直前
結局、女将の説得を諦めた式人は街の防衛に参加することに決めた。元より参加するつもりだったのだが、あそこまで言われては負ける訳にも行かなくなったのだ。女将さんは人をその気にさせるのが上手いな、と式人は苦笑する。
避難勧告が出されてから一週間たった今、式人はウルス大森林とエリエスの街のちょうど中間当たりに一人で立っている。本当はイーリスに挨拶してから来たかったのだが、既にイーリスは避難していたようでギルドには防衛に参加するA、B、Cランクの冒険者しかいなかった。その中にはガンツの姿もあった。
「よう、シキト。お前さん何しに来た? と言っても答えは一つしかねえわな。いいのか?」
「ええ、結構長くこの街に居たので愛着というものが湧きまして。ガンツさんこそ覚悟は出来てるんですか?」
「おいおい。そりゃ愚問ってやつだな。冒険者として活動し始めてから何時かこんな日が来ると分かっていたんだ。覚悟なんざとっくに出来てらあ」
「すいません。確かに愚問でしたね。お互い死なないように頑張りましょう」
「お前に言われなくても分かってるよ。それで?」
「それで、とは?」
「とぼけんなよ。何か考えてんだろ? だからここに来たんじゃねえのか」
その言葉に式人は驚いた。イーリスに挨拶に来たのも本当だが、もう一つの目的がある事がバレていたとは思わなかったのだ。
「つくづく隠し事が下手だな、俺は。その通りです。一つだけ被害が少なくなる方法を提案しに来ました」
その言葉にガンツの目が細くなる。黙って続きを促すと式人は、
「俺が前に出るので、皆さんには俺が打ち漏らしたやつを叩いてください」
と自らが囮になると言い出した。当然受け入れる事は出来ないが他に被害が少なくなる方法も無く、また自分達は提案した本人より実力が足りないため下手すれば式人の足を引っ張る可能性もある。だからこそ誰も何も言えなかった。ただ一人を除いて。
「おう、シキト。おめえ何言ってやがる。そんなことさせられる訳ねえだろ!」
「ガンツさん。止めないでくださいよ」
「いいや、止めるね! てめえらも、このバカを止め、――うぐっ!」
叫んで式人を止めようとしていたガンツが突然頽れた。見るといつの間にか式人の手がちょうどガンツの鳩尾があった場所に存在していた。
「ガンツさんの介抱を頼みます。それとガンツさんが起きたら俺が謝っていたと伝えといて下さい」
ガンツの近くに居た冒険者に頼むと式人はギルドの外に出ようと踵を返し、ふと何かを思い出したような動作をした後、
「そうだ。もう一つ頼まれてください。イーリスさんにご飯一緒に行けなくてごめんなさいって伝えといて下さい」
それだけ言うと今度こそ式人はギルドを出ていってしまった。そして、今にいたる。敵の数は少なくとも数万体、仲間はおらず、後には守ろうと思えるものがある。
かつて数ヶ月前にドラゴンと対峙した時と同じような緊張感だ。
「さて、変異種かスタンピードかそろそろ出てくる筈だが・・・っと来たな。今回はどっちだ」
ウルス大森林から黒い波のようなものが見えて来た。それらは全てが魔物だ。その数およそ十万。式人は居合切りの要領で刀を構え、一気に引き抜き振り抜いた。すると突然魔物の群れの前列が上下に分断し、靄となって消えた。代わりに宝石のようなものが落ちたのが辛うじて見えた。
「今回はスタンピードか。最悪だが、後ろには絶対に通さん。」
こうしてたった一人のSランク冒険者と歴史上最大のスタンピードが激突した。