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ゆるキャラはじめました  作者: 山下ひよ
20/27

【にじゅう】あの子の話 岬目線

ひまりが顔面凶器になったきっかけが、今回分かります。

子どもの頃の出来事って案外引きずったりしますよね。


 俺、岬隼人は最近元気がない。

 何故なら、ずっと好きだった子に隠し事や嘘があったことが発覚したからだ。

 だけど俺を信用出来ない理由は自分のせいだから、どうすればいいのか分からなくて悩んでいる。

 嘘が発覚した時、昔のバイト先のレストランから、酒の勢いでメッセージを送った。


『俺に隠してることない?』


 彼女からの返事は翌日だった。


『あります』

 

 その返事を見た途端、後悔した。

 何も知らないふりしていれば、これからも会えたのに。こんな返事を聞いてしまったら、どんな顔して会えばいいのかわからない。

 それきり、俺からは返信できていない。彼女からも何の反応もない。

 このまま、終わってしまうんだろうか。

 まだ、謝っていないのに。


 カメ子さんのイベントに行けなくなった。中身が吉川だと知っているのに、行けるわけがない。

 カメ子の日記も怖くて見られない。

 ああ、癒されたい。



 そんなストレスを感じる毎日を過ごしていたあの日、天堂カメラの広報で働いている吉川さんがスポーツクラブに来た。

 吉川さんは昔からの常連さんだ。俺の担当する教室にもよく参加してくれる。社交的な女性で、他の会員さんやインストラクターとも親しい。

 そんな吉川さんが、お客さんも使える休憩室で、俺がコンビニのパンを食べていた時に話しかけてきた。


「岬くん、ご一緒していいかしら?」

「あ、どうぞ」


 メイクをしていなくてもキレイな人だ。過去はもちろん、もしかしたら今もモテるのかも知れない。

 彼女は俺の前に座り、持っていたドリンクボトルに口をつけたあと、俺ににっこりと微笑んだ。


「実は私、あなたに話したいことがあって」

「え」


 何だろう?

 吉川さんは居住まいを正した。


「改めまして。吉川ひまりの母です」

「…えっ」


 頭が真っ白になるとはこういうことだろうか。

 お母さん? 吉川の!?

 いや、同じ名字だとは思っていたけど、珍しい名字ではないし偶然だと思っていた。

 そして、今まで言わなかったのにここで明かしたと言うことは。

 俺が吉川にしたことについて、物申したいことがあるということではないか。

 俺は慌てて頭を下げた。だが、言葉が出てこない。

 お世話になってます? 言えるわけがない。この人の大事な娘を傷つけた人間が、言っていい言葉じゃない。


「あらやだ。畏まらないでちょうだい。ほら顔あげて」


 恐る恐る顔を上げると、お母さんは俺の顔を見て笑った。


「ひまりも今、よくそんな顔してるわ」


 吉川が? どうして? 俺は今、どんな顔をしてるんだろう。


「きっと何かあったのよね。ごめんなさいね、あの子昔から不器用だし、有り得ないくらい鈍感だし」

「え、いえ、悪いのは俺なんです」

「そうかしら。私の予想だと、あなたきっとひまりの仕事のことを知ってしまって気にしてるんじゃない?」

「予想、ですか?」


 俺はてっきり、吉川がお母さんに事情を話したのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


「そう、予想。あの子あんまり自分のこと話さないのよ」


 お母さんは困ったようにため息をつく。そして、再び俺を見つめた。


「私、あなたならひまりのこと任せてもいいと思ってるの」


 …えっ。ええ!?

 急に話が飛んだぞ。何この展開!


「だってあの子が楽しそうにするのも落ち込むのも、あなたが絡んだときが一番反応がいいんだもの。こちらからお願いしたいくらいよ」

「そ、そうなんですか?」


 一緒にいるときは全然感じなかった。絶対に笑ってくれないし。


「ねえ岬くん、あなたはひまりのこと、どう思ってるのかしら?」


 お母さんは優しい表情をしている。だけどこの人は侮れない。意外と毒舌だし、人を見る目が厳しいことはインストラクター仲間の間でも有名だ。

 嘘をついたら、もう信用されなくなる。


「…好きです。でも、俺は高校の時、吉川さんにひどいことをしました」

「卒業式の前日?」


 喉がごくりと鳴った。怖い。でも、誤魔化すのは嫌だ。頷いた。


「実は」

「ストップ」


 ストップされた! なぜ!?


「その辺の事情はいいわ。昔のことに興味ないから。あなたがひまりに本気なら、それでいいの」

「いや、いいわけないです。多分吉川、さん、は今も、俺を許してないと思います」

「大丈夫よ」


 何でそんな自信あるんですか。

 お母さんは、急に真剣な顔になった。


「あなたに話したいことがあるって言ったわよね。ここからが本題よ。あの子が、うまく笑えなくなった理由」


 そしてお母さんは一枚の写真を差し出した。

 あれ、見たことある。確か、天堂カメラの写真展で展示されていた母子の写真だ。


「四歳のひまりと私よ」

「え!?」


 言われてみれば、母親の方は確かに吉川のお母さんだ。だけど娘は、満面の笑顔で今とは全然違う。


「あの子が笑えなくなったのは、この写真を撮ってから数日後のことよ。ちょっと長くなるけど、聞いてくれる?」


 * * *


 ひまりの父親は、私の大学の先輩だったの。頭がよくてイケメンで、大好きだったわ。ひまりの面食いは私に似たのかしらね。

 二十五で結婚して、翌年にはひまりが生まれたの。すごく嬉しかったし幸せだったけど、夫はそうじゃなかった。

 ひまりを全く可愛がらなかったのよ。元々子どもが好きじゃないってことは知ってたんだけど、自分の子どもができたら変わる人も多いじゃない? でも夫は変わらなかった。あの子と関わろうともしなかった。

