出発
すいません、遅くなりました。
出発の日。つまりミーナへの依頼を完遂させた翌日、式人は今日も『ベーカリー』でバイトしていた。
「・・・そうか。もう行ってしまうのか」
「はい。先程宿も出払って来たので、この店でバイトするのは今日が最後になりますね」
式人はこのままバイトが終わってから直接ギルドに向かうつもりなのか、既に宿をチェックアウトしてきたようだ。宿の店主には「頑張ってこいよ!」と激励を貰った。
「ふむ、少し待っていてくれ」
そう言うとヤナは店の奥に引っ込んでしまったがすぐに戻ってきた。その手には布袋が握られている。
「これは少ないがバイト代だ。今までありがとう」
「いえ、貰いすぎですよ。それに俺も楽しかったのでおあいこですよ。こちらこそ今までありがとうございました」
「いや、受け取ってくれ。私は君に必要なことをたくさん教えてもらったからな。そのお礼だ」
そこまで言われたら受け取らざるを得ない。
「そう・・・ですか。分かりました。ありがたく貰います」
かなり渋々といった感じだったが受け取った。
「それでは行ってきたまえ。今日はもう終わりだからな。今までありがとう」
「こちらこそ。では」
「ああ、頑張れ・・・は君には不要かな? まあ、それでも頑張れと言わせてもらおう。あの子達のことも頼むよ」
「それは、はい。分かりました」
「それではな」
「はい」
それだけで二人は別れを済ませた。『ベーカリー』を出た式人はそのままギルドに向かった。ギルドに入ると相変わらず騒然としているが、それらを全て無視してウルカのところまで真っ直ぐ向かう。
「すいませんウルカさん。ギルドマスターに呼ばれてるんですが」
「はい、伺っております。どうぞこちらへ」
ウルカに連れられギルドマスターの部屋へ行く。ウルカがいつも通り扉をノックしようとすると、中からミーナが飛び出してきた。
「遅いわよ!」
「いや、バイトがあったんだが。別に今日中に出発だから急がなくてもいいしな」
「そうだけど!」
「・・・ミーナさん、シキトさん、ここで騒がれるのはなんですし中にお入りになりませんか」
「そうですね、すいません。ラナさん入りますよ」
誰が来たかは既に分かってしまったので、最早ノックをする必要がなくなってしまった。そのため式人はそのまま扉を開ける。
「それではギルドマスター、私はこれで」
「ああ、ご苦労だった」
「失礼致します」
そしていつも通りウルカは部屋を出た。
「遅かったじゃないかシキト君」
「そうですかね」
「そうとも。いつになったら君が来るのかとそわそわしていたよ」
「ちょ!? 何を言ってんのよ!? あたしは別に、」
「おや? 私は一言も君とは言っていないぞ」
「この状況じゃあたししかいないでしょ!?」
遊ばれている。それほどまでに退屈だったのだろうか。だとしたら申し訳ない気持ちに式人はなったが、今日中に出発すれば間に合うので気にしないことにした。
「では、二人とも準備が出来てるということで出発しようか」
「そうですね」
「あたしもいいわよ」
「街の門に馬車を用意させてある。それに乗って10日程だが、短い旅といこうではないか」
三人は荷物を持って街の門に向かう。そこには豪華ではないが、ボロくはない普通の馬車があった。
「これですか」
「そうだ。あまり派手すぎると目立つからな。だからといってボロくても盗賊に襲われてしまう。だからその中間といった感じの馬車を選んだのだよ」
それはギルドでは常識の事だった。ギルドでは知られていることをギルドマスターであるラナが知らない筈がない。この説明はミーナに向けたものであると式人は気づいた。その証拠にミーナは若干不満そうだ。
「もうちょっと豪華だと思ってたわ」
「まあそう言うな。その代わり中はできるだけ高性能にしてあるから、少しは贅沢できるはずだ」
「それならいいけど・・・」
子供特有の夢にラナは微笑ましいものを見るかのような表情をしている。
「やあラナ。そろそろ出発かい?」
「ヤナ? どうしてここに?」
