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 ―――夢を見ていた。それはいつかの夜の夢。


 パチパチと木がはじけ火花が飛び散る。それを暗い森の中で四人程の人影が焚き火を囲って見ている。人影の周りにはテントが三つ張られており、四人は火を囲い他愛のない話をして時間をつぶしている。一人が話をして、一人が相槌をうち、一人が軽く聞きながら魔物が来ないか見張り、そして一人がその様子を見ながらどこかの街で買った果実酒を飲んでいる。それが彼らにとっていつも通りの光景で、彼らにとってかけがえのない時間だった。だがその日はいつもと違い、話好きの一人が果実酒を飲んでいる男に一つの質問を投げかけた。


「そういえばリーダー、聞きたいことがあんだけど」


「ん? なんだ珍しいな。お前が話をふるなんて」


「はぐらかすなって」


「まあ何でもいいけど。それで? 聞きたいことってなんだ」


「前から気になってたんだけど、なんでドラゴンなんて化け物を討伐しようとしてんだ? 普通に考えてドラゴンを倒そうなんて自殺しに行くようなもんだろ」


 その言葉にリーダーの男は苦笑する。その顔はまるで、とうとう聞かれたかと言っているようだった。他の二人も気になったのか会話に意識しているようだ。


「理由を聞いても?」


「いや、ただ気になっただけさ。今は女連中も寝てるから普段聞けないことを聞こうかなって。リーダーはあのドラゴンに大層ご執心な様子だったからさ」


「ふぅん?」


「本当だって。本当に気になっただけだよ」


「・・・まぁいい。それで、俺がドラゴンに固執する理由だっけ? まあ生憎だけどそいつは教えられないな」


「ええ⁈ なんでだよ⁈」


「そりゃ個人的なものだからだな」


「理由なんて個人的なもんばっかだろ~? 誰も世界を平和にする為なんてもんは信じてねえよ」


「別にそれもない訳ではないんだけどな。でもこれだけは言う訳にはいかないんだ。これはとても酷く醜く浅ましい。そんな理由なんて、とてもひとに言えるようなものではないからね。ましてやそれが果たせるかどうか分からないものに他人を付き合わせているんだ。なおさら話せないさ」


 そうだ。これは、これだけは誰にも言えない。仮にも冒険者のトップに位置している彼らが平和の為ならいざ知らず、ドラゴンを討伐しようとする理由が個人的なものなのだと誰が言えよう。或いはそれを願っているものもいるのだろう。だが、リーダーの男は誰かのために討伐しようとしている訳ではない。これは彼の願いだ。この世界に来てから二つ目に抱いた願い。一つ目は果たされず潰えた。だから今度こそは願いを叶える。必ずやドラゴンを――殺すのだと。


「ふぅん。そんなもんかね?」


「ああ。だからそれ以外のことなら少しは答えられるな」


「それ以外とか言われてもな〜」


「じゃあ僕からもいいかい?」


「ん? なんだ。お前もか。珍しいじゃないか」


 さっきまで聞いてきた男とは別の男が声をかけてきた。男というよりは少年から青年に成長している最中のような人物だ。金髪の美青年といったところか。彼は先程まで聞き役に徹していた筈だった。ちなみに先程までリーダーに質問していた話好きの男は赤髪のおっさんといった感じだった。


「なんだなんだ。お前達はそんなに聞きたいことがあったのか」


「まあね。リーダーのことをよく知らないということを今思い出してね。今なら丁度いいタイミングで聞けると思ったからさ」


「そんなに聞くことあったか?」


「うん。まあ大したことじゃあないんだけど」


「まぁいい。それで?」


「リーダーはぶっちゃけ好きな人とかいないの?」


 その質問は予想していなかったのかリーダーは固まっている。金髪の青年は興味津々といった顔でリーダーを見つめ、赤髪のおっさんはニヤニヤしており、最後の一人は最早見張りなどせずにリーダーを見ていた。


「・・・何で?」


「だってさ、うちのパーティの女は他に比べたら結構いい方だよ? どっちかを狙ってるなんてことはないの?」


「そうなのか? けど残念ながらパーティメンバーに手を出すなんて真似は俺はしないよ。というかする訳がないだろう。別に俺が好かれてる訳でもないんだし」


「「「は?」」」


「ん?」


「「「「・・・・・・」」」」


 ・・・若干空気がとまった。三人は何を言っているんだという目でリーダーを見て、リーダーはおかしなことを言ったか? という顔で三人を見る。四人は無言で見つめ合う。


「・・・いや、リーダー? あの二人の気持ちに気づいてる?」


「どの気持ちのことだ?」


「いや、気持ちと言ったら一つしかないでしょう・・・」


「んん? ・・・ああ、俺があいつらに嫌われてることか? それなら知ってるぞ?」


「「「は?」」」


「ん? だってあいつら俺と話すとき目を合わせてくれないだろ? それにあいつら、お前らと話すときと俺と話すときとで態度が違いすぎだしな。そこまでされたら嫌われてるって嫌でも気づくだろ」


「「「ああ・・・」」」


 普通なら鈍感野郎と言われてもおかしくないのだが、いかんせん三人には心当たりがありすぎた。つい最近も顔を合わせると思い切り顔を背けたということがあったのだ。普通の人間ならされたら嫌われてると思うだろう。


