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ゆるキャラはじめました  作者: 山下ひよ
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【ろく】夢の撮影会 岬目線

今回は岬くん目線です。

残念なイケメンです。


 俺、岬隼人には好きな人がいる。

 一目惚れでした。

 そのフォルム、愛くるしい動き、何もかもが俺の心を揺さぶった。

 だけど彼女とは口を利いたこともない。まさに高嶺の花というやつだ。

 そう、俺が好きになったのは、ゆるキャラだったのです。



 カメラを買うことで手に入れたストラップは、部屋のテレビの横に飾っている。もしも実家暮らしだったら、さぞ冷たい目で見られたことだろう。一人暮らしで良かった。

 あの日から俺は、パソコンで「天堂カメ子」のことを調べまくった。もしもスマホでうっかり画像とか保管して、それを知り合いに見られたら死ぬほど恥ずかしいので、パソコンのみを使っている。

 天堂カメラのホームページのWEBチラシにはところどころにカメ子さんがちらついている。こういうさりげなさすら愛おしい。

 インターネットで「天堂カメ子」を検索すると、いくつか動画と画像が出てくる。この前俺が会った日の動画もあり、特に動きがあって可愛い。たまらん。

 そんな風に暇さえあればパソコンを触っていたある日、天堂カメラのホームページにこんな文字を発見した。


 新企画『今日のカメ子』


 今日のカメ子!?

 なにそれ、なにそれ!?

 興奮に震える手を必死に動かし、クリックする。

 するとこんな文面が現れた。


「こんにちわ わたしのなまえ てんどうかめこです きょうから にっきかくです よんでください」


 読む! 読むよカメ子さん!

 何だこの文面。可愛すぎるだろ!

 そしてその下に、何やら緑色のものが写った写真が載せられている。


「おへやにあった はっぱ たべられるかな かじったら しゃちょおに おこられたです」


 …あ! これ観葉植物か! ピント合ってないから一瞬分からなかった。

 これかじったのか!? 社長、カメ子さんを怒るなんて、…羨ましい!

 その更に下には、こちらから書き込めるコメント欄があった。すでに数十人がコメントしているようだ。


「カメちゃんかわいい!」

「写真ヘタかよwww」

「カメ子って草食なの?」


 こんなコメントが大半だ。

 俺もコメントしたいが、なんと書けばいい?

 カメ子さんの目に止まる、インパクトのあるコメントよ、降りてこい!


①「カメ子さん、これから日記楽しみにしてます!」


 ふつうだな。いや楽しみだけど!


②「かじったはっぱ、おいしかったですか?」


 …どうだろう? 怒られてるしなぁ。


③「私もカメラ練習中です。一緒に頑張りましょうね!」


 無難だが、カメ子さんの腕前をバカにすることなく、それとなく親近感を抱かせるのではないだろうか。


 うん、これでいこう。

 俺は③をコメントした。

 その後またホームページをチェックしていると、イベント情報という文字が目に入った。

 確認すると、天堂カメラが主催している写真展や撮影会、カメラの出張販売などの情報が載っている。そこに、気になる事が書いてあった。


 7月8日(土)天堂カメラ写真展 (カメ子登場予定)


 カメ子さん来るの!?

 場所を見てみると、片道二時間位のところにある天堂カメラ本社ビル。

 …行ける!

 この日休みだし、あまり地元に近すぎると顔見知りに見つかる可能性があるが、あの辺りまで行くとよっぽどのことがない限り鉢合わせはしない。

 もしかしたらカメ子さんと握手したり、…写真とか撮れちゃうかも!?

 カレンダーの7月8日に赤丸をつけ、俺は遠足を待ちきれない小学生のような気持ちで、彼女に会える日を指折り数えて待った。



 そしてとうとう運命の日。

 朝五時に目が覚めた。どうしよう、わくわくが止まらない。

 二十三歳でこんなにわくわくする日が来るなんて!

