『音無』vs『結界師』
一ヶ月近く間が空いてしまい本当に申し訳ありません。今回の話は本当に難しくてですね、全然思いつかなくて、という言い訳をさせていただきます。はい。本当に申し訳ありませんでした。その代わりに今までよりも長い話になってます。一万字程度ですが。あとは視点が少し変わったりしますがご了承ください。
『それでは第三試合、開始!』
「『対全結界』展開。タイプ――『反射』」
試合が始まると同時、クレスは結界を自分の周りに球状に展開した。それを見た周りの冒険者は驚いている。いくら『結界師』といえど、攻撃されてもいないのに防御体制をとるのかと。だがそれは実に愚かな思考だと言わざるを得ない。そもそもSランク冒険者ともなれば、試合開始と同時に瞬殺など簡単にできるのだ。それがSランク最速と謳われるイーラであるならば尚更だ。だからクレスの行動は正解だ。何故なら、もう既にクレスはイーラの姿を見失っている。数瞬前まで目の前にいたにも関わらずだ。
そして直後に響く甲高い音。クレスが目線だけで後ろを見やると、双剣が結界に反射され真上に弾き飛ばされたイーラの姿がそこにあった。今のイーラは両手を挙げた状態で、しかも獲物を持っておらず隙だらけに見える。しかしクレスにはそれが誘いだということは見て分かった。だから、敢えて何もしなかった。
後ろにバックステップで下がるイーラ。丁度そこに先程飛ばされた双剣が落ちてくる。計算通りの位置に落ちてきた双剣を見て、やはりイーラの行動は罠だったなと確信する。
「よく分かりましたね」
「ふん、そんなものお前の目を見れば誰でも分かる」
「目、ですか?」
「なんだ、気付いてないのか。お前、見過ぎだ」
「おかしいですね。自分の武器は見てない筈ですが」
「誰がお前の双剣を見たと言った。飛ばされた武器を見るなど初心者のすること。そんなもの殺してくれと言っているようなものだ。お前は俺の手元を見過ぎだと言っているんだ」
それでもほんの一瞬程度の時間、1秒にも満たない程のものだろう。それを見過ぎだと断じたクレスは一体どういう動体視力をしているのか。イーラは、あの人の仲間はやはりおかしいと(自分を棚に上げて)感じずにはいられなかった。
「どうした。来ないのか?」
「いえ、少し考えを改めただけです」
「ほう。それで?」
「次は殺して見せます」
「いいだろう。ならば次も止めるだけだ」
壮絶な相性の悪さ。戦闘以外ならばそれほど仲の悪くない二人だが、こと戦闘において二人は頗る相性が悪い。
暗殺を専門とするが故に効率を重視するイーラと、防御を専門とするが故に時間稼ぎを重視するクレス。そんな二人がぶつかり合ったら決着がつくのかすら疑問に思えてくる。だから今がそれを試す絶好の好機なのだ。
『ほっほっほ。中々に面白い戦いになりそうじゃの』
『そうですかね・・・? 中々に殺伐としてますが?』
『そりゃぁの。あの二人は相性が最悪じゃ。敵としても味方としてもの』
『相性が悪い、とはどういう意味なんですか?』
『ラナさんどういうこと?』
『ん? ・・・そうですね。イーラ選手とクレス選手は戦闘スタイルが合いません。それはもう破滅的に。寧ろほぼ対極に位置していると言ってもいいぐらいに。片や速攻で片をつける『暗殺』。片や身を守りつつ時間をかけて戦う『結界』。超攻撃的スタイルであるイーラ選手と超防御的スタイルであるクレス選手。それに加えてイーラ選手は時間をかけて戦う戦闘が苦手。クレス選手は逆に攻撃の手数が多い相手が苦手と聞いています。お互いに相性最悪でしょう』