 だけど不思議なもので、ひまりは父親が好きだったのよ。どんなに無視されてもまとわりついてたわ。

 私が仕事に復帰してからは、保育所に預けたり実家の両親に任せたりしてたんだけど、ある日、あの写真を撮ってすぐのことよ。夫が休みで私が仕事、保育所はお休みで両親も予定があって、ということがあって。

 どうしようもなくて、夫に頼み込んで一日だけひまりを任せることにしたの。

 ひまりは一方的になついてるし、強制的に面倒を見ることになったらあの人変わるんじゃないかとも思ったのよ。


 大きな間違いだったわ。


 夕方、家に帰ったらひまりは私に飛び付いてきて少しも離れようとしなくて。でも夫はいつも通りだったから、単に寂しかったのかなとあまり気にしなかったんだけど。

 それからしばらくして、ひまりが笑わなくなってることに気づいたの。どうしたの、どこか痛いのって聞いても首を振るばっかりで、私は夫を問い詰めたわ。あの子に何かしたのって。そうしたら、あの人こう言ったのよ。


「あんまり騒がしくするから、うるさいヘラヘラ笑うな鬱陶しいって言った。どうせ意味なんて分かってないよ」


 私は、翌日離婚届を夫に突きつけた。あの人がごねたからひまりを連れて実家に帰ったわ。会社の人に弁護士を紹介してもらって、何とか示談で離婚した。


 でも、ひまりは治らないのよ。あれから二十年近く経つのに、父親のことも言われたことも、覚えてもいないのに。

 人の目を意識していないときは、割と普通の表情ができるのよ。テレビ見てるときとか、動物と触れ合うときとか。だけど人前や、誰かと話しているときは駄目なの。

 そのせいで、短大を中退し、その後の仕事は八個もクビになって、私がカメ子の仕事を紹介して今に至ります。


 * * *


 …重い!

 吉川にそんな事情があったなんて。

 だとしたら、俺がしたことは、俺が「顔面凶器」なんて言ったことは、俺の想像した以上に吉川を傷つけたんじゃないだろうか。


「岬くん、顔色が悪いわよ。ごめんなさいね、こんな重い話をして」

「…いえ」


 ああ、もう吉川に合わせる顔がない。俺も吉川の父親と同じじゃないか。ひどく傷つけて、なのに謝りもしないで言い訳ばかりして。挙げ句の果てには吉川の隠し事を怒ったりして。

 こんな俺を、吉川が好きになるはずないのに。


「俺、もう吉川に会えないです」

「あら、どうして?」


 お母さんは首を傾げる。そんな仕草をしているけど、この人は理由を知っている気がする。


「俺、まだ吉川に謝っていないんです。なのに好きになってほしいなんて図々しい考えでした。しかも自分のことを棚にあげて、吉川の嘘や隠し事を許せないと思ってしまったり」

「じゃあ謝っちゃいなさい」


 あっさり言われた。いや、そうなんですけど。


「あ、ちなみにカメ子の正体を黙ってたのは、会社の契約だからよ。あの子はその辺真面目だから、職場が一緒じゃなければ私にも黙ってると思うわ」


 …そうだったのか。そりゃそうだ。あのゆるキャラの正体私なんだ、と誰にでも言う人間は信用できない。


「まあ岬くんに対しては、別の気持ちもあったと思うけど」

「えっ、何ですか」


 あいつには特に言いたくないってか!? そうだったらへこむ!


「あなた、カメ子と過ごすの好きでしょ」

「………はい」


 恥ずかしい! 出さないようにしてたのに、バレていた!?


「ひまりもそう思ったから、黙ってたんじゃない? 中身が自分だって知られたら、あなたが来られなくなると思ったの。あの子はそういう子よ」


 頬を殴られたような気がした。

 俺は自分のことばかり気にしていた。どうしたら好きになってもらえるか、どうしたらこの罪悪感が消えるのか。

 でも吉川は、俺のために嘘をついてくれていた?

 お母さんの都合のよい解釈かも知れない。でも、吉川が優しいことは高校の頃から知っている。嘘をつく吉川より、人のために隠し事をする吉川の方がこれまでのイメージと重なった。

 そんなことを思うと、無性に吉川に会いたくなった。俺は何て現金な男だろう。


「岬くん、これ」

「? 何ですか?」


 お母さんが渡してきたのはチラシだ。ゆるキャラコンテスト?


「来れたら来て。カメ子も出るから」

「行って、いいんですか?」


 お母さんは極上の笑みを浮かべた。


「勿論よ。あなたは、天堂カメラの大事なお客様だもの」


 俺は、もらったチラシをそっと撫でた。



 ああ、吉川に会いたい。

 笑ってくれなくてもいいから、話したい。

 話したくないと言われても、傍に居るだけでもいいから。

 吉川、早く会いたい。



次回はゆるキャラコンテスト!

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