 初めてのデートをする女子のように服を取っ替え引っ替えし、結局は一番馴染んでいるジーンズとTシャツに落ち着いた。上に白いシャツを羽織り、爽やかさをアピールしてみる。

 黒いリュックには、この前カメ子さんのストラップを手に入れるために購入したデジカメを入れる。

 最近カメラを始めて、興味を持って写真展に来たら偶然カメ子さんと出会うシナリオ。…いい!

 いざ、出発!



 電車を乗り継ぎ二時間かけて、天堂カメラの本社ビルに到着した。

 入場は無料。

 そこは満員とまではいかないが、そこそこ賑わっていた。

 部屋の中にはたくさんの大きな写真が、壁やイーゼルに飾られていた。

 これまで写真展というものに全く縁のなかった俺だが、多くの写真が並べられているその光景は壮観で、少し圧倒された。

 客層は様々だ。俺のように一人で来ている人もいれば、家族や友人、恋人同士と思われる二人組もいる。

 写真に写っているのは、ほとんどが人物だ。たまに風景写真も混ざっているが、それはほんの一割位だろうか。

 みんな笑っている。家族写真、遠足や入学式などの学校行事、子どもの誕生日や七五三、成人式の写真など、様々な記念写真が部屋を彩っていた。


 入口にいたスタッフにパンフレットをもらい目を通すと、天堂カメラのカメラマンが実際に仕事で撮影したお客さんの写真を、許可をもらって展示しているそうな。じゃあモデルじゃなくて一般人なのか、と驚く。

 他の客に紛れて写真に見入っていると、突然話しかけられた。


「良い写真でしょう」


 振り返ると、中年のおじさんがいた。

 おじさんにナンパされた! いや、そんなわけあるか。

 おじさんは首から天堂カメラの社員証を提げている。それには「田島」と名前が書かれていた。

 何で俺!? 他にたくさん客いるじゃん!

 そう思って周りを見ると、他のお客さんにもスタッフがちらほらとついていた。

 …俺もあっちの可愛いお姉さんが良かった。

 だがおじさんは俺の思いなど知ったこっちゃない。


「この写真、私が昔撮ったんですよ」

「え、そうなんですか」


 俺がその時見ていたのは、母親と小さな女の子の写真だ。

 母親の膝の上で、おめかしした女の子は満面の笑顔を浮かべている。


「もう二十年近く前の写真ですがね。これを撮ったときのことはよく覚えていますよ」


 田島さんは目を細めている。スーツ姿のおじさんは、言っては失礼だがカメラマンにはとても見えない。


「カメラマンさんなんですね」

「元、ですよ。今は広報課におります」

「へえ」


 …はっ!

 普通に話しているが、俺の今日の目的は写真展でもおじさんでもないんだった!

 雰囲気に呑まれてしまった。俺としたことが!

 しかしおじさんは俺を解放してくれない。


「お客様もカメラにご興味が?」

「あー…、この前カメラ買ったんですけど、特に何撮りたいとかなくて」

「なるほど。それで参考までにこちらに」

「ええまあ」


 おじさん、もういいよ!

 カメ子さん、まだ出てこないのかな?


「せっかくですから、今日カメラお持ちならちょっと撮ってみませんか?」

「ええまあ。…ええ!?」


 突然の無茶ぶり! おじさん、もうほんと解放して!


「ちょうど今日、良い被写体がいるんですよ。練習がてら、ね」

「えええええ」


 おじさん押し強いな! 断りづれえ!


「ちょっとお待ちくださいね。ああ谷さん、カメ子もう出れるよね」


 おじさんがちょっと待て!

 …あれ? 今、カメ子って言った?


「出られます! 呼んできましょうか」

「頼むよ」


 谷さんが扉の向こうに消える。


「…あの、被写体って…」


 動揺で声が震える!

 おじさん改め田島さんは、イイ笑顔で言った。


「うちのマスコットキャラクター、天堂カメ子です。ご存知ですか?」


 田島さああああん!!

 あんた神様だよ!!!

 田島さんを拝みたいのを必死でこらえていると、谷さんが戻ってきた。


「お待たせしました! カメ子でーす」


 ええ、もう!?

