしさと既視感を覚えながら席へと戻っていった。
そして舞台上。式人と対峙しているエルレアからはかなりの殺気が放たれていた。が、それは敵に対してはいつものこと、つまり威嚇なので式人は気にせず受け流す。そもそもそれを教えたのは式人なのだから、効くはずもなく、寧ろ成長を喜ばしく思っている。式人に殺気が効かないと判断したエルレアは殺気を放つのをやめた。
「一つ、聞きたいことがあります」
「なんでしょうか」
「シキトさん、といいましたか。あなたは私の師をご存知ですか?」
「あなたの師、ですか。それを僕に聞いてどうするつもりです?」
「無論探しに行きます」
「何故?」
「まだ師には教えてもらいたいことが沢山あるからです」
「でも、その人は自ら消えたのでしょう? あなたが探しに行ったところで教えてくれますかね?」
その瞬間。先程まで放たれていたのとは違う、純粋な殺意をのせた殺気がエルレアから式人に向かって放たれた。
「・・・何が、言いたいのですか・・・?」
「あなたは何故その人が姿を消したのか、考えたことがあるのですか?」
何を言っているのだろうか。あまりにも酷い質問に自分の浅はかさが浮き彫りになるようだった。勝手に消えたのは式人の方だというのに。何も告げずに消えた癖して何故理由をエルレアに問うているのだろう。まるで、自分が消えた理由を探しているみたいじゃないか。
「・・・あなたに、何が分かるというのですか。あなたに、あの人の何が!」
「少なくともあなたよりは、その人の考えを知っていますよ」
何も知らない癖に。自分で考えていることすら分からない癖に。
「巫山戯たことを抜かすな! ならば答えてみよ! 何故あの人は私の、私達の前から消えた! 何故あの人は『ヴェンガドル』を選んだのだ! 答えろ!」
「では僕から返す言葉はただ一つ。それを知りたければ俺に勝ってみせろ」
それっぽく言って理由を先延ばしにして、何も考えずに消えた理由をエルレアの所為にして。
――ああ、なんて醜いんだろうか
式人からも殺気が放たれる。それはエルレアよりも重く濃密な殺気。押し潰されそうになるのを必死で堪えながらも殺意だけは抑えずにエルレアは式人を睨みつける。
ギシギシと空間が軋むかのような感覚に襲われながらも、ミルカは試合開始を告げる。
『そ、それでは両者準備は・・・よろしいようですね。それでは第五試合、開始!』
誰も知らない内に最大規模の師弟対決が始まった。
それはとても哀しい決着にしかならないと式人だけが気付いていた。
今は文字数多いですけど、武闘会が終わったら元の文字数に戻すつもりなんで、もうしばらくお付き合い下さい。
そしてようやく主人公が登場しましたね。いつまで待たせんだ作者って感じですよね。はい。すみません。次も遅くなります(反省の色なし)。




