私とお兄ちゃんの複雑な事情
『おう、志保。お前、今日例のゲームやるとか言ってたよな。もう終わったか?』
『そうか、そいつはおめでとさん。で、ものは相談なんだけどよ……』
「あ、あなたは生き別れのお兄ちゃん!?」
私達の関係は、この一言から始まった。
勿論、私に生き別れたお兄ちゃんなんていない。元々一人っ子だし。では何故そんな馬鹿なことを口走ったかと言われると、答えは簡単。ゲームに負けたバツゲーム、ただそれだけ。
『公園のベンチに座っている人に、「あ、あなたは生き別れの○○!?(いた人によって、合いそうな関係を当てはめること)」という』
こんな赤の他人を巻き込むバツゲームはしたくはなかったけど、前回の『駅までに出会った初めの人に愛の告白』よりはましだったせいで油断したらしい。見事に負けてしまった。
前回負けた子は、幼稚園児連れのお母さんが通りかかったので、幼稚園児に「わー可愛いねぇ。大好きだよ」と、犯罪ぎりぎりの線をかいくぐってクリアしていた。
今回は、誰であろうと相手にぽかんとされて、違うと断られて終わりになる予定だったので、言った私が恥ずかしいというそれだけのものだった……はずだった。
まさか、本当に生き別れの妹がいて、その妹をずっと気にかけてたような人間を引き当てるとは思わなかった。
ベンチへずんずんと近付いた見知らぬ他人が、いきなり馬鹿なことを口走ったせいで、ぽかんと口を開けてた彼は、信じられないものを見るような表情で
「まさか……カナ、か?」
と呟いた。
ここで人違いでしたって言っておけばよかったのに、思ってた反応と違ってすっかりパニックになった私は、自分の名前が『かなえ』だったせいで
「あ、はい」
と答えてしまった。しまった、と口を押さえたがもう遅い。
「カナ……、カナ大きくなって! 元気そうだな。十年ぶりか? 今はどこに住んでるんだ?」
すっかり感動した『お兄ちゃん』に抱きしめられ、震えながら泣かれてしまった私は、実は嘘ですとは言えなくなってしまった。
いや、最初は言ったんだ。言ったんだよ! だけど、この世の絶望を全て背負ったような顔したお兄ちゃんに
「そう、か……。そうだよな。泣いてた妹も守れないような人間、兄ちゃんだなんて思えやしないよな……。悪い……」
と言われてしまって、信じてもらえなかった。そのままいっそ川に飛び込もうかという勢いで意気消沈して去っていくお兄ちゃんを放っておくことは、私には無理だった。必死に妹さんは恨んでなんていないし大好きなお兄ちゃんだって思ってるよ、と励ましたところ、ひしと抱きつかれて「ありがとう……、カナ」と。
この状態で、私じゃないけどな! と言う勇気は私にはなかった。
仕方がないので、落ち着いてから誤解を解こうとした私だったんだけど……。
純粋に妹に会えたことをひたすら喜ぶお兄ちゃん。
どうもお兄ちゃんと妹さんは、小さい頃にご両親が亡くなって、身を寄せた親戚に騙され、財産全てを奪われたらしい。その後、二人は児童養護施設に送られ、別々の家の養子になったようだ。
けれど、お兄ちゃんを引き取ったお家は、子供を亡くして精神のバランスを崩した奥さんのいるお家だったらしく、奥さんがお兄ちゃんを我が子と思ってる間は良かったらしいんだけど、数年して我が子ではないと気付いてからは色々あったらしい。夫は元々子供に興味なかったらしく、妻がお兄ちゃんを罵って殴るのを横目にみながら会社に行っちゃうような人だったらしい。必死にバイトして逃げるように独り立ちするまでの間、地獄のようだったと呟いた。