 ちょっと待って、心の準備が!

 心臓をばくばくさせながら恐る恐る振り返ると、俺の愛しい人は扉の幅が狭いのかつっかえていた。

 ちょっと焦ったように手がばたついている。…かわいい!

 後ろから誰かが「押すよー。せーの」と言うと、かなりの勢いで飛び出してきた。そのままよろけそうになったので、咄嗟に手を伸ばす。

 ふかっ。


 ぎゃあああ! 抱き留めちゃった!

 柔らけえ! ほんのりあったけえ!

 かーわーいーいー!


 ここ数年で一番の興奮でした、はい。

 それを顔に出さなかった俺、さすが。


「だ、大丈夫ですか」


 声かけちゃったよ! 初会話です! 今日は記念日だな。

 カメ子さんはつぶらな瞳で俺をじっと見つめてきた。そしてわずかに首を傾げる。

 どうしたんですかカメ子さん!? 俺に抱き留められるの不満でしたか!?


「すみませんお客様! ほらカメ子!」


 田島さんの声に我に返ったのか、カメ子さんが慌てて俺から身を離した。

 その飛び退き方が意外と素早くて驚く。

 そのままカメ子さんは完全に固まってしまった。


「どうしたのカメちゃん? お兄さんがイケメンだからびっくりしたのかな?」


 谷さんの言葉に、カメ子さんはこくこくと頷く。

 母さん! イケメンに産んでくれてありがとう!

 田島さんがカメ子に説明してくれる。


「カメ子に、写真のモデルをお願いしたいんだよ。このお兄さんが写真の練習出来るように」


 カメ子さんはしばらくしてから頷いた。…今の間は? もしかして嫌だった?


「あの、ご迷惑なら大丈夫なんで」


 身を切る思いで格好つけてそう言ったら、カメ子さんが首をぶんぶんと横に振った。


「ほら、迷惑じゃないって。大丈夫ですよーお兄さん」


 谷さんもそう言ってくれて安心した。

 田島さんが張り切りはじめた。


「じゃあお兄さんここね。カメラはこの設定にして。まずは全身撮ってみようか」


 田島さん、いつの間にか「お客様」から「お兄さん」に呼び方が変わっている。カメ子さんに合わせているのか?


「カメ子、きをつけ!」


 カメ子さんがビシッと直立不動になった。え、田島さん、軍曹?

 でもきをつけのカメ子さん超絶かわいい!


「天地のバランスは天が2、地が1の割合で。ああ、そうそう。そのままシャッター押してください」


 言われるがままに押すと、俺のデジカメに直立不動のカメ子さんが!

 このデータ、即現像した後CDデータとして残す!

 その後も上半身やアップなどの様々なアングルで撮らせてくれた。田島さんは技術的なことを喋っていたが、ぶっちゃけ俺は聞いていなかった。カメ子さんがかわいすぎた。

 だが田島さんの言う通りに撮っているおかげで、ものすごく完成度の高いかわいい写真が撮れていて、もう田島神様に団子とかお供えしたいレベルだ。


「じゃあ最後に、お兄さんとカメ子の2ショット撮りましょうか」


 ええ!? いいの!?

 田島さんがカメラを預かってくれる。

 俺は田島さんに押されつつ、みたいな演技をしながら内心はスキップをしたいぐらいの気持ちでカメ子さんの隣に並んだ。


「じゃあお撮りしまーす!」


 そう言って田島さんが撮ってくれた写真を確認すると、作り笑顔の俺の隣にカメ子さんが!

 これ家宝です! 飾るよ部屋に!

 最後にカメ子さんと握手をした。手もふかふかだ。たまらん。

 ありがとうカメ子さん、ありがとう田島神様!



 帰り道、俺は近所の「天堂カメラ」で即現像とともにCDデータを作成した。

 7月8日は俺の中でカメ子さん記念日に決定した。



岬くんが幸せそうで何よりです(笑)

田島さんが意外と活躍してくれました。

次回はひまりちゃん目線でお届けする予定です。

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