【にじゅういち】本番です
ゆるキャラコンテスト開催です!
今日は良い天気です。
絶好の「ゆるキャラコンテスト」日和ですね!
会場は、よく野外ライブなどに使われる広場です。
今回は企業向けのゆるキャラコンテストなので、出場企業の屋台があちこちにあります。食品を扱う会社はやっぱり人気がありますね! あの会社のラーメン、後で食べましょう。
天堂カメラも勿論出店しています。カメラは勿論、フォトフレームなどの雑貨や、カメ子のグッズも販売されています。カメ子のぬいぐるみ携帯クリーナーの売れ行きが良いそうです。私はカメ子のエプロンが欲しいです。可愛い!
控えのテントに入ると、着替える前に「カメ子の日記」を更新します。
『いい おてんきです こんてすと がんばるです おしゃしん たくさん とるです』
会場の写真を撮って載せました。今日はあまりぶれてないです! 嬉しい!
控え室には広報の皆さんがいます。今回は藤井さんが私の通訳兼補助として一緒に出場してくれます。心強いですね!
皆さんの手を借りてカメ子に変身します。うう、緊張してきました。
いつもより重いカメラがより緊張を高めます。
「カメ子ちゃん、頑張って!」
「今日は一段と可愛いわね!」
「いつも通り行きなさいな」
「私もついてるからさ!」
皆さん、ありがとうございます!
会場の舞台が盛り上がり始めました。司会者の男性の明るい声が聞こえます。
司会は有名なお笑い芸人さんらしいのですが、私は知りませんでした。すみません。
とうとう始まってしまいました。口から心臓が出そうです…!
出場しているゆるキャラは二十体。カメ子の出番は六番目です。抽選で決まりました。
ちなみに、テレビによく出ていたり、CMで有名なゆるキャラもいるので強敵だらけです。ですがカメ子もアプリが好評だったりイベント動画の再生数がかなり高かったりと反響は大きいようで、十分優勝の可能性があると言われました。…余計にプレッシャーがかかります!
ああ、帰りたい。怖いよう。
「ちょっとカメ子、震えてるわよ、大丈夫?」
「大丈夫だって。いつものイベントと大差ないからさ」
そ、そうですね! いつものように行きましょう!
「私はカメ子、私はカメ子、私はカメ子…」
「カメ子、声が出てるね」
「今だけ許しましょう」
つい声が漏れましたが、母の許しが出ました。珍しい!
そんな母からさらに驚きの言葉が。
「後で欲しいもの買ってあげるから」
これまた珍しいです! こんな機会を逃す手はありません!
「ああああの、じゃあ、カメ子のエプロンが欲しいです」
とはいえ、テンパっている私が思い付くのはさっき屋台で見たグッズくらいでした。カメ子がカメ子のエプロンねだるって。
広報の皆さんは笑い出しました。
「ちょ、ひまりちゃん可愛すぎるわ」
「自社製品、予想外すぎた!」
「もっと高いものねだりなよ」
「分かったわ、買っておくから頑張ってらっしゃい」
「は、はい!」
控え室の外から、スタッフの方が呼ぶ声が聞こえました。スタンバイです!
「行ってらっしゃい!」
皆さんの声援に励まされ、私はよたよたと控え室を出たのでした。
藤井さんの手を借りて舞台に上がると、歓声が上がりました。
おお、想像以上にお客さんが多い気配がします! 今回ばかりは視界が狭くて助かったかも。大人数のお客さんを見たら倒れる気がします。
「皆さん、こんにちは! 天堂カメラの天堂カメ子です!」
藤井さんがマイクを持ち、よく通る明るい声でカメ子を紹介しました。拍手の音が聞こえます。思ったより歓迎ムードで助かります。
紹介に合わせて、カメ子も頭を下げました。よく「侍みたい」と言われるこの挨拶ですが、これがウケるんです。
「お姉さん、確かカメ子ちゃんはカメラの練習をしてるんですよね?」
司会の芸人さんが話題を振ります。来たあああ!
「そうなんです。ピントを合わせるのが今の目標です!」
藤井さんの言葉に、会場から笑いが起きます。もしかしたら、「カメ子の日記」を意外と皆さん見てくれているんでしょうか?
「今日は練習の成果を皆さんにお見せしたいと思います!」
そこで藤井さんは、舞台にある大きなモニターを使ってカメ子の撮影画像をお披露目するという説明を始めます。今日撮った写真は「カメ子の日記」に載せることも伝えてます。私は隣でひたすら頷きます。ああ、緊張する!
「じゃあカメ子、準備しようか!」
カメ子は体を左右に揺らし始めました。胸元のカメラも揺れます。左側に大きく揺れたタイミングで、カメラをはしっと掴みました!
成功、成功です! 谷さん、今日のためにカメ子の手のひらに滑り止めを縫い付けてくれてありがとう!
会場からは笑い声が起きています。「かわいいー!」という声も聞こえます。気のせいじゃないですよね? ちゃんとウケてますよね!?
そして手首に巻き付けていたレリーズのゴム玉を右手で握ります。よし、準備万端!
「じゃあ皆さん、皆さんのお写真を撮らせて頂きますので、笑顔でお願いしますねー!」
私は客席に向かってカメラを構えます。狭い視界からでも、お客さんが楽しげなのはわかります。良かった!
「お撮りしまーす! はい、ポーズ!」
レリーズをぎゅっと握りました。カシャッという音がします。撮れた!?
会場のお客さんが笑い出しました。え、何!? そんな変な写真だった!?
振り返ってモニターを確認すると…。
ちょっとどうかと思うほどピントが合っていない!!
あまりのショックに思わず膝を付いてしまいました。何故か笑い声が大きくなります。
「ああーカメ子! 大丈夫だよ! いつも通りだよ!」
藤井さん、慰めになってません!