で、幼い頃別れた妹が自分と同じような目にあってないかと、妹の引き取り先を訪ねたら、そこはもぬけの殻。
何でも、事業に失敗して夜逃げしたとか。一人娘(妹さん)は一緒に逃げたとか、置いていかれたとか様々な情報が錯綜して、行方不明に。
養護施設も居場所を知らない、どう調べていいかも分からないで、生活に追われて何も出来ず、途方にくれる毎日を送っていたところ、両親のいた幸せな頃によく来た公園で、妹(私)に声をかけられた、と。
その奇跡的な出会いの運命に、天に感謝までしているお兄ちゃんに、それ、偽者ですよ、と言えなくなってしまった私。両親からも祖父母からも唯一の子ということで溺愛されてきた私には、お兄ちゃんの苦しみは想像もつかない。
このままでいいはずがないので、いつかは打ち明けなくちゃならないんだけど、瞳きらっきら輝かせて「カナがいればどんなことがあっても辛くないよ」なんていうお兄ちゃんに真実を教え、このまま放置で逃げ去ることは出来なかった。
どうすればいいのか、頭が煮え返って蒸発しそうなほど悩んだ私は、本当の妹を探して引き合わせよう、と思い立つ。
まず、小さかったから忘れた振りをして、養護施設の名前と場所をゲット。そこからとりあえず本物のカナさんの引き取り先を知ろうとしたんだけど、そこの養護施設、結構最近職員が入れ替わったりしたらしくて、そもそもカナさんが分からない。
年齢やら状況を伝えて記録を見てもらい、多分これだろうというのをゲット。一応そこに行ってみた。けれど、当然ながら住み手は変わってた。
ご近所さんを一軒一軒訪ねてみたら、何と引越し先を知っている人がいた。早速教えてもらっていってみると、驚愕の事実が判明した。これ、カナさんじゃない。名前も全然違うし、そもそも自分のお兄ちゃんと今でも連絡取り合っているという。
彼女にカナさんについて聞いてみたが、覚えていないという。辛うじて養護施設にいたことは覚えているが、小さかったせいであまり記憶にないらしい。自分以外に兄妹なんていたっけ? と言われてしまった。
とりあえず、養護施設に戻って聞いてみるも、該当者がいない。何でも、最近の職員入れ替えは、養護施設で施設関係者の放火による小火騒ぎがあったせいらしく、過去の書類もいくらか失われたらしい。パソコン使おうよ。電子化、大事。
詰んだ。完全に詰んだ。
流石に、自分の引き取られた先が分からないから教えて、などとお兄ちゃんに聞くことは出来ない。ただでさえ別れた後の話を出来ないことを、言いたくないくらいの苦労をしてきたんだ、と解釈されて気遣われてる状態だ。それで自分の過ごしてきた先も分からないとなったら、小さい頃からたらい回し人生とか、壮絶な人生送ってる人になってしまう。
今でさえ過保護気味なお兄ちゃんなのに、これ以上の心労かけたらきっとお兄ちゃんの胃に穴が開く。
かといって、しがない高校生に出来ることなど多くない。探偵に頼むのが一番確実だが、生憎、私はお兄ちゃんと妹さんのフルネームすら知らない始末。
そう。私はおにいちゃんの名前を知らないのだ。聞けなかった。流石に、一目見てお兄ちゃんだと分かる程度に覚えてたお兄ちゃんの名前は忘れてましたーってのは不自然だろう、と。呼ぶ時は『お兄ちゃん』でいいので、名前を知る必要がなかったともいう。
フルネームを口走ってくれないかと、引き取られた後の新しい名字については聞いてみた。が、簡潔に「木村だよ」と教えてくれるだけだった。更に粘って「木村さん……」と呟いてみたけれど「そんな他人行儀に呼ばないでおくれ。お兄ちゃん、だろ?」と言われて敗北。そこは○○お兄ちゃんって名前をつけてほしかった!
