【なな】緊張の撮影会です
ここで簡単な登場人物紹介です。
・吉川ひまり
あだ名は「顔面凶器」。ゆるキャラのバイトをしている。
・岬隼人
かわいいものが好きな残念イケメン。
・吉川明美
ひまりの母で天堂カメラの広報部長。
・谷華絵
広報部所属でひまりのサポート担当。キレイ系女子。
・藤井優里
広報部所属でひまりのサポート担当。ボーイッシュ。
・田島伸作
広報部所属で元カメラマン。押しが強い。
簡単ですがこんな感じです。
登場人物少ないですね(笑)
日記を始めたところ、なかなかの反響でした。
たくさんの人からコメントが届き、驚きです!
中には写真を始めたばかりの方から「一緒に頑張りましょうね」なんて言葉を頂いたりして、とっても幸せな気持ちになりました。
カメ子ってすごいんですね!
今日は「天堂カメラ」の写真展でのお仕事です。
場所は本社ビルということで、移動はとっても楽です! やったね!
オープン前に、展示してある写真を見せてもらいました。
すごいです! みんな笑顔で、幸せそう。
一枚一枚をじっくり眺めていると、ふと見覚えのある写真が目に飛び込んできました。
それは母子の写真です。
きれいなお母さんの膝の上で笑っている女の子。
「ひまり、覚えてる?」
後ろからお母さんが声をかけてきました。
「覚えてはいないんですけど、見たことあります。お家のアルバムに入ってますよね?」
お母さんは微笑みました。
「ひまりの四歳のお誕生日の記念写真よ。会社でサンプルになる写真を撮りたいって頼まれて、せっかくだから引き受けたの」
「天堂カメラで撮ったものだったんですね」
知りませんでした。
でもお母さんが写真屋さんで働いているんだから、当然と言えば当然ですね。
「撮ってくれたの、田島さんよ」
「ええ!?」
それは驚きです!
後でお話を聞こうと思います!
写真展がオープンして、私は別室でカメ子に変身します。
うん、今日もカメ子は安定の可愛さです。
その時、谷さんが入ってきました。
「カメちゃん、出られる? 田島さんが呼んでるんだけど」
カメ子は喋らないので、大きく頷きました。
相変わらずよたよたと歩き、会場につながる扉を出ようとした瞬間。
ばんっ、と音がして動けなくなりました。
こ、これは! カメ子が扉の枠に入りきらずにつっかえている!?
会場の人々の視線を感じます。…恥ずかしい!
手をばたばたさせて、何とか勢いをつけようとしますが、上手く動けません。カメ子、野生時代に死にかけた時以来のピンチでは!?
その時、背後から通りすがりのスタッフさんが見かねて背中を押してくれました。
ありがとうございます、ありがとうございます!
勢いがついた状態で、カメ子の体が会場に飛び出しました!
ああ! これは転ぶ!
カメ子の中で思わずぎゅっと目を閉じてしまいました。
しかし予想していた衝撃はなく、誰かに抱き留めてもらったような感触を受けたので、恐る恐る目を開けると…。
イケメンが目の前にいました。
「だ、大丈夫ですか」
そう心配そうに声をかけてくれます。
…あれ? このイケメン、どこかで見たことがあるような?
気がつくと首を傾げていたようです。
「すみませんお客様! ほらカメ子!」
田島さんの声に、我に帰りました。イケメンに抱き留められたままの体制です! これは失礼いたしました!
慌ててイケメンから離れ、体勢を立て直した瞬間。
…ああー!!
思い出しました!
岬くん!
高校の時の同級生で、私の、失恋相手です…!
むしろなぜ忘れていた、私よ!
彼の名前は岬隼人くん。
二年生から卒業まで同じクラスでした。
一年生の時の友達とクラスが離れてしまった私は、新しいクラスでものすごく不安でした。そんな時に声をかけてくれたのが、隣の席の岬くんだったのです。
私のひきつったような笑顔に驚いてはいたものの、態度を変えず接してくれたことが本当に嬉しくて、好きになるのに時間はかかりませんでした。
ですが彼はクラスのムードメーカーで、女子のほとんどがイケメンの彼を好きでした。もちろん勝ち目なんかありません。
付き合いたいなんて大それたことは全く考えていませんでした。ただ、話せるだけで嬉しかったんですよ。
そんな小さな幸せを噛み締めていたある日、突然岬くんが言ったんです。
「吉川、あんまり笑うなよ。お前、顔面凶器なんだから」
そう、彼は私のあだ名、顔面凶器の名付け親なんです!