会場からは「元気出してー!」という声があちこちから聞こえます。
何て優しいお客さんたち!
私は藤井さんの手を借りて、何とか立ち上がると頭を下げます。
皆さん、ありがとう!
「カメ子はまだまだ修行中です。皆さん、これからも応援してねー!」
「天堂カメラのカメ子ちゃんでしたー!」
大きな拍手に包まれて、カメ子はよたよたと舞台を降りました。
やりきった…。
天堂カメ子、やりきりました!
控え室に戻ると、皆さんが笑顔で迎えてくれました。
谷さんがカメ子の頭を取ってくれます。
「ちょっとひまりちゃん、今までで汗が一番すごいよ!?」
「ふぁい…。くらくらしまふ…」
緊張から解放されたせいでしょうか。口が回りません。
田島さんが携帯扇風機を私に向けてくれます。ああ、涼しい…。
藤井さんと谷さんがカメ子を手際よく脱がしてくれながら、興奮したように喋っています。
「ひまりちゃん、すごいウケてたよ!」
「ピンヤマにショック受けて膝ついたの、面白かったわー!」
「ひまり、あれ本当にショックだったんでしょ」
お母さん、言い当てないで! 恥ずかしい!
「いやあ、よく頑張ったねえ」
「田島さんたら舞台にいるカメ子見て涙ぐむんですもの。びっくりしたわ」
「我が子の成長を見るようで…」
田島さん…! 私も田島さんをカメ子のお父さんだと思っていますよ! そう、社長ではなく田島さんを!
「結果発表でもう一度舞台に上がるけど、それまでゆっくりしてていいわよ。会場回ってくる?」
「いえ、ここで休んでます…」
もう疲労困憊です。
「何か食べるものでも買ってこようか?」
藤井さん、お優しい!
「ラーメンが食べたいです」
広報の皆さんがまた一斉に笑いました。
ラーメンは大変美味しかったです。はい。
広報の皆さんは、出店を見に行っています。カメラやグッズの売れ行きはどうでしょうか?
…一人になると、つい岬くんのことを思い出します。母に頑張りなさいと言われた矢先に疎遠になってしまいました。
今日は何をしているのかな。カメ子を見には来ないんだろうな。
今日まではコンテストに集中するという名目で、あえて岬くんのことを考えないようにしていました。だけどその名目がなくなったら、どうすればいいんでしょう。
岬くんからの連絡は完全に途絶えました。今さら私から連絡を取っても、「もう知らねえよ」とか言われたら地面にめり込むくらいにへこみます。大体、共通の話題も…。
あ、そうだ! もし今日優勝したら!?
常連のお客様として、報告をするというのはどうでしょうか?
どうせきっともうカメ子のことはバレてるんですから、そこを堂々と言うことで隠し事もチャラになったり…。いや、それはズルい気がします。
でも、優勝の報告は良い手ですね。それをきっかけに謝りましょう。
よし、優勝したら岬くんに連絡する! 決めました!
そしてとうとう結果発表。全ゆるキャラが舞台に集い、その時を待っています。
結果は会場のお客さんの投票で決まります。
大丈夫だよね? ウケてたもんね? まあ他のゆるキャラ見てなかったから、カメ子よりウケてた子もいるかも知れないんですけどね!
手を合わせたい気分ですが、手が短くて不可能です。ままならない。
「さあ、集計結果が出ました! 今回の優勝者は…」
お願いします、お願いします、お願いします!
「…ラーメンマツモトの、モッティー!」
ラーメンマツモト、美味しかったです。
…負けた…。
モッティーがトロフィーをもらっています。拍手と歓声がどこか遠くに聞こえます。
負けちゃった。社長も広報の皆さんも、がっかりするかなあ?
…岬くんには、もう会えないのかなあ?
控え室で、皆が私を囲んでいます。
「惜しかったね。僅差で二位だって」
「でも、手応えはあったわ。来年はいけるわよ」
「そうだよ、落ち込むことはないよ」
そう言われると、却って心が痛いです。
「これから打ち上げよ。会社の経費で飲めるわよ! 準備しましょう!」
谷さんが明るい声で言ってくれますが、そんな元気はありません。
「私はいいです…」
「ひまりちゃん…」
「だって優勝出来ませんでした…。皆さんの期待を、う、裏切って」
涙がぼろぼろとこぼれました。
皆さんがおろおろしているのが分かります。だけど止まりません。
「分かったわ。ひまり、あなたは来なくていい」
「部長!」
藤井さんが非難の声を上げました。
どうしよう。私のせいで険悪に。
「その代わり、罰として接待してらっしゃい」
…接待?
予想外の言葉に、涙が止まりました。他の皆さんもポカンとしています。
「関係者出入口の前に、うちの常連さんがいます。今日、応援してくれてました。その方と食事に行ってらっしゃい。その方には私から連絡しておくから」
母はスマホを操作し始めました。周りがあたふたしています。相当予想外の展開みたいです。
「あの、部長?」
「常連さんって、どういう…」
「ひまり。さっさと着替えて顔を洗って、行ってきなさい!」
「は、はい!」
母の剣幕に思わず立ち上がっていました。こうなった母には逆らえません。
私はあたふたと帰り支度をすると、唖然としている皆さんに背を向け、控え室を飛び出しました。
鞄を胸に抱いたまま、関係者出入口へ急ぎます。
…あれ、私、常連さんの顔も名前も知らないです!
どうしよう。でも、正直控え室には怖くて戻れません。とりあえずそれらしい人に声をかけるしかありません。
ですが、その必要はありませんでした。
そこにいたのは、私の知っている人だったのです。
「岬くん…?」
次回もよろしくお願いします!