説得
一週間で何が出来るかと言われても案外出来ることは少ない。精々避難勧告が出来るくらいだ。式人も知り合いにも避難勧告はしておいたし、何より一ヶ月は居た街だ。知っている人は出来るだけ死んで欲しくは無かった。しかし避難勧告が出されて三日がたった今でも宿屋の女将はまだ街に残っていた。
「だからですね、女将さん。いい加減避難して下さいよ。何でまだこの街にいるんですか」
「私はこの街で生まれたのよ。だから死ぬときもこの街でと決めていたのよ。結構早かったけどね」
「だからって今じゃなくても・・・」
「いいじゃない、死に場所くらいは自分で決めても。それに私はこの宿を棄てたくないのよ」
そう言われてしまっては式人は何も言えなくなってしまう。この世界では命の価値が低い。街の外に出れば魔物が蔓延りいつ死んでもおかしくないのだ。そんな世界で死に場所を選べるというのはかなりの幸福だ。
しかし、女将はまだ若く20代だ。この街を棄てて他の街で宿屋をやり直すことは出来なくはないだろう。だが、生まれたときから宿屋にいたならその思い入れも大きいのだろう。
それは式人には分からないものだ。この世界で生まれ育った訳ではない式人には思い入れと呼べるものは存在しない。だからこそ式人は憧れる。何かを棄ててまで守ろうとするその気概に憧れた。それがたとえ人であれ物であれ、守りたいという気持ちは本物なのだろう、と。そしてやはり自分は異質なのだと突きつけられる。守りたいものがあっても強い思い入れはないから。
「それにね、お客さん。あんた防衛に参加するつもりだろう? しかもほとんどの魔物を一人で相手するつもりだね?」
驚いた式人は女将の顔をまじまじと見てしまった。
「何を驚いてるんだい? 私は宿屋の女将だよ。相手の顔を見る商売だよ。そんな目をした人間が何を考えているか分からない筈がないだろうに」
どうやら女将を侮っていたようだ。そこまでバレていたとは式人は思っていなかった。
「あんたが行くんだ。何を心配する必要があるっていうの。それにあんたが魔物を倒した後に帰ってくる場所が必要だろう? だったら私がいなきゃこの宿屋は開いてないんだから、何も避難しようにもできないじゃないの」
「俺はそこまで強い人間ではないですよ。帰ってこれないかもしれない」
「お客さん、嘘が下手だねぇ」
「いや、嘘ではないんですが」
「いや、嘘だよ。あんたは帰ってこれないとか言ってるけど、本当は帰ってこれるんだろう?そんな目をしているよ」
「参ったな・・・女将さんには隠し事が出来ないみたいだ」
「そうよ。私に隠し事は通用しないよ。だからあんたも帰ってきなさいよ」
「そこまで言われたら仕方がありませんね。確かに帰ってきた時に宿屋が開いてないのは困りますからね」
確かに式人は帰ってこれるのだが、そこまで見抜かれてたのは初めてだった。
「必ず帰ってきなさいよ。イーリスが悲しむからね」
「イーリスさんを悲しませるのは俺も流石にしたくないですね。約束もしてしまいましたし。分かりました。必ず帰ってきますよ」
死亡フラグみたいな事を言ってるな、と式人は考えながら一つの嘘をつき、宿屋の外に出た。