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第2話

 ふわりと音もなく黒い靄が沸き上がり、開いた襖めがけて飛んでくる。コバエの群れ。彼女は咄嗟に顔を伏せ、脇へ逃れてやり過ごした。恐々室内を覗き込む。

 恐ろしく空気が濁っていた。

 泥の様な空気の中、その光景は明らかに異質だった。


 飾り気のない部屋は掃除が行き届き、綺麗に整えられている。しかし、換気口は完全に塞がれ、窓はガムテープで厳重に目張りが施されていた。熱気と臭気が籠った狭い室内は息苦しい。

 窓際にある小さな文机と壁際の衣装ダンス。畳敷きの中央に敷かれた一組の布団に横たえられている何か。敷布団には気味の悪い液体が滲んでいる。何かの顔の辺りはハンカチらしき清潔な白布で覆われていた。白布から覗く長い黒髪は丁寧にまとめられ、肩口から胸元へ流している。

 枕元に置かれた丸盆には小さな花瓶。庭から切ってきたらしい、丸く愛らしい花姿の夏菊が数本生けられている。


 彼女は目の前に何があるのか解らなかった。一見清潔な部屋の、異質な一点を凝視したまま自問自答する。解っている答えに手を伸ばすのが怖い。

 狭い室内に充満する暴力的な臭気の中、茫然と立ち尽くした。

「どうかしましたか?」

 どのくらい時間が経ったのか、部屋の入り口で立ち竦んでいた彼女は、背後からの声に上げかけた悲鳴を呑み込んだ。後ろに視線を向ければ、すぐ近くで少年が小首を傾げて立っている。

 無意識に少年から一歩離れた。

「……っ」

「永井君のお母さん?」

 もう一度少年が問いかける。

「た……、たかあき……、君?」

「はい」

 呼ばれた少年はふわりと笑う。澱みのない透明な笑顔は永井の母親を震え上がらせた。目の前の少年が、得体の知れない恐ろしいモノに見えた。


 不意に、玄関からカラカラと扉を開ける軽快な音が響き、漂う緊張感を砕いた。続けて暢気な声が響き渡る。

「おばんですー。永井ですけど、うちのお母さん来てるかなー?」

 玄関先で永井の父親が立っていた。中々戻らない妻に、何かあったのではと様子を見に来たのだ。

 少年は声に振り向くと「はーい」と返事をして玄関へ向かおうとする。

 瞬間、彼女は声を張り上げた。

「あっ、あなたーっ! あなたっ、あなたーっ!!」

幸江さちえ?!」

 尋常ではない呼びかけに驚き、永井の父親は慌てて家に上がりこんできた。やはりこの臭気に顔をしかめている。妻の元へ駆け寄リ震える肩を抱き寄せた。そして開け放たれた襖の先を目にして凍りつく。

「……きっ、……救急車……、いや……、け、け、警察……」

 呟くと、抱き寄せた妻を引きずるようにして、壁際の電話に取りついた。

 二人の様子を見つめていた少年は、目を伏せると静かに息を吐いた。


  ◆  ◆  ◆

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