道中
すいません、少し遅れました。
アルザスの街を出て早五日。式人達三人はゆっくりと王都に向かって馬車を進めていた。だが――
「ラナさん。何かないの?」
「何かとは?」
「何か面白い話とかよ」
そう。暇なのだ。盗賊や魔物に襲われることがない限り、旅は基本的に暇なのだ。式人やラナは慣れているから我慢できるが、初めての旅となるミーナはもう我慢ができなかった。寧ろ五日も良く持ったと言えるが、最早話題が尽きてしまったのだ。
「面白い話と言われてもな・・・話題がないと何を話せばいいのか分からないよ」
「話題ねえ。・・・じゃあシキトのことは?」
「シキト君のこと?」
「そうよ。ラナさん、ギルドマスターなんでしょ? だったらシキトについて何か知らない?」
「すまないが・・・私も彼について知ってることは多くない。それに勝手に話すのもどうかと思うしな」
「うーん。こうなったら直接シキトに許可を貰うわ! シキト! あんたのことラナさんから聞きたいんだけど!」
ミーナは御者席の後ろにある小窓を開けて聞く。馬車の中は防音仕様になっていたので、今までの会話は式人には聞こえていなかった。
「ラナさんから俺のこと? 何もないだろう」
「何かあるでしょ? 今まで何してきたとか」
「自分では分からんが、ラナさんに聞くなら俺には聞こえないようにな」
このとき、式人はギルドマスターというものを見縊っていた。自分のことなんて大して広まっていないだろうと。
「分かったわ! ラナさん、許可が出たわよ」
「本当に貰ったのか・・・といってもさっきも言ったが彼について知ってることは多くない。それでもいいのかい?」
「何でもいいわ」
ミーナは小窓を閉めて座りなおす。
「と言っても何から話すか・・・。そうだな・・・。ミーナはSランクについてどれくらい知ってる?」
「世界に10人しかいないすごい冒険者のことでしょ? それがどうかしたの?」
「そうだ。ではそのSランクにはどうやってなるかは知っているかい?」
少し考えてからミーナは答える。
「・・・知らないわね」
「簡単だ。Sランク冒険者にSランクの実力があると認めて貰えばいい」
「へえ。でも、それがシキトとどう繋がるの?」
「Sランクの実力があると認めるならば・・・最初に誰か基準になった冒険者がいるはずだろう?」
「あ!」
「分かったかい? シキト君はここ数十年存在しなかったSランク冒険者になった最初の冒険者なんだよ。残りのSランク冒険者は全てシキト君がSランクの実力足りうると判断した者だ。つまり、最近までギルドにSランクなんてシステムはなかったんだよ。」
それは事実だ。既存のシステムでは式人はとてもランクが付けられなかったのだ。だから新しいシステムとして上の領域を創った。いや、正確に言うならば蘇らせたの方が正しい。意図したものではなかったが、結果的にそれは尊敬と憧憬の的となった。いつか自分もあんな風になれるようにと。
「彼にはAランクの冒険者全員を束ねても勝てなかった。だからSランクを与えられた。いや、自らに与えた。それは彼が意図したものか分からないが、結果的には全ての冒険者の士気が上がった。彼に勝てれば、もしくは近づければAランクは確実なのだから。そして今の彼以外のSランク冒険者は全員彼に負けているが、それでもSランクと認められたんだ。それがSランク冒険者というものだ」
「そうだったのね・・・。それでシキトは何したの?」
「そうだな。その後彼はパーティを組んだよ。と言っても五人ほどが彼に勝手に付いていっただけで、自分から作った訳ではないからパーティと呼べるか分からないがね。それでもいつしか仲間になっていったんだろうな。前回の武闘会ではパーティで一緒にいるのを見たよ」
「シキトがパーティねえ・・・。でも今は一人よね?」
「何かあったんだろう。世間的に彼は安否不明で、なおかつ行方不明だ。恐らくあの戦いでだろうな」
「あの戦い?」
それは式人が仲間と袂を分かつ原因となった戦いのこと。ドラゴンとの戦いのことだった。
「ミーナも知っているだろう? 数ヶ月前に一体のドラゴンが討伐されたことを」
「ええ。ある冒険者パーティが討伐したって・・・。それが・・・?」
「その通りだ。彼がいたパーティ――『ヴェンガドル』こそドラゴン討伐を成し遂げた最強の冒険者の集まり。そして彼がそのパーティのリーダーだった。パーティ名は彼が付けたから、その意味は分からんがね」
それは式人がドラゴンを倒す切っ掛けに由来する名前。式人はその意味を誰にも伝えることはないだろう。故に、式人が話そうとしない限りその意味をラナ達が――かつての仲間ですら知ることはないのだ。
「式人君は公的には、その戦いから行方不明となっている。だから何かがあったと見るべきだ。私にはそれが何かは分からんが、それが今一人でいる理由だろう」
粗方予想はつくがな、と口の中だけで呟く。今も『ヴェンガドル』のメンバーは式人を探していることから、仲違いした訳ではないだろう。ならば、それは彼自身に問題があったということ。それも誰かに相談したところでどうにもならない類のものだろう。
「でも武闘会に行くってことは、その仲間に会いに行くってことでしょ? 大丈夫なの?」
「さあね。彼がそれを忘れていない筈がないし、何より彼が一番そのことを分かっている筈だ。心配は必要ないだろう」
「そうよね」
話が一段落ついたところで小窓が外からノックされる。
「ラナさん。もう少しで日が暮れそうなので、そろそろ野営の準備しませんか?」
「む? もうそんな時間か。分かった。今日はこのくらいにしようか。シキト君、そろそろ停めようか」
「分かりました」
式人は小窓を閉めて馬車を停める準備に入る。
「相変わらず早いわね」
「明るい内に準備しておかないと、何があるか分からないからな」
「そんなものなのね。シキトのことは明日も聞かせてくれる?」
「彼がいいと言えば話そうではないか」
「分かったわ」
馬車が完全に停まったので、三人は野営の準備に入る。と言ってもほとんど式人がやってしまうのだが。テントを二つ張って夕食の準備をすれば終わりだが、この作業は式人が収納袋から既に張られたテントを出して、新鮮な野菜や肉を調理器具と一緒に出せば終わってしまう。
「シキト君がいたら何もすることがないな」
「そうですかね」
「ふむ、しかも随分と手慣れているからな。余計にそう感じてしまうよ」
「そういえばかなり手慣れてるわね。前にもやってたの?」
「ん? 一人だと全部やらなくちゃいけないからな。やってる内に慣れたんだよ」
「そんなもの?」
「まあ、できるようになった方がいいな」
「ふむ。一人暮らしのときには苦労しないな」
「へえ。今度お母さんに教えてもらおうかしら」
そんなことを話しながら夕食を食べ終え、男女に別れてテントに入る。ちなみに夕食はシチューだった。
「では、すまないがまた明日も頼むよシキト君」
「分かりました。ではおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみシキト」
三人はテントに入り、そして夜は更けていく。王都まであと五日――刻一刻と式人の未練に相対する日が近づいていた。