その後も、名前書いたノートとかないかなーとか、スマホの自分情報見れないかなーとか、色々探ろうとはしたんだけど、敢え無く敗退。うろちょろする私を邪魔にせず喜んで相手してくれるせいで、お兄ちゃんに隙は一切なかったのだ。そんな訳で今だに私は、お兄ちゃんの名前を問われたらおしまいな似非妹なのである。
そんな粗しかない妹に、お兄ちゃんはとても優しい。どんな時でもにこにこ笑って、カナは可愛い、カナは凄い、カナは優しいと褒めてくれる。家族と上手くいっていなくて大変なはずなのに、そんな苦労は欠片も見せない。
細かいことにもよく気付き、髪形変えただけでもべた褒めするし、かなり身長差があるのに自然に歩調合せてくれてるし、どんなくだらない話でもきちんと聞いて相槌打ってくれる。途中で口を挟んだりするようなこともないのに、話しやすいように質問してくれるし、勝手な愚痴でも「うんうん」と、ただ黙って共感してくれる。
私が好きそうだからと美味しいお菓子をくれたお礼に手作りクッキーを持っていったら、えらく感動して力の限りスマホに収めた後、まるで国宝を押し戴くかのように慎重に食べてくれた。
感想は推して知るべし。世界一のパティシエールでも出せない奇跡の味だと、感動の嵐。耳がロケット噴射で飛んでいくんじゃないかというくらい壮大に大絶賛された。
感動のあまり、潰れて死ぬんじゃないかというほど抱きしめ、天才だ秀才だ、千年に一度の偉人に違いないとのたまったお兄ちゃんは、随分なシスコンだ。
お兄ちゃんの愛は、本来なら本当の妹に向けられるものであり、それを代わりに受けている自分が後ろ暗いという気持ちはある。
自分へ向けたものではないのだから、勘違いしてはいけないと自分を戒めてはいたものの、これだけ大事にされ甘やかされれば勘違いしないのは難しい。
というか、これだけマメでこれだけ優しくてこれだけ素敵な人に全力で愛でられているのに、好意を抱かないなんて出来るはずもなかった。
どっぷりお兄ちゃんに嵌ってしまった私は、言わなくちゃ言わなくちゃ、と思いながら、少しほの暗い感情と共に妹特権を感受していたのだ。
だから、罰が当たったんだと思う。
「カナ! 偶然だな、どこいってたんだ?」
無邪気に駆け寄ろうとするお兄ちゃんの横には、綺麗な女の人。
しなだれかかるように腕に巻きついた女の人に「この子だーれ?」と言われて、少し言いにくそうに「俺の妹だ」と答えるお兄ちゃん。
「へーぇ、そう。妹、ねぇ」
ことさら妹を強調しながら、こちらに微笑むその眼に浮かぶのは優越感か。にんまり笑う女の人から逃げたくなった。
「カナ? どうした、具合でも悪いのか?」
笑うことも出来ずに俯く私を見逃してくれるようなお兄ちゃんじゃない。分かっていても、顔が見れなかった。
分かってる。お兄ちゃんにとって私は妹で、どんなに大事にされたって恋愛対象とは別になる。だから、お兄ちゃんに恋人がいたってそれはなんら問題ないことなんだ。
だけど。
だけど、それなら、こんなに好きになんてさせてほしくなかった。抱きしめて「カナが世界で一番可愛い」なんて言わないでほしかった。
私は熱を測ろうと伸びてきた手から逃れ、愕然と目を見開くお兄ちゃんから逃げ出した。
がむしゃらに走って辿り着いた寂れた公園のブランコに蹲る。お兄ちゃんは追いかけてきてはいない。多分、あの彼女が引き留めたんだろう。いつもなら、泣いている妹を放置したりなんてしないはずだから。
それでも、お兄ちゃんは彼女を取った。溺愛している妹を独り泣かしておけるくらい、彼女が大切なのだ。偽物でしかない私たちの間の絆は、その程度のものだったのだ。
胸が痛い。
本当の妹さんには悪いけど、お兄ちゃんの愛情は全てカナである私に向けられてると思ってた。いつだってお兄ちゃんは私に会いに来てくれたから。お兄ちゃんがする話に、仲の良い友達の話とかはなかったから。
だから、いつの間にか勘違いしてしまったんだ。私が誰よりもお兄ちゃんの近くにいるんだと。
滑稽だ。実際にはお兄ちゃんの名前一つ知らないというのに。
「ふっ。ひっく。……おにぃちゃぁん」
後から後から零れ落ちる涙を必死に拭いながら、一人呟いた。公園の木々に消えていくと思われた言葉。誰にも聞かれることはないと思っていた言葉にはしかし、答えがあった。