『ここまで決めてに欠ける試合は恐らくこれだけじゃろう』
そう。今回の試合、二人は確実に相手に届く攻撃というものを持っていない。故に今回はイーラがクレスの結界を破るか、クレスがイーラの姿を捉えるかのどちらかになってくるのだ。だがそれは互いに至難の業だ。イーラの姿をクレスは捉えることがまずできず、クレスの結界にはイーラの攻撃は結界に阻まれてしまうからだ。
「では」
そう告げたイーラはまたしてもクレスの視界から消えた。――これだ。これがあるからクレスにはイーラを捉えることができない。表情には出さずに舌打ちして『対全結界』を展開する。だが今回はイーラから攻撃はなかった。直接の攻撃は。
直後、クレスの真後ろで爆発が起きた。振り返ったクレスの目に入ったのは、大量に飛んでくる爆発によって砕けた手の平サイズの舞台の破片。クレスはその破片を煩わしそうに結界で跳ね返した。だが、また後ろから全く同じ破片が一つ残らず飛んできた。訝しげにクレスは結界で同じように破片を跳ね返す。そして今度は全方位から全く同じ破片がクレスに向かって飛んできた。
「・・・ほう。なるほど」
何故同じ破片が飛んでくるのか。その理由が分かったクレスは『対全結界』を『反射』とは異なる結界に変質させた。
「『対全結界』、タイプ――『柔靭』」
その結界は『反射』とは違い、破片を跳ね返さなかった。代わりにその結界は破片を受け止め、更に結界は内側へと破片を食い込ませる。そして全ての破片が結界に食い込み、完全に止まった。棘が内側に向いた球体と言えば分かるだろうか。そして、後ろからぐにゃりと結界が曲がった音が聞こえた。それはイーラの双剣が結界に食い込み、受け止められた音だった。
「くっ!?」
「いい考えだ。確かに今の方法ならば不意もつけるし、更に死角も探ることができる。だが、分かってしまえばこちらも対処を変えるまでだ」
だが流石Sランク。受け止められたとしても一瞬で気を持ち直し素早く後ろに下がった。二人は試合開始と同じ位置に戻った状態で対峙する。
「それで受け止めたのですか。砕くと思いましたが」
「それではお前の思うツボだろう」
「何故、そう思うのですか?」
「俺が砕いた破片もお前は飛ばすことができるのだろう? それは流石に面倒だ。というか鬱陶しいだろうからな。それにお前の二つ名を考えたら悪手だということもすぐに分かる」
「ああ、確かにそうですね」
その答えにイーラは納得したように頷いた。
イーラの二つ名、『音無』――それが意味するのはただ音も無く魔物を殺す暗殺の極意。音を出さずに動き、尚且つ仕留めるというのならば音について熟知しているということだ。
「音に関してお前の右に出る者はいないだろう。ほんの僅かな音を聞き取るだけで敵の戦力を把握する聴力。その姿を見たら、いや、対峙した後に見失ったら終わりとまで称されるスピード。それがお前の武器なのだから。そうだろう? 死神とまで謳われた暗殺者。イーラ・オルモート」
「・・・・・・」
「お前が暗殺を得意とするのと同じように、俺は防御を得意とする。さあ、どうする?」
「いやぁ、困りましたねぇ。そこまで知ってたら何もできないじゃないですか」
「ふん。知ってて当然だろう。俺達は前回の武闘会を見ていたのだから」
「そうでしたね。ですがそれは貴方にも言えることです」
「ああ。だがあれから成長していない筈がないと分かっているだろう?」
「ええ。もちろん分かってますよ」
そう言ってイーラは双剣を構える。