「そりゃ今日出発と聞けば見送りくらいは来るだろう」
「そうか、見送りか」
「店長、わざわざここまで来たんですか。さっき挨拶したばっかりですよ」
「なに。それとこれとは話が別だよ。それに来たのは私だけではないさ」
「それは・・・ああ、なるほど」
それがどういうことか確認しようとしたがヤナの後ろを見れば直ぐに分かった。そこにはウルカとレンカ、アンナの姿があった。
「ウルカ君にレンカ君、アンナ君じゃないか。君たちも見送りかい?」
少し驚いたラナがヤナの後ろにいた三人に聞く。
「はい。勝手だとは存じておりますが、今だけはご容赦を。それにギルドは別の者に任せておりますので心配はいりません」
ウルカが堅苦しい返事にラナは苦笑している。
「私も見送りに来ましたが、ウルカさんに言われてアンナさんを連れてくる役目もしています。それと・・・」
最初はラナに向けて話していたので、普段通りに話せていたが式人を見た瞬間に顔を真っ赤にして固まった。初めて会ったときの凛々しさはどこへ行ったのだろうか。
「初めまして。あなたがシキトさんですね?」
「ええ、そうです」
「既にご存知かとは思いますが改めて自己紹介を。私は馬車をずっと見ているミーナの母親のアンナと申します。この度は命を救って頂き本当にありがとうございました」
「いえ、お礼を言われる程では」
「それでもです。私が助かったのは事実。そしてミーナを一人にさせずに済んだのですから」
それを聞いた式人は心苦しかった。結果的に助けたとはいえ、一度は見捨てているのだ。あれを見捨てたというのか分からないが、それでもアンナが死んでも関係ないと宣ったのだ。罪悪感とはいかないが、胸がざわつくのは仕方ないと言えた。
「それでも俺はお礼を言われる程ではありません」
自分にお礼を言われる価値はないと、言われるようなことなど何一つしていないと式人は言う。
「私は知っています。あなたが私が死んでも関係ないと言ったことを。そのうえで私を助けたことを。だからこそ言います。それでもありがとうございます、と」
それがキッカケになったのだろうか。或いはそうではないとしても、確かに式人の心という部分にその言葉は届いた。少し、ほんの少しだけ、その言葉で式人は救われたような気持ちになった。
「あなたは自分に価値がないと思っているかもしれません。あなたに何があったのか私には分かりません。けれど、あなたがしたことを考えれば絶対にそんなことはありません。あなたのお陰で救われた命があったということを忘れないで下さい」
「そう・・・ですね・・・。・・・ありがとう・・・ございます」
「ふふ。どういたしまして」
「ふむ。終わったようだし、そろそろ出発しようか」
「そうですね」
「あれ? お母さん?」
「遅いわよミーナ」
「なんでここに?」
「見送りに決まってるでしょ」
今更感が激しいミーナに周りの大人は苦笑している。あの式人でさえ苦笑している。
「では馬車に乗りたまえ」
「それでは御者は俺がやりましょう」
「いいのかい?」
「ええ、慣れてますので」
御者席に座る式人と中に入っていくミーナとラナを見てヤナは声をかける。
「では気を付けてな」
「はい店長。今度は客として店に行きますよ」
「ああ、待っているよ」
「皆様、お気を付けて」
「ギルドマスターと、シ、シシ、シ、シキトさん! お気を付けて!」
「ああ、ギルドは頼んだよ」
「ミーナ、帰ってきたら話を聞かせてね」
「うん! 待ってて! いっぱい聞かせてあげるから!」
少数ながらも見送られながら式人達はアルザスの街を出た。見送られて旅に出るのは何時ぶりだろうかと考えながら、式人は馬車を走らせた。目的地が決まっている旅を懐かしく感じながら。
遅くなった言い訳をさせてもらうとですね・・・テストとか・・・テストとか・・・後はテストとかですね。はい、すいませんでした。今週の金曜日まで忙しいので、それ以降はまた少しずつ投稿できると思います。まあ、読んでくれてる人がいるかは分かりませんが、気長に待っていただけると嬉しいです。