その時周りにいたクラスメイトの活躍(?)で、このあだ名は瞬く間に定着しました。イケメンの影響力すごい。
そして私は、岬くんと話をするのが怖くなりました。
岬くんはその後もいつもと変わらず話しかけてくれたのですが、私は自分でも驚くくらい傷ついたみたいです。
岬くんを避けまくり、クラスからも孤立していき、それからの高校生活のほとんどを一人で過ごしました。不遇の青春時代と言うやつですね!
そして、私の失恋が決定的になったのは、卒業式の前日。
…いや、これはトラウマすぎて思い出したくない!
私の記憶の奥深くにしまっておくことにしましょう。そうしましょう!
はい、回想終わり!
どうも回想中にフリーズしていたようです。
岬くんが困ったような表情で私を、あっ違った、カメ子を見ています。
「どうしたのカメちゃん? お兄さんがイケメンだからびっくりしたのかな?」
谷さん、ナイスフォロー! これは全力で乗っかりましょう!
私はこくこくと頷きました。岬くんの表情が和らぎます。相変わらずカッコいいなぁ。顔が。
田島さんが口を開きます。
「カメ子に、写真のモデルをお願いしたいんだよ。このお兄さんが、写真の練習出来るように」
そういえば田島さんに呼ばれたんでした。
岬くんのために呼ばれたの? 彼を見ると、困ったような、でも口元は笑顔です。
ああ、これたぶん、田島さんに押し切られたな。
私もだんだん広報の方々の性格が分かってきました。田島さんは意外と押しが強いのです。「まあまあ、さあさあ」と笑顔でごり押ししてきます。奥さんの作ったマフィンをやたらと勧められたのはいい思い出です。
話を戻しましょう。はっきり言って気まずいです。できればモデルは断りたい! でも岬くんはカメ子の正体なんて知るはずもないし、そもそも私は今カメ子であって、カメ子と岬くんの関係は初対面のゆるキャラとお客様です。
うん、選択肢なんてないね!
私は頷きました。ですが返事までに間があったせいでしょうか。岬くんは申し訳なさそうです。
「あの、ご迷惑なら大丈夫なんで」
私は首をぶんぶんと横に振りました。
ごめん岬くん! 迷惑ではないんです! ただ、一方的に気まずいだけなんです!!
「ほら、迷惑じゃないって。大丈夫ですよーお兄さん」
谷さん、重ね重ねフォローありがとうございます。ステキ女子は違うね。
ここで田島さんが張り切り出し、てきぱきと岬くんとカメ子に指示をくれます。
「カメ子、きをつけ!」
おお!? びっくりした! 体が勝手に従いました。田島さん、軍曹みたいです。
そこからしばらく岬くんと田島さんによる、カメ子撮影会が続きました。他のお客さんはその光景を楽しそうに見ています。
カメ子は数少ない決めポーズを繰り出しながら、ふと考えます。
岬くんって、カメ子とか絶対に興味ないよね? なのに岬くんのカメラのデータを、こんなゆるキャラで埋めてしまってよいものでしょうか…。しかも中身は「顔面凶器」ですよ。
いたたまれないわー。
岬くん、ごめんね!
口には出せないので、心の中で謝っておきましょう。
「じゃあ最後に、お兄さんとカメ子の2ショット撮りましょうか」
ええ!? それ要らないでしょ岬くん!
ほら、驚いた顔してる! もう、田島さん!
しかし田島さんは「さあさあ」と言いながら岬くんをカメ子の横に並ばせ、自分は岬くんのカメラをすでに預かってます。
ホント押しが強すぎる。
「じゃあお撮りしまーす!」
田島さんがシャッターを切ります。もしカメ子の中に入っていなかったら、私のこれまでで一番の「顔面凶器」な写真が残ったことでしょう。ああ、カメ子でよかった。
最後に、岬くんと握手をしました。爽やかな笑顔です。
この笑顔は変わらないなぁ。
とにかくこれで、任務完了です! 頑張った、私!
別室に戻ってカメ子の頭を外した瞬間、どっと疲れが押し寄せました。
ぐったりとした私に、谷さんが慌てます。
「ひまりちゃん大丈夫? 熱中症かしら?」
「いえ違います…。精神的ダメージです…」
「ええ?」
谷さんは首を傾げています。そりゃそうだ。
ゆるキャラって、大変なんですね。
そんなことをしみじみ思った、7月8日でした。
読んでいただきありがとうございます!