「私はあなたを殺します」
「今度は直球か。面白い。ならば来い。全ての攻撃を結界で阻んでやろう」
クレスが告げると同時に結界を展開し、イーラはクレスの視界から消え去る。クレスは相変わらず仕掛けずに待つ姿勢だ。クレスは仕掛ける必要はない。絶対に来ると分かっている相手を捉えるのに自分が動きまわる必要がないからだ。
クレスは結界を『反射』に変えてイーラが仕掛けてくるのを只管待つ。周りの冒険者には舞台に立っているのはクレスだけしか見えない。だが式人を含めたSランク冒険者は全員イーラが消えたタネが分かっている。そして医務室に運ばれたリラとスピカを除いて、試合を見ていたSランク冒険者六人(ドランは第二試合の途中で戻ってきた)は同時に悟った。イーラは次の攻撃で結界を破るつもりだ、と。
それは舞台にいるクレスも分かった。これは『反射』では跳ね返せないと。そして、防げなければ負けるとも。だが分かったとしてもクレスがやることは変わらない。ただ全力で結界を張るだけだ。
結界を一度解除し、もう一度今度はかなりの魔力を込めて結界を展開し直す。だが、ただ展開するだけでは足りない。反射では足りない。結界が一枚では破られる。だからクレスはイーラよりも先に切り札を切ることにした。
「『対全結界』――三重。タイプ――『堅牢』」
魔法の同時展開。二つ以上の魔法を同時に発動する技術。それだけでは対した技術ではない。同属性の同時展開はそこまで難しくないからだ。自分の得意属性であるならば尚更同時展開の難易度は下がる。だがクレスが行ったのは更に一段階上。二つ以上の魔法を同時に展開するのではなく、一つの魔法を同時に複数展開する複数詠唱。
例えばクーリアの『槍の雨』は大量の槍が降ってくる魔法だ。これは元々そのような魔法なので複数詠唱には含まれない。なので大量の魔力さえあれば発動するのは難しくない。複数の属性を展開できればの話だが。
だがクレスが行ったのは一度に一枚しか展開できない結界を複数枚同時に展開するというもの。クーリアの『槍の雨』と同じように一回の詠唱で結界を複数枚展開させたのだ。
魔法はイメージだと誰かが言ったことが通説になった。確かにその通りだ。だが結界はイメージでそう簡単に同時に展開できるものではない。理由としては簡単だ。イメージが追いつかないからだ。寸分たがわずぴったりと二枚重ねで結界を発動させる。言葉にすれば簡単だ。だが言うは易し、というやつだ。どうしても重ねることにばかり意識してしまうため、結界の展開が遅くなってしまうのだ。そればかりか展開された結界はとても結界の役目を果たせるとは言い難いものしかできないのだ。
それを克服したのがクレス・オードラスという欠陥魔法使いだった。やり方としてはとてもシンプルだった。クレスはイメージをしなかった。彼は詠唱と同時に頭の中でも詠唱したのだ。それは最早クレスにしかできない方法だ。結界しか魔法を使えず、結界のサイズも形も全てが無意識レベルにまで体に染み込んだクレスだけができる方法だった。
しかし今回クレスが展開した結界は三枚。それがクレスの切り札だった。イメージしないで二枚重ねができるのであれば、イメージした結界に更に重ねることができるのではないかと。その結果が今クレスを囲んでいる。イメージのみで発動する無詠唱、口頭で呪文のみを唱える詠唱破棄、頭の中で詠唱する思考詠唱。まさに文字通りの複数詠唱。これらを同時に行うという人間離れした技をやってのけて、堅く、堅く、反射するでも柔らかく受け止めるでもなく、ただどこまでも只管に堅さを追求した壁がクレスを覆っている。