「何? カナ」
背中から、柔らかな声と暖かいぬくもりが私を包む。
「お、にぃ、ちゃん?」
聞こえるはずのない声だった。いるはずのない人だった。
けれど、私がお兄ちゃんを間違えるはずもない。呆然と見上げた先のお兄ちゃんは、いつものように微笑んでいた。いつものように、私が愛おしくてたまらないという目で。
「は、なして……」
この期に及んでなお勘違いしそうになる自分が悲しくて、その腕から逃れようと身を捩る。けれどお兄ちゃんはいつもと違って放してくれようとはしなかった。
「カナ、好きだよ」
少し困ったように告げられるその言葉に、はっとする。
お兄ちゃんは、私の気持ちを知っている。妹にしか過ぎない私が、自分の彼女に嫉妬したのだと。ひょっとしたら、彼女に教わったのかもしれない。妹さんが自分を見て拗ねちゃってたわよ、とでも言われて慌てて探しに来たのだろうか。
私は一気に顔が熱くなるのを感じた。こんな感情を知られたことが恥ずかしすぎてお兄ちゃんの顔が見れない。
黙って俯いてしまった私をどう思ったのか、腰に回された腕の力が強まり、頭に何かが掠めた。けれど、それが何かと考える前に言われたお兄ちゃんの言葉に、頭が真っ白になる。
「聞いて、カナ。俺は、カナが俺の妹じゃないって知ってる」
「え……」
知って、いた……。私が、偽者だと。一体いつから。どうして。
思わず身を固くした私に何故かお兄ちゃんは慌てて謝った。
「ごめん、言い方が悪かった。違うんだ、カナが悪いんじゃなくて、これは俺が悪い」
何を言っているのか分からない。訳が分からず固まる私を放したお兄ちゃんは、正面に回り込んで私の両手を取った。
「大学のサークルで、ある時メンバーの妹達の間で流行ってる遊びについての話題になったんだ」
急な話題に目をぱちくりとさせる。いきなりの話転換についていけず、お兄ちゃん、サークルなんて入ってたんだ、という感想くらいしか浮かばない。
「それで、あんまり楽しそうにしてるから、俺たちもやってみようって話になって」
お兄ちゃんは、今まで友達の話なんてしたことがないのが嘘のように話し続けた。
「丁度、その日も妹さん達がまたゲームをするって言ってたから、何なら俺たちもそれに混ぜてもらおうってことになったんだ」
私は、訳が分からないながらも黙って聞いた。
「で、その時のゲームで、負けたやつが公園に赴いて最初に会った人間を生き別れの家族扱いするっていうのを聞いて、なら、それに乗っかって逆ドッキリを仕掛けようってことになってな」
「え……?」
「こっちでやったゲームは俺が負けて、逆ドッキリを仕掛けるのは俺になって。俺の友達が妹さんに連絡したらノリノリで同意して負けた子の情報も教えてくれて、タイミングなんかも計ってゲームに負けた相手が確実に俺を相手に選ぶようにしてくれて」
「え………?」
「滅多に人のいない寂れた公園を指定されて、変に思っただろ? それだとバツゲーム実行なしになるかもって思わなかった? それ実は、確実に俺がいるって分かってたからなんだ」
頭が真っ白というのはこういうことを言うのだろう。お兄ちゃんが話していることが頭を滑って全く理解できなかった。えと、つまり、どういうこと?
「最初、相手がギブアップしたらこっちも逆ドッキリだったってのをばらして笑い話にしようって話だったんだけど……」
そこで一旦話を区切ったお兄ちゃんは、きまり悪げにぽりぽりと頬をかいた。
「その、思ってたより可愛い子だったから、もうちょっと話したいなって思って」
「……え?」
「そんで、自分は妹じゃないって言ってる君の言葉を無視して無理矢理お芝居を続行させた」
「仲間には、流石に簡単に終わり過ぎて詰まらないから、もう少し騙していたことがばれるまでやってみるって言って、君の友達の方にも協力してもらって、君と生き別れの兄妹ごっこを続けた」
頭は相変わらず働いていなかったが、辛うじて引っかかってくれた言葉は、私を大いに驚かせた。
「……えっ!?」
つまり、皆知ってたということ? お兄ちゃんが私を妹じゃないって知ってることも、私がお芝居続行してることも全部?