 だが、別に彼女達だけが悪い訳ではない。リーダーの男はそもそも好意というものを知らない。いや、正確に言うならば好意を向けられるということを知らないのだ。物心がついた頃から無能の誹りを受けてきた人間に誰が好意を向けようというのか。

 親愛を知らず、友愛を知らず、寵愛を知らず。彼はなんの愛情も知らずに育ってきた。そんな人間が感じ取れる感情。それは負の感情に他ならない。それでも彼は懸命に生きようとした。前を向けていた。


 だが、彼はこの世界にきた。きてしまった。懸命に生きようとして、無能の自分にもできることがあると必死にもがいて、何かをなそうと足掻いて―――。その結果がこれだ。この現状こそが彼が行きついた先の果てだ。誰からも見捨てられた人間はとうとう()()()()()()()()()()()のだ。故に彼は好意を向けられることを知らない。信じてすらいない。知ってしまえば何かが変わってしまう気がして。今までの自分が否定されてしまう気がして。それは最早拒絶の域に至っている。


 だが、好意を向けることは知っている。それがどういうものかも知っている。おかしな話だ。好意を向けることは身をもって知っている筈なのに、向けられることを拒絶する。要は中途半端なのだ。


「いや、それでもさ、誰かに好きだって言われたりとかは・・・」


「ある訳ないだろ。誰が俺みたいなやつを好きになるんだよ。面白いことをいうやつだな」


 だが、それでも彼は拒絶するのだ。彼は中途半端な自分を自覚している。彼はいつだって中途半端にしかことをなせなかったから。


「こりゃ重症だね」


「相当だな」


「リーダーはここまで酷かったのか」


「なんだお前達。寄って集って酷いことを言うな」


 リーダーは顔を顰めて果実酒を飲む。ふと最後の一人、眼鏡をかけた黒髪の青年が何かを思いついたかのように口にする。


「そういえば、リーダーはどこの国から来たのだ?」


「・・・何故そんなことを聞く」


「そんなのリーダーのような人種の人間を見たことがないからに決まっているだろう」


「俺みたいな人種?」


「確かにリーダーみたいな黒髪は多少なりとも存在している。俺とかな。だが、リーダーみたいに黒髪黒目の人間は見たことがないのだ。俺は黒髪だが目は青だ。碧眼、というやつだ。だがリーダーはどうだ? それは一体どこの国だと生まれるんだ?」


「「黒目?」」


「・・・・・・」


 初めて聞くリーダーの情報に二人はフードの奥に隠されたリーダーの顔を見ようとする。しかしそこにあったのは、およそ人形とでも言うべき表情をした男の顔だけだった。リーダーの顔からは既に感情というものが抜け落ちている。それはとても仲間に向けるような表情ではない。黒髪の男は、リーダーの顔の方を見ていた三人はゾッとした。初めてそのような表情を見た。いや、正確には見た気がした。彼は普段からフードを被り顔を隠している。見える筈がないのだ。だが、確実に見た気がした。

 そして、遅れて体にかかる重圧。気のせいだ。気のせいだと分かっている。だが、それでもこの心臓を掴まれるかのようなプレッシャーは気のせいではないだろう。


「・・・俺がどこから来たのか、ねえ。そこまで踏み込んで聞いてくるやつは久しぶりだな。俺の目をいつ見たのかとか気になることはあるが・・・ふむ、いいよ。少しだけ教えるよ」


 そう言ってリーダーはかけていた威圧を解いた。すると三人は一気に汗が噴き出してきた。本気ではなかったとは言え格上の威圧を受けたのだ。彼らは本気で死の覚悟をした。


「ここより遥か遠い国。極東に位置する小さな島国から俺は来た」


「ハァ・・・ハァ・・・極東・・・ハァ・・・だと?」


「そう。こっちに来たのは今から大体6年前だな」


「6年前? 何かあったか?」


「いや何もないさ。ただ偶然こっちに来ただけだ。初めに寄った国で冒険者登録をして、あちこちで依頼をこなしながらランクを上げていったよ」


「そうだったのだな」


 嘘ではないが、彼は今の時点で今までのことを語るつもりは一切なかった。今の話は冒険者登録をするまでが本当だが、そんな話はよくあることなので気にする者はいないだろうと判断したから話した。


「話せるのはこんなもんかな」


「少なっ!」


「言ったろ? 話せるのは少しだけだって。それにそろそろ寝ないと明日に響くぞ」


「あ〜。じゃあしょうがねえな。うし。俺達も寝るか」


「そうだね。おやすみリーダー。あと見張りよろしくね」


「おやすみ。俺も寝るから見張りよろしくな」


「分かった」


 最初から見張りをしていた黒髪の青年以外はテントへ入っていく。赤髪のおっさんと金髪の青年は同じテントへ。リーダーは別のテントへ入る。一人残った黒髪の青年は何かを考えているようだったが、やがて分からなくなったのか諦めて見張りに従事した。


 ―――そしてこの夜の約半年後、ある島でドラゴンは討伐され、リーダーの男は失踪した。

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