『こ、これは!?』
『まさか複数詠唱とはの』
『これほどとは・・・』
司会も解説も驚いている。いや、会場全体がざわついている。唯一静かなのはSランクが座る特別席のみ。そのSランクも少なからず驚いているようで、どうやら仲間にも見せたことがなかったらしい。
『ねえラナさん、そのマルチ・スペル? ってどういうもの?』
唯一分からないミーナが半ば放心状態のラナに声をかける。
『あ、ああ。複数詠唱というのは文字通り詠唱を複数同時に行うことだ。口頭で詠唱しながら頭の中でも詠唱するというとんでもない技術のことだよ』
『そんなことができるの?』
『普通はできない。口頭で詠唱する場合、大抵は詠唱破棄なのに対して頭の中では完全に詠唱していることが普通だと言われている。だがそんなことをすればどちらか片方に意識が持っていかれるのが人間というものだ。つまり・・・』
『あの人はどっちも意識できてるっていうこと?』
『その通りだ』
『でもあの人の結界は三枚あるよ?』
『問題はそこだ。三つの複数詠唱など聞いたことがない。あれは一体なんだ・・・?』
ラナも知らないということにミーナは驚いた。なんでも知ってる印象があるラナも知らないとは思わなかった。だがそこに含みのある声がかかる。
『ほっほっほ。流石のラナ君にも分からんか』
王都のギルドマスター、アックスだ。その様子に何か知っていると思ったラナ、ミーナ、ミルカの三人は揃ってアックスを見つめる。
『アックスさんは何か知ってるんですか?』
『詳しくは分からんがの。じゃが推測はできる』
『えっ? ほんとに? 教えておじいちゃん!』
『ほっほ。いいじゃろう。お前さん達は並列思考というものを知っておるかの?』
『並列思考・・・ですか?』
『あたしは知らないわ』
『並列思考・・・・・・まさか!』
『流石ラナ君は早いの』
『えっ!? もう分かったの!?』
『ああ。クレス選手は頭の中で詠唱しながらもう一つ、結界を張る準備をしていたんだ。それが思考詠唱なのか無詠唱かは分からないがね』
それこそがクレスのとっておき。並列思考による複数詠唱が切り札だった。
『恐らくそうじゃろう。恐ろしい男よ。一体いつからできてたのじゃろうな』
最近できたにしてはあまりにも展開がスムーズすぎる。恐らくは昔からできたのだろう。クレスの様子を見てもひどく落ち着いている。
クレスに死角はない。全方位を覆っているのだから。だが油断はしない。相手は死神と謳われる暗殺者。いつ自分の首がとんでもおかしくはない。それくらいの覚悟を持ってクレスはこの試合、この展開に臨んでいる。
クレスが挑むはかつて己が夢見た魔法使いの極地。ただ一つを極めた最強の暗殺者。『魔女』を持ってしても闇属性では敵わないと言わせしめた、まさに天才と称すべき存在。心の中で密かに憧れていた存在が今、全てを持って自分を殺そうとしている。
――これほど嬉しいことはないだろう。
――これほど努力が報われた瞬間はないだろう。
だってそうだろう? 殺すということは、『結界』が脅威だと認められたからだ。ただの『結界』が、欠陥魔法使いであるクレスが、彼の辿った人生が、たどり着いた答えが、全てが脅威であるとイーラに認められたのだから。
「く、くく、ふはははははは!」
――これが喜ばずにいられるか! 仲間よりも幼馴染みよりもリーダーよりも、周りの誰よりも認めて欲しかった奴に、俺の人生は無意味ではなかったと言われたのだから!