確かに、そういえば志保がゲームの直後にちょいちょい電話を挟みながら、条件にあれこれ注文を付けてきて、皆を無理矢理説き伏せていた気はするけど。
人気のない公園で、その時人がいなければ実行しなくていいなんて、私にとって都合が良い展開だったからあまり気にしてもなかった……。
「いや、本当は程々のところで謝るつもりだったんだ。けど、君があんまり無邪気に俺を兄として慕ってくれるから、あと少し、あと少しだけ、と後回しにするたびに言えなくなって……」
お兄ちゃんは私を真正面から見つめると、勢いよく頭を下げた。
「悪いっ! ずっと君を騙してた。君が俺のことを考えて、本当のことを言えなくて罪悪感に駆られてるのを知ってながら、俺は俺の勝手な希望のためにずっと気付かないふりして嘘に付き合わせてた。君は悪くないのに、罪悪感を利用してずっと君を縛り付けてた」
呆然とお兄ちゃんを眺めた私に、お兄ちゃんは延々頭を下げ続けた。
「許してくれってのは調子が良すぎる話だとは思ってる。虫のいい話だってことも分かってるけど、俺はこれっきりで終わりにしたくない。思いっきり罵ってくれて構わないし、気が済むまで顔を合わさないようにだって気を付ける。だけど、もし少しは許してもいいと思えたら、また会ってくれないか?」
一息にそう言ったお兄ちゃんは、その後ぴたりと動かなくなった。私の反応を待ってくれているらしい。
「え、と。その……。聞いてもいいですか?」
「あぁ! 何でも」
どうすればいいのか分からなくなってとりあえず話しかけると、がばりと頭をあげたお兄ちゃんに強い瞳で見つめられる。
「え、と。つまり、貴方に生き別れの妹は、いない?」
「あぁ。俺の兄弟はさっき君と会った時に一緒にいた姉だけで、あっちが結婚してるから離れて暮らしてはいるが、連絡は取ろうと思えばいつでも取れる」
「養護施設も、虐待も、全部、うそ?」
「あぁ。俺は養護院も里親もどんなものか見たことすらない。君に会う前に、生き別れになるのはどんな状況かって話を仲間としてたもんで、それを君に話しただけだ」
「……よかったぁ」
「え?」
思わず言った言葉に、目を真ん丸にするお兄ちゃん。
「お兄ちゃんが不幸じゃなくて、良かったです」
本当に良かった。
全然回らない頭で考えられたのは、ただ一つだけだった。不幸でなくて良かった。偽物の妹に傷付かないで良かった。辛いことは全部嘘で嘘で良かった。
「っ!」
心から安心したせいで、頬がニマニマと緩んでしまう。変な顔を見せて呆れられたくないと、慌てて頬を押さえていると、お兄ちゃんは両手で頭を抱えて蹲ってしまった。
「お、お兄ちゃん!?」
「なにそれ、やばい。俺、死ぬかも?」
「え、え?」
おろおろとしている私をよそに、お兄ちゃんはそのままの姿勢でいきなり笑い始めた。
「あー、やっべ。死ぬ。カナがいますぐいい子いい子してくれないと死んじゃう」
「へ? え?」
訳が分からなかったが、とりあえずお兄ちゃんに死なれるのは困るので、恐る恐る頭に手を伸ばす。
「えーと、いい子、いい子……きゃっ?」
おずおずと撫でたところでお兄ちゃんの腕が私を捕らえ、引き寄せられる。
「カナ。今まで最低な俺だったけど、これから必死に挽回するから付き合って?」
強い瞳と真剣な言葉、そして微かに震える手がお兄ちゃんの想いを伝えてきた。
「えっと……それじゃあ」
私の言葉にピクリと震えるお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんに、私は話しかけた。
「初めまして、私は木山かなえです。まず、貴方の名前を教えてもらってもいいですか?」
一瞬、ぽかんとしたお兄ちゃんはすぐにはっとした顔をして、きちんと姿勢を正して答えてくれた。
「初めまして、木村和人です。貴方に一目惚れしました、付き合ってください」
ちゃっかり告白まで付け足して頭を下げるお兄ちゃんに、何だか笑えてくる。知らなかった、お兄ちゃんって結構強引なんだ。
ただただ優しい面だけしか見せなかったお兄ちゃんとは違う、少し強引な所に胸がどきどきする。どうやら私は、そんなお兄ちゃんも好きらしい。
「……はい。よろしくお願いします」
こうして、嘘から始まった私たちの関係は、ほんの少しの遠回りを経て、二人一緒に歩むことの出来る関係へと変化したのである。
悪ノリ兄妹と和人(お兄ちゃん)の、その後の会話。
「カナが俺のことをお兄ちゃんって呼び間違える……」
「ま、しゃーねぇだろ。騙してたんだから自業自得じゃね?」
「いや、それはいいんだが、いやよくないんだ。最近、上目遣いで『お兄ちゃん』とか言われると、何か新たな扉が開きそうな気が……」
「うわっ」
「変態!?」
「なんていうか、こう、お兄ちゃんが全部手取り足取り教えてあげるよーって言いたくなるっていうか……」
「お巡りさーん、こいつです!」
「変態がいます!」
「妹萌えとか、訳分かんねぇと思ってたけど、ちょっと……いいかも」
「ちょ、うちのかなえに近づかないで!」
「カナちゃん、逃げてー!」
カナは、多分長い間お兄ちゃんと言いかけると思われ。うっかりお兄ちゃんが新たなる境地に至ってしまいそうだな、とか思った私は、多分きっときちんと和人のこと好きだと思ってますよ、多分。




