治療
いつもよりは若干長いです。むしろ長い方が嬉しいんですかね?
「ラナさん、受付嬢がいる病院まで案内してくれませんか?」
「あ、ああ、それはいいが、場所を教えるだけじゃダメなのかい?」
「ダメとは言いませんが・・・俺やその受付嬢はお互いにお互いを知らないので目が覚めた時に知らない人がいたら驚くと思いまして」
「確かにそうだな。分かった。少し待っていてくれ」
式人に待つように言ったラナは最初に座っていた机の引き出しからベルを取り出し、チリリン、と鳴らした。明らかに受付まで聞こえるはずがないのだが、部屋の扉がノックされ「お呼びですか。」とウルカの声が聞こえてきた。どうやら魔法具だったようで、効果は恐らく呼びたい者に音を届ける類いのものだろう。
「これから私はシキト君を病院に案内するからギルドを空ける。留守の間は君に任せるよ」
「承知しました。お気をつけて」
仕事を任されたウルカは頭を下げて部屋を出ていった。
「では、案内しよう。付いてきてくれ」
ラナに案内された場所はギルドから5分程歩いたところにあるかなり大きい病院だった。
「ここだ」
「結構大きいんですね」
「まあ、この街に一つしかないからな。全てのとはいかんが、住人の八割は入れるようになっている」
「そうなんですか」
「立ち話もなんだから早く彼女のところに言ってしまおう」
三人は病院の中に入り、受付へと向かう。
「済まない。見舞いに来たのだが」
「かしこまりました。どちら様のお見舞いでしょうか」
「アンナだ」
「アンナ様ですね。・・・体調は現在安定しておりますが、未だに目を覚まされてはおりません」
「・・・そうか。部屋に入っても?」
「そうですね・・・。熱はありますが安定している今なら大丈夫かと。むしろ、話しかけることで目を覚まされるかもしれません」
「それなら向かわせてもらおう。部屋は?」
「311号室になります」
「分かった」
「それではお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「ラナだ」
「ラナ様ですね。それでは階段は皆様から見て左側にございますので、そちらをご利用ください」
「ああ、ありがとう。では行こうか」
受付の人から教えて貰った部屋へ向かうために階段を登る。
「今まで部屋に入れなかったんですか?」
「ああ、理由は教えてはもらえなかったがな」
「どんな状態なんですかね」
「さあな、いつも高熱が出てるとしか教えてもらえないんだ。後は原因が分からないとかな。だからこそ入れてもらえないのだろうが。原因が分からない以上他人に感染するかもしれんからな」
「・・・・・・」
「シキト君は心当たりがあると言ったね。聞いてもいいかい?」
「実際に見てないので確証はありませんが・・・一つだけ心当たりがありますね。ですが見ないと分からないので話せませんね」
「そうか・・・む、着いたな。ここがアンナの病室か」
ラナは一応ノックしてから扉を開ける。
「失礼。アンナは・・・寝ているか」
「失礼します」
「失礼します。・・・お母さんはどうなってるの?」
「どうだいシキト君。何か分かるかい?」
「ちょっと待ってくださいね。・・・すごい熱ですね。ただ寝てるようにしか見えませんが」
「ああ、ずっとこうらしい」
「そうなると・・・やはりこれは・・・」
「何か分かったのかい?」
「ええ、これは病気です」
「病気? それならここの医師が気づかないはずがないだろう?」
「非常に稀なんです。しかもかなり古い文献にしか載っていないようなものですので、ここの医師が知らないのも無理もありません」
「まあそれは置いといて、それは一体どんな病気なんだい?」
「『魔力高熱病』と呼ばれる病気です。これはその名の通り魔力が熱を持つんです」
「魔力が?」
「ええ、手を触ってみてください」
「これは・・・!」
「熱いでしょう? これは全身が熱いんです。そしてそれこそが魔力高熱病の特徴です」
通常、魔力に実体はない。それはただのエネルギーに過ぎないからだ。だが、魔力高熱病はエネルギーの塊である魔力自体が熱を持つ。熱運動によって発生する熱エネルギーとは違いエネルギーそのものが熱を持つので、身体の内にある魔力が熱を持った場合は全身が熱くなり、まず立っているどころか意識を保つことさえ困難な状態に陥る。今のアンナの状態がそれだ。