笑いが止まらない。何よりも欲したものを手に入れたのだ。もう負けても構わないが、それではイーラは認めないだろう。だから今この瞬間だけは全力を出す。全力を出して止めてみせるとクレスは意気込んで、黒い焔を体から噴き出して己の前に立っているイーラを見据えた。
――これほど通らないとは思わなかった。正直に言えば少しクレスを侮っていた。最初の攻撃で片をつけるつもりだったが、あれほど結界の展開速度が上がっているとは思わなかった。だからわざと跳ねさせてクレスが攻撃してきた瞬間を狙っていたのだが、一瞬だけ手元を見ただけで狙いが見破られるとかそれこそおかしいだろう。それも見過ぎだと言うクレスの目はどうなっているのだろうか。
・・・いや、安易に手元を見てしまった自分にも否はある。ようは見なければいいのだ。だから今度は音で狙おうと舞台の破片を飛ばしたが、これも砕くのではなく受け止められてしまったために自分の攻撃も止められてしまった。
――認めよう。彼は強い。何故彼がここまで強いのか、その理由は私には分からない。それでも並大抵の努力ではここまで結界を使いこなすのは無理だ。彼の人生に最早畏怖さえ覚える。だから私は敬意を持って彼を、クレス・オードラスを――殺す。暗殺者としての意地でも、プライドでもない。ただ純粋に私は彼に勝つために殺す。
「すぅ、はぁ」
私は一つ深呼吸をしてから結界を破るためにクレスを見据える。結界を破ろうとしていることに彼は気付いているのだろう。結界に更に魔力を込めて展開している。しかも見たことのない技術だ。恐らくはあれが彼のとっておき。長年机上の空論だった『複数詠唱』による『結界の多重同時展開』だろう。
彼に私の姿は見えていない筈だ。しかし彼の目はしっかりと私の方を向いている。私がそこにいると確信でもしているかのようだ。・・・ならばもう隠れる必要もない。堂々と、暗殺者ではなく闇属性魔法使いとして結界を破ろう。
「『影隠れ』解除」
姿を隠していた魔法を解除する。驚いている様子はない。
私が殺すと宣言したのをどう思ったのか、彼は結界の中で笑っている。嘲笑・・・ではない。寧ろ喜んでいるように見える。まるで子供のようだ。・・・何を考えているのだろうか。何を思っているのだろうか。その答えは彼だけが知り得ることで私には分からないものだけれど、きっと悪いものではないのだろうと思う。
「『付加』」
彼の結界を破壊するために私もとっておきを出そう。この試合で一度も直接攻撃に使わなかった魔法を使おう。それが彼に対する敬意だ。なかったことになるとはいえ、一度は殺すのだ。だったら自分も全力でかからねば失礼というものだろう。
「――『煉獄の黒焔』」
黒い、黒い、どこまでも深い漆黒の焔が私の体から噴き出し、全てが双剣に収束していく。これはとても一人に向けて放つ魔法ではない。ましてやこんな決闘の場で使う魔法ですらないのだ。これは戦争、対軍用魔法だ。でも、こうでもしなきゃ勝てないと私は判断した。勝つためには圧倒的なエネルギーが必要なのだと。
ゆらゆらと私の周りの景色が揺れている。それは黒焰から放たれる熱によるものだ。その膨大なエネルギーが空間すら捻じ曲げて見えているのだ。この魔法を彼の結界が防ぐことができるのかどうかがこの試合の鍵になるだろう。
私は黒焰を纏った双剣を構えて走り出した。声はかけなかった。かける必要がなかったから。彼我の差はほんの数メートルしかない。それでも私の速度ではほんの一瞬で駆け抜けられる距離だ。
結界が迫る。その結界を破壊するように私は双剣を構える。そして――
パリィィィイイイン!!
甲高い音が会場に響いた。それはまるで何かが砕け散るような音だった。砕けたのは、結界。だがそれも二枚のみ。残り一枚には黒焰の消えた双剣が半ば程くい込んで止まっている。それがイーラの致命的な隙となってしまった。
「『対全結界』――展開。タイプ――『牢獄』」
「しまっ!?」
それは結界による檻。中から攻撃しても通らないそれはまるで牢獄のようだ。クレスの目の前には結界に捕らわれたイーラがいる。
「ついに捉えたぞ」
だがクレスはどのように攻撃するのか。欠陥魔法使いでしかないクレスにはもちろん攻撃魔法など使えるはずもない。周りの冒険者はもちろんイーラでさえそう思っていた。
「まさか、俺がなんの攻撃手段もないと思っている訳じゃないだろうな?」
何故、分かったのだろうか。
「最初に言った筈だ。お前は見過ぎだと」
それとこれになんの関係が・・・?
「今度は俺の全身を見ていたな。まるでどのように攻撃をするのか探るかのように」
だが実際は分からなかった。だから何もないと思った。思ってしまった。
「俺が結界しか使えないなら、Sランクを与えられている筈がないだろう」
「まさか、他にも魔法が?」
「そんな訳があるか。俺が使えるのは結界だけだ」
「・・・?」
「要は使い方だ。こうすれば結界も攻撃として使えるのだ。例えば、今お前を捉えている結界を圧縮していく、とかな」
「!!」
「安心しろ。そんなことはしない。というよりできないと言った方が正しい」
「では、何を・・・?」
「『対全結界』――展開。モード――『剣』」
それは巨大な剣だった。クレスの背丈を遥かに超える刀身の剣。それが結界でできているというのか。
「これが俺の唯一の攻撃手段だ」
宙に浮いているそれはゆっくりとイーラ目掛けて倒れてくる。その巨大な剣はいとも容易くイーラの体を結界ごと切り裂くだろう。
「・・・?」
完全に剣が倒れる直前、クレスはようやくイーラの様子に気付いた。何か覚悟を決めた目で迫りくる剣を見つめているのだ。それはまるでタイミングを見計らっているようで・・・。
「しまった!」
この試合で初めてクレスは焦った声を出す。クレスがイーラの狙いに気付いたときにはもう既に遅かった。
「『操り人形』、『速度上昇・過剰』!」
巨大な剣が結界にぶつかる直前、イーラは二つの魔法を発動する。無属性魔法『速度上昇・過剰』は自分の限界以上の速度を出す身体能力強化系の魔法の一種だ。長時間使うと自らの体が耐えられないという諸刃の剣の魔法だが、ほんの一瞬ならば誰にも捉えられない速度を出すことができる。そして『操り人形』は自分の思った通りに体を自動で動かす闇属性魔法だ。それはどんな体勢でも、どんな無茶な動きだろうと動いてしまう。まさに人形のように。
「うっ、ぐっ!」
逃げる体勢になり剣がくるのを待つイーラ。二つの魔法がかかっているイーラの体は今現在、かなりの速度で自動で動く状態だ。苦痛の声が漏れる。だがそれも長くない。彼女が待っているのは剣が自らを捉える結界を破壊する瞬間だ。クレスもそれに気付き更に結界を張ろうとしたが遅かった。剣は既に結界の真上まで迫り、そして――
ドシュッッ!!
イーラは抜け出した。はかっていたタイミング通りに結界が破壊され、剣が当たるまでに一瞬だけできた隙をつき音速にも迫る速度で抜け出したのだ。そしてそのままクレスの結界を双剣で切り裂き、クレスを貫いた。
「ご、ほっ!」
クレスの口から大量の血が零れる。双剣はしっかりとクレスの体を突き破っている。もうクレスの敗北は誰が見ても分かった。
――ちっ、これが死ぬという感覚か・・・。だが倒れてたまるか・・・! せめて・・・。せめて、挑むのであれば、最期まで立っているべきだろう・・・!