「これは通常死に至ることはない病気ですが、これが原因で死に至ることはあります」
「・・・どういうことだ?」
「意識がない人間はどうやって栄養を摂取するのでしょうか」
「「!!」」
「栄養失調、体の発熱による脱水症状。その他諸々。つまり、合併症です」
式人の言葉に二人は揃ってアンナを見る。よく見ればその体はやつれているようだ。
この世界に点滴はない。外部から直接栄養を摂取するという考えがそもそも存在しない。ならば意識がない状態の患者にどうやって栄養を送り込むのか。技術力で地球に劣るこの世界は魔法を使うしかない。魔法で口から流し込むのだ。だが、意識のない人間にそんなことをすれば当然吐き出す。故に得られる栄養など微々たるものでしかない。
「・・・どうすれば治る?」
「簡単です。魔力が熱を持っているのなら、魔力から熱を奪えばいいんです」
「具体的には?」
「俺の魔力をアンナさんに流します。熱は高い方から低い方へ移動するので、俺の魔力に熱を移動させることで彼女の熱を下げます」
「無茶だ! そんなことをすれば拒絶反応が出るはずだ!」
体内の魔力は他者の魔力を受け付けない。なぜなら魔力は人それぞれで違うからだ。人が魔力を回復させる際には自然に存在している魔力を徐々に取り込むか、魔力回復薬を飲むしかない。しかし、他者から魔力を受け取る場合は拒絶反応が起こる。それは異物扱いされるからだ。他人の特徴とでも言うべき魔力を体内に取り込むと、まるで自分の中に別の何かが存在しているようで拒絶反応を起こす。
もしそれでも他人に魔力を流す必要があるときは、自分の魔力を他人の魔力に変質させなければならない。それには繊細なコントロールと多大な集中力が必要で、魔力を完璧に操ることができなければならない。
「それでもやらなければ、彼女は一生治らずいずれ死ぬだけです」
「どうしてそこまで・・・」
「さあ? 自分にもわかりませんね」
嘘だ。彼は何故自分がこんな無茶をしているのか分かっている。彼は目の前で人を死なせたくないだけなのだ。一度知ってしまったら死なせないように動く。そのためならばたとえ無茶だろうと、自分が死のうとも目の前の人間を助けられるのならば構わなかった。かつて自分が助けられたように。今度こそ助けられるように。
だがそれは残酷な行為であるということを彼は分かっている。これはただの自己満足だということも理解している。だが、一度助けると言ったからには命を懸けてでも彼は彼女を助ける。
そして式人は魔力が一番集まる場所、心臓の上に手を置き魔力を流し込む。すると両者共に苦痛に満ちたかのように顔を顰める。拒絶反応が起きているのだ。そこから式人は魔力を精密且つ素早い魔力操作で、自分の魔力を徐々にアンナの魔力に変質し、同調させていく。段々と同調してきたのか、アンナの顔が安らかなものになっていく。
どれくらい経っただろう。一分か五分か、或いは十分か、それとも三十分か。それくらい長く集中していた式人がアンナから手を離した。
「ふぅ。もういいでしょう。触ってみてください」
「熱が・・・引いてる・・・」
「お母さんが暖かくなってるわ」
「熱は完全に引きました。後は数日も安静にしていればいずれ目を覚ますでしょう」
「ありがとうシキト君。君には感謝してもしきれない」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして、と言うべきですか」
「それと、その、ごめんなさい」
「ん?」
「教わることなんてないって言っちゃったから、ごめんなさい」
「ああ、いいよ別に。気にしてないから。君もお母さんのことで神経質になっていたんだろうし。君も勉強になっただろうし、これからは気をつけてくれ」
「うん。ありがとう」
「それではギルドに戻ろうか」
「そうですね」
治療を終えた式人達はギルドに戻ることにした。受付にはアンナの熱が下がったとだけ報告して。
なんとか投稿出来ましたが、割と人生かかってるので次の更新がいつになるかは分かりません。気長に待っていただけたらなと思います。
ついでにスタンピードを2倍の規模から半分もしくは同等の規模に変更しました。(2018/05/15)
魔力熱が他の作品で既に出ているのを知ったので、魔力高熱病に変更致しました。(2018/07/08追記)