ただ自らの意地だけで立ち続けんとするクレスは、それでもただ負けるだけではなかった。彼の手には小さな結界の剣。もう残り僅かしかない時間で、カタカタと震える手で剣の切っ先を未だに自分を突き刺しているイーラに向ける。
届く筈がないと判断したのかイーラは避けなかった。それが間違いだった。クレスは最期の力を振り絞って魔法を発動させる。
「・・・モード――『長剣』」
「!!」
伸びたのだ。短剣よりも短いサイズしかなかった剣が長剣の長さにまで伸びたのだ。想定していなかったイーラは案の定驚いた。が、彼女の体にはまだ『操り人形』と『速度上昇・過剰』の魔法がかかったままだった。イーラは自分が考えているよりも早いスピードで離脱したが、当然そんなものに体が耐えられる筈がない。
「うっ、あ、あああああ!」
体が悲鳴をあげる。咄嗟に魔法を解除するが全身を襲う激痛は治まらない。それでも倒れないように足に力を入れて前を見る。クレスもまたイーラの方を見ている。
「一つだけ、いいか?」
「はぁ、はぁ、なんでしょうか」
「俺の結界を、どうして切り裂けた?」
「ああそれは、最後にクレスさんの結界を二枚破ったときに、三枚目に双剣がくい込んで止まったじゃないですか。その穴を広げたんですよ」
「そうか、すっかり失念していた・・・。張り直せば良かったか」
「いえ、それでも結局は切り裂けましたよ」
「ごほっ! ・・・何?」
「最初に石をぶつけたときに音で探っていたんです。結界の隙間を。一度場所が分かってしまえば、簡単です。後はそこを切り裂くだけですから」
「ぐっ、はぁ、そうか、最初から、か・・・。・・・く、くく、はははははははは!」
聞きたいことを聞いたクレスは唐突に哄笑して空を見上げる。その顔にどのような表情が浮かんでいるのかはイーラには分からない。クレスが左手で顔を覆ってしまったから。けれど、見れたとしても分かったのだろうか。・・・いや、分からないだろう。自分は試合に勝ち、クレスは負けた。勝者に敗者の気持ちは分からない。分かると言ってしまえば、それはただの傲慢だ。分かる筈がない。
「ご、ふっ! ちっ! 時間がないな。イーラ、俺を殺せ」
今までよりも更に多く吐血したクレスは時間がないことを悟った。だからちゃんとした決着のために、誰もが納得する戦いの終わりとして、クレスはイーラに請う。それはイーラにも分かった。だから無言でイーラは双剣を構えてゆっくりとクレスの元へ歩いて行く。
「・・・ありがとうございました、クレスさん」
ドスッッ!!
「がっ! ごふっ!」
今度こそ、確かにクレスの心臓を貫いた。最期に吐血してクレスは動かなくなった。
『し、試合終了〜〜! 勝者はイーラ・オルモート!』
イーラに寄りかかり動かなくなったクレスを見て試合終了のかけ声がかかる。
『『『『ウオオォォォォォォォォ‼‼‼』』』』
観客の冒険者が騒ぐ中、イーラはクレスに向けて静かに独り言ちる。
「流石ですよ。私を相手にして、結局一歩もその場からあなたは動かなかったのですから。これが『不動』・・・ですか」
そうだ。クレスは振り返りはすれど、イーラを相手に一歩も動くことなく負けた。戦闘に参加しながらもその場から動くことなく終わらせる『結界師』。それがクレス・オードラス、またの名を――『不動』。
「あなたの生き方に敬意を。クレス・オードラス」
そう言って未だ鳴り止まぬ歓声の中、クレスを担いで舞台上から降りる。
「・・・おい、もう降ろしてくれ」
「おや、もう目覚めましたか」
「ああ、気分は最悪だがな。あれが死ぬという感覚か。やはり良くはないな」
「その結界を張れる魔法具を創った人が何を言うんですか? 何はともあれ元気そうですね」
「まあな。創ったのは俺だからな。ある程度の耐性はある」
「もう特別席に戻るので?」
「そうだ。次の試合などに一切興味はないが・・・その次、あの男には興味があるからな」
「そうですね。私も気になっています。どこかで会っているような気がしてならないんですが・・・」
「試合を見れば分かるだろう。それより戻るぞ。次の試合が始まる」
クレスが舞台を見るのにつられてイーラも舞台を見る。そこには既に次の試合の選手、リンティアとルークが立っていた。
『舞台が直ったということで、お二人ともよろしいですか?』
「ええ」
「はい。・・・・・・あ、いや、やっぱり棄権した」
『それでは第四試合、開始!』
何か言いかけたルークを無視して試合開始の合図が告げられ、何とも言い難い試合が始まった。
自分で書いてると描写が思いついても読者がどうやって受け取るかなんて分からないものですね。恐らくこの話は無駄に長いし読みづらいし描写が分かりにくいでしょう。でもそろそろ投稿しないといけないと思ったので、投稿して自分が不審に思った部分を後日修正していきます。次の話も遅くなると思うので気長にお